出典:https://diamond.jp/articles/-/367657
家族がいない、頼れる人がいない――そんな高齢者が最後に頼るのが身元保証サービス。しかしその実態は、預金の無断引き出しや、全財産を渡す遺言書の作成など、信じがたいトラブルの温床になっている。国の規制もなく野放しになっている、NPO法人の裏の顔とは?※本稿は、甚野博則『衝撃ルポ 介護大崩壊 お金があっても安心できない!』(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。
■ 死亡した後に預金が本人名義で引き出される
来院時心肺停止状態――。そう記された死亡診断者が私の手元にある。当時85歳の山根三郎さん(仮名)が亡くなったときのものだ。
山根さんには妻や子どもがおらず、親しくしていた親族もいない。そのため、NPO法人が運営している身元保証サービスを契約していた。
身元保証サービスとは一般的に、病院や介護施設に入る際に必要となる保証人の役割を担ったり、死後の事務手続きをサポートしたりするものだ。
生前、介護が必要だった山根さんは、身元保証サービスを手掛けているNPO法人と契約をしてサポートを受けていた。そんな山根さんの死亡診断書の直接死因の欄には「肺炎」と記され、発病または受傷から死亡までの期間は「約2日」とされている。
だが、この死亡診断書をよく見ると気になる点があった。死亡日時である。
亡くなったのは某月29日の正午0時と記されていた。なぜそれが気になるのかといえば、山根さんが銀行で振り込みをしたことがわかる「ご利用明細」を関係者から入手したからだ。
そのご利用明細には、山根さんが亡くなった翌月の18日に、どこかへ振り込みをした形跡が残っていたのだ。死後、約20日経った後、何者かが山根さんの銀行のキャッシュカードを使って、ATMから振り込みを行っていたことを意味する。
ご利用明細には、振り込みのために利用した銀行の支店番号が載っていた。その番号から、どこのATMから振り込んだのかがわかる。調べてみると、そのATMは、山根さんが契約していた身元保証サービスを運営していた法人のNPO事務所近くだった。
■ 引き出された金の行き先は過去利用した介護施設の近く
ちなみに、死亡した人の預金を銀行から引き出すことは違法ではない。とはいえ、亡くなった事実を速やかに銀行に届け出て、銀行取引が停止されるのが一般的だ。
財産保全の観点からも、多くの銀行がそうした運用をしている。もし親族などがなんらかの理由で死亡後に現金を引き出した場合は、死亡時の残高が相続財産になるため、領収書などを保管しておく必要がある。
山根さんの関係者によると、振り込み先は山根さんがかつて利用していた訪問介護事業所だった。
退去時のクリーニング費用として10万円、おむつ代が約6000円、その他おしりふきや手袋代などを支払うためのお金だ。
なぜ、そう言えるかといえば、この訪問介護事業所が山根さん宛てに「清算書」、つまり請求書を送っていたからだ。この死亡診断書と銀行のご利用明細から、山根さんは生前、NPO法人の「死後の事務手続きサービス」と契約していたことが推察できるのだ。
山根さんには「成年後見人」や「保佐人」はついていない。
成年後見制度は、
認知症などにより判断能力がない人や、将来判断能力が低下する人の財産を管理するなどのため本人や裁判所が選任する。
成年後見は、本人に代わって不動産や預貯金などの財産管理を行ったり、本人の希望や身体の状態、生活の様子などを考慮しながら必要な福祉サービスや医療が受けられるように、利用契約の締結を行える。また、医療費の支払いなどを行ったりもする。
つまり、悪質な業者から騙されて契約させられないよう本人を守る役目を果たす。
■ 財産を守ってくれないグレーな身元保証業者
一方で身元保証業者はどうか。ある司法書士によると、身元保証業者の大きな役割の1つが、入院時や介護施設入所時に身元保証を行ってくれることだ。他には、入院手続きや支払いの代行、医師との打ち合わせや、手術の同意書を代理で行うこともあるという。
終末期の治療方針について医師と確認を行ったり、介護でいえばケアマネが作成したケアプランの確認や、通院の付き添いなどを行う業者もある。
だが、こうした業務はグレーな面も多いと前出の司法書士は語る。
「本人に代わって、各種の契約や介護施設にかかった費用を精算するケースがあるとします。契約内容が本人の不利益にならないか、請求された費用が本当に正しいかどうかを身元保証会社は確認する義務もありません。
成年後見人は、本人の財産を守るという立場ですが、
身元保証会社は本人を守るというより、代行が業務のメインです。つまり立場が異なる。そのため身元保証会社が、預貯金などの財産管理まで行う行為は、利益相反が生じることにもなりかねないのです。
極端な例を挙げれば、悪徳介護事業者と身元保証会社がグルだった際、本人の財産を守るどころか、本人に代わってさまざまな契約を行って、財産を食い潰してしまうということが起こっても不思議ではない」
■ 「死人に口なし」を利用して大金を請求し放題のリスクも
そうした話を前提とすると、山根さんが残した書類には腑(ふ)に落ちない点がいくつもある。
例えば請求書の宛名が、亡くなった山根さん本人宛てになっていたが、山根さんへの請求が本当に事実に基づいた正しい請求か、確認のしようがないと思ったのだ。
業者が架空のサービスを上乗せして山根さんに請求しても、サービスを受けた本人が亡くなっている今、請求金額が正しいかを、誰がどのように判断するのだろうか。
事実、この事業所の請求額と、山根さんの銀行口座から振り込みされた額も合っていなかった。
またNPO法人は、生前の費用支払いのための預託金の取り扱いや残金の扱いについて、契約書および死後事務委任契約を締結しているのだろうかという点だ。
さらにいえば、仮に故人となんらかの契約を交わしていたとしても、正しく契約どおりに手続きが行われていることをどう担保するのか。悪質な業者であれば、いくらでも理由をつけて、故人の預金を引き出すことができてしまう。
■ ヘルパーに財産を寄贈する遺言書は本当に本人が書いたのか?
このNPO法人について関係者から話を聞くと、他にもいくつも“怪しい点”がつきまとっていた。
その最たるものは遺言書だ。山根さんが亡くなる約7ヵ月前に書かれた遺言書は、震える手で書いたような文字でこうあった。
〈遺言者は所有するすべての財産を遺贈する〉
遺贈とは相続人以外の者に財産を渡すことである。山根さんは遺言書の中で、ある女性の名前を挙げて、彼女に財産を遺贈すると記している。その女性は、山根さんを生前担当していたヘルパーだ。
しかもこのヘルパーは長年山根さんを担当していたわけではないようで、このNPO法人の職員だった。
山根さんが亡くなった後、遺言書の存在を知った親族の1人は、自らの意志で本人が遺言書を書いたとは思えないと語っていた。