■最少養分律の発見
植物の生長速度や収量は、必要とされる栄養素の内、与えられた量の最も少ないものにのみ影響される説をリービッヒは提唱した。
リービッヒ(1803~1873)は、
植物は窒素(N)、リン(P)、カリウム(k:肥料ではカリと呼ぶ)の3要素が必須であるとし、
成長の度合いは3要素の中で最も与えられる量の少ない養分によってのみ影響され、
その他2要素がいくら多くても生長の影響はないと主張した。
後に、養分以外の水・日光・大気等の条件が追加された。
尚、リービッヒは化学肥料を作るなどを行った事から『農芸化学の父』と言われている。
特に力を注いだのが無機肥料(窒素、リン酸、カリウム、カルシュウム、マグネシウム、マンガン、鉄、銅、亜鉛)によって植物が生育する事ができるという無機栄養説を唱えた。
一方、江戸時代や明治・大正・昭和(戦前)時代の日本の農村社会では、植物の栄養は家畜の糞尿や落ち葉等、いわゆる有機肥料によってのみ供給されると信じていた。
◆作物に欠かせない成分と役割
作物の成長には、窒素(N)、リン(P)、カリウム(k:カリ)が重要な役割を果たしている。
しかし、それを補うだけでは十分と言えない。
◆多量要素(その1:水・空気から)について
・作物の生長には光合成が必要である。
光合成は、
水(H₂O)と二酸化炭素(CO₂)と光(光の粒子)によって、
炭素と水からなる化合物の炭水化物を作っている。
炭水化物は、作物にとって、水や養分栄養を葉や実に届けるエネルギーとなる。
光合成はエネルギーを作っている事になる。
この時、マグネシウム(Mg:苦土)が重要な役割を果たす。
・交換性塩基:マグネシウム(Mg:苦土)は、葉緑素の元である。
作物栽培のキーとなる存在で、光合成反応の活性化を担う。
葉緑素の中核、茎葉、病害抵抗力強化の働きがある。
【不足の影響】葉が黄色くなり、光合成が弱まる。リン酸(P)の体内移動ができにくくなる。
【過剰の影響】マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、ホウ素(B)等の吸収が阻害され、これらの微量要素の欠乏症が誘発される。
<<光合成と呼吸の化学式の再掲示>>
(メニュー『光合成の知見を積極的に活用する』⑤代謝:化学反応から抜粋)
・化学式の左側が反応物、右側が生成物。
◆同化(光合成):無機物から有機物を『合成する』反応。
エネルギーを吸収する。例:光合成(グルコースC₆H₁₂O₆の合成反応)
6CO₂ +12H₂O →C₆H₁₂O₆ + 6O₂ + 6H₂O
二酸化炭素×6+水×12+光のエネルギー →グルコース+酸素×6+水6×6
◆異化(呼吸):有機物を無機物へ『分解する』反応。
エネルギーを放出する。例:呼吸(グルコースC₆H₁₂O₆の分解反応)
C₆H₁₂O₆ + 6O₂ +6H₂O →6CO₂ +12H₂O +38ATP
グルコース+酸素×6+水×6→二酸化炭素×6+水×6+エネルギー(最大38ATP)
この2の式を見ると、光合成の生成物が呼吸の反応物になっていて、呼吸の生成物は光合成の反応物なっている。
よって光合成と呼吸がバランスよく行われている限り、物資は円滑に循環する。
◆多量要素(その2:主に肥料から)について
①『リン(P:リン酸)』は、ATP(エネルギー貯蔵)、核酸(DNA)、細胞膜の主要な構成元素である。
ATPはエネルギーを蓄えており、そのエネルギーを使って物資(グルコースやアミノ酸)を生成し、生命維持活動を行う。
植物体内での物資輸送にはATPで蓄えたエネルギーが使われる。
また、核酸は、植物の細胞に存在して、遺伝現象やタンパク質の合成に関与している。
【不足の影響】根の育ちが悪くなり、全体の生長が遅くなる。
【過剰の影響】苦土(Mg)、亜鉛(Zn)、鉄(Fe)等の不足を助長する。
・『効くリン酸』と『効かないリン酸』
リン酸(P)は土の中でのでの移動がほとんどない。
窒素(N)等と比べると大きな違いである。
土の中でのでの移動しないという事は、表面だけに施用しても、土の中に浸み込んでいかない。
リン酸は土の中で単独で存在しておらず、必ず他の成分との組合せになっている。
その組合せの相手は、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)、カルシュウム(Ca)のいずれかである。
【植物に利用されないのは】
鉄(Fe)と結びついたリン酸鉄とアルミニウム(Al)と結びついたリン酸アルミニウムである。
土壌分析では「リン酸吸収係数」で測定し、この値が大きいほどリン酸肥料が無効化されやすい土という事である。
どのような土が「リン酸吸収係数」が大きいきいかというと、火山灰土である。次が火山灰土ではない赤い土、黄色の土という順である。
注:岩石に含まれる様々な成分が風化と共にその成分がなくなり、最後にアルミニウム(Al)と鉄(Fe)が残る。
【植物に利用されるのは】
カルシュウム(Ca)結びついたリン酸カルシウム(リン酸石灰)である。
②有機肥料に含まれる『窒素(N)』は、タンパク質を作るアミノ酸成分である。
炭水化物と結合して、アミノ酸となりタンパク質として作物の細胞づくりに役だっている。
葉肥と言われるほど、葉を生長させる働きがある。葉同様に、根の発育促進にも必要。
【不足の影響】葉や根の生長が弱まり、作物の生長全体が遅れる。
【過剰の影響】高たんぱくとなり、害虫、病原菌が増える。
・窒素肥料は土の中で分解され、アンモニアイオン(NH₄⁺)を経て硝酸態窒素(NO₃⁻)になる。
硝酸態窒素(NO₃⁻)は陰イオンであり、反対の陽イオンが土壌溶液に入ってくる。
こうした場合、カルシウムイオン(Ca²⁺)が土コロイドから離れて、土壌溶液中にカルシウムイオン(Ca²⁺)が溶け出す。
土壌溶液中の陽イオンと陰イオンの電気的な総量は、それぞれ同じになるようにバランスが取られる。
③『カリウム(K:加里)』は、細胞を活性化する。(交換性塩基)
根肥と言われ、作物の生長促進、寒暖差、病害虫への抵抗力をつける。気孔の開閉にも関係する。
【不足の影響】茎葉が貧弱になり、葉に斑点ができる。
【過剰の影響】苦土(Mg)、石灰(Ca)、鉄(Fe)の不足を助長する。
・交換性塩基:カルシュム(Ca:石灰)は、作物を丈夫にする。
細胞同士を結合させ、細胞壁を作っており、根の発育促進に重要な役割があり、茎葉、病害抵抗力強化の働きがある。
カルシウムは(Ca)は細胞壁にあるペクチンの成分になっている。
細胞壁はセルロースとヘミセルロースが骨格部分で、その隙間を埋めている(コンクリートの役割)のがペクチンである。
カルシウムは(Ca)はペクチン分子を架橋(糊でくっつけるイメージ)し、巨大分子化させ、セルロースとヘミセルロースの隙間を充填する。
細胞壁は植物の体を支え、病害虫から植物を守る重要な役割を持っている。
【不足の影響】生長点、頂芽、果実の先端での尻腐れ、淵腐れ、根の生長抑止で根腐れの原因になる。
【過剰の影響】土壌が強アルカリになり、pHが高くなるとマンガン(Mn)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、ホウ素(B)等の吸収が阻害され、それらの欠乏症を起こす。
◆交換性塩基(K、Ca、Mg)
次の3つの特徴がある。
①構成体の成分になる
⇒カルシウムは(Ca)は、細胞壁にあるペクチンの成分になっている。
⇒マグネシウム(Mg)は、葉緑素の構成元素である。
⇒カリ(K)は、細胞を活性化する。
②酵素を活性化させる
酵素とは、生体内における化学反応を促進する触媒として作用する物質。
酵素と連動して働き、植物体内で必要とされる物資の合成に関与している。
③単独でイオンとしての働きもある。
イオンチャンネルは、イオンを細胞内から出入りさせる役割を持つ膜タンパク質で、陽イオンが細胞内に入ると、周辺との電位差が生じて様々な活動の原動力になる。例えば、気孔を開閉するカリムイオン(K⁺)の働き。
◆微量要素
・ケイ酸(Si:ケイ素):稲の生育には重要
葉が直立、光合成促進、シリカ層ができて病害虫の侵入を防ぐ。
【不足の影響】稲の倒伏が増えたり、病害虫に対する抵抗力が弱くなる。稔実障害や生育が阻害される。
【過剰の影響】ケイ酸そのものによる過剰害はない。pHが高い資材は、作物好適pHを外れないようにする事が必要。
・鉄(Fe):葉緑素合成と酸化還元
作物の呼吸作用に働く。葉緑素を作るのに必要で、病害抵抗力強化の働きがある。
【不足の影響】葉が黄色や白くなる。
【過剰の影響】リン酸の吸収(P)を悪くし、根の発育不良になる。またマンガン(Mn)やリン酸(P)の吸収を阻害される。
・マンガン(Mn):光合成の反応や酸化還元
葉緑素の生成や二酸化炭素(CO₂)の吸収に対応し、病害抵抗力強化の働きがある。
【不足の影響】葉の葉脈の間が黄色くなる。生育不良、着花不良を起こす。
【過剰の影響】根が黒く変色する。葉には褐色の斑点があらわれる。
・ホウ素(B):細胞壁の生成
生長点の繊維や細胞同士をくっつけたり、病害抵抗力強化の働きがある。
【不足の影響】新芽や根の生育が悪くなる。
【過剰の影響】葉が黄色や茶色になる。
・亜鉛(Zn):タンパク質合成、ホルモンの調整
病害抵抗力強化する。
【不足の影響】新葉が黄色くなり、茶色の斑点が出る。
【過剰の影響】葉が小さくなったり、変形する。
・銅(Cu):葉緑素形成と炭水化物、タンパク質の代謝に影響
病害抵抗力、茎葉の強化の働き。
【不足の影響】根の生育が悪くなる。
【過剰の影響】葉が黄色や白くんり、湾曲する。
・モリブテン(Mo):酵素成分、硝酸還元
【不足の影響】葉縁が内側に巻いてスプーン状になり、イネ科植物で葉がよじれる。
【過剰の影響】一般的に過剰症は現れにくい。葉に白化、黄白化が現れる。