■一般的な問題提起

■講演2「前立腺がん、検査と治療の最新情報」 大山力
主催:NPO法人腺友倶楽部(前立腺がん患者・家族の会)



出典:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001197880.pdf
◆S2,3PSA%検査の特徴は次のとおりです。
- 採血のみで結果が出るので、低侵襲的で簡便
- 不必要な針生検の低減が期待できる
- 前立腺がんの診断精度が高く、誤診や過剰診断のリスクを低減できる
S2,3PSA%検査の適用条件は次のとおりです。
- 前立腺がんであることが強く疑われる患者
- PSA検査の結果が4.0ng/mL以上10.0ng/mL以下である患者








■ガン検出能力の改善(45%の改善が見込める)
・PSA陽性(グレーゾーン):31%
⇒PSA陽性(グレーゾーン)、S2,3PSA%陽性、MRI陽性(PI-RADS score(4~5):76%













◆前立腺がん
多くの場合、比較的ゆっくり進行し、手術や内分泌(ホルモン)療法など 確立された治療法も存在するため、
・早期に発見し、適切な治療をすれば5年生存率は、
⇒前立腺に限局するがん(ステージI,II)で100%、
・局所浸潤がん(ステージIII)で
⇒99.2%と良好な予後が期待できるがんです。
・しかし発見が遅れ、リンパ節や骨に転移したがん(ステージIV)となると
⇒5年生存率は、53.4%と著しく低下してしまうことから、
早期発見が非常に重要ながんであるといえます(図1)

(図1)前立腺がんの進行と5年生存率
1990年代に米国で開発されたPSA検査の導入によって
非常に早期の前立腺がんまで検出が可能になった一方で、逆にがんではない方も多く陽性を示してしまうこと(偽陽性)が問題となっています。
PSAは前立腺がんだけではなく、
前立腺肥大症、前立腺炎のような他の前立腺疾患においても過剰に産生されることが知られています。
通常、PSA検査値が4 ng/mL以上となると精密検査の受診対象となりますが、特にPSA検査値4〜10 ng/mL の「グレーゾーン」と呼ばれる領域では70%程度が実際はがんではなかったという疫学データが報告されています(図2)。

(図2)PSA検査値による前立腺がん発見率
このような背景から、治療が必要な前立腺がん患者さんをより正確に診断できる簡便な検査法が必要とされていました。
そこで、研究チームは、前立腺がん診断の精度(がん特異性)を飛躍的に高めることが可能な国産の新規診断法の開発を試みました。
◆研究の成果
・PSAの『糖鎖構造解析』から、
①健常な人や前立腺肥大症などの良性疾患の患者の血清由来PSAの糖鎖末端では
シアル酸α2,6ガラクトース構造が多く、
②前立腺がん患者の血清由来PSAの糖鎖末端では
シアル酸α2,3ガラクトース構造が増加することを発見し、
非がん型PSAをS2,6PSA、
がん型PSAをS2,3PSA
と命名しました。
この発見から、
PSAの糖鎖構造の末端シアル酸の結合様式の存在比(非がん型:S2,6PSAとがん型:S2,3PSAの割合)が
前立腺がんの腫瘍マーカーとして利用できないかとの着想に至り、臨床応用を進めました(図3)。

(図3)血中PSAタンパク質のがん性糖鎖変異
この知見をもとに
富士フイルム和光純薬株式会社との共同研究により、
S2,3PSA%検査として
マイクロキャピラリー電気泳動技術を基盤とした全自動蛍光免疫測定装置「ミュータスワコーi50」を用いた
血液中のがん型S2,3PSAの割合(S2,3PSA%)を定量する
体外診断用医薬品「ミュータスワコー S2,3PSA・i50」を開発しました(図4)。

(図4)S2,3PSA%検査の概要
S2,3PSA%検査の多施設共同臨床性能試験のために、
国内7施設において前立腺がん疑いとして受診した合計439名の患者(うち281名がPSA検査値グレーゾーン)から採取した血清検体に対してS2,3PSA%検査を実施し、
現在、保険適応されている、PSA検査およびF/T比検査の前立腺がん診断精度を
検査特異度(期待できる針生検回避率)および受信者動作性曲線(ROC)解析によるROC曲線下面積(AUC)値で比較しました。
その結果、図5に示す通り、
前立腺がんの検出に関するS2,3PSA%検査のAUC値は、
PSA検査値に関係なく、
本邦保険診療で使用可能なPSA検査およびF/T比のAUC値より
統計的に有意に高い結果が得られ、
「90%の感度を維持しながら、36〜37%の針生検回避を期待できる」との有益な結果を示しました。

(図5)ROC解析によるS2,3PSA%検査と既存検査の診断精度の比較
また、「悪性度が高い臨床的に重要な前立腺がん」の検出に関するS2,3PSA%検査のAUC値も
上記と同様に本邦保険診療で使用可能なPSA検査およびF/T比のAUC値より統計的に有意に高い結果が得られ、
「90%の感度を維持しながら、39〜44%の針生検回避が期待できる」との有益な結果を示しました。
悪性度が高い臨床的に重要な前立腺がんの検出特異度が優れていることから、
将来的にS2,3PSA%検査は
前立腺がんの悪性度診断の補助的な指針、もしくは予後マーカーとなりうる可能性も期待できます。
これらの試験結果から、2022年8月22日に厚生労働省から新規体外診断用医薬品として製造販売承認を受け、同年9月26日より検査試薬の販売を開始しました(図6)。

図6 S2,3PSA%製造承認から評価療養開始までの様子
◆2023年発行の前立腺癌診療ガイドラインの診断に関するアルゴリズム(図7)に
PSA検査後の補助診断検査としてS2,3PSA%検査が掲載され、その有用性について評価されております。

図7 前立腺癌診療ガイドラインにおけるS2,3PSA%検査の位置づけ
・2023年発行の前立腺癌診療ガイドラインより

その後、保険収載に向けた審査手続きを進め、厚生労働省から2024年2月1日付けでミュータスワコー S2,3PSA・i50(保険点数 248点)にて保険適用(図8)され、臨床現場で使用可能となりました。

図8 令和6年2月収載予定の臨床検査 項目①ミュータスワコー S2,3PSA・i50
S2,3PSA%検査の適用条件は、「前立腺癌であることが強く疑われる者であって、PSA検査の結果が 4.0 ng/mL 以上 10.0 ng/mL 以下である者に対して算定できる」とされており、
PSA検査でグレーゾーンであった患者様の二次検査として使用可能になっております。

◆まとめと今後の展開
前立腺がん診断の精度を高めることができる新たな糖鎖標的を利用した前立腺腫瘍マーカーS2,3PSA%検査を開発しました。
S2,3PSA%検査は採血のみで結果が出ることから、
低侵襲で簡便ながら針生検を含む精密検査の受診を要する患者の絞り込みが可能で、
患者の不利益を回避しつつ、医療経済的にも優れた腫瘍マーカーとして期待されます(図9)。

(図9)S2,3PSA%検査保険適用後の前立腺がん診断イメージ
この度、2024年2月1日付けで保険適用され、
臨床現場で使用できるようになったことで、
多くの先生方がS2,3PSA%検査を用いた様々なアイデアでのさらに研究を実施していただき、
S2,3PSA%検査のパフォーマンスを臨床現場で使い切ることができるように、活躍の場が増えることを期待しています。
今後、広く普及活動を展開し、本検査の適応拡大および海外展開を目指します。
本研究成果は前立腺の解剖学、生理学、病理学を専門とする医学雑誌である
「The Prostate」 オンライン版 (2021年9月21日)に掲載されました。
■用語解説■
◆腫瘍マーカー検査
腫瘍マーカーとは、がんの種類によって特徴的に作られるタンパク質などの物質です。
がん細胞やがん細胞に反応した細胞によって作られ、血中や尿中に分泌されます。
このタンパク質の分泌量を調べる検査を腫瘍マーカー検査と言い、がんの診断の補助や、診断後の経過や治療の効果をみることを目的に行います。
がんの有無やがんがある場所は、腫瘍マーカーの値だけでは確定できないため、画像検査など、その他の検査の結果も合わせて、医師が総合的に判断します。
◆糖鎖
DNA、RNA(核酸)、タンパク質に続く第3の生命鎖と呼ばれる分子。
単糖 (シアル酸、ガラクトース、グルコサミン、マンノースなど)が鎖状につながったもので細胞を構成するタンパク質、
脂質などに付加され、細胞の機能を調節する 役割を持つ。細胞表面にヒゲのように付加されている。
◆前立腺特異抗原 prostate specific antigen (PSA)
前立腺上皮細胞から前立腺腔内に分泌されるタンパク質。
前立腺がんとなり前立腺組織が破壊されると血液中に漏れ出てくる。
前立腺がん腫瘍マーカーとして1990年代から利用されている。
血液検査によりPSA検査値が4ng/mL以上を超えると針生検などの精密検査対象となる。
PSA検査値4〜10 ng/mLの範囲は、グレーゾーンと呼ばれ、偽陽性が多く問題となっている。
PSAは糖鎖が付加された糖タンパク質である。

◆臨床的に重要な前立腺がん
組織の悪性度が高く、手術や放射線治療、ホルモン治療など、積極的な治療介入が必要な前立腺がん。
◆受信者動作特性曲線(ROC)解析とAUC
検査の感度と特異度の関係を視覚的に表す解析方法。
ROC理論は第2次世界大戦中に、レーダーのノイズから敵機を正しく検出するために考え出された理論。
縦軸を検査の「真陽性感度」とし、
横軸を検査の「偽陽性率(1一特異度)」としたグラフ。
曲線下面積 Area under the curve (AUC) が1.0に近づけば近づくほど検査精度が高いと評価できる。


◆S2.3PSA検査の流れ
問診:患者さんの健康状態や症状についてお話を伺います。
血液採取:通常の血液検査と同様に、腕から血液を採取します。
検査:採取した血液を専門のラボで分析します。
結果説明:結果が出たら、医師から詳しい説明を行います。必要に応じて追加の検査や治療を提案します。
◆S2,3PSA%評価式





https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/ivdDetail/ResultDataSetPDF/890027_30400EZX00061000_A_01_03
◆2023-12-14 保険医療材料等専門組織(令和5年度第9回)





出典:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001223880.pdf





出典:https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/202409_70_09-16.pdf

<参考情報>






