NN2-1.『中論』:『大乗仏教の思想』(龍樹:中村元著より転記)

■<空>の思想

・大乗仏教は、

もろもろの事象が相互依存において成立しているという理論によって、

(śūnyatā)の観念を基礎づけた。

空(śūnya)とは、その語源は「膨れあがった」「うつろな」という意味である。

膨れあがったものは中がうつろ)である。

⇒われわれが今日数学においてゼロと呼んでいる小さな楕円形の記号は、

⇒サンスクリット語ではシューニャśūnyaと呼ばれている。

それが漢訳仏典では「」と訳されているのである

大乗仏教、とくにナーガールジュナを祖とする中観派(ちゅうがんは)の哲学者たちは次のように主張した。

何ものも真に実在するものではない。

あらゆる事物は、みせかけだけの現象にすぎない

その真相についていえば空虚である。

その本質を「欠いて」いるのである(śūnyaという語はサンスクリット語においては「・・欠いている」という意味に用いられる)。

無も実在ではない。

あらゆる事物は他のあらゆる事物に条件づけられて起こるのである

>というものは

無や断滅でなくて、肯定と否定、有と無、常住と断滅というような、

二つのものが対立を離れたものである

⇒したがってとは、

あらゆる事物の依存関係relationalityにほかならない

ナーガールジュナの出現

・ナーガールジュナの思想の根本はこの<の思想である

これは、すでに大乗仏教の般若経典の中に空観(くうがん)ということが述べられていたが、

それの発展したものである。

般若経典は膨大なものであるが、

⇒その中では、ただ、空ということばが高らかに強調されくり返されている

しかし、それを理詰めに議論するようなことはなかった

ところが、後に空の思想を積極的に理論的に説明する人びとが現われてきた。

その発端となったのが、ナーガールジュナである

ナーガールジュナのことを漢訳の仏典では、「龍樹」と書く。

⇒「ナーガ」というのが「龍」という意味で、

⇒アルジュナというのは昔の英雄の名で、音写して「樹」としるした。

およそ150-250年ごろの人と推定されている。

⇒また、ヒンドゥーイズムが盛んになる以前の人であるが、彼のはじめた学派は、その後ずっとヒンドゥー期を通じて存続した。

インドではナーガールジュナの像の彫刻は何も残っていない絵もない

ところが、日本には、想像にもとづいてつくったものが残っている(たとえば、金剛頂寺にある)。

このナーガールジュナが空の思想を理論的に基礎づけた

・大乗仏教とよばれるものは、

みなかれから出発してのである

そのため日本では、

かれは南都六宗・天台・真言の「八宗の祖師」と仰がれている。

のちの仏教のいろいろな思想は、かれに負うところが非常に多い

ナーガールジュナの出現(ターラナータの伝えるナーガールジュナの伝記)

特に中観説をひろめた

⇒かれは小乗修行者(声聞)たちにとって大層有用〔な人〕であった。

⇒とくに教えの要点を踏みはずし修行者たちのあいだで威勢のあった多数のビク(修行僧)たちや沙弥(しゃみ:出家見習僧)たちを

⇒かれが追放したあとでは、とくにそうであった。

⇒そういう人々がほぼ五千人いたという。

⇒そこであらゆる学派がかれを主と仰いだ。

⇒そのときに尊師ナンダ、尊師オアラマセーナ、尊師サミヤクサティが現われて、その三人がヨーガ師たちの体系を体得して、若干の論書を著した。

この三人はアーラヤ〔識〕を説いたので、この三人の尊師たちは古代ヨーガ業者たちとよばれ、

アサンガ(無著:むじゃく)とその弟(ヴァスバンドゥ<世親:せしん>)より〔年代的に〕遅いのちの人々であるとされている。

<参考情報>

【開幕】特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」11月30日(日)まで上野の東京国立博物館(本館特別5室)で

出典:https://artexhibition.jp/topics/news/20250910-AEJ2734576

出典:https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1861

<参考情報>

■『唯心』と『空観思想』は究極的には同じ

出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~

<参考情報>

ヒンドゥ哲学から仏教が出てきて発展していったインド仏教思想の前半史は、おおざっぱに3段階が設定できる。第Ⅰ期はブッダから1世紀くらいまで、第Ⅱ期が1世紀から600年くらいまで、第Ⅲ期インド大乗仏教の消滅までである

 このうち第Ⅰ期の前期のアショーカ王までの時代を、ふつう「原始仏教」といい、後期の大乗仏教成立までは「部派仏教」という。原始仏教での特徴はヴェーダの権威を認めなかったことにある。したがってブッダは、ブラフマン(梵)もアートマン(我)も否定しただからブッダの弟子たちは、この考え方を前提に三蔵(経・律・論)をつくっていった

 それが後期の部派仏教では宇宙原理としてのブラフマンについてはあいかわらず認めなかったのだが、小さな多数のブラフマンを認めようとした。いわば個我宇宙のようなものを認めたこれがその後に小乗仏教になる。自我を含んだ認識仏教だ。しかし、いくつもの多数の個我宇宙というのは、へたをすると言葉の数だけの個我宇宙になりかねない。

 そこで、これを痛烈に批判する仏教思想家があらわれた。それがナーガールジュナ(龍樹)であるナーガールジュナに始まる空の思想を「中観」というさらに続いてマイトレーヤ(弥勒)やヴァスバンドゥ(世親)が出て、「唯識」をおこした。唯識はどこかで個我宇宙とも絡んだが、中観はいっさいを空じた

 ナーガールジュナ登場以降、ヴァスバンドゥの出現までを、第Ⅱ期の大乗仏教時代という。

出典:サブタイトル/龍樹(ナーガールジュナ)~大乗仏教の基盤を整えた空観(=中道)/大乗仏教徒が安心して修行できる根拠をザックリ知る~:■空の思想史/立川武蔵~松岡正剛の千夜千冊~

・ナーガールジュナ複数説

⇒ナーガールジュナに帰せられる著作が多数あるが、

⇒それらがすべて同一人によって書かれたかどうかは、大いに議論のあるところである。

(1)『中論』などの空思想を展開させた著者

(2)仏教百科事典とよぶにふさわしい『大智度論』の著者

(3)『華厳経』十地品(じゅうじぼん)の註釈書である『十住毘婆紗論(じゅうじゅうびばしゃろん)』の著者

(4)現実的な問題を扱った『宝行王正論』などの著者

(5)真言密教の学者としてのナーガールジュナ

(6)化学(錬金術)の学者としてのナーガールジュナ

⇒上のうちで、5と6は1と大分色彩を異にしているので別人ではないかと思われるが、後の研究にゆだねることにしょう。

■大乗仏教の興起

◆概略

紀元100年前後(A.D.100)の仏教界において

伝統的保守的仏教が圧倒的に優勢な社会勢力をもっていたが

一般民衆ならびにその指導者であった説教師の間では新たな宗教運動が起こりつつあった

それがいわゆる大乗仏教である

これに対して旧来の伝統的・保守的仏教は一般に小乗仏教(上座部仏教)と呼ばれているが

⇒それは大乗仏教の側から投げつけた貶称(へんしょう)であって、旧来の仏教諸派はそのようには称していない。

旧来の諸派は自ら仏教の正統派を以て任じ、大乗仏教を無視していた

・両者の特徴(相違):その1

⇒旧来の諸派は

たとえ変容されていたとしても、歴史的人物としてのゴーダマ(釈尊)の直接の教示に近い聖典を伝えて、伝統的な教理をほぼ保存している

⇒大乗仏教は

全然あらたに経典を創作した

そこに現れる釈尊は、

歴史的人物というよりもむしろ理想的存在として描かれている

・両者の特徴(相違):その2

旧来の仏教諸派は

⇒国王・藩候・富豪などの政治的・経済的援助を受け、広大な荘園を所有し、その社会的基盤の上に存立していた。

⇒社会的勢力を有し、莫大な財産に依拠し、ひとり自ら身を高く侍し、自ら身を潔しとしていたために、その態度はいきおい独善的・高踏的であった。

⇒かれらは人里離れた地域にある巨大な僧院の内部に居住し、静かに瞑想し、座禅を修し、煩瑣(はんさ)な教理研究に従事していた。

⇒大乗仏教は

少なくとも初期の間は、民衆の間からもり上がった宗教運動であり、荘園を所有していなかった。

⇒そうし「国王・大臣に近づくなかれ」といって権力者に阿諛(あゆ)することを諫め、その信仰の純粋にして清きことを誇りとした。

⇒また富者が寺塔を建立し莫大な富を布施することは非常に功徳の多いことであるが、

しかし経典を読誦・書写し信受することほほうが、比較にならぬほどの功徳が多いといって、経典の読誦を勧めている

一方、大乗仏教は旧来の仏教諸派の生活態度をいたく攻撃した

⇒彼らの態度は利己的・独善的であるといって軽視し、「小乗」という貶称を与え、自らを利他行を強調した。

利他行の実践と諸仏・菩薩への信仰

大乗仏教では

慈悲の精神に立脚

生きとして生きるもの(衆生)すべてを苦から救うことを希望する

自分が彼岸の世界に達する前に、まず他人を救わなければならぬ

かかる利他行を実践する人を菩薩Bodhisattva:ボーディサットヴァと称す

出家したビク(修行者)でも、在家の国王・商人・職人などでも、

衆生済度の誓願悲願を立てて、それを実践する人はみな菩薩である

慈悲に基づく菩薩行は

⇒理想としては何人も行わねばならぬものであるが、

一般の凡夫(ぼんぶ)にはなかなか実践しがたいっことである

そこで他方では、諸仏・諸菩薩に帰依し、その力によって救われ

その力にあずかって実践を行うことが説かれた

⇒したがって信仰の純粋なるべきことを強調し、信仰の対象としては、

⇒ブッダ(釈尊)をますます超人的なものとして表象された。

⇒大乗仏教においては、

⇒三世十万にわたって無数に多くの諸仏の出世および存在を明かすに至った。

⇒諸仏の中でも阿閦仏(あしゅくぶつ)、阿弥陀仏、薬師如来などがとくに熱烈な信仰を受けた。

⇒また菩薩も超人化されて、その救済力が強調された。

⇒弥勒菩薩・観世音菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩などはとくにその著しいものである。

かれらは衆生を救うためには種々なる身を現じてこの世に生まれてくる。

そうして衆生に対する慈悲のゆえに自らはニルヴァーナ悟りの境地、涅槃に入ることもない

・諸仏、菩薩に対する信仰が高まるにつれて

⇒それらの身体を具体的なかたちで表現してそれを崇拝したいという熱望が起こり、多数の仏像および菩薩像が作製された。

⇒中央インドのマトゥラー市と西北インドのガンダーラ地方とが仏像製作の中心地であった。

⇒前者はアショーカ王(紀元前304年~紀元前232年以来のインド国粋美術の伝統に従っているが、

後者にはカニシカ1世(144年~171年)時代のギリシャ美術の影響がいちじるしい

出典:左図)https://butsuzou.themedia.jp/posts/7751439/                    右図)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99

出典:左図)https://butsuzou.themedia.jp/posts/7717652/ 右図)https://www.louvre-m.com/collection-list/no-0010 下図)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99

・大乗仏教の教化方法

⇒当時の民衆の精神的素質あるいは傾向に適合するようなしかたにたよらねばならなかった。

そこで仏・菩薩を信仰し帰依するならば

⇒多くの富や幸福が得られ、無病息災となると説いている。

⇒特に注目すべきこととしては、教化の重要な一手段として咒句(じゅく:まじない:陀羅尼)を用いた

⇒かかる教化方策は非常な成功を収めた。

しかし同時に大乗仏教がのちに堕落するに至った遠因をここにはらんでいた

⇒初期の大乗仏教徒はいまだ整った教団の組織を確定していなかったし、

⇒細密な哲学的論究を好まなかった。

⇒むしろ自分らの確固たる信念とたぎりあふれる信仰とを華麗巨大な表現もって息もつかずに次から次へと表明し、その結果成立したものが大乗経典である。

大乗経典は、

それ以前に民衆の間で愛好されていた仏教説話に準拠し、あるいは仏伝から取材し、

戯曲的構想を取りながら

その奥に深い哲学的意義を寓せしめ、

しかも一般民衆の好みに合うように作製された宗教的文芸作品である

注)陀羅尼(だらに):サンスクリット語で「dhāraṇī」と呼ばれ、仏教の呪文やマントラに相当する。陀羅尼は、特定の言葉や句を繰り返し唱えることで、精神的な保護や加持(かじ)を求めるためのもの。以下に、陀羅尼のいくつかの重要な側面について

陀羅尼の種類

  1. 護摩陀羅尼(ごまだらに): 精神的な護りを求めるために唱える陀羅尼。
  2. 消災陀羅尼(しょうさいだらに): 災難や悪運を除くために用いられる陀羅尼。
  3. 増益陀羅尼(ぞうやくだらに): 富や知識などの増益を願うための陀羅尼。
  4. 愛染陀羅尼(あいぜんだらに): 人間関係や愛情を改善するために唱える陀羅尼。

陀羅尼の役割

  • 精神的な保護: 陀羅尼を唱えることで、精神的な保護や加持が得られると信じられている。
  • 修行の補助::仏教の修行者が瞑想や儀式の一環として陀羅尼を唱え、心を集中させ、精神的な成長を促す。
  • 願望成就:陀羅尼は、願望の成就や悪運の排除、健康の増進などを目的としている。

陀羅尼の歴史

陀羅尼は、仏教がインドから他の地域に広がる際に、特に中国や日本などの大乗仏教圏で発展した。これらの地域では、陀羅尼が経典や儀式の一部として広く受け入れられた。

<参考情報>

■華厳経

果上現の法門

⇒悟りとは何か

⇒悟りの境地は何かを説く

事物・事象の統一性と相互関連性

⇒今日的な複雑性の科学と同様に

・シンボル操作

悟りの内容真理は言語化されにくい

・入法界

⇒真理の世界に入る

■華厳経の翻訳の最後の品(章)

入法界品(菩薩道の究明と宣揚が基調)

⇒善財童子の求法(入法界・行願)

⇒53人の先生に師事する(55の場面)

⇒修行者の模範として東アジアで広がった

出典:サブタイトル/華厳の思想(鎌田茂雄著)~松岡正剛の千夜千冊より転記~

◆般若経典における空観

・空観とは

一切諸法(あらゆる事物)が空であり、それぞれのものが固定的な実体を有していない、と観ずる思想である

⇒すでに原始仏教において、

⇒世間は空であると説かれていたが

⇒例えば常に心に念じて、【何もかを】アートマン(我)なりと執する見解を破り、世間を空であると観察せよ。そうすれば死を度(わた)るであろう(スッタニパータ1119)

大乗仏教の初期につくられた般若経典では

その思想を受けてさらに発展せしめ、大乗仏教の基本的教説とした

⇒般若経典としては『大般若波羅蜜多経』(600巻、玄奘訳)は一大集成書であるが、『般若心経』、『金剛(般若)経』、『理趣経(りしゅきょう)』などはとくに有名である。

当時、説一切有部(せついっさいうぶ)などのいわゆる小乗諸派上座部仏教

法の実有(じつう)を唱えていたのに対して

それを攻撃するために特に否定的にひびく>という語を

般若経典は繰り返し用いたのであろう

それによると、われわれは固定的なという観念を懐(いだ)いてはならない(『金剛経』六節)。

一切諸法は空である

何となれば、一切諸法は他の法に条件づけられて成立しるものであるから

固定的・実体的な本性を有しないものであり

無自性(むじしょう)」であるから

本体をもたないものは空であるといわねばならぬからである

⇒そうして、諸法が空であるならば、

⇒本来、空であるはずの煩悩などは断滅するというこも、

真実には存在しないことになる(『金剛経』二七節)。

⇒かかる理法を体得することが無上正等覚(むじょうしょうとうがく:悟り)である。

⇒そのほかに何らかの無上正等覚(悟り)という別なものは存在しない。

実践はかかる空観に基礎づけられたものでなければならない。

⇒たとえば『金剛(般若)経』の第10節では、

⇒「まさに住するところなくしてその心を生ずべし」(「応無所住而生其心」)と説いている。

⇒菩薩は無量無数無辺の衆生を済度(さいど)するが、

⇒しかし自分が衆生を済度するのだ、と思ったならば、それは真実の菩薩ではない。

⇒かれにとっては、救う者も空であり、救われる衆生も空であり、救われて到着する境地も空である。

また身相身体的特徴をもって仏を見てはならない

あらゆる相はみな虚妄でありもろもろの相は相に非ず、と見るならば、すなわち如来を見る

⇒かかる如来には所説の教えがない。

教えは筏のようなものである。衆生を導くという目的を達したならば捨て去られる

かかる実践的認識を智慧の完成般若波羅蜜多と称し

与える(布施)・いましめをまもる(持戒)・たえしのぶ(忍辱/にんにく)、つとめはげむ(精進)、静かに瞑想する(禅定)という五つの完成を併せて<六つの完成>(六度、六波羅蜜多)と称する

◆在家仏教運動

・空観からの論理的必然的な結論

⇒輪廻とニルヴァーナとはそれ自体としては何ら異ならぬものである、と教えられた。

⇒しからばわれわれの現実の日常生活がそのまま理想的境地として現わし出されねばならぬ。

⇒理想の境地はわれわれの迷いの生存を離れては存在しえない。

空の実践としての慈悲行は

人間生活を通じて実現される

⇒この立場を徹底させると、ついに出家生活を否定して在家の世俗生活の中に仏教の理想を実現しようとする宗教運動が起こるに至った。

⇒その所産としての代表的経典が『維摩詰所説経(ゆいまきつしょうせつきょう)』である。

⇒そこにおいては維摩詰という在家の資産者(居士(こじ))が主人公となっていて、

⇒出家者たる釈尊の高足の弟子たちの思想あるいは実践修行を完膚なきまでに論難追及してかれらを畏縮せしめ、

⇒その後に真実の真相を明かしてかれらを指導するという筋書きになっている。

その究極の境地はことばでは表示できない「不二の法門」であり、

維摩はそれを沈黙によって表現したという。

・在家仏教の運動の理想は、

⇒やや後代に現れた『勝鬘経(しょうまんきょう)』のうちにも示されている。

⇒それは、釈尊の面前において国王の妃である勝鬘夫人(しょうまんぶにん)が諸問題について大乗の法を説くが、釈尊はしばしば賞賛の辞をはさみつつ、その説法を是認するという筋書きになっている。

<参考情報>

仏教受容の最初期の聖徳太子の立ち位置(認識)

「勝鬘経」「維摩経」「法華経」の三教を選んで注釈(解説書=三教義疏)した姿勢

世俗生活を肯定する立場から三教を選定し、注釈をした。

太子はいうまでもなく、摂政という最高政治に携わる世俗の人であり、

人間が生きていくうえの倫理の指針として、また統治の根本原理として

仏教を採択したのである。

したがって仏教の理想は

僧侶(出家)によって実現されるだけではなく、

社会的な実践課題でなければならなかった。

■「維摩経」の「第三章 弟子」に注釈(維摩経義疏)して

「山としてかくれなければならない山はなく、世として避けなければならない世はない。・・・

汝らは、彼此といった差別の心から、世俗を捨てて山にかくれ、かえって身心を迷いの世界に現している」といい、

「維摩経」のテーマはこうである。

釈尊の弟子たちが維摩のところに行くと、いろいろ質問されてやっけられる。

そして自分の至らぬことを悟らされる。

最後に維摩が本当の教えを説く。

そして、最後のぎりぎりの境地まで達すると、

黙然無言(もくねんむごん)であったというのである

文殊菩薩は最高の真理というのは言葉では説かれないもので、「文字もなく説もなし」という。

そして維摩さん、あなたはどう考えですかといって促すと、

維摩はただじっと座って黙然無言であった。

文殊は「言葉にはいえないということを言葉に出していってしました

ところが維摩は身をもって体現している。無言の行を行っている。

「話してはいけない」といったとすると、これはも無言を破ってしまったことになる。

維摩はこの無言を実践して、

絶対の真理というものは概念化を超えたところにあるもので

対立の彼方にあるということを表現しているのである。

・対立を超えたということになると

世俗の世界の外に宗教があるとすると、もうそこに対立を認めたことになる。

世俗と宗教、俗なるものと聖なるものと対することになる。

対立していることにおいて、宗教的な聖なるものは絶体ではない

もしも本当の絶対であるならばすべてを含んだものでなければならない。

すると宗教の真理の境地というものは世俗の彼方にあるものではなく、

われわれが毎日起きて顔を洗い、ご飯をいただき、茶を喫し、歩いて出かける、

この平凡な日常生活の中に偉大な真理があるわけで、

それを超えたところに宗教の境地があると思ってはならない

だから、維摩居士は世俗の長者なのである。出家した僧ではない

普通であると、僧が信者に向かって教えを説くのであるが、

「維摩経」のテーマはまったく逆である。

その筋書は、世俗人である維摩が、

出家者である僧たちに教えを説いて聞かせるということである。

これは世俗の宗教、在家仏教の主張である

聖徳太子は、ここに思いを馳せた

聖徳太子の生涯を見ると、

太子は出家した僧ではなく、あくまでも世俗の政治家として天皇を補佐したのである。

その理論的根拠がここにある

■勝鬘経(しょうまんぎょう)義疏(ぎしよ)

・如来蔵:tathāgata-garbha:タターガタ・ガルバ

聖徳太子は人間の現実を成立せしめる根底として「勝鬘経(しょうまんぎょう)」の説く「如来蔵」の概念を採用し想定していた。

如来蔵は如来の母胎という意味である。

生きとして生けるものは、いつかは如来すなわち仏となりうるものであるが、

しかし煩悩の汚れにまつわられていて、仏となりうる本性が現れていない。

だが仏となりうる可能性を否定することはできない。

汚れにまつわられている状態のうちにある真実そのもの<在纒位(ざいでんい)の法身(ほつしん)>を「如来蔵」と呼ぶ

これは「勝鬘経(しょうまんぎょう)」その他の経典に説くところであるが、

聖徳太子は、この概念を自分の思想の根幹にすえたのである

◆『華厳経』における菩薩行の強調とその趣旨

・『華厳経』の趣意は、

現象界の諸事象が

相互に密接に連関しているという

⇒いわゆる事事無碍(じじむげ)の法界縁起(ほつかいえんぎ)の説に基づいて菩薩行を説く。

⇒菩薩の修行には自利と他利との二方面があるが、

⇒菩薩にとって、衆生済度(しゅじょうさいど)ということが自利であるから自利即利他である。

⇒この経の十地品(じゅうじぼん)では、

⇒菩薩の修行が進むにしたがって心の向上する過程を十地(十種の段階)に分けて説く。

⇒また入法界品(にゅうほっかぼん)のうちでは、

⇒善財童子の求道という中心の筋書きが注目されるべきである。

⇒かれは菩薩心を起こして、菩薩行を完全に知らんがために南方に旅して五十三人のもとを訪ね教えを乞い、最後に普賢菩薩の教えを受けて究極の境地に到達する。

<参考情報>

■華厳経の翻訳の最後の品(章)

入法界品(菩薩道の究明と宣揚が基調)

⇒善財童子の求法(入法界・行願)

⇒53人の先生に師事する(55の場面)

⇒修行者の模範として東アジアで広がった

出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.1(華厳経の教え)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~

<参考情報>

華厳経の法界縁起の思想と『中論』が主張する縁起

両者非常に類似している

法界縁起の説においては

⇒有為法・無為法を通じて一切法が縁起していると説くのであるが、

⇒その思想の先駆を『中論』のうちに見出す事ができる。

⇒中国の華厳宗は一切法が相即円融(そうそくえんゆう)の関係にあることを主張するが、

⇒中観派の書のうちにもその思想が現れている。

⇒「一によって一切を知り、一によって一切を見る」といい、

⇒また一つの法の空は一切法の空を意味するとも論じている。

⇒(チャンドラキールティの詿解『プラサンナパダー』28ページ)

⇒「一つのものの空を見る人は、一切のものの空を見る人であると伝えられている

一つのものの空性は、一切の空性にほかならない

⇒(アーリヤデーヴァ『四百論。第八章・第十六章』)

⇒「中観派は、一つのものの空性を教示しょうと欲しているのと同様に、一切のものの空性も教示しようとしているのである

⇒(チャンドラキールティの詿解『プラサンナパダー』127ページ)

・一と一切とは別なものではない

極小において極大を認めることができる。

⇒極めて微小なるものの中に全宇宙の神秘を見出しうる

各部分は全体的連関の中における一部分にほかならないから、

部分を通じて全体を見ることができる

『中論』のめざす目的は全体的連関の建設であった

⇒このように解するならば『中論』の説く縁起と華厳宗の説く縁起は

⇒いよいよもって類似していることが明らかである。

⇒従来、華厳宗の法界縁起説は全くシナにおいて始めて唱え出されたものであり、

⇒縁起という語の内容を変化させ、

時間的観念を離れた相互関係の上に命名したした、と普通解釈されてきたが、

しかし、華厳宗の所説は

すでに三論宗の中にも認められるのみならず(「三論玄義」八三枚左)、

さかのぼつて『中論』のうちに見出しうる

『中論』の縁起説は華厳宗の思想と根本においてはほとんど一致するといっていい

⇒ただ華厳宗のほうが一層複雑な組織を立てている点が相違するのみである。

⇒賢首(げんじゅ)大師法蔵には『十二門論宗致義記』があるほどであり、

⇒また日照三蔵からも教えを受けたというから、ナーガールジュナ(龍樹)』からの直接の思想的影響も十分に考えられる。

法界縁起の説がはたしてどれだけナーガールジュナの『中論』その他の著書の影響を受けているかということは

⇒独立な研究問題であるが、

⇒両者の間に内面的な密接な連絡があったことは否定できないと思われる。

<参考情報>

仏教(釈尊)は

あらゆるものに実体は無いとする

■法界縁起

・円融無碍と性紀のアプローチがある

円融無碍

■同じパターンが繰り返される系とは

<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い)』>

あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。

つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。

<参考情報>

仏教の悟りの要件の一つに重々帝網』という言葉があります。『インドラの網』、『重々無尽』、『事事無碍』ともいわれます。

これは帝釈天の宮殿を覆う網の結び目に宝玉が付いていて、全体を照らす、同時に全体は個々の宝玉の中に反映されている、部分は全体を表わし,全体は部分に集約されています。すなわち相互依存性の理解が大切という教えです。

出典:https://www.health-research.or.jp/library/pdf/forum24/fo24_selector01.pdf

■唯識所変のIndra’s Net

出典:https://hironobu-matsushita.com/%E5%94%AF%E8%AD%98%E6%89%80%E5%A4%89%E3%81%AEindras-net/

■相即と相入

<関連情報>

■華厳の特性

・性起

本来に備わっている(具)いるだけでなく

今、現在の現れている

働きが起きている

出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~

注)華厳経の法界縁起の思想:この思想は、すべての存在が相互に繋がっているという考えに基づいている。具体的には、すべてのものが「法界」という一つの大きな繋がりの中にあるということ

この思想は、個々の存在が孤立しているのではなく、すべてが相互に依存し合っているという仏教的な視点を強調している。このようにして、法界縁起は、人々が他者や自然との関係をより深く理解し、共感を持つことを促す。

華厳経の教えは、この法界縁起の思想を通じて、人々が自己の内面的な成長と外部の世界との調和を追求することを目指している。

注)『華厳経』の教理


『華厳経』の教理の特色は、第一に人間には仏性があり、仏になるとしたこと。第二に、ブッダが悟った真理は「縁起」から見た世界にあるとしたこと。第三は、宇宙は多様な要素がすべて相互にネットワークしあって、秩序をつくりあげているとしたことにある。
松岡正剛『情報の歴史を読む』(NTT出版)p,21

出典:https://1000ya.isis.ne.jp/1700.html (松岡正剛の千夜千冊 1700夜)

注)華厳(けごん)とは:仏教の一派であり、大乗仏教の一つである華厳宗の教え。華厳経(けごんきょう)という経典に基づいており、その教えは「大宇宙の真理」や「仏性の普遍性」を強調している。

「ヴァイローチャナ・ブッダ」という仏が本尊として示されている。「ヴァイローチャナ・ブッダ」を、「太陽の輝きの仏」と訳し、「毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)」と音写される。毘盧舎那仏は、真言宗の本尊たる大日如来と概念的に同一の仏である。

陽光である毘盧舎那仏の智彗の光は、すべての衆生を照らして衆生は光に満ち、同時に毘盧舎那仏の宇宙は衆生で満たされている。これを「一即一切・一切即一」とあらわし、「あらゆるものは無縁の関係性(縁)によって成り立っている」ことで、これを法界縁起と呼ぶ。

華厳の考え方の特徴

  1. 大宇宙の真理:華厳経は、宇宙の全てが仏性を持ち、すべてのものが仏であると説いている。この考え方は、すべての存在が相互に関連し合い、一つの大きな仏性の体系の一部であるというもの。
  2. 仏性の普遍性:すべての人間や物質は仏性を持っており、その仏性を開花させることができるとされている。この考え方は、すべてのものが悟りを得る可能性を持っていることを示唆している。
  3. 無量義:華厳経は、宇宙の無限性や無量義を強調している。すべてのものが無限に存在し、無限に変化するという教え。
  4. 絶対平等:すべての存在は絶対平等であり、差別や優劣の概念は存在しない。すべてのものが平等に存在し、平等に尊重されるべきだとされている。

華厳の考え方は、宇宙の真理や仏性の普遍性を強調し、すべての存在が平等であり、無限に変化するという深い教えを持っている。

注)龍樹の『中論』において、「空」(Śūnyatā)と「縁起」(Pratītyasamutpāda)の関係

空の概念

  • 空(Śūnyatā): 物事が固定された本質(自性)を持たないことを意味する。つまり、すべての存在は独立して存在するわけではなく、他のものとの関係性の中でのみ存在する。

縁起の概念

  • 縁起(Pratītyasamutpāda): 「因縁生起」とも訳され、すべての現象が原因と条件に依存して生起することを指す。これは、物事が他の物事との関係性によって存在するという教え

空と縁起の関係

  1. 相互依存性空は、物事が自らの力だけで存在するのではなく、常に他のものとの関係によって存在していることを示す。縁起も同様に、すべての現象が他の現象と相互に依存し合っていると説きく。
  2. 無自性(むじしょう): 縁起の理解は、物事が無自性であることを説明する。すべての現象は、固定された本質を持たないため、空であるとされる。これにより、縁起と空は一体のものと理解される。
  3. 中道の教え:龍樹は、『中論』において中道の教えを強調し、空と縁起の関係を通じて、存在と非存在の極端を避ける中道を説いた。つまり、物事が実体を持たないという空の教えと、それらが相互に依存して生起するという縁起の教えを統合することで、中道が実現されます。
  4. 無分別智縁起の理解は、物事を分別する知識を超える智慧(無分別智)を生み出します。これにより、執着や偏見から解放され、真実の理解に到達することができる。

龍樹の『中論』は、空と縁起の関係を通じて、仏教の深遠な教えを体系的に解説し、多くの仏教哲学者に影響を与えた。

注)空海密教:法蔵や澄観の華厳思想を母体としていることは、誰もが知っていることであるはずなのに、あまり十全に議論されてはいない

私はそのことが気になって『空海の夢』の第二六章に「華厳から密教に出る」というささやかな解読を試みた。

空海が長安に入ったのは三一歳のときだった。西明寺に入ってみると、すでに三十年前からそこにいる日本僧永忠が華厳にやたらに詳しいことに驚いた。聞けば、カシミール僧の般若三蔵という老僧が六年前に『四十華厳』を漢訳したばかりだという。そこで空海は醴泉寺にいた般若三蔵のところに通う。また、宗密というすこぶる鋭利な華厳僧がいて、すでに新たな宗教人間哲学ともいうべき『原人論』を綴ったという。宗密は空海のわずか四歳年上の者だった。空海はこれらの人々の成果を懸命に学習しつつ、その淵源が澄観という華厳の大立者に発していることを知る。 その澄観は六六歳になっていた。のちの華厳宗第四祖である

このような日々をおくりつつ、空海は澄観から出た宗密が新しい宗教哲学を創造しようとしているのに愕然となり、これに勝る宗教哲学を構想しようとしたはずである。想の母体は華厳思想におくしかないようにおもわれた。それほど華厳思想はすばらしい出来栄えになっていた

が、その脱出口はどこなのかどうやら宗密は華厳から禅の方向に転出しようとしているらしい

空海はその方向を採用したいとは思わないむしろ新たな密教動向に賭けたいと決意する

それこそが恵果の金胎両部のマンダラ密教哲学だった

空海は華厳と密教をまったく新しく統合編集してしまうことに賭けたのである

上記出典: https://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-ronyu/seigo/18.html (松岡正剛)

<関連情報>

出典:サブタイトル/空海の死生観-生の始めと死の終わり-(土居先生講演より転記:仏陀と大乗仏教&密教の見取り図)

◆浄土教

・一部の大乗教徒は

現世を穢土(えど)であるとして、彼岸の世界に浄土求めた。

⇒阿閦仏(あしゅくぶつ)の浄土たる東方の妙喜国、弥勒菩薩の浄土である上方の兜率天(とそつてん)などが考えられ、

⇒これらの諸仏を信仰することによって来世にはそこに生まれことができると信じていたのである。

後世もっとも影響が大きかったのは阿弥陀仏の浄土である極楽世界の観念である

⇒阿弥陀仏の信仰は当時の民衆の間に行われ、諸大乗経典の中に現れているが、とくに主要なものは次の浄土三部教である

『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』二巻 漕魏、康僧鎧(こうそうがい)訳

『仏説観無量寿経』一巻 宗、畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)訳

『仏説阿弥陀経』一巻、後秦、鳩摩羅什(くまらじゅう:クマーラジーヴァ)訳

⇒浄土経典は

⇒五濁悪世(ごじょくあくせ)の衆生のために釈尊が阿弥陀仏による救いを説いた経典であるということを標榜している。

⇒阿弥陀仏とは原語音訳の省略であって、その意味を訳して無量寿仏(mitāyus:アミターユス)または無量光仏(Amitābha:アミターバ)という。

⇒阿弥陀仏は過去世には法蔵比丘という修行者であったが、

⇒衆生済度の誓願(四十八願)を起こして、長者・居士・国王・諸天などとなって無数の衆生を教化し諸仏を供養して、ついにさとりを開いた。

この世界から西方に向かって

十万億の仏国土を過ぎたところに極楽浄土があり、かの仏は現にそこにまいまして法を説いている。

⇒そこには身心の苦がなく、七宝より成る蓮池がり、美しい鳥の鳴声が聞え、天の音楽が奏せられている。

⇒阿弥陀仏に心から帰依する者は、その極楽世界に生まれることができる。

⇒この仏が過去世に修行者であったときに立てた四十八の願のうちの第十八願に、

⇒「もしわれ(未来の世に)仏となることを得んに、十万の衆生が至心に信じねがって、わが国に生まれんと欲し、乃至十たび念ずるも、もし(わが国に)生ぜずんば、われは正覚(しょうがく)を取らじ(仏とはならず)」と誓ったが、

⇒いまや仏となりたもうたから、仏を念ずる人は必ず救われるはずであるというのである。

⇒善男子(ぜんなんし)あるいは善女人(ぜんにょにん)が無量寿仏の名号を聴聞し、心に念ずるならば、その人の臨終に当たって無量寿仏は声聞および菩薩の聖衆(しょうじゅ)をつれてかれの前に立つ(来迎)。

そこで現世の意義が後代の浄土教では大いに問題となるが、

すでに経典の中で六度の実践が強調されている

注)浄土教における六度の実践の特徴

浄土教では、特に阿弥陀仏への信仰と念仏の唱和が中心となる。以下に、浄土教の文脈における六度の実践について説明する。

  1. 布施:物質的な布施に加えて、念仏を通じて他者への精神的な支援を行うことが重視される。
  2. 持戒:浄土教でも戒律を守ることは重要ですが、特に念仏を日々の生活の中で実践し、他者とともに阿弥陀仏の浄土を目指すことが強調されている。
  3. 忍辱:他者に対する寛容と慈悲の心を持ち、困難な状況でも念仏を唱え続けることが強調される。
  4. 精進:念仏の実践を絶え間なく続けることが、浄土教の修行者にとっての精進となる。
  5. 禅定:瞑想や集中は重要ですが、浄土教では念仏そのものが瞑想行為としての役割を果たす
  6. 智慧:阿弥陀仏の誓願と浄土の教えを深く理解し、信仰を通じて智慧を得ることが目指される。

浄土教の六度の実践は、阿弥陀仏の慈悲と誓願に基づき、信仰と念仏を中心に据えた修行法。これにより、修行者は自らの浄土への往生を確信し、他者にもその道を示すことができる。

<参考情報>

世親の『往生論』の体系

 『往生論』においては、五念門及び五門として表され、特に五門において菩薩の達成する利他行としての阿弥陀仏国へのあらゆる衆生の救済を目指す修行法である。この菩薩の到達した五門の意義は菩薩の利他行一般ではなく、人力ではなす術のない如何ともし難い他者の究極的な救済を目指す点にある。それは阿弥陀仏(法蔵菩薩)の本願による以外には達成できないものである。

 一方、大乗の瑜伽行派(唯識派)の修行法(五道)には直接的には利他行の完成としての、あらゆる衆生の救済は説かれていないそれは阿弥陀仏への帰依を根本に据えているか否かにあると考えられる。

 しかし、『往生論』と世親の著した唯識論書における思想との共通性を見出すとすれば、それは他者の救済の実現を目指す善巧方便廻向という点においてであると考えられる。すなわち、

 「方便」とは、他者を思い遣り自己の利益に執着する心を離れ分け隔てなく衆生を救済する方法である

 「廻向」とは、自ら修した善行を他者が安楽世界に生まれることのために差し向けることである

 ここにいう他者とは、単なる他の人というのではなく短命で、多病で、事故で、戦火で、自然災害で、この世を去った人々、虐待でこの世を去った子供達のことである。その後、多くの世間の人々から忘れ去られた人々や子供達である。善行を積む間もなかった人々、他の衆生の救いは、どうなってしまうのか。

 彼らの救済は、どういう方法であり得るのか。そこに菩薩の誓願(本願)の端緒があると考えられる。その救済の手だてが方便と廻向とである

 五念門の行法に続いて菩薩の利他、方便、廻向を表わす前に、浄土が願われ描写されるのは、あらゆる衆生(三悪趣を含む)の救済があり得るのは、菩薩の誓願(本願)が達成された阿弥陀仏の安楽国でしかあり得ないからであると考えられる。ここに、龍樹が、世親が浄土教思想を表わそうとした必然性があったと考えられる

平等院 参拝(2025年1月3日)

■ 五念門──善男子、善女人の為の行法

一、礼拝門、身を以って阿弥陀仏を礼拝し安楽世界に生れようと願う

二、讃嘆門、口業を以って讃歎し阿弥陀仏の名を称する

三、作願門、精神集中(止)を獲得すべく安楽国に生じようと一心に願う

四、観察門、観察力(観)を獲得しようと智慧により以下の三を観察する。

一、安楽世界の勝れた特性十七種(その十六には二乗、女人、身体の不自由な人への差別が全くないこと)を観察する。

二、阿弥陀仏の勝れた特性八種(如来の自利、利他の功徳)を観察する。

三、諸の菩薩の勝れ特性四種(その第二、菩薩が応化身として、あらゆる時に一心一念に大光明を放ち十方世界に至り衆生を教化し、方便により一切衆生の苦を除くこと)を観察する。

五、廻向門、苦悩するあらゆる衆生を見捨てない。自ら常に安楽世界に生まれることを願い、かつ衆生が安楽世界に生まれるよう願いを差し向け、大いなる憐れみの心を完成するために自らの善業を他者に差し向ける

 それに対し以下の五門は、先の五念門を達成した菩薩の修する行法である

 これは、善男子、善女人の修するものとは別の行法ではなく達成した程度(真相を把握し実践し得るレヴェル)が異なるのである。したがって、五門は五念門より行の進展した高度なものである。ここに修行の階梯が見られ、唯識派の行体係を背景とすると考えられる。また、五念門と同様、身体、口、意(止)、智慧による観察(観)、という伝統的な行法の上に廻向を配し、自利、利他が組み込まれた大乗仏教の行体系の特徴を表している

 さらに、阿弥陀仏への信仰と安楽世界に苦悩の衆が生まれることを願う廻向が行体系の根幹に据えられ大乗仏教としての浄土教思想の行法が確立されている

 菩薩が衆生と共に安楽世界に生まれようと願う安楽世界とは、『往生論』には次の通り描写される。短命、病苦、暴力により命を奪われた人その他の生物、水、食料の欠乏による苦悩など衆生の苦悩は計り知れない。その衆生が「ながく身心の苦悩を離れ、常に楽をうける」。ここに阿弥陀仏の極楽世界が出現した理由があると思われる。そして苦悩が癒される世界に衆生が生れることを願うことを専らにして活動するのが菩薩である。なぜなら古今東西、過酷で惨い世界が広がっているからである。菩薩の修する行法にもどろう。

五門、菩薩の行法の達成

一、近門【入の功徳、礼拝門を修し、安楽世界に生まれる】

二、大会衆門【入の功徳、讃嘆門を修し、如来の名を称し、大会衆数に入る】

三、宅門【入の功徳、作願門を修し、蓮華蔵(安楽)世界に入る】

四、屋門【入の功徳、観察門を修し安楽世界に至り法の素晴らしさを味わう】

以上の四門により菩薩は自利の行を完成する

五 、園林遊戯地門【出の功徳、廻向門を修し本願(菩薩の衆生救済への誓い)により廻向し応化身により衆生の煩悩の世界に入り遊戯神通によって教化の場に至る。菩薩は廻向により衆生救済という利他の行を完成する。

菩薩は自利(一~ 四)、利他行(五)を完成し最高の悟りを得る。五念門中の第二、讃歎門及び五門中の第二、「如来(阿弥陀仏)の名を称し」は善導大師の口称を彷彿させる

出典:サブタイトル/龍樹と世親:森山清徹著転記~戯論(概念化)寂滅(縁起=空)&浄土教思想~

<参考情報>

称名念仏中国の善導大師(613年~681年)が称名念仏を中心として浄土思想を確立した特に「南無阿弥陀仏」の名号を口に出して称える念仏を広め、浄土の荘厳を絵図にして教化し、庶民の教化に専念し、『観経疏』等の著作を通じて、浄土宗法然上人:1133年~1212年)や浄土真宗(親鸞:1173年~1262年)に多大な影響を与えた。

<参考>浄土宗の開祖である法然上人が念仏(南無阿弥陀仏)を唱えることに意義を見出した出会い

法然上人(1133年~1228年)は善導大師の主著『観無量寿義疏』を拝読し、阿弥陀如来に救われたとされている。

善導大師(613年~681年)は、中国の唐時代に活躍した高僧で、その教えは、南無阿弥陀仏(念仏)を唱えることで、生死を超えて浄土へ往生する道を示した。

法然上人は「専修念仏」という教えを広め、人々が「南無阿弥陀仏」を唱えることで死後に平等に浄土へ往生できると説いた

上図出典:https://jodo.or.jp/jodoshu/lifetime/ 浄土宗 (善導大師の記述先:サブタイトル/聖徳太子(地球志向的視点から)~④万巻の経典から選んだ三経とその解説書(三経義疏)~中村元著より転記)

■ 知恩院 参拝(2024年5月23日)

◆一乗思想と久遠(くおん)の本仏の観念

・大乗仏教徒は

⇒小乗仏教徒を極力攻撃しているけれども、

⇒思想史的現実に即していうならば、仏教の内の種々の教説はいずれもその存在意義を有するものであるといわねばならない。

この道理を戯曲的構想と文芸的形式をかりて

明確に表現した経典が『法華経』である

⇒『法華経』はとくにクマーラジーバヴァ(鳩摩羅什)訳『妙法蓮華経』八巻によって有名であるが、

⇒その前半十四品(迹門:しゃくもん)においてはただ声聞乗(しょうもんじょう:釈尊の教えを聞いて忠実に実践すること)・縁覚乗(えんがくじょう:ひとりでさとりを開く実践)・菩薩乗(自利利他をめざす大乗の実践)の三乗一乗に帰するということを、非常に力強く主張している。

⇒従来これらの三乗は、一般に別々の教えとみなされていたが、それは皮相の見解であって、いずれも仏が衆生を導くための方便として説いたものであり、

真実は一乗法あるのみである、という

⇒また、一つの詩句(一偈:いちげ)を聞いて受持せる者、塔や舎利(遺骨)や仏像を礼拝する者、否、戯れに砂で塔を造る真似をし、爪で壁に仏像を書いた幼童でさえ、仏の慈悲に救われる。

⇒仏の慈悲は絶対である、という。

種々の教えがいずれも存在意義を有するのは何故

それらは肉身の釈尊の所説ではない

⇒それらを成立せしめる根源は、

時間的・空間的限定を超えていながらしかもその中に開顕し来る絶対者・諸法実相の理にほかならない

これが久遠(くおん)の本仏である

⇒世間の一切の天・人は釈迦如来がシャカ(釈迦)族から出家し、修行してさとりを開き、八十歳で入滅したと考えているが、

実は釈尊は永遠の昔にさとりを開いて衆生を教化しているのであり、常住不滅である

人間としての釈尊はたんに方便のすがたにほかならない

⇒仏の本性に関するかかる思索を契機として、その後仏身論が急速に展開するに至った。

⇒また『法華経』の宥和的態度はさらに発展して、

⇒『大薩遮尼乾子所説経(だいさつしゃにけんじしょせつ共)』や『大般涅槃経(だいはつ涅槃経)』においては、仏教外の異端説にもその存在意義を認めるに至った。