NN2-2.『中論』:『ナーガールジュナの思想』~空観はニヒリズムか~(龍樹:中村元著より転記)

■空の論理は何をめざしているのであろうか。

空の思想は伝統的な用語では「空観(くうがん)」とよばれている。

空観を理論的に基礎づけたナーガールジュナは、

多くの著作を残しているが、それらのうちで最も有名な、また最も特徴的なのものは、

⇒『中論』とよばれるものである。

かれの他の著書である『大智度論』(仏教百科事典とよぶにふさわしい)

『十住毘婆紗論(じゅうじゅうびばしゃろん)』(『華厳経』十地品(じゅうじぼん)の註釈書)などは、

それ以前に『中論』の成立を予想しているし、

また理論的にもそれらの著書は、『中論』を背景としている。

中論』はナーガールジュナの代表的著作とみなしてさしつかえない。

■虚無論者と解された中観派

中論』の思想は、

インド人の深い哲学的思索の所産の中でも最も難解なものの一つとされている。

その思想の解釈に関して、

近代の諸学者は混迷に陥り種々の批評を下している。

そもそもナーガールジュナが何らかの意味をもった立言を述べているかどうかということさえも問題とされているのである。

・中観派を評して、

⇒ベルギーのL・ドゥ・ラ・ヴァレ・プーサン、ドイツのP・ドイセン、インドのS・ダスグプタらの学者は虚無主義(Nihilism)であるといい

⇒ドイツのM・ワレーザー、イギリスのA・B・キースなどは否定主義(Negativism)であるといい

⇒ドイツのO・フランケはさらに最初期の仏教を含めて否定主義であると主張する。

これらの解釈に対し、ロシアのTh・スチェルバッキーはむしろ相対主義(Relativism)であると批評し、フランスのR・グルッセーがこれに賛意を表している。

⇒また出発途上の記号論理学に大いに興味をもっていたポーランドのS・シャエルは、「中観派は哲学史上最も徹底した唯名論者(der radikalste Nominalist)である」と批評した。

⇒さらに中観派を幻影説(docetism)ときめつける学者(たとえば姉崎正治博士)もあり、

全く諸説紛々として帰一するところを知らぬ状態である

しかしながらインド学者一般の態度をみると、中観派を虚無主義であるとみなす人が多いように思われる。