■大乗仏教の『空』の観念
もろもろの事象が
相互依存において成立しているという理論によって
空(śūnyatā:シューニャター)の観念を基礎づけた。
◆空(śūnyatā)とは
・その語源
⇒「膨れ上がった」「うつろな」という意味である。
⇒「膨れ上がった」ものは中が「うつろ(空)」である。
⇒数学においてゼロと呼んでいる小さな楕円形の記号は
⇒サンスクリット語ではシューニャ(śūnya)と呼ばれる。
⇒それが漢訳仏典では「空」と訳されているのである。
・大乗仏教、とくにナーガールジュナを祖とする中観(ちゅうがん)派の哲学者の主張
⇒何ものも真に実在するものではない。
⇒あらゆる事物は
⇒見せかけだけの現象にすぎない。
⇒その真相についていえば空虚である。
⇒その本質を「欠いて」いるのである(śūnya:・・を欠いているという意味に用いられる)。
⇒無も
⇒実在ではない。
⇒あらゆる事物は
⇒他のあらゆる事物に条件づけられて起こるのである。
空(śūnyatā)というものは
無や断滅ではなくて
肯定と否定、有と無、常在と断滅というような
二つのものの対立(二項対立)を離れたものである。
したがって、あらゆる事物の依存関係(relationality)に外ならない。
◆ナーガールジュナの出現
・ナーガールジュナの思想の根本は
⇒この「空(śūnyatā)」の思想である。
⇒すでに大乗仏教の般若経典の中に空観(くうがん)ということが述べられていたが、
⇒それの発展したものである。
⇒般若経典は膨大なものであるが、その中では、ただ、空ということが高らかに強調され、繰り返されている。
⇒しかし、それを理詰めに論議するようなことはなかった。
⇒ところが、後に空の思想を積極的に理論的に説明する人々が現れてきた。
⇒その発端となったのが、ナーガールジュナである。
⇒ナーガールジュナが空の思想を理論的に基礎づけた。
⇒大乗仏教とよばれるものは、みな彼から出発したのである。
⇒そのため、日本では、彼は南都六宗・天台・真言の「八宗の祖師」と仰がれている。
⇒のちの仏教のいろいろな思想は、彼に負うところが非常に多い。
■大乗仏教の思想
◆概略
・紀元100年前後(A.D.100)の仏教界において、
⇒伝統的保守的仏教が圧倒的に優勢な社会勢力をもっていたが、
⇒一般民衆ならびにその指導者であった説教師の間では新たな宗教運動が起こりつつあった。
⇒それがいわゆる大乗仏教である。
⇒これに対して旧来の伝統的・保守的仏教は一般に小乗仏教(上座部仏教)と呼ばれているが、
⇒それは大乗仏教の側から投げつけた貶称(へんしょう)であって、旧来の仏教諸派はそのようには称していない。
⇒旧来の諸派は自ら仏教の正統派を以て任じ、大乗仏教を無視していた。
・両者の特徴(相違):その1
⇒旧来の諸派は
⇒たとえ変容されていたとしても、歴史的人物としてのゴーダマ(釈尊)の直接の教示に近い聖典を伝えて、伝統的な教理をほぼ保存している。
⇒大乗仏教は
⇒全然あらたに経典を創作した。
⇒そこに現れる釈尊は、
⇒歴史的人物というよりもむしろ理想的存在として描かれている。
・両者の特徴(相違):その2
⇒旧来の仏教諸派は
⇒国王・藩候・富豪などの政治的・経済的援助を受け、広大な荘園を所有し、その社会的基盤の上に存立していた。
⇒社会的勢力を有し、莫大な財産に依拠し、ひとり自ら身を高く侍し、自ら身を潔しとしていたために、その態度はいきおい独善的・高踏的であった。
⇒かれらは人里離れた地域にある巨大な僧院の内部に居住し、静かに瞑想し、座禅を修し、煩瑣(はんさ)な教理研究に従事していた。
⇒大乗仏教は
⇒少なくとも初期の間は、民衆の間からもり上がった宗教運動であり、荘園を所有していなかった。
⇒そうし「国王・大臣に近づくなかれ」といって権力者に阿諛(あゆ)することを諫め、その信仰の純粋にして清きことを誇りとした。
⇒また富者が寺塔を建立し莫大な富を布施することは非常に功徳の多いことであるが、
⇒しかし経典を読誦・書写し信受することほほうが、比較にならぬほどの功徳が多いといって、経典の読誦を勧めている。
⇒一方、大乗仏教は旧来の仏教諸派の生活態度をいたく攻撃した。
⇒彼らの態度は利己的・独善的であるといって軽視し、「小乗」という貶称を与え、自らを利他行を強調した。
◆利他行の実践と諸仏・菩薩への信仰
・大乗仏教では慈悲の精神に立脚
⇒生きとして生きるもの(衆生)すべてを苦から救うことを希望する。
⇒自分が彼岸の世界に達する前に、まず他人を救わなければならぬ。
⇒かかる利他行を実践する人を菩薩(Bodhisattva:ボーディサットヴァ)と称す。
⇒出家したビク(修行者)でも、在家の国王・商人・職人などでも、
⇒衆生済度の誓願(悲願)を立てて、それを実践する人はみな菩薩である。
・慈悲に基づく菩薩行は
⇒理想としては何人も行わねばならぬものであるが、
⇒一般の凡夫(ぼんぶ)にはなかなか実践しがたいっことである。
⇒そこで他方では、諸仏・諸菩薩に帰依し、その力によって救われ、
⇒その力にあずかって実践を行うことが説かれた。
⇒したがって信仰の純粋なるべきことを強調し、信仰の対象としては、
⇒ブッダ(釈尊)をますます超人的なものとして表象された。
⇒大乗仏教においては、
⇒三世十万にわたって無数に多くの諸仏の出世および存在を明かすに至った。
⇒諸仏の中でも阿閦仏(あしゅくぶつ)、阿弥陀仏、薬師如来などがとくに熱烈な信仰を受けた。
⇒また菩薩も超人化されて、その救済力が強調された。
⇒弥勒菩薩・観世音菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩などはとくにその著しいものである。
⇒かれらは衆生を救うためには種々なる身を現じてこの世に生まれてくる。
⇒そうして衆生に対する慈悲のゆえに自らはニルヴァーナ(悟りの境地、涅槃)に入ることもない。
・諸仏、菩薩に対する信仰が高まるにつれて
⇒それらの身体を具体的なかたちで表現してそれを崇拝したいという熱望が起こり、多数の仏像および菩薩像が作製された。
⇒中央インドのマトゥラー市と西北インドのガンダーラ地方とが仏像製作の中心地であった。
⇒前者はアショーカ王(紀元前304年~紀元前232年)以来のインド国粋美術の伝統に従っているが、
⇒後者にはカニシカ1世(144年~171年)時代のギリシャ美術の影響がいちじるしい。
出典:左図)https://butsuzou.themedia.jp/posts/7751439/ 右図)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99
出典:左図)https://butsuzou.themedia.jp/posts/7717652/ 右図)https://www.louvre-m.com/collection-list/no-0010 下図)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99
・大乗仏教の教化方法
⇒当時の民衆の精神的素質あるいは傾向に適合するようなしかたにたよらねばならなかった。
⇒そこで仏・菩薩を信仰し帰依するならば
⇒多くの富や幸福が得られ、無病息災となると説いている。
⇒特に注目すべきこととしては、教化の重要な一手段として咒句(じゅく:まじない:陀羅尼)を用いた。
⇒かかる教化方策は非常な成功を収めた。
⇒しかし同時に大乗仏教がのちに堕落するに至った遠因をここにはらんでいた。
⇒初期の大乗仏教徒はいまだ整った教団の組織を確定していなかったし、
⇒細密な哲学的論究を好まなかった。
⇒むしろ自分らの確固たる信念とたぎりあふれる信仰とを華麗巨大な表現もって息もつかずに次から次へと表明し、その結果成立したものが大乗経典である。
・大乗経典は、
⇒それ以前に民衆の間で愛好されていた仏教説話に準拠し、あるいは仏伝から取材し、
⇒戯曲的構想を取りながら、
⇒その奥に深い哲学的意義を寓せしめ、
⇒しかも一般民衆の好みに合うように作製された宗教的文芸作品である。
注)陀羅尼(だらに):サンスクリット語で「dhāraṇī」と呼ばれ、仏教の呪文やマントラに相当する。陀羅尼は、特定の言葉や句を繰り返し唱えることで、精神的な保護や加持(かじ)を求めるためのもの。以下に、陀羅尼のいくつかの重要な側面について
陀羅尼の種類
- 護摩陀羅尼(ごまだらに): 精神的な護りを求めるために唱える陀羅尼。
- 消災陀羅尼(しょうさいだらに): 災難や悪運を除くために用いられる陀羅尼。
- 増益陀羅尼(ぞうやくだらに): 富や知識などの増益を願うための陀羅尼。
- 愛染陀羅尼(あいぜんだらに): 人間関係や愛情を改善するために唱える陀羅尼。
陀羅尼の役割
- 精神的な保護: 陀羅尼を唱えることで、精神的な保護や加持が得られると信じられている。
- 修行の補助::仏教の修行者が瞑想や儀式の一環として陀羅尼を唱え、心を集中させ、精神的な成長を促す。
- 願望成就:陀羅尼は、願望の成就や悪運の排除、健康の増進などを目的としている。
陀羅尼の歴史
陀羅尼は、仏教がインドから他の地域に広がる際に、特に中国や日本などの大乗仏教圏で発展した。これらの地域では、陀羅尼が経典や儀式の一部として広く受け入れられた。
◆般若経典における空観
・空観とは
⇒一切諸法(あらゆる事物)が空であり、それぞれのものが固定的な実体を有していない、と観ずる思想である。
⇒すでに原始仏教において、
⇒世間は空であると説かれていたが
⇒(例えば「常に心に念じて、【何もかを】アートマン(我)なりと執する見解を破り、世間を空であると観察せよ。そうすれば死を度(わた)るであろう」スッタニパータ1119
⇒大乗仏教の初期につくられた般若経典では
⇒その思想を受けてさらに発展せしめ、大乗仏教の基本的教説とした。
⇒般若経典としては『大般若波羅蜜多経』(600巻、玄奘訳)は一大集成書であるが、『般若心経』、『金剛(般若)経』、『理趣経(りしゅきょう)』などはとくに有名である。
⇒当時、説一切有部(せついっさいうぶ)などのいわゆる小乗諸派(上座部仏教)が
⇒法の実有(じつう)を唱えていたのに対して、
⇒それを攻撃するために特に否定的にひびく<空>という語を
⇒般若経典は繰り返し用いたのであろう。
⇒それによると、われわれは固定的な「法」という観念を懐(いだ)いてはならない(『金剛経』)。
⇒一切諸法は空である。
⇒何となれば、一切諸法は他の法に条件づけられて成立しるものであるから、
⇒固定的・実体的な本性を有しないものであり、
⇒「無自性(むじしょう)」であるから、
⇒本体をもたないものは空であるといわねばならぬからである。
⇒そうして、諸法が空であるならば、
⇒本来、空であるはずの煩悩などは断滅するというこも、
⇒真実には存在しないことになる(『金剛経』)。
⇒かかる理法を体得することが無上正等覚(むじょうしょうとうがく:悟り)である。
⇒そのほかに何らかの無上正等覚(悟り)という別なものは存在しない。
⇒実践はかかる空観に基礎づけられたものでなければならない。
⇒たとえば『金剛(般若)経』の第10節では、
⇒「まさに住するところなくしてその心を生ずべし」(「応無所住而生其心」)と説いている。
⇒菩薩は無量無数無辺の衆生を済度(さいど)するが、
⇒しかし自分が衆生を済度するのだ、と思ったならば、それは真実の菩薩ではない。
⇒かれにとっては、救う者も空であり、救われる衆生も空であり、救われて到着する境地も空である。
⇒また身相(身体的特徴)をもって仏を見てはならない。
⇒あらゆる相はみな虚妄であり、もろもろの相は相に非ず、と見るならば、すなわち如来を見る。
⇒かかる如来には所説の教えがない。
⇒教えは筏のようなものである。衆生を導くという目的を達したならば捨て去られる。
⇒かかる実践的認識を智慧の完成(般若波羅蜜多)と称し、
⇒与える(布施)・いましめをまもる(持戒)・たえしのぶ(忍辱/にんにく)、つとめはげむ(精進)、静かに瞑想する(禅定)という五つの完成を併せて<六つの完成>(六度、六波羅蜜多)と称する。
◆在家仏教運動
・空観からの論理的必然的な結論
⇒輪廻とニルヴァーナとはそれ自体としては何ら異ならぬものである、と教えられた。
⇒しからばわれわれの現実の日常生活がそのまま理想的境地として現わし出されねばならぬ。
⇒理想の境地はわれわれの迷いの生存を離れては存在しえない。
⇒空の実践としての慈悲行は
⇒人間生活を通じて実現される。
⇒この立場を徹底させると、ついに出家生活を否定して在家の世俗生活の中に仏教の理想を実現しようとする宗教運動が起こるに至った。
⇒その所産としての代表的経典が『維摩詰所説経(ゆいまきつしょうせつきょう)』である。
⇒そこにおいては維摩詰という在家の資産者(居士(こじ))が主人公となっていて、
⇒出家者たる釈尊の高足の弟子たちの思想あるいは実践修行を完膚なきまでに論難追及してかれらを畏縮せしめ、
⇒その後に真実の真相を明かしてかれらを指導するという筋書きになっている。
⇒その究極の境地はことばでは表示できない「不二の法門」であり、
⇒維摩はそれを沈黙によって表現したという。
⇒在家仏教の運動の理想は、
⇒やや後代に現れた『勝鬘経(しょうまんきょう)』のうちにも示されている。
⇒それは、釈尊の面前において国王の妃である勝鬘夫人(しょうまんぶにん)が諸問題について大乗の法を説くが、釈尊はしばしば賞賛の辞をはさみつつ、その説法を是認するという筋書きになっている。
注)仏教受容の最初期の聖徳太子の立ち位置(認識)
・「勝鬘経」「維摩経」「法華経」の三教を選んで注釈(解説書=三教義疏)した姿勢
世俗生活を肯定する立場から三教を選定し、注釈をした。
太子はいうまでもなく、摂政という最高政治に携わる世俗の人であり、
人間が生きていくうえの倫理の指針として、また統治の根本原理として
仏教を採択したのである。
したがって仏教の理想は
僧侶(出家)によって実現されるだけではなく、
社会的な実践課題でなければならなかった。
■「維摩経」の「第三章 弟子」に注釈(維摩経義疏)して、
「山としてかくれなければならない山はなく、世として避けなければならない世はない。・・・
汝らは、彼此といった差別の心から、世俗を捨てて山にかくれ、かえって身心を迷いの世界に現している」といい、
「維摩経」のテーマはこうである。
釈尊の弟子たちが維摩のところに行くと、いろいろ質問されてやっけられる。
そして自分の至らぬことを悟らされる。
最後に維摩が本当の教えを説く。
そして、最後のぎりぎりの境地まで達すると、
黙然無言(もくねんむごん)であったというのである。
文殊菩薩は最高の真理というのは言葉では説かれないもので、「文字もなく説もなし」という。
そして維摩さん、あなたはどう考えですかといって促すと、
維摩はただじっと座って黙然無言であった。
文殊は「言葉にはいえない」ということを言葉に出していってしました。
ところが維摩は身をもって体現している。無言の行を行っている。
「話してはいけない」といったとすると、これはも無言を破ってしまったことになる。
維摩はこの無言を実践して、
絶対の真理というものは概念化を超えたところにあるもので
対立の彼方にあるということを表現しているのである。
・対立を超えたということになると
世俗の世界の外に宗教があるとすると、もうそこに対立を認めたことになる。
世俗と宗教、俗なるものと聖なるものと対することになる。
対立していることにおいて、宗教的な聖なるものは絶体ではない。
もしも本当の絶対であるならばすべてを含んだものでなければならない。
すると宗教の真理の境地というものは世俗の彼方にあるものではなく、
われわれが毎日起きて顔を洗い、ご飯をいただき、茶を喫し、歩いて出かける、
この平凡な日常生活の中に偉大な真理があるわけで、
それを超えたところに宗教の境地があると思ってはならない。
だから、維摩居士は世俗の長者なのである。出家した僧ではない。
・普通であると、僧が信者に向かって教えを説くのであるが、
「維摩経」のテーマはまったく逆である。
その筋書は、世俗人である維摩が、
出家者である僧たちに教えを説いて聞かせるということである。
これは世俗の宗教、在家仏教の主張である。
聖徳太子は、ここに思いを馳せた。
聖徳太子の生涯を見ると、
太子は出家した僧ではなく、あくまでも世俗の政治家として天皇を補佐したのである。
その理論的根拠がここにある。
■勝鬘経(しょうまんぎょう)義疏(ぎしよ)
・如来蔵:tathāgata-garbha:タターガタ・ガルバ
聖徳太子は人間の現実を成立せしめる根底として「勝鬘経(しょうまんぎょう)」の説く「如来蔵」の概念を採用し想定していた。
如来蔵は如来の母胎という意味である。
生きとして生けるものは、いつかは如来すなわち仏となりうるものであるが、
しかし煩悩の汚れにまつわられていて、仏となりうる本性が現れていない。
だが仏となりうる可能性を否定することはできない。
汚れにまつわられている状態のうちにある真実そのもの<在纒位(ざいでんい)の法身(ほつしん)>を「如来蔵」と呼ぶ。
これは「勝鬘経(しょうまんぎょう)」その他の経典に説くところであるが、
聖徳太子は、この概念を自分の思想の根幹にすえたのである。
◆『華厳経』における菩薩行の強調とその趣旨
・現象界の諸事象が
⇒相互に密接に連関しているという。
⇒いわゆる事事無碍(じじむげ)の法界縁起(ほつかいえんぎ)の説に基づいて菩薩行を説く。
⇒菩薩の修行には自利と他利との二方面があるが、
⇒菩薩にとって、衆生済度(しゅじょうさいど)ということが自利であるから自利即利他である。
⇒この経の十地品(じゅうじぼん)では、
⇒菩薩の修行が進むにしたがって心の向上する過程を十地(十種の段階)に分けて説く。
⇒また入法界品(にゅうほっかぼん)のうちでは、
⇒善財童子の求道という中心の筋書きが注目されるべきである。
⇒かれは菩薩心を起こして、菩薩行を完全に知らんがために南方に旅して五十三人のもとを訪ね教えを乞い、最後に普賢菩薩の教えを受けて究極の境地に到達する。
◆華厳経の法界縁起の思想と『中論』が主張する縁起
・両者非常に類似している。
⇒法界縁起の説においては
⇒有為法・無為法を通じて一切法が縁起していると説くのであるが、
⇒その思想の先駆を『中論』のうちに見出す事ができる。
⇒中国の華厳宗は一切法が相即円融(そうそくえんゆう)の関係にあることを主張するが、
⇒中観派の書のうちにもその思想が現れている。
⇒「一によって一切を知り、一によって一切を見る」といい、
⇒また一つの法の空は一切法の空を意味するとも論じている。
⇒(チャンドラキールティの詿解『プラサンナパダー』28ページ)
⇒「一つのものの空を見る人は、一切のものの空を見る人であると伝えられている。
⇒一つのものの空性は、一切の空性にほかならない」
⇒(アーリヤデーヴァ『四百論。第八章・第十六章』)
⇒「中観派は、一つのものの空性を教示しょうと欲しているのと同様に、一切のものの空性も教示しようとしているのである」
⇒(チャンドラキールティの詿解『プラサンナパダー』127ページ)
・一と一切とは別なものではない
⇒極小において極大を認めることができる。
⇒極めて微小なるものの中に全宇宙の神秘を見出しうる
⇒各部分は全体的連関の中における一部分にほかならないから、
⇒部分を通じて全体を見ることができる。
⇒『中論』のめざす目的は全体的連関の建設であった。
⇒このように解するならば『中論』の説く縁起と華厳宗の説く縁起は
⇒いよいよもって類似していることが明らかである。
⇒従来、華厳宗の法界縁起説は全くシナにおいて始めて唱え出されたものであり、
⇒縁起という語の内容を変化させ、
⇒時間的観念を離れた相互関係の上に命名したした、と普通解釈されてきたが、
⇒しかし、華厳宗の所説は
⇒すでに三論宗の中にも認められるのみならず(「三論玄義」八三枚左)、
⇒さかのぼつて『中論』のうちに見出しうる。
⇒『中論』の縁起説は華厳宗の思想と根本においてはほとんど一致するといっていい。
⇒ただ華厳宗のほうが一層複雑な組織を立てている点が相違するのみである。
⇒賢首(げんじゅ)大師法蔵には『十二門論宗致義記』があるほどであり、
⇒また日照三蔵からも教えを受けたというから、ナーガールジュナ(龍樹)』からの直接の思想的影響も十分に考えられる。
注)華厳経の法界縁起の思想:この思想は、すべての存在が相互に繋がっているという考えに基づいている。具体的には、すべてのものが「法界」という一つの大きな繋がりの中にあるということ。
この思想は、個々の存在が孤立しているのではなく、すべてが相互に依存し合っているという仏教的な視点を強調している。このようにして、法界縁起は、人々が他者や自然との関係をより深く理解し、共感を持つことを促す。
華厳経の教えは、この法界縁起の思想を通じて、人々が自己の内面的な成長と外部の世界との調和を追求することを目指している。
注)龍樹の『中論』において、「空」(Śūnyatā)と「縁起」(Pratītyasamutpāda)の関係
空の概念
- 空(Śūnyatā): 物事が固定された本質(自性)を持たないことを意味する。つまり、すべての存在は独立して存在するわけではなく、他のものとの関係性の中でのみ存在する。
縁起の概念
- 縁起(Pratītyasamutpāda): 「因縁生起」とも訳され、すべての現象が原因と条件に依存して生起することを指す。これは、物事が他の物事との関係性によって存在するという教え。
空と縁起の関係
- 相互依存性:空は、物事が自らの力だけで存在するのではなく、常に他のものとの関係によって存在していることを示す。縁起も同様に、すべての現象が他の現象と相互に依存し合っていると説きく。
- 無自性(むじしょう): 縁起の理解は、物事が無自性であることを説明する。すべての現象は、固定された本質を持たないため、空であるとされる。これにより、縁起と空は一体のものと理解される。
- 中道の教え:龍樹は、『中論』において中道の教えを強調し、空と縁起の関係を通じて、存在と非存在の極端を避ける中道を説いた。つまり、物事が実体を持たないという空の教えと、それらが相互に依存して生起するという縁起の教えを統合することで、中道が実現されます。
- 無分別智:縁起の理解は、物事を分別する知識を超える智慧(無分別智)を生み出します。これにより、執着や偏見から解放され、真実の理解に到達することができる。
龍樹の『中論』は、空と縁起の関係を通じて、仏教の深遠な教えを体系的に解説し、多くの仏教哲学者に影響を与えた。
◆浄土教
・一部の大乗教徒は
⇒現世を穢土(えど)であるとして、彼岸の世界に浄土求めた。
⇒阿閦仏(あしゅくぶつ)の浄土たる東方の妙喜国、弥勒菩薩の浄土である上方の兜率天(とそつてん)などが考えられ、
⇒これらの諸仏を信仰することによって来世にはそこに生まれことができると信じていたのである。
⇒後世もっとも影響が大きかったのは阿弥陀仏の浄土である極楽世界の観念である。
⇒阿弥陀仏の信仰は当時の民衆の間に行われ、諸大乗経典の中に現れているが、とくに主要なものは次の浄土三部教である。
⇒『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』二巻 漕魏、康僧鎧(こうそうがい)訳
⇒『仏説観無量寿経』一巻 宗、畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)訳
⇒『仏説阿弥陀経』一巻、後秦、鳩摩羅什(くまらじゅう:クマーラジーヴァ)訳
⇒浄土経典は
⇒五濁悪世(ごじょくあくせ)の衆生のために釈尊が阿弥陀仏による救いを説いた経典であるということを標榜している。
⇒阿弥陀仏とは原語音訳の省略であって、その意味を訳して無量寿仏(mitāyus:アミターユス)または無量光仏(Amitābha:アミターバ)という。
⇒阿弥陀仏は過去世には法蔵比丘という修行者であったが、
⇒衆生済度の誓願(四十八願)を起こして、長者・居士・国王・諸天などとなって無数の衆生を教化し諸仏を供養して、ついにさとりを開いた。
⇒この世界から西方に向かって
⇒十万億の仏国土を過ぎたところに極楽浄土があり、かの仏は現にそこにまいまして法を説いている。
⇒そこには身心の苦がなく、七宝より成る蓮池がり、美しい鳥の鳴声が聞え、天の音楽が奏せられている。
⇒阿弥陀仏に心から帰依する者は、その極楽世界に生まれることができる。
⇒この仏が過去世に修行者であったときに立てた四十八の願のうちの第十八願に、
⇒「もしわれ(未来の世に)仏となることを得んに、十万の衆生が至心に信じねがって、わが国に生まれんと欲し、乃至十たび念ずるも、もし(わが国に)生ぜずんば、われは正覚(しょうがく)を取らじ(仏とはならず)」と誓ったが、
⇒いまや仏となりたもうたから、仏を念ずる人は必ず救われるはずであるというのである。
⇒善男子(ぜんなんし)あるいは善女人(ぜんにょにん)が無量寿仏の名号を聴聞し、心に念ずるならば、その人の臨終に当たって無量寿仏は声聞および菩薩の聖衆(しょうじゅ)をつれてかれの前に立つ(来迎)。
⇒そこで現世の意義が後代の浄土教では大いに問題となるが、
⇒すでに経典の中で六度の実践が強調されている。
注)浄土教における六度の実践の特徴
浄土教では、特に阿弥陀仏への信仰と念仏の唱和が中心となる。以下に、浄土教の文脈における六度の実践について説明する。
- 布施:物質的な布施に加えて、念仏を通じて他者への精神的な支援を行うことが重視される。
- 持戒:浄土教でも戒律を守ることは重要ですが、特に念仏を日々の生活の中で実践し、他者とともに阿弥陀仏の浄土を目指すことが強調されている。
- 忍辱:他者に対する寛容と慈悲の心を持ち、困難な状況でも念仏を唱え続けることが強調される。
- 精進:念仏の実践を絶え間なく続けることが、浄土教の修行者にとっての精進となる。
- 禅定:瞑想や集中は重要ですが、浄土教では念仏そのものが瞑想行為としての役割を果たす。
- 智慧:阿弥陀仏の誓願と浄土の教えを深く理解し、信仰を通じて智慧を得ることが目指される。
浄土教の六度の実践は、阿弥陀仏の慈悲と誓願に基づき、信仰と念仏を中心に据えた修行法。これにより、修行者は自らの浄土への往生を確信し、他者にもその道を示すことができる。
⇒出典:https://www.byodoin.or.jp/learn/history/
◆一乗思想と久遠(くおん)の本仏の観念
・大乗仏教徒は
⇒小乗仏教徒を極力攻撃しているけれども、
⇒思想史的現実に即していうならば、仏教の内の種々の教説はいずれもその存在意義を有するものであるといわねばならない。
⇒この道理を戯曲的構想と文芸的形式をかりて
⇒明確に表現した経典が『法華経』である。
⇒『法華経』はとくにクマーラジーバヴァ(鳩摩羅什)訳『妙法蓮華経』八巻によって有名であるが、
⇒その前半十四品(迹門:しゃくもん)においてはただ声聞乗(しょうもんじょう:釈尊の教えを聞いて忠実に実践すること)・縁覚乗(えんがくじょう:ひとりでさとりを開く実践)・菩薩乗(自利利他をめざす大乗の実践)の三乗が一乗に帰するということを、非常に力強く主張している。
⇒従来これらの三乗は、一般に別々の教えとみなされていたが、それは皮相の見解であって、いずれも仏が衆生を導くための方便として説いたものであり、
⇒真実は一乗法あるのみである、という。
⇒また、一つの詩句(一偈:いちげ)を聞いて受持せる者、塔や舎利(遺骨)や仏像を礼拝する者、否、戯れに砂で塔を造る真似をし、爪で壁に仏像を書いた幼童でさえ、仏の慈悲に救われる。
⇒仏の慈悲は絶対である、という。
・種々の教えがいずれも存在意義を有するのは何故
⇒それらは肉身の釈尊の所説ではない。
⇒それらを成立せしめる根源は、
⇒時間的・空間的限定を超えていながらしかもその中に開顕し来る絶対者・諸法実相の理にほかならない。
⇒これが久遠(くおん)の本仏である。
⇒世間の一切の天・人は釈迦如来がシャカ(釈迦)族から出家し、修行してさとりを開き、八十歳で入滅したと考えているが、
⇒実は釈尊は永遠の昔にさとりを開いて衆生を教化しているのであり、常住不滅である。
⇒人間としての釈尊はたんに方便のすがたにほかならない。
⇒仏の本性に関するかかる思索を契機として、その後仏身論が急速に展開するに至った。
⇒また『法華経』の宥和的態度はさらに発展して、
⇒『大薩遮尼乾子所説経(だいさつしゃにけんじしょせつ共)』や『大般涅槃経(だいはつ涅槃経)』においては、仏教外の異端説にもその存在意義を認めるに至った。
■
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒
⇒