近江ARS 第8回「還生の会」ダイジェスト

出典:https://arscombinatoria.jp/omi/news/61

2025.03.05

「仏教が見ている」

菩薩とは何か。仏教にはなぜ釈迦だけでなく菩薩がいるのか。現代における菩薩とは何なのか。参集した一同の問いはやまない。三井寺の観音堂で「別世界」について思いを馳せる長吏の福家俊彦。

年の瀬の迫る12月19日、第八回「還生(げんしょう)の会」が開催された。2022年5月に第一回がスタートしてからいよいよ最終回である。テーマは「大乗仏教と菩薩の倫理 ―他者とどう関わるか」。講師の末木文美士氏は「菩薩の根本問題は他者にある」と打ち明け、これを受けて「日本人は菩薩のアナロジーでイエス・キリストを理解した」とゲストの佐藤優氏は切り返し、三井寺長吏の福家俊彦は人間の深層にあるとされる阿頼耶識について語り、交わし合いは「」の深いところを目指して降りていく一日となった。その一端をレポートする。

開催場所は三井寺の観音堂。西国三十三所の十四番札所であり、本尊の如意輪観音(重要文化財)は33年に一度開帳される秘仏だ写真は本尊の前にある常に拝むことができる如意輪観音像

百間の和泉佳奈子は静かに口火を切った。

「会場を観音堂に選んだのは、やはり観音様であること。菩薩がテーマだったので、福家長吏が最後は観音堂でいこうと決めました」

まさしく観音菩薩の前で仏教の学び直しを行う趣向である。そして、この観音堂こそは、近江ARSのメンバーと松岡正剛は初めて出会った場所だった

「松岡は『“仏教が見ている”という感覚を還生の会で共有したい。“仏教が見ている”という状態が、実は日本の仏教を知る鍵なんだ』と言っていました還生とはあえて迷妄に入って再び覚悟するという意味だとも語っていましたと和泉は振り返る。ちなみに書籍『別日本で、いい。』の第三幕のタイトルは、「仏教が見ている」である。和泉はこれまでの還生の会のプログラムをやわらかく高速で振り返った。

 第1回 日本仏教の見方 ―近江からはじまる

 第2回 国家と宗教 ―最澄の目指したもの

 第3回 草木は成仏するか ―日本仏教の自然観・人間観

 第4回 中世仏教のダイナミズム ―鎌倉仏教観の転換

 第5回 土着と論争 ―近世仏教の魅力

 第6回 近代仏教の苦闘 ―グローバルか、ナショナルか

 第7回 神と仏の間柄 「―神道」は如何にして成立したか

 第8回 大乗仏教と菩薩の倫理 ―他者とどう関わるか

一度潜って再生する、これが還生の意味である。ひらたく言えば、「いないいなあばあ」である。

<参考情報>

「近江ARSでは一人一人がいろんなところから集まって、力を組み合わせることによって、ゆくゆくは祝祭的な場作りができたらと思っています。単なるイベントではなく、日本を貫いている仏教を学んでいきたいです」(和泉佳奈子)

第1部 伝え

福家俊彦「別所から別日本へ」

福家は菩薩という難解なテーマを理解するためのキーワードとして、「ロゴス的知性」と「レンマ的知性を挙げた。文化人類学者の中沢新一氏による分類である。前者は、二項対立で考える二分法や論理学をもとに構築された西洋の科学や思想を指す。これに対して、後者は、古代インドからの論理学や思考様式である。ジレンマという言葉がある。2つのうちどちらかを選ばなければならない状況を指すが、レンマ的知性においては、選択肢が3つある「トリレンマ」や選択肢が4つに及ぶ「テトラレンマ」もある。ロゴス的知性の外にはレンマ的思考が広がっていると言える。ちなみに、テトラレンマは大乗仏教を大成した龍樹(サンスクリット名:ナーガールジュナ。2世紀のインドの僧侶)が駆使した論法でもある

<参考情報>

どのようにして菩薩行を実践していくか。今、世界中で戦争が起きている。ウクライナ、ガザ、シリア。こういう時代こそもう一度ベトナム戦争を見直すのがいいのではないかと感じている」(福家俊彦)

さらに福家は人間の深層にあるとされる阿頼耶識について思いを巡らせながら、仏教も研究した博覧強記の南方熊楠、近代言語学の父といわれるソシュール、ベトナム戦争に反対して焼身供養した僧侶のティック・クアン・ドック、フランスの思想家ジュリア・クリステヴァまで、洋の東西を問わずに次々に取り上げてゆく。話のしめくくりは、近江ARSの次なる展望だった。

「ロゴス的知性だけでなく、レンマ的知性を組み合わせた形で我々の意識が成り立っている。その出口の一つである芸術を重んじたい。近江ARSは「別所」からスタートしている。外側の空間や間(ま)をもった場所を、心の中にも、物理的にも、この近江からなんとか作っていきたい」

<参考情報>

清水 そうなんです。それで言うと、唯識思想は色んな人が研究されていて、僕も好きでよく読むんです。すごく面白いですね。唯識においては識の中に「見分」と「相分」という区別があって、主体と対象らしきものがある。「見分は主体側、つまり見ている側なんだけど、そこには眼識とか耳識とか鼻識とか五感に相当する前五識というものがあり、それによって「相分である対象に関与しているとされる。また、それをさらに第三者的に包摂しているものがあり、それが自証分である、と言うんですね。古くはこの「三分」で「識」の構造を考えた。そして、その「識」もまた相互入れ子的に他の誰かの相分になっていく。そこから華厳的なネットワークが出てくるわけですよ。

共に、合流する――偶有性について

松岡 華厳も出てくるし、一方に阿頼耶識(あらやしき)の方へ向かっていく道もあります阿頼耶識についてはまだ誰もちゃんとやれていないんじゃない?

出典:サブタイトル/「聴こえざるを聴き、見えざるを見る」|清水高志×松岡正剛|『続・今日のアニミズム』|TALK❷|前編

<参考情報原始仏教釈尊が考えた心の動き:六識説

・六境(対象物)・六根(感覚器官)・六識(感覚作用)・意識(こころ)に収険される

■唯識の肝:八識

・前五識 (眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)

・第六 意識

⇒上記六識に以下2識を加える(認識の深化)

第七 未耶識(マナシキ:自己中心化⇒外界から入る情報を自分の都合の良いように解釈する

第七 未耶識(マナシキ:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く)

◆第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ:記憶情報を詰め込む領域=記憶媒体装置=種子:未耶識の働きによる記憶領域)=経験認識

・個々人の見聞、経験等の情報が全て書き込まれ、ため込まれる

良くも悪くもため込まれた情報は更新される

次第に個々人の倫理観が形成される「心の働き」の領域

何を第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ)にため込む事が大事か

七仏通誡偈(ひちぶつつうかいげ)

自らその意を浄めよ第七 未耶識との衝突矛盾))

第七 未耶識(マナシキ:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く

■禅観

・入力情報を屈折させない仕掛け

⇒呼吸を整えて

出典:第741回花ホテル講演会 タイトル:「法相宗は面白い ~こころを観る唯識~」 講師: 高次 喜勝 氏(YouTube)

第2部 語り

末木文美士「大乗仏教と菩薩の倫理」

「合理性を突き詰めていけば真理にたどり着くという近代的な考え方が1990年代ぐらいから行き詰まってきた」

そう語り始めた末木氏が注目しているのは、昨年ノーベル文学賞を受賞した韓国の作家ハン・ガンだ。今回のテーマである「菩薩」を考えていくにあたり、その根本問題は「他者」だといういかに他者と共にあるのか。これが菩薩の問題であり、逆に言えば、他者論という問題への仏教の答えが、「菩薩」という考え方である他者とは、「了解不可能であるが関わらざるを得ない存在」である。一言でいえば、他者とはわからない存在」である。

ハン・ガンの小説には、まさに他者が描かれているという。『菜食主義者』は他者の痛みや苦しみとどれだけ関わり得るかを綴り、また、『別れを告げない』では他者との通底することができるかどうかが模索されている。

ここで仏教学に立ち返ると、菩薩とはサンスクリット語のbodhisattaの音写である菩提薩埵(ぼだいさった)を略した言葉である悟りを求める衆生」「仏になるための修行中の衆生」という意味をもつ。仏教の始まりであるブッダから、菩薩が誕生するまでの変遷は、自利小乗)から利他大乗)への転回であり、「歴史上のたった一人のブッダ」から「衆生を救うためのたくさんのブッダ」への発展でもあった。

観音堂の書院にて講義を行う末木文美士氏。「法華経』を受持する菩薩は「地涌(じゆ)の菩薩」と言いますが、これはまさしく新たな死者のパワーを受けた仏というものを受け止めていくことのできる存在」

ここから末木氏は大乗仏教を代表する経典『法華経』の解説に踏み込んでいく。実は『法華経』は従来語られてきた二部構成(迹門と本門)ではなく、下記のように三つの段階に分かれて成立してきたことが近年の研究でわかってきたという。

 第1類 「存在としての菩薩」

 第2類 「実践としての菩薩」

 第3類 「模範としての菩薩」

とりわけ核となるのは、第2類の中にある「見宝塔品 第十一」。この章の中でブッダ(釈迦如来)が、死者であるブッダ多宝如来)と空中の宝塔の中で隣り合って座るシーンがある。「二仏並坐」という。これにより死者のパワーを受けたブッダは、さらなる力を得る。まるでSFのような展開だが、この世(顕)とそうでない世界(冥)とのつながりを強く示唆する一幕である。

 「十界互具」という仏教用語がある。世界は仏、菩薩、縁覚、声聞、天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄の十で成り立っており、そしてこの世界の一つ一つそれぞれが十の世界を備えているという考え方だ。端的に言えば、仏も心に地獄を持っているということ。心に地獄を持っていて、地獄を理解しているからこそ、仏は衆生を救うことができるのだという

<参考情報>

 その手の試みはすでに般若経の編纂グループが先行していたのだが、それに続くもので、できれば決定版にしたい。法華経である

 ひるがえって、もとからの小乗グループは、仏教の教えを伝え導くことができるのはブッダただ一人、釈迦仏だけだと考えてきた。それゆえ修行者はブッダを理想のモデルとして、一人ひとりがさまざまな執着を断ち、輪廻から解脱するために阿羅漢(あらかん)をめざすなかで、その境地にかなり近づいた者は菩薩、すなわちボーディサットヴァ(菩提薩埵、略して菩薩=悟りを求める人)と称ばれるところにまでは達するが、とはいえブッダになるわけではない。そう、考えてきた。

 これに対して大乗グループは、釈迦仏以外にもブッダ覚者はありうると主張した菩薩もブッダをめざしつつ、自分だけではなく衆生(多くの他者)を悟りに導こうとしているのなら新たに「菩薩乗」とみるべきだと主張し、たんに教えを聞く修行者はブッダになろうとしていないのだし、自分だけの覚醒にこだわっているのだから「声聞乗」(しょうもんじょう)にすぎないとみなした。また、教えを聞くことなく独力で解脱をめざす者たちもふえてきたようだが、かれらは別して縁覚乗」(えんがくじょう)などと称ばれるべきだとした。

 こうして、修行者を教えを聞いて悟ろうとする声聞乗小乗)、自身の悟りを求める縁覚乗中乗一切衆生のために仏道を広める菩薩乗大乗という「三乗」の見方ができあがっていったわけである。このうち声聞・縁覚乗を二乗」とも名付け大乗を進む者を一乗」と名付けた。

 大乗グループは、これらのことがブッダの語りによって展開されている経典が存在するべきだと考えて、かなり長い時間をかけて『法華経』を仕上げた。そこではブッダは「私が小乗や二乗の道があると説いたのは、大乗に導くための方便だった。本来の道は一乗なのだ」と語っているようにした。前半の迹門で二乗を重視しておきながら後半の本門では一乗を重視させたのである

出典:サブタイトル/最澄と天台教団 木内堯央~松岡正剛の千夜千冊より転記~

<参考情報>

 法華経は28品で構成されている。品は「ほん」と読む。ただし28品であることにはそれほどの意味がない。あれこれ書き換えや着替えをして入念に仕上げてみたらこうなったというものだ

 次のようになっている。ふつうは「序品第一」「方便品第二」「薬草喩品第五」というふうに示すのが日本の仏教学の慣習になってはいるが、上記でもそうしてきたように、わかりやすく算用数字をあてた。

 1「序品」、2「方便品」、3「譬喩品」、4「信解品」、5「薬草喩品」、6「授記品」、7「化城喩品」、8「五百弟子受記品」、9「授学無学人記品」、10「法師品」、11「見宝塔品」、12「提婆達多品」、13「勧持品」、14「安楽行品」、15「従地湧出品」、16「如来寿量品」、17「分別功徳品」、18「随喜功徳品」、19「法師功徳品」、20「常不軽菩薩品」、21「如来神力品」、22「嘱累品」、23「薬王菩薩本事品」、24「妙音菩薩品」、25「観世音菩薩普門品」、26「陀羅尼品」、27「妙荘厳王本事品」、28「普賢菩薩勧発品」。

 この構成が大きくは前半と後半に巧みに分かれるのである。前半の1~14品までを「迹門」(しゃくもん)、後半の15「従地湧出品」からを「本門」(ほんもん)というのだが、ここに法華経の最も特徴的な構造があらわれる。図解をすると次のようになる。

法華経の構成

 図で示してあるように、このうちの前半が「迹門」、後半が「本門」だ。そのほかいろいろ複雑な“幅タグ”がついているけれど、いまはこれらの区分けは無視しておかれたい。大事なことは全体が15「従地湧出品」のところで劇的に分かれるようになっているということだそのため16「如来寿量品」からが後半の本論になる。ブッダ存在学になる。

 こうすることによって、前半の迹門で説いたブッダは歴史的現実のブッダだが、後半の本門のブッダは理念的永遠のブッダだというふうになったそこがまことにうまくできている。これがもし詭弁的構成でないのなら、まさに超並列処理というものだ

 ぼくはこの絶妙を知ったときには、心底、感嘆した。キリスト教がマリアの処女懐胎やイエスの復活を説いたことには、たとえその後の三位一体論などの理論形成がいかに精緻であろうと、どうにも釈然としないところがのこるのだが、このブッダの歴史性と永遠性を“意図のカーソル”によって跨いだところには、それをはるかに勝るものがある。なにより、語り手のブッダが聞き手の菩薩たちにこのことを自身で説いているというドラマトゥルギーとしての根性がいい。

 いったい誰がこういう文巻テキスト編集作業ができたのか。もはやその当初の着手者の名はのこらないけれど、おそらくは当初の文巻というものが下敷きになって、そこに多くの“加上”と“充填”が加わっていったにちがいない

出典:サブタイトル/梵漢和対照・現代語訳 法華経 [訳]植木雅俊~松岡正剛の千夜千冊より転記~ 

<参考情報>

法華経このたび弘めむと 仏に申せど聴(ゆる)されず
地より出てたる菩薩達 その数 六萬恒沙(ろくまんごうしゃ)なり

 津島さんの「法華経に速度を与えよう」で始まったぼくの風変わりな法華経青春縁起は、その後はちょっとばかり落ち着いて、そのかわり日蓮の影響も手伝って、だんだん質的に変化して、いつしか自分でも手に負えないほど巨きくなった。

 理由ははっきりしている。大乗仏教における「菩薩」や「菩薩行」とはいったい何かということが気になってきたからだ。
 このことに関してはいまならいろいろのことが言えそうなのだが、それを今夜はとりあえず端的にいえば、法華経が演出した「地湧(じゆ)の菩薩」の満を持した覚悟の意味と、「常不軽(じょうふきょう)菩薩」の不思議なキャラクタラリゼーションの意図を追いかけたいということ、このことに尽きている。

 地湧の菩薩は法華経の15「従地湧出品」(じゅう・じゆしゅつほん)に登場する。その名の通り、大地を割って出現した六万恒河沙の菩薩たちをいうブッダが涅槃に入ったのち、その教えが伝わりにくくなり、その信仰の本来の意図の布教が躊めらわれていたとき、ついに地面から出現したのが地湧の菩薩たちだった。たいそう劇的なことには、この地湧の菩薩が出現してくる瞬間、法華経全巻がここで大きく転回していくのである。

 この構成演出はすばらしい。それとともに、ここに菩薩の意味がついに明示されていた。かれらは「知っての通りの待機者」だったのだ

 お恥ずかしいことに、ぼくは長らく仏教における菩薩とは何者なのか、何を担っている者なのかということがわからなかった。なぜ悟りきった如来にならないで、あえて菩薩にとどまっているのか。そこにどうして「利他行」(りたぎょう)というものが発生するのか。そこがいまひとつ得心できていなかった。こんな宗教はほかには見当たらない。菩薩はエヴァンゲリオンではない。他者にひっこむものなのだ。凹部をもったものなのだ。

 そういう謎が蟠っていたのだが、それを払拭したのが法華経の「地湧の菩薩」だったのである。いや、法華経における「地湧の菩薩」の巧みな登場の“させかた”だったのだ。つまりはこれは、法華経におけるブッダが示した鍵に対する凹んだ鍵穴だったのである

地涌の菩薩の一団の出現
(「法華経曼荼羅」第十四軸部分)

 実際には菩薩(ボーディ・サットヴァ)とは、ブッダが覚醒する以前の悟りを求めつつある時期のキャラクタリゼーションをいうしかし法華経においては、その格別特定のブッダの鍵がカウンター・リバースして、いつのまにか菩薩一般という鍵穴になったのだ。

 というふうには感じているのだが、まだこのことに関してはぼくの思索が現在進行形している途次なのである

不軽大士(ふきょうだいし)ぞ あはれなる
我深敬汝(がじんきょうにょ)と唱へつつ
打ち罵り悪しき人も皆 救ひて羅漢と成しければ

 一方の常不軽(じょうふきょう)菩薩のほうは、法華経20の「常不軽菩薩品」に登場する。鳩摩羅什の漢訳では「常に軽んじない菩薩」(不軽)という漢名をもっているのだが、サンスクリット原典では一見、常に軽蔑されている菩薩とも読めるようになっている

 植木さんはそこを、こう訳した。「常に軽んじないと主張して、常に軽んじていると思われ、その結果、常に軽んじられることになるが、最終的には常に軽んじられないものとなる菩薩」というふうに。うーん、なるほど、なるほど、これならよくわかる。ネーミングの意図を汲み上げた訳になっている。そうであるのなら、この菩薩は鍵と鍵穴の関係をさらに出て、菩薩と世界の、菩薩と人々との“抜き型”そのものになったのだ。フォン・ユクスキュル(735夜)ふうにいえば、その“抜き型”のトーンそのものになったのだ。

 常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)このような、比類なくアンビバレントな名前をもっていること自体も意味深長なのだが、そのうえでこの菩薩は何をするかというと、乞食のような恰好のまま、誰だって成仏できますと言い歩く。そこがまたもっと不思議なのである。だいたい、そんな安直なことを急に言われても、誰も納得するはずがない。かえってみんなに罵られ、石を投げられ、打たれたりする。それなのに常不軽菩薩はあいかわらず誰に対してもひたすら礼拝をする。あるいはひたすら菩薩の気持ちを述べる。それしかしない。そればかりする。

石を投げる人々に礼拝する常不軽菩薩

 この常不軽菩薩のキャラクターが法華経全巻において燻し銀のごとく光るのだ。これは「愚」なのである。「忍」なのである。いわば常不軽菩薩は「誰も知らない菩薩者」として法華経に登場してきたのだった。それゆえ、ひっくりかえしていえば、この菩薩こそ“何の説明もないすべての可能性”だったのだ

出典:サブタイトル/梵漢和対照・現代語訳 法華経 [訳]植木雅俊~松岡正剛の千夜千冊より転記~ 

講師の話す机の脚元にそっと置かれた書籍たち。それぞれの講師の推薦図書である。

近江ARSの竹村光雄が第3部の「巡り」について案内。手にしているのは自ら編集した「還生の会」のしおり。松岡正剛の言葉の引用による「還生の会」ダイジェスト解説になっている。本文は透かし紙を使って印刷し、これを丸三ハシモトの黄色い絹弦で綴じた。「透かし紙に印刷すると、ちょっとたぐり寄せたときに像がはっきりする。還生の会では、この“ちょっとたぐり寄せる”を感じが重要」と竹村は企図を明かす。

<参考情報>

建築家の三浦史朗が今回のしつらいのために持ち込んだ菩薩像。小さな菩薩像が角材の上に乗せてあるのではなく、この太い角材から菩薩像が彫り出されている

第3部 巡り  

百体観音堂、観月舞台、絵馬堂の観覧とふるまい

巡りは、お堂の中から外に出て、観音堂の境内を参加者に観覧してもらうひと時だ。観音堂のそばには百体観音堂、観月舞台、絵馬堂がある百体観音堂では石山寺座主・鷲尾龍華による西国三十三所観音霊場の解説が行われ、観月舞台では大津市歴史博物館学芸員の横谷賢一郎がその由来を語った。叶匠壽庵を率いる芝田冬樹と叶衆はぜんざいをふるまい、三井寺執事の福家俊孝が三井寺茶でもてなし、参加者たちは体をあたためた。

西国三十三所の十三番が石山寺、十四番が三井寺であり、両寺が観音信仰でつながっていることを語った鷲尾龍華。『法華経』の「普門品 第二十五」には、観音菩薩は三十三の姿に変身して人々を救うと書かれており、これが西国三十三所の由来であるという

「観音堂は、京都の清水寺と同じく懸造(かけづくり)になっていますなぜ崖に建てるかというと、もともと観音様が南インドの補陀落(ふだらく、サンスクリット語でポタラーカ)という山に住んでいるとされており、その山をもどいて再現しているのです」(横谷賢一郎)

三井寺執事の福家俊孝の淹れる三井寺茶と、叶 匠壽庵の叶衆によるぜんざいのおもてなし。ぜんざいには柚子の皮を浮かべて香りづけをしている。

叶 匠壽庵の芝田冬樹代表と叶衆。当日は雪のちらつく寒風が吹き込んでいたので、甘くあたたかいぜんざいに参加者たちは大喜びだった。

しつらいについて語る三浦史朗。背景に飾られている写真は、自らが所蔵する十文字美信の写真。滝を撮影した2点の写真により、「顕」(見えるもの)と「」(見えないもの)を表そうと試みた。

<参考情報>

同じくしつらいを解説する三井寺執事の福家俊孝。菩薩像と懸魚(げぎょ)を室内で組み合わせて展示するという大胆な表現。

第4部 語り 

大谷栄一 近代日本における「菩薩の倫理」

佛教大学社会学部教授の大谷栄一氏が登壇。近代仏教を研究しており、以前に松岡が大変高く評価していた『増補改訂 近代仏教スタディーズ』(法藏館)の編者の一人。また、近江ARSの書籍『別日本で、いい。』にも「近代化した日本仏教」という文章を寄稿している。

大谷氏は、『法華経』に影響を受けて活動した近代日本の法華経信仰者を紹介した。次の4人である。

綱脇龍妙(つなわきりゅうみょう):日蓮宗僧侶/ハンセン病療養所を自ら開設し、治療に一生を捧げた

井上日召(にっしょう):右翼運動家/血盟団のテロによる国家改造を目指した

松平俊子:教育家/昭和女子大学の創成期に女子教育に尽力した

宮沢賢治文学者/創作を通して万人が幸福になれる理想郷を追い求めた

<参考情報>

4人はいずれも『法華経』に記されている菩薩行を自らの信念とした。中でも「常不軽菩薩品 第二十」に出てくる不軽菩薩を心のよりどころとしたのが綱脇龍妙と宮沢賢治だ。賢治の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」のデクノボーのモデルが不軽菩薩である。「常に軽蔑された男」という意味の名前を持つこの菩薩は、出会う人すべてに「私はあなたを軽蔑しません。あなたがたは修行をしたらさとりに到達する如来になれるでしょう」と礼拝したという。

<参考情報>

大谷栄一氏は「松岡さんの千夜千冊で自分の著作『近代日本の日蓮主義運動』について言及してもらったことがあり、励みになった」と語る。近代仏教の特徴は「現世中心主義」「生者中心主義」「在家主義」の傾向が強いことにあるという。

佐藤優 「菩薩とイエス・キリスト」

作家で元外交官の佐藤優氏は、同志社大学神学部で学んだクリスチャンである。

「結論から言うと、宗教には救済するために聖なる領域と俗なる領域を仲介する人が必要です。キリスト教の場合はイエス・キリスト。その機能をキリスト教信者のわれわれから見ると菩薩にあるように見える」

佐藤氏の原点にあるのは、チェコスロバキアのプロテスタント神学者ヨセフ・ルクル・フロマートカ(1889〜1969年)である。

 フロマートカの人生は、母国の困難と共にあった。隣国ドイツに台頭したナチスにより、チェコスロバキアは解体されてしまったため、一時的にフロマートカはアメリカに渡るが、共産国家と化したチェコスロバキアに戦後の1947年に帰国する。共産主義は無神論であるため、キリスト教とは相容れない体制である。共産主義者に対して、彼は次のような趣旨の発言をしていたという。

「貧しい者、虐げられた者と共にいるのがキリスト教だったはず。我々は近代に入ってからその機能を果たしていただろうか。さぼっていた。だから共産主義が生まれた。キリスト教の不作為によって共産主義が生まれた」

プロテスタントのカルヴァン派の佐藤優氏。末木氏との共通項は、京都学派の哲学者・田辺元(はじめ)に関する著作がある点だ。『冥顕の哲学1 死者と菩薩の倫理学』(末木氏)と『学生を戦地へ送るには 田辺元「悪魔の京大講義」を読む学生を戦地へ送るには』(佐藤氏)である。田辺は戦時中の京都大学で教鞭をとり、多くの学徒を戦場へ見送った。戦後は懺悔し、「死の哲学」を構想した。

フロマートカは「対話を重視した。共産主義者と対話を重ねた結果、相手側に変容が起こり、「人間の顔をした社会主義」がチェコスロバキアの共産党の指導思想となった。それが1968年の「プラハの春という民主化運動につながるのである

フロマートカは「我々はむしろ我々を非難する人たちに対して、共産主義者に対して敬意を払って、そこから学び取るんだ。あの人たちの中に真理がある」とも語っていたという。佐藤氏は、フロマートカは不軽菩薩と通底しているものがあると言う。さらに言えば、われわれ日本人は、菩薩のアナロジーでイエス・キリストを理解したのだという。

第5部 交わし

最後は鼎談の二本立て。前半は大谷栄一氏、末木文美士氏、福家俊彦氏の鼎談を行った。進行役の福家は、「菩薩行の実践者にフーテンの寅さんを加えたらどうかなと思っていた」と話した。末木氏は阿頼耶識や、自己と他者の関わりについて再び言及した。大谷氏は、宮沢賢治の『春と修羅』の中で「四月の気層のひかりの底を唾しはぎしりゆききするおれはひとりの修羅なのだ」という一文には、十界互具の思想が背景にあると指摘した。

他者を理解できるかという問題は、あえて「普遍」ではなくて「通底」という言い方で考えたい。つまり、自分の個を突き破った時に何か他者と通底し得るものがあるのではないか」(末木文美士氏)

後半は佐藤優氏、末木文美士氏、鷲尾龍華氏の鼎談。進行役の鷲尾は、キリスト教と仏教の救済について触れた。佐藤氏はエマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を取り上げ、欧米の宗教と世俗化について言及した。

対話の中で、佐藤氏から福家と鷲尾に向かって、YouTubeやインスタグラムによる動画配信を勧める一幕もあった。

最後は会場との質疑応答や感想の交わし合い。公共性、阿頼耶識、通底、ビジネスと宗教といったキーワードともとに交わし合った。江戸学者でイシス編集学校学長の田中優子氏は、現代における救済や祈りについて思いを述べた

「なんで観音巡りがあるのか 観音様に相談しても何も答えてくれません。だけどそこに救済を見ているのです。救われるのです。何にも言ってくれない観音様に救済されるものが人間なのです。それは自分と向き合っているから、自分と向き合いながら自分の個の狭い世界に戻るのではなくて向き合いながらもっと大きなところに関わるからです」(田中優子)

会のラストには、近江ARSのチェアマン・中山雅文が「還生の会」全8回を終えて感謝とともに、これからの抱負を述べた。

「松岡さんは一番最後に日本をやりたい、それは仏教を通じてやりたいと言っていました。そうしたなかで三井寺の福家さんと出会い、始まったのが近江ARSでした。今回の菩薩というテーマを通して、近江ARSを今後も続けていくことが大事だと感じました」

第一期を終えた「還生の会」は、新たに第二期へと歩み始めている。

8回を終えて思いを新たにする中山。近江ARSはすでに新たなステージに向かって走り出している。背景の赤い庭は、MGS照明設計事務所による演出だ。

「一寸」という名の交流会。生姜湯、焼き餅を入れたお吸い物、近江の八菜、鮒寿司、精進料理のほろかべで参加者をもてなした。日本酒は冨田酒造の七本槍、平井酒造の熊蟄穴を用意した。参加者たちは近江の味覚に舌鼓を打ち、一日の感想を交わし合った。

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