出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/5b6dabc09da8654368e711eff265bea38d92ec17?page=1
高額な民間療法か、副作用で苦しむか
私の知人ががんで亡くなった。原発は胃がんだったが、私が会ったときは肝臓とリンパ節に転移していてステージ5だった。ドクターからは「余命は3ヶ月」と言われたそうである。
「コリンエステラーゼ(肝細胞でつくられる酵素)が150を切ると、余命が1~2ヶ月の可能性はあるが、まだ200を超えているから急に悪くなることはないでしょう」
医師にこう言われたというので、私は思い切って、残された3ヶ月をどう生きるつもりなのか、と尋ねた。
60代後半だが、顔はつやつやしていて、今にでも「ちょっと仕事に」と出かけそうな雰囲気だった。
「ステージ5ですから、もう使える抗がん剤はありません。医者から抗がん剤を勧められましたが、どうせ副作用で苦しむだけだからやめました。すると、親戚や友人から『こんな治療法があるからどうだ』って毎日のように勧められるんです。いわゆる民間療法で、値段は目玉が飛び出るほど高い。
でもこれで良くなったと聞くと、つい手を出したくなります。治療法がないと言われて、はいそうですかとは引き下がれませんからね。だからといって高額の民間療法に手を出したら子供たちに負債を残すだけです」
彼は迷った末に民間療法を断わり、かわりに自分が立ち上げた小さな会社を清算することに力を注いだそうだ。跡を継ぐ子供がいないこともあって、それを自分に残された人生の目標にしたのである。結局、宣告された余命の倍以上を生きたが、死の1カ月前に会社の清算が完了したせいか、穏やかな死に顔だったという。
「最後まで悔いのないように生きたい」
同じころ、もう一人のがん患者さんに会った。『病院で死ぬということ』の著者である緩和ケア医の山崎章郎さんである。
がんが分かったのは2018年。原発巣は大腸がんだが、すでにリンパ節に転移していた。切除して抗がん剤の投与を受けたが、効果がなかったのか、翌年にはステージ5になった。セカンドラインの抗がん剤は使えるが、ステージ5のがんが良くなることはない。
勧められた抗がん剤を断わり、あとは自然の経過に任せようと思ったが、彼と同じように抗がん剤治療を断った元気な患者の中には、治療を諦め切れない方が少なくないことに気づいた。そういう方は民間療法や代替療法に頼らざるを得ない。
それなら、ステージ5になっても「もうちょっと頑張りたい」という人に、新たな選択肢を提供できないかと模索した。そして「ケトン体」を中心とした食事療法にたどり着いたのである。治癒はできなくても、がんが進行せずに安定していればいい。いわば「がんとの共存」である。
これなら安価だから、うまくいけばステージ5の患者さんにとっては大きな朗報になるのではないか。そう考えた山崎さんは、自分の体で試してみると、これが思った以上に効果があった。そこで新たに希望者を募って正式に「臨床試験プロジェクトチーム」を発足させたという。
ステージ5になると、抗がん剤を使ってもわずかな延命効果しかない。かといって抗がん剤治療を拒否すると、「当方でできることはもうありません。緩和ケアに行ってください」となる。助からないことは分かっていても、自分が納得できる時間を生きたい。緩和ケアで苦痛を和らげてもらいながら死を待つのもいいが、できることなら、限られた時間を最後まで悔いのないように生きたい。そう思っているはずだ。
ただ、死亡前1カ月間でがん患者の40%が痛みを訴え、死亡前1週間だと約30%の方が「ひどい痛み」を訴えると聞くと、つい気が重くなってしまう。治癒できなくても、残された時間のQOL(生活の満足度)を高める抗がん剤はないのだろうか。
延命よりもそんなことを末期のがん患者さんが望んでいると聞いたとき、数年前に紹介したP-THPという抗がん剤を思い出したのである。
抗がん剤P-THPとは
『「副作用のない抗がん剤」の誕生』(文藝春秋)で、熊本大学の故前田浩名誉教授が開発したP-THPについて書いたのだが、当時の私は、抗がん剤はがんを治療することが前提であって、ステージ5の患者さんのQOLを維持するという発想はもとよりなかった。
それに、ある化合物が「薬」と認められるというのは、治験(臨床試験)によって有効性(効き目)と安全性(副作用)を示すことであって、QOLを維持する抗がん剤は、はなから対象外なのだ。
そんなことから、P-THPは治療よりQOLを維持するのにすぐれた抗がん剤であることをすっかり見逃していた。
P-THPの構造は簡単で、ピラルビシンという昔からある抗がん剤にポリマーをくっつけただけである。臨床試験で有効性と安全性が認められていない、つまり未承認の抗がん剤だった。
このP-THPを何度も動物試験で安全性を確かめると、余命3カ月を切ったステージ5のがん患者さんから、安全性試験の希望者を募った。それを取材させていただいたのである。
希望した多くの方たちは「治療の方法はありません」と見放されたが、がんとの闘いを諦めたわけではなかった。そんな彼らを観察していて、P-THPはこれまでの抗がん剤とまったく違うことに驚いた。
P-THPには副作用がない
例えば肺腺がんで余命3ヶ月のAさん。ストレッチャーに乗せられてやってきたが、希望は「口内炎が治ったらラーメンが食べたい」だった。そんなAさんが、点滴でP-THPの投与を受けたあと、私の前でこう言ったのだ。
「副作用がない!」
抗がん剤につきものの副作用はゼロだったそうだ。
これまで一人でトイレにも行けなかったのに、やがて自分で歩いて行けるようにもなった。3週間もすると、あれほど願っていたラーメンを、タクシーに乗って食べに行けるようになった。
それだけではない。餃子やレアチーズなど、好きなものが食べられるようになったのだ。
とはいえ治癒したわけではない。余命は3ヶ月だったが、7ヶ月後に静かに看取られたという。
前立腺がんの末期だった農家のBさん。いきなり余命2ヶ月と言われて、家族も見ていられないほど落ち込んでいた。それがP-THPの投与から1ヶ月後に会うと、「毎日畑に出て働いています」と笑いながら言ったのだ。「痛みはないし、食事も普通に食べています。びっくりです」と目を輝かせた。2カ月が1年に延命して亡くなられたが、最期まで孫たちと楽しそうに過ごしていたという。
直腸がんが肺に転移したがん末期のCさんは、抗がん剤の副作用でひどい目にあってから二度と治療はしないつもりでいた。ところが、転移したがんがリンパ節を圧迫して歩けなくなった。そんなときに副作用がないというP-THPのことを聞いて試してみたそうだ。
残念ながら、投与しても腫瘍マーカーは下がらなかったのだが、なぜか多発性肺転移によくある呼吸苦もなく、すこぶる元気そうだった。日がな一日好きなピアノで作曲をしながら、最期まで満足そうだったという。
癌と共生するという選択肢
地方公務員のDさんが肺がんとわかったときは既にステージ5だった。余命は「2ヶ月から半年」。やがて呼吸が苦しくなり、好きなラーメンも食べられなくなった。それがP-THPで痛みがなくなり、そのうえ副作用がないから、「今のうちにやれることはやっておこう」と、パソコンで仕事をしはじめた。
転移したリンパ節転移も、肺の腫瘍もP-THPで縮小したが、腫瘍マーカーの数値が下がらず、半年後に亡くなった。好きなラーメンを毎日のように食べ、最期は痛みもなく旅立ったという。
P-THPの投与を受けた全員が延命できたわけではない。この4人を含めて4割程度だった。ただ共通するのは、痛みがほとんど消え、好きな物を食べられたことである。なぜ痛みが消えて好きなものが食べられたのか、前田教授もわからないと言っていた。
がんを治そうと、世界中が抗がん剤の開発にしのぎを削っているが、ステージ5のがんを治癒できないのは今も昔も同じである。もちろん患者さんは治したい気持ちはあるが、治らないから苦しむよりも、QOLを維持しながら、つまりがんと共生しながら、残された時間を思う存分生きたいという患者さんは少なくない。
P-THPは、おそらく、それを実現できる唯一の抗がん剤だったように思う。それが治療薬にならなかったことが今も残念でならない。P-THPでなくても、確実に「QOLを維持」できる抗がん剤があるなら、ぜひとも認めるべきではないだろうか。
奥野 修司