■対象とする市場の特性:売り惜しみによる価格急騰が起きるかどうかで識別する
◆売り惜しみ(供給サイド)による価格急騰が起きる市場=独占市場
・2020年12月中旬から始まった日本卸電力取引所(JEPX)の価格高騰
⇒限界費用を上回る高値での売り入札を行うこと、
⇒またはそもそも売り入札を行わないことがこれに当たると考えられる
◆東電相場操縦事件
・2016年11月17日(平成28年11月17日)に『電力・ガス取引監視等委員会』が相場操縦に関する勧告を行った。
⇒勧告対象企業:東京電力エナジーパートナー(株)。以下東電EP
⇒適用された法律:電気事業法66条の11
【当該内容】
・平成28年4月1日~同年8月31日(2016.4.1~2016.8.31)までの期間に、
⇒同社の限界費用から大きく乖離した『閾値』と称する高い価格で
⇒卸電力市場(JEPX)の1日前市場において売り入札を行っていた。
【委員会の判断】
・『市場相場を変動させることを目的として市場相場に重大な影響をもたらす取引を実行すること』
(適正な電力取引についての指針(平成28年3月7日)第二部Ⅱ2(3)イ③相場操縦参照)
に該当すると判断」した。
【勧告における事実認定】
「東電EPは,『閾値』(しきいち)と称する同社の小売料金の原価と同等の水準の月毎の固定の価格を,
売り入札価格の下限価格として設定していました。
具体的には、本件期間の平日昼間のコマにおいて、
東電EPは、同社の各コマにおける具体的な限界費用
(売り入札対象となる発電余力のある発電機を発電に要する可変費が低い順に追加発電し又は稼働させた場合の追加発電に係る可変費(円/kWh))
に基づく価格よりも『閾値』が高い場合には、
『閾値』を売り入札価格として売り入札を行っていました。
本件期間において、
『閾値』は、東電EPの各コマにおける具体的な限界費用からは大きく乖離した高い価格であり、
東電EPは、平日昼間のコマのほとんど全てにおいて、『閾値』を売り入札価格とした売り入札を行っていました。
仮に、東電EPが『閾値』を売り入札価格とせず、
限界費用に基づく価格を売り入札価格として売り入札を行っていたとすれば、
本件期間の平日昼間のコマの約6割において、
約定価格(東京エリアプライス)が下落するものと認められました。
また、コマによっては、約定価格が約3割下落すると認められるコマもありました。
上記に加え,当委員会は,
①東電EPが、『閾値』を売り入札価格とすることにより、
スポット市場における約定価格をつり上げる可能性があることについて十分に認識していたとみられること
②スポット市場ではブラインド・シングルプライスオークション方式が採用されていることから、
限界費用を大きく上回る高値での売り入札を行うことは、
約定の機会及びそれによる経済的利益を減少させることが明らかであるにもかかわらず、
東電EPが、
組織的に反復継続して『閾値』を売り入札価格としていた事実に鑑みると、
そこには格別の意図があったと考えられること
③東電EPが、『閾値』を売り入札価格とすることにより、
スポット市場の平日昼間のコマにおいて同社の売り入札が約定する際には
常に同社の小売料金の原価と同等の水準以上の価格となるように
市場相場を人為的に操作することを目的としていたとみられることから、
『閾値』を売り入札価格とする売り入札を行うことは、
「市場相場を変動させることを目的として市場相場に重大な影響をもたらす取引を実行すること」
(適正な電力取引についての指針(平成28年3月7日)第二部Ⅱ2(3)イ③相場操縦参照)
に該当すると判断しました。
また、東電EPのように多くの電源を確保する事業者が、
このような行為を行うことは、
他の事業者が、スポット市場から必要な供給力を適正な価格で調達し、
小売市場に新規参入すること又は小売市場において事業を維持・拡大することを阻害するものであり、
電気事業の健全な発達を害するものとも判断しました。
【再発防止を徹底する観点からの業務改善勧告】
◆勧告の内容
(1)「閾値」を用いた売り入札価格の設定を今後行わないこと。
(2)(1)を社内において周知徹底するとともに、(1)を遵守するために必要かつ適切な社内体制を整備すること。
(3)(2)の実施のためにとった具体的な措置について、平成28年12月16日(2016.12.16)までに、当委員会に対し、報告を行うこと。
◆一般社団法人日本卸電力取引所(JEPX)の「取引規程」
・JEPXの「取引規程」10条は、「禁止行為」として、次のように規定する。
(9) 次項の不正な価格形成にかかる取引
(1) 市場支配力の行使などによる市場における需給関係では正当化できない水準と認められる価格形成
(2) 一般的な発電原価から著しく乖離した水準と認められる価格形成
【卸電力取引所における入札方式】
・一日前市場(スポット市場)=翌日に受渡する電気の取引を行う市場です。
⇒一日を30分単位に区切った48商品について取引を行います。
・約定方式はブラインド・シングルプライスオークションです。
⇒入札価格によらず約定価格で取引されます。
⇒例えば,¥10/kWhで売りの入札を出していても、
約定価格が¥15/kWhであれば、¥15/kWhで売られることになります。
・ブラインドとは
⇒入札時に他の参加者の入札状況が見えないことを指します。
■福島第1原発超巨大事故損傷により国有化された東電
・2011年3月11日の東日本大震災の発生&福島第1原発超巨大事故損傷
・2012年7月31日、政府は東電に1兆円を出資し、東電は実質的に国有化された。
・2012年4月から、東電は自由化部門のユーザーについては、順次、電気料金の値上げ(平均で14.9%)を提案・実施。
・2016年4月から、電力の完全自由化が行われた。
■消費者余剰の分析
・財・サービスに対する需要曲線の点Cでは、
消費者はp0の価格でq0の数量を購入する為に長方形BCE0の面積であるp0×q0だけの金額を支払う事を示している。
需要曲線は、
最初の1単位を得るために領域HGF0の面積分の金額を支払う用意がある事を示している。
また、次の1単位についてはH’G’F’Fの面積分だけを支払う用意がある事を示している。
これを繰り返していくと、
消費者が1単位ずつ購入を続け数量がq0となった時に支払う用意のある金額は,
領域ACE0の面積になる。
この時、消費者が実際に支払った金額p0×q0と
支払う用意があった金額の差(ACE0の面積-p0×q0の面積)の分だけ、
消費者は少ない金額で財。サービスを入手した事になる。
その差額は三角形ABCの面積で表され、この大きさを『消費者余剰』と呼ぶ。
・次年度に価格の低下が起きた場合:p0からp1低下
消費者余剰を示す面積は拡大してAB’C’になる。
従って1年目から2年目にかけての消費者余剰の『増分』は領域BB’C’Cとして表される。
この価格低下が
全て規制・制度改革によるものであるなら
これが基準年度と比べた比較年度における規制・制度改革による消費者余剰の増加分である。
同様に、更に次の年に規制・制度改革によって価格p1からp2低下すれば
消費者余剰の『増分』は領域B’B”C”C’だけ増加し、
基準年度と比べれば、BB”C”Cの消費者余剰の増加が生じたといえる。
◆規制・制度改革による新規需要の創出
・需要曲線が上方シフトしてDからD’になった場合
三角形CC’C”も規制・制度改革による消費者余剰の増加分に加える。
■規制・制度改革による消費者余剰のまとめ
①価格引き下げ効果
・規制・制度改革による価格低下幅が大きいほど消費者余剰は大きくなる。
②需要曲線のシフト
・規制・制度改革による品質の向上や新商品・新サービスが需要を喚起し、需要曲線の上方シフトを引き起こせば、消費者余剰が増加する。
③当該分野の市場規模
・市場規模が大きれば、同じ価格の低下幅でもそれだけ消費者余剰が大きくなる。
④需要の価格弾力性
・需要が価格弾力的な財・サービスであればあるほど、小さな価格低下幅に対してでも需要増加効果が大きいので、消費者余剰の拡大が大きくなる。