⑥ 今年316年、宝永からマグマを溜め続けた富士山・・次の大噴火は「これまでにないステージの始まり」となるか  鎌田 浩毅氏(京都大学名誉教授)の記事(2023.12.15現代ビジネス)を転記~

富士山は、「いつ噴火してもおかしくない」火山。

いつ、どこで噴火するのか。

それを予知することができれば、被害を大きく軽減することができます。

しかし、残念ながら、日時の特定までは非常に困難でありながら、

発生前にどのような噴火になるのかを予測する術や精度が向上しています。

さて、そうした予測に欠かせないのが、過去の火山活動の履歴です。

12月16日は、現在のところ最新の大規模噴火である「宝永噴火」の起こった日です。

なんと、その時の火山灰は、偏西風にのって関東一円に飛散し、

江戸でも5センチメートルも積もったとされており、

⇒その様子は、新井白石による『折たく柴の記』にも記録されています。

富士山体には、

この300年分のマグマが蓄積されていると予測されます。

これまでの富士山の噴火活動を検証していきます。

■「噴火のデパート」富士山

・富士山は

⇒「噴火のデパート」と呼ばれるほど、

火山灰、溶岩流、火砕流、泥流など多様な噴出物を出しつづけて

⇒およそ10万年ものあいだ、噴火を繰り返してきた。

しかし現在は1707年の宝永噴火以来、

300年ものあいだ沈黙を保っている。

そのため富士山が噴火するなど思いもよらないという日本人は多いのだが、

いうまでもなく、このまま噴火をしないままでいるということはありえないのである。

では、次に富士山はいったい、いつ、どのように噴火するのであろうか

近年の調査で、富士山は

⇒下から先小御岳火山、小御岳火山、古富士火山、新富士火山という

「4階建て」の構造をもつことが明らかとなった

出典:http://www.kazan.or.jp/J/koukai/04/all.pdf 日本火山学会第11回公開講座 最新科学がさぐる富士山の火山防災

・4つの富士山の火山活動のうち

⇒いま私たちが「富士山」として見ることのできる新富士火山の活動は

⇒1万1000年ほど前から始まったのだが、

古富士火山とはかなり活動の様子が変わっている

一言で述べれば、さまざまな噴火様式が開始されたのである。

降下テフラだけでなく、溶岩も大量に流し、さらに噴石や軽石も飛ばした。

また、マグマを噴出した場所が一定ではない。

⇒これは山頂の火口だけでなく、

⇒山麓にある側火口も頻繁に使われるようになったということである。

⇒さらには、古富士火山の時代にも複数回あった、山の側面を崩す山体崩壊までも起こしている。

出典:https://www.tmresearch.co.jp/seminar/20151104/pdf/report01.pdf 富士山の噴火史と災害予測-現状と課題ー小山 真人(静岡大学防災総合センター)

新富士火山の活動から

「噴火のデパート」と呼ばれる状況が始まり、それは現在まで続いている。

この時期の活動をくわしく知ることは、将来噴火の予測をするうえでもたいへん重要である

■新富士火山の5つのステージ

新富士火山の1万1000年以後の火山活動は、

大きく五つのステージに分けられている。各ステージごとにくわしく見てみよう。

「ステージ1」は、

⇒1万1000年前から8000年前までである。

⇒この時期には、古富士火山の時代に優勢であったスコリアや火山灰の噴出が下火になった。

その代わりに大量の溶岩が噴出しはじめる。

「ステージ2」は、

⇒8000年前から4500年前までである。

この時期にはやや小規模な爆発的な噴火を数多く起こし、火山灰を大量に噴出した。

⇒これらは降下テフラとなり、

⇒地元で「富士黒土層」と呼ばれる真っ黒でフカフカした豊かな土壌をつくった。

・「ステージ3」は、

⇒4500年前から3200年前までである。

この時期は、山頂から溶岩を頻繁に流し出したことで特徴づけられる。

⇒噴出したマグマは3立方キロメートルにも達し、

この時期に現在のような円錐形の巨大な成層火山の姿ができあがったと考えられている。

・「ステージ4」は、

⇒3200年前から2200年前までである。

この時期には山頂で爆発的な噴火がしばしば起き、火砕流も発生した。

また、このステージでは、富士山の東方の山麓にスコリアを大量に降り積もらせている。

⇒有名なものとしては、山頂から大沢スコリアが、北斜面の側火山から大室スコリアが、また東斜面の側火山から砂沢スコリアがそれぞれ噴出し、山麓に厚く堆積した。

・「ステージ5」は、

⇒2200年前から現在までである。

今後の富士山の噴火を予測するうえで、このステージは最も重要な時期でもあるので、詳しくみていこう

■「ステージ5」その噴火の特徴

ステージ5では、

山麓斜面でやや小規模で爆発的な噴火をたくさん起こしたことで特徴づけられる。

⇒過去2200年間で富士山は少なくとも42回噴火したことがわかってきた。

数多くの火口が、

⇒富士山の北西と南東を結ぶ線上と、

⇒それに直交する北東の斜面の二つの線上にできている。

⇒たくさんの火砕丘がこの火口線上の付近で噴出したのである(第2章の図2─7参照)。これらの火口は最初にスコリアを放出し、しばらくのちに小規模の溶岩を流し出した。

現在残っている古文書から、

ステージ5に属する個々の噴火の時期を特定できるものもある。

⇒こうした噴火の履歴を年表で示した(図「古文書から見た富士山の噴火・噴気などの記録と噴火の時期」)。

出典:サブタイトル⑥ 今年316年、宝永からマグマを溜め続けた富士山・・次の大噴火は「これまでにないステージの始まり」となるか  鎌田 浩毅氏(京都大学名誉教授)の記事(2023.12.15現代ビジネス)を転記~より

■ステージ初期の活発な活動

たとえば、延暦噴火と呼ばれる800~801年の噴火では、

スコリアと火山灰によって

⇒富士山頂の東南東を通る東海道(足柄路と呼ばれる)が遮断されてしまった(図「延暦噴火による溶岩流の分布」)。

⇒このため、東海道は火山灰を避けて新たに南側の箱根路を開き、これが現在まで受け継がれている。

※右:延暦噴火による溶岩流の分布/東海道が変更された 左:9世紀以降の富士山さから噴出した溶岩流(剗海(せのうみ)が分断されている(いずれも、小山真人氏による)

・次に起きた大きな噴火の記録は、貞観噴火と呼ばれる864年の噴火である。

富士山の北西の山麓で大規模な割れ目噴火が起きた事件である(図「9世紀以降の富士山から噴出した溶岩流」)。

⇒このときには長さ6キロメートルにわたる長大な割れ目ができ、その上に火口がたくさんできた。

ここから大量の溶岩が流出し、青木ヶ原溶岩と呼ばれる溶岩原となった

⇒この溶岩は、当時の北麓にあった大きな湖(「剗海」と呼ばれていた)の中に流れ込み、

⇒その中央を陸化して湖を分断したのである。

最近、剗海を埋め立てた溶岩の坑井掘削が行われた。

その結果、青木ヶ原溶岩のマグマの総量は1.4立方キロメートルであることが判明し、

富士山の歴史時代の噴火では最も多量のマグマを噴出した噴火であったことが明らかとなった。

2ヵ所が同時に噴火した可能性も

・その後、富士山の北麓では平安時代の10~11世紀にも割れ目噴火が起こり、溶岩が大量に流れ出した。

937年に噴出した剣丸尾第一溶岩の最大のものは、20キロメートル下流の富士吉田市(山梨県)まで流れている。

実は11世紀の富士山では、山腹の2ヵ所が同時に噴火した可能性がある。

⇒山腹の北側の剣丸尾第1溶岩だけでなく、

⇒南側の「不動沢溶岩」(静岡県富士宮市)も、1015年ごろに噴火したことがわかっているのだ。

その後、流れ出た溶岩に残された当時の磁気の証拠(古地磁気と呼ばれる)を精密に測定したところ、

地磁気の強さや磁場の方向が二つの溶岩で一致することが判明した

現在のところ「ファイナル」の宝永噴火

さて、ステージ5の最後の活動は、

これまでにもたびたび登場した1707年の宝永噴火である。

この噴火はそれまでの噴火様式とはまったく異なり、

白い軽石と黒いスコリアと火山灰を大量に噴き上げるという際立った特徴がある

出典:https://www.tmresearch.co.jp/seminar/20151104/pdf/report01.pdf 富士山の噴火史と災害予測-現状と課題ー小山 真人(静岡大学防災総合センター)

出典:防災対応を検討するための降灰分布図(富士山宝永噴火)富士山ハザードマップ検討委員会中間報告(噴火開始日:1707年12月16日、噴火終了日:同年12月31日(噴火期間:15日間))

宝永噴火で噴出したマグマは

0.7立方キロメートルであり

新富士火山になってから噴出した降下火砕物の量としては最も多い。

⇒この結果、南東の山腹には直径約1キロメートルの巨大な火口をつくった。宝永火口である。

※宝永火口

■富士山の噴火史のなかでも特異的な宝永噴火

・宝永火口からは

⇒大量の軽石とスコリアが噴出し、東方の山麓に厚く堆積した。

⇒これらの降下火砕物は、下部が白い軽石からなり、上部が黒いスコリアでできている。

これは、宝永噴火の際に噴出したマグマの化学組成が時間とともに変化したことを意味している

プリニー式の大噴火を起こした宝永噴火は、

出典:https://www.tmresearch.co.jp/seminar/20151104/pdf/report01.pdf 富士山の噴火史と災害予測-現状と課題ー小山 真人(静岡大学防災総合センター)

富士山の噴火史のなかでも特異的なのである。

⇒先にも指摘したように、富士山は駿河トラフと相模トラフを陸上へ延長した線の交点に位置する。

※富士山は駿河湾トラフと相模トラフを陸上へ延長した線の交点に位置する(『富士山の謎を探る』築地書館の吉井敏尅氏の図を参考に作図)

すなわち、フィリピン海プレートの沈み込み運動と噴火の相互関係が問題になるのだが、

⇒これについては巨大地震との連動というテーマになるので別の機会に譲りたい(なお、拙著『富士山噴火と南海トラフ』では、1章を割いて詳しく解説しているので、ぜひお読みいただきたい)。

・なお、宝永噴火にいたるステージ5の噴火口に注目すると、

噴火の時期によってある特徴が見出される。

宝永地震(Wikipediaより)

・宝永噴火の始まる7週間前の10月28日13-14時頃に

⇒推定マグニチュード8.6 – 9クラスと推定される宝永地震が起こった。

・この地震の震源は

⇒繰り返し巨大地震を起している南海トラスであり、日本最大級のものであった。

⇒遠州沖を震源とする東海地震と紀伊半島沖を震源とする南海地震が同時に発生したとの見方もあったが異論もある。

■新たなステージのはじまりを示唆するもの

 ・2200年前に始まったステージ5の噴火口は、

⇒基本的には山腹にできている。

⇒ただし、ステージ5に含まれる噴火のうち11世紀以降のものは、

⇒いずれも山頂からの噴火ではないとはいえ、

⇒火口の位置は標高3000メートルを超える位置にできている。

このことから研究者の中には、

富士山では山腹噴火の時期が終了し、

山頂噴火を起こす新しい時期に入りつつあると考える人もいる。

すなわち、宝永噴火から300年以上も経った次の噴火が、

これまで通りステージ5の山腹噴火を起こすのか、

あるいは新たなステージ6の噴火を起こすのか、予断を許さないという見方である。

噴火はいつ、どこから?

富士山がいつ、どこから噴火するのか、という基本的な問いに答えるために、

過去の噴火履歴の情報はたいへんに重要である。

もしマグマが上がってくる位置が山頂の直下であれば、新たなステージ6への移行が考えられる。

そうではなく、かつて割れ目噴火を起こしたような山麓の下からマグマが上がってくれば、

⇒これまでのような山腹噴火が再開されるだろう

この場合には、標高の低い位置に火口が開き、周辺に住む住民や観光客を巻き込むおそれがある。

たとえば1015年に起きた可能性がある山腹の2ヵ所での同時噴火が発生すれば、

⇒被害エリアが想定域よりも拡大する可能性がある。

国と山梨・静岡両県は

現在のところ富士山の同時噴火を想定していないため、

防災対策にも影響し、先ごろハザードマップが改訂されたのも記憶に新しい。

将来、マグマが上昇する位置の予測は

地震や傾斜や重力の変化を対象とした地球物理学的な観測情報が役に立つ

つまり噴火履歴を解読する地質学的な長期予知と

現時点の動きを探る地球物理学的な短期予知の両方が必要なのである。

この両者を組み合わせることで、

「いつ」「どこから」という最も基本的な問いに答えることができる。

先だっての記事で申し上げたように、

富士山が噴火する時期を日時まで予測することは、

現在の技術では不可能である

しかし、噴火予知の研究成果とハザードマップをもとに

少しでも避難の役に立つ情報を提供できるように、専門家たちのたゆまぬ努力が続いている

※宝永噴火の推移

出典:https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/pdf/saigaishi_kazan.pdf

宝永地震との関係(Wikipediaより)

この噴火は日本最大級の地震の直後に発生している。

⇒地震の前まで富士山の火山活動は比較的穏やかであったことが知られているが、

大地震の49日後に大規模な噴火が始まった。

宝永噴火は

地震波によりマグマが発泡し生じたと考えられている。

⇒地震の震源域となった南海トラフを東北に延長すると、

駿河湾を通って、富士山西麗の活断層富士川河口断層帯と連続している。

宝永地震の翌日には富士宮付近を震源とする大きな余震が発生した。

(2011年3月11日の東日本大地震の翌日に富士山直下型地震が起きていた)

※富士山のマグマ溜り(Wikipediaより)

火山の噴火は、

地下にあった高温マグマが地表に出る現象である。

⇒火山の地下には直径数km程度の液体マグマの塊(マグマ溜り)が存在すると想定されている。

⇒マグマ溜りは地下のもっと深いところからマグマの供給を受けて少しずつ膨らみ、

⇒噴火によって(中身が減ってしまい)収縮する。

・地下のマグマ溜りから地上まで、マグマが上昇してゆく原因は大きく分けて3種類が考えられる。

⇒1つ目は深所からのマグマの供給によってマグマ溜りが一杯になり内部の圧力が高くなってマグマが溢れること、

⇒2つ目は周囲の圧力によってマグマが押し出されること、

⇒3つ目はマグマ中に含有される揮発成分の分離(発泡)によって体積が膨張しマグマが溢れることである。

富士山の地下にもマグマ溜りが存在し、火山活動の原因となっている。

富士山周辺で観測される低周波地震はマグマ溜りがあると推定されている位置の周辺で発生している。

※地震がマグマ溜りに及ぼした影響(Wikipediaより)

・富士山のマグマ溜りは

⇒宝永地震の強震域にあり、

⇒富士宮の余震はマグマ溜りのごく近傍で発生した。

強震の影響として、

大きな震動によりマグマ中の水分や二酸化炭素などの揮発成分の分離が促進された可能性が考えられる。

出典:https://www.youtube.com/watch?v=zpEXTV4p6Yg

卑近な例で説明すると「ぬるい缶ビールを振り動かした」状態である。

また本震や余震の震源断層運動による地殻ひずみの変化が噴火を促した可能性もある。