出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/36/3/36_161/_pdf
令和3年5月18日に前田浩先生が急逝された。
前田先生は1962年に東北大学農学部食糧化学科を卒業された後、カリフォルニア大学デービス校、ハーバード大学ダナハーバー癌研究所においてタンパク化学に基づくがん研究に打ち込まれた。
1968年東北大学で博士号を取得された。1971年に熊本大学医学部微生物学助教授に就任後(1981年同教授に就任)、
タンパク性制がん剤neocarzinostatin に styrene maleimic acid というポリマーを付加した DDS製剤smancs を作製された。
一方で、熊本大学の第一外科の肝胆膵グループ(平岡武久、今野俊光、田代征記先生ら)が油性ヨー
ドのリンパ管造影剤Lipiodol を肝動脈から動注すると、肝がん動脈内に選択的に長期間貯留することを見出していた。
この2つの発明発見が合体して Smancs―Lipiodol動注療法が生まれた。
私はそのころ第一外科に属しており、その動注療法に関わった。
ある日、前田先生と今野先生から水性smancs の静脈投与のための基礎研究をやらないかといわれた。
当時は肝がんはじめ、あらゆる固形がんにおいて、外科や動注療法などの局所治療には限界があると思っていたので、二つ返事で微生物学教室へ移った。
前田先生はタンパク化学者であったのでタンパクの化学修飾や分析方法について多くを学ぶことができた。
一方、臨床家でもあった私は、マウスの腫瘍や人の腫瘍組織の病態生理から薬効試験までを担い、研究に明け暮れた。
Enhanced Permeability and Retention(EPR)効果は、
そのような背景と研究結果から生まれた。
前田先生ご本人の性格は、とにかく知識欲旺盛、好奇心旺盛な方であった。
実際、前田先生の業績はがん治療薬の開発だけでなく、
がん予防や、スーパーオキサイドや一酸化窒素などラジカル分子の研究を基盤とする細菌、ウイルス感染症など、幅広く研究をされた。
知識も幅広く、話し始めたら止めなく話をしてくれた。
基礎研究者としては一流であったが、
臨床試験の仕組みと臨床評価の重要性の認識が少し甘いところがあり、
このことについては、学会などでお会いして、二人で酒を飲む際に、師弟の関係であったとはいえ、強
く先生に意見をお伝えした。
EPR効果に関しては、
その後、抗がん剤のみでなく
遺伝子デリバリーのがん組織への集積性の基本的考えとして
世界的に受け入れられた。
しかしながら、私自身は1989年に前田先生のところを出た後は、
動物実験のデータと臨床の乖離についてシリアスにとらえていたので、
抗体医薬の開発研究にシフトし、その乖離を埋める研究に集中し、再び前田先生と一緒に研究することはなかった。
EPR効果に関しては、30年以上にわたり、何かの学会でお会いするたびに、前田先生と議論し続けてきた。
前田先生にはストレートにものを申してきた。ときに失礼なことも多々いった。どう思われてい
たかわからないが、嫌なことは簡単に忘れてしまわれるのか、そういう失礼な自分を次の学会のときも誘ってくれて、そしてまた飲んで議論した。やはり、懐が広い先生であったからだと思う。もうその議論ができないと思うと残念であり寂しい。
前述のように、この20年以上、EPR効果がマウスのがんと異なり、臨床のヒトのがんでは十分機能していない理由を詳細に研究してきた。
ただ、その結果、臨床のがんにおいては、間質バリアあるいは固形がんの塊そのものが、がん組織内での均等分布を阻害していることを明らかにし、
がん間質ターゲティング療法CAST療法を提唱し、CAST療法の最終剤型を決めつつある。
今後、GMP製造GLP毒性試験などを行い、その後に治験届を出して臨床で評価してもらうことを期待している。
CAST療法も EPR効果でがんに抗体という高分子が集積することが基本にある。
ある国際学会でどこかの若い研究者から「あなたはまだ EPR効果を信じているのか」という質問を浴びせられた。
この質問は単に結果だけをみて、結論を導く、最近の世相を反映している。
基礎と臨床の結果の乖離に関して「なぜなのか、その解決方法があるか」ということを考えるのがサイエンティストであると信じている。
それができないのがコンピュータである。
自分は、EPR効果だけでは臨床のがんでは不十分だけれども、EPR効果の必要性は歴然としていることを証明して、前田先生に報告するつもりである。