■■福島第一原発事故による土壌汚染と土壌によるセシウム(Cs)の吸着
2011年3月13日に起きた東日本大震災は甚大な災害をもたらし、東京電力福島第一原子力発電所の1号機、2号機の大爆発及び3号機の巨大爆発により想像を超えた大量の放射性セシウム(Cs)等を大気中に放出した。

https://www.news24.jp/articles/2020/09/03/06713249.html

https://enep.ied.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/sites/9/2020/08/41c950bd347de2a36c07bf3fb758021b.pdf

注)4号機使用済燃料プールからの燃料取出しについては、2014年12月に燃料1,535体全てを共用プール等へ移送。3号機については、2019年4月から燃料の取出しを開始し、2021年2月に全燃料566体の取出しを完了。
地表に落ちた放射性セシウム(Cs)は、現在も表層土壌に留まり放射線を放出しており、除染作業等も実施されたが土壌汚染は半減期(セイシウ137は30年)に沿って継続している。

図1の出典:放射性セシウム沈着量の面的調査(走行サーベイによる空間線量率から評価したセイシウ137沈着量)。調査機関:原子力機構、(公財)日本分析センター、(公財)放射線計測協会、(公財)原子力安全技センター。
調査期間:平成 26 年 7 月調査: 平成 26 年 6 月 23 日~7 月 30 日
平成 26 年 11 月調査: 平成 26 年 10 月 27 日~12 月 5 日
図2の出典:米大学宇宙研究協会(USRA)や名古屋大、東京大などの国際チームが14日までに行ったシミュレーションの結果で、米科学アカデミー紀要電子版に発表される。

◆土壌中の『負荷電』に対するセシウム(Cs)の吸着メカニズム
以下の内容は
農研機構 『土壌-植物系における放射性セシウムの挙動とその変動要因』 農業環境技術研究所報告(2012-03発行)の報告書内容をベースにして掲示する。
尚、同報告書内容を分かり易く説明したパワーポイント資料(土壌‐植物系における放射能セシウムの挙動(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子)と同テーマに対して別の研究者達が公表しているパワーポイント資料を活用する事で『土壌中の『負荷電』に対するセシウム(Cs)の吸着メカニズム』について理解を深める。
・1価の陽イオンであるCs⁺は土壌中の負荷電を持つ部位に吸着される。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
『粘土鉱物だけが持つ養分吸着機能(電子のやり取り)』で紹介したように土壌中の負荷電は、
①pHによって電荷量が変化しない『永久荷電』と

②pHにより電荷の発現量が異なる『変異荷電』に大別できる。

①永久荷電
負電荷へのセシウムイオン(Cs⁺)の選択性はナトリウムイオン(Na⁺)やカリウムイオン(K⁺)に比較して際立って高い。
Cs⁺のようにイオンサイズが大きく水和しにくい性質を持つイオンほど、
イオンの正電荷の中心と粘土の負荷電との距離が近くなり、
相互作用が強く働く事で吸着されやすくなる。

更に、永久荷電を持つ『2:1型粘土鉱物』で層間に面したケイ素四面体シートは、
ケイ素四面体6個で構成されるリングの中央部に出来る空間的くぼみ(SDC:下図のケイ素四面体シートを上から見た模式図)がある。

層間が閉じ、ケイ素四面体シート同士が密着すると、上下の層の空孔が合わさった直径0.26mmの空洞ができる。
この空洞に入り込めるのはCs⁺、K⁺、NH₄⁺のみである。
いずれも水和力が小さく、水を配位せず層間に吸着されるイオンである。

2012.3.14. 日本学術会議土壌科学分科会シンポジウム 放射能除染の土壌科学―森・田・畑から家庭菜園まで
六員環の部分にCs⁺、K⁺、NH₄⁺が入り込むと、層同士が強く引き付けられる事により層間が閉じる。
そして、Cs⁺、K⁺、NH₄⁺が接着剤のように機能し、閉じた層間を容易に引き離す事ができなくなる。
このような反応を固定反応という。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
いったん固定されたCs⁺を他の陽イオンによるイオン交換反応で脱離させるのは非常に困難である。
尚、イオンサイズが小さくても水和力が強いNa⁺(ナトリウムイオン)やCa²⁺(カルシウムイオン)、Sr²⁺(ストロンチウムイオン)のようなイオンは、配位した水和水が障害となる為に六員環に収まらない。
アルミニウム八面体シート(Al³⁺)に負荷電をもつモンモリロナイトのような鉱物では、層間の陽イオンと負電荷の発現位置までが離れている為、層間を閉じる事によって六員環にCs⁺、K⁺、NH₄⁺を固定する事が出来ない。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
◆フレイド・エッジ・サイト(FES)への固定
ケイ素四面体シート(Si⁴⁺)の負荷電量が多い『雲母』のような鉱物では、六員環をカリウムイオン(K⁺)が占有している。
K⁺が占有する事で、既に層間がしっかりと閉じている為、他の陽イオンが入り込む余地がない。

しかし、風化によって部分的に層の末端部がほつれていくように膨潤すると、
他の陽イオンが入り込んでいく事ができる。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
特に膨潤している層と膨潤していない層の境界に存在する六員環にセシウムイオン(Cs⁺)が到達すると、極めて強固に固定される事になる。
このような膨潤層と非膨潤層の境界に存在する部分はフレイド・エッジ・サイト(FES)と呼ぶ。
フレイド・エッジ・サイト(FES)は、K⁺、NH₄⁺も強固に固定する事ができるが、選択性はCs⁺が最も高い。
Cs⁺がフレイド・エッジ・サイト(FES)に到着して固定されるには、土壌の乾燥と湿潤の繰り返しが必要である。

フレイド・エッジ・サイト(FES)はCEC(陽イオン交換容量)の2%も満たない。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
土壌中のセシウム137の濃度が5,000Bq/kgであるとして、
これをCEC(陽イオン交換容量)と同じ単位に換算すると、10⁻⁹cmolc/kgとなる。
5,000Bq/kgのセシウム137は、CECのせいぜい1~10億分の1程度になる。
フレイド・エッジ・サイト(FES)由来の負電荷は量的には少ないが選択性が極めて高いため、物質量としてはごくわずかなセシウム137を吸収するためには十分である。
土壌中に存在するフレイド・エッジ・サイト(FES)の量は、RIPという値を指標として表される。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子



(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
◆最新科学技術動向:フレイド・エッジ・サイト(FES)
土壌粘土粒子の表面ナノ構造とセシウム吸着特性との関係を解明
最も強い吸着を示すのは「ほつれたエッジ」と呼ばれるナノ構造であることを計算科学で立証
詳細な内容は以下のURLにて記載されています。
https://tiisys.com/blog/2018/07/13/post-9575/

同記事の概要
粘土鉱物のあらゆる表面の原子・分子レベルの構造を分担してモデル化し(図1)、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションでセシウムの吸着の強さを比較評価することによって、強い吸着の起源を探ってきました。
その結果、粘土鉱物全体のおよその吸着挙動が明らかとなり、粘土鉱物表面のナノメートル程度の構造の違いが、セシウムの吸着強度の違いと関係することが分かったのです。
そして、エッジ及び水和した層間に比較的強く吸着し、
「ほつれたエッジ」と呼ばれる風化した粘土鉱物特有の特殊な表面構造に最も強く吸着することが明らかとなりました(図2)。

この「ほつれたエッジ」による強い吸着は50年度ほど前に仮説として提唱されましたが、ナノメートル程度の構造における吸着反応を実験で直接捉えることは難しいため、明確な立証には至っていませんでした。
分子モデリングによる原子分子レベルの吸着挙動のシミュレーション結果を比較することによって、その仮説の立証に成功しました。
(b) セシウムの吸着反応エネルギーΔEの層間距離dの依存性について得られた計算結果。層間距離dが1.1nm以上になる(ほつれる)と反応エネルギーが負になります。これは、つまり、セシウムを吸着することを示しています。

この結果を始めとして、セシウムの吸着挙動は粘土鉱物表面のナノメートル程度の構造の変化によって大きく変動することが分かりました。
そして、特にほつれたエッジは最も強い吸着を示すことが分かりました。
<研究目的の狙いと今後の展開>
東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の事故後、環境中に放出された放射性セシウムが吸着した表層土壌の除染が実施され、膨大な量の廃棄土壌が保管されている。
その廃棄土壌の安全な長期管理や減容技術開発のため、日米の計算科学者が連携し土壌におけるセシウム吸着機構の科学的理解に挑んだ。
放射性セシウム含有土壌の長期管理リスク低減や減容技術開発の加速が期待されます。
②『変異荷電』
変異電荷サイトで負荷電が発現するのは、土壌pHが変異荷電サイトの電荷ゼロ点よりも高い場合に限られる。
変異荷電は、土壌有機物中の解離したカルボキシ基(COOH)あるいはカルボキシレート基(R-COO⁻)、金属水酸化合物や層状ケイ酸塩鉱物の構造末端に存在する表面水酸基に発現する。

pH依存性の負荷電は、
カルシウムイオン(Ca²⁺)やストロンチウムイオン(Sr²⁺)を吸着し易く、土壌に留めて置く機能を持つが、
カリウムイオン(K⁺)やセシウムイオン(Cs⁺)を土壌に留めて置く力はそれほど強くないと言える。
他の陽イオンに比べ、セシウムイオン(Cs⁺)の選択性は低い。
従って、カルシウムイオン(Ca²⁺)が多量に存在する場合はセシウムイオン(Cs⁺)の吸着が阻害され、一度吸着したとしても容易に他のイオンによって追い出される。

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 山口紀子
◆農耕地土壌におけるセシウム137、ストロンチウム90の動態放射性物資の滞留半減時期
・セシウム137(Cs⁻137)の滞留半減時間は水田作土で9年~24年、畑作土で8年~26年、
・ストロンチウム90(Sr⁻90)の滞留半減時間は水田作土で9年~13年、畑作土で6年~15年で有る事が示された。

これらの滞留半減時間が放射壊変による半減期(30年)よりも短いのは、
下層への溶脱や作土表層の浸食、あるいは作物による吸収によって作土から失われる為である。
Cs⁻137の滞留半減時間がSr⁻90よりも長い傾向にあるのは、
Cs⁻137は土壌と強く結合し、Sr⁻90と比べると作物に吸収されにくく作土に留まる傾向を示すためである。
◆放射性物質の土壌中での動き
・土壌中の放射性物質が作物に吸収される為には、土壌から土壌溶液に分配される必要がある。
セシウム(Cs)はアルカリ金属、ストロンチウム(Sr)はアルカリ土類金属に属し、
水に溶けると陽イオンのCs⁺、Sr²⁺となる。

土壌に降下した放射性Cs、放射性Srは、カリウム(K)、ナトリウム(Na)やカルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)といった交換性塩基と同様に土壌の負電荷に吸着される。

土壌から土壌溶液への分配されやすさは、
負電荷にCs⁺またはSr²⁺がどれだけ強く吸着されやすいかによって決まる。
放射性Cs、Srが土壌に沈着した時点で、既に負電荷の大半はK⁺やCa²⁺などの交換性塩基によって占有されている。
これら土壌中に多量に存在する陽イオンとの競合関係も重要になる。










