法然 選択本願念仏集~松岡正剛の千夜千冊より転記~

出典:https://1000ya.isis.ne.jp/1239.html

選択とはすなわちこれ取捨の義なり。
弥陀の本願は専ら罪人の為なれば、
罪人は罪人ながら名号を唱へて往生す。
これ本願の不思議なり。

いったい法然はなぜ専修念仏を選択できたのか。
そもそも念仏とは何かのか。
なぜ念仏のような易行が往生とつながるのか。
親鸞に先立って日本仏教を革新した法然の、
その革命性が奈辺にあるかということに、
今夜はしばらく酔っていたいと思う。

 京都の洛北大原に勝林院があります。かつての延暦寺の末寺で、法然の時代、いっとき顕真という僧都が隠遁していました。勝林院付近は、いまそのあたりを訪れても市世の塵をよばない静寂に包まれているのですが、平安後期になると大原は都から見て格別の隠棲の地と目されていて、すでに寂念・寂超・寂然の“大原三寂”が遁世をしいたのです

 大原三寂は兄弟で、その一人、寂超こと藤原為経など、30歳をすぎるとさっさと穢土(えど)の現世に見切りをつけて大原に遁世しています。寂超の子供はアンドレ・マルロー(392夜)をして仰天させた似絵(にせえ)で有名な藤原隆信です。隆信は法然の肖像画も描いています。知恩院にある「披講の御影」です。

法然肖像画
「披講の御影」

 ついでにいえば、寂超の奥さんの美福門院のほうは夫が家出まがいのことをしてしまったのでしかたなく、いや、しかたなくかどうかはわかりませんが、かの藤原俊成と大恋愛をする。そこで生まれたのが藤原定家(17夜)です。

 顕真はもともとは叡山で顕密両教を修めた僧都です。けれどもどうも仏法に自信がもてなくなった。それで三寂のような日々を送ってみたかったのでしょう。だから大原に引っ込んだ。しかし、遁世するとはイコール「希って往生する」ということでもあるはずなのですが、このころ、どのように往生できるのかもはっきりしない。藤原道長の時代のように、常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)や観音堂に阿弥陀像や観音像を麗々しく安置して、これを観仏するだけでは心が穏やかにはならないようなのです。

 そういう時世、都では法然という者の「専修念仏」が噂になっていました。法然については顕真にもたしかに気になる言説が聞こえてきてはいたけれど、いまひとつ納得していない。
 そんな文治2年(1186)のこと、後白河法皇が寂光院を訪れます。『平家物語』に有名な大原御幸です。同じ年の秋、顕真は勝林院の丈六堂に20人をこえる知識人を集めて、法然の真意を聞くことを思いつきます。

 招かれたのは延暦寺の永弁や智海や証真、三論宗で光明山寺にいた明遍、笠置上人といわれた法相宗の貞慶、東大寺勧進の重源(63夜)、嵯峨往生院の念仏房、大原来迎院の蓮契らの、いわばトップ・ディベーターたちで、みんなでひとつ法然の話を聞こうということにしたのです。300人近いオーディエンスも集まった。

 これを浄土宗では「大原問答」といいます。ときに「大原談義」ともいう。歴史学ではあまりとりあげられていないのですが、日本宗教史上、きわめて注目すべきコンファレンスです。このとき、法然は54歳でした。

 激しい議論が闘わされたようです。それは「聖道門」と「浄土門」との激突、「漸教」(じっくり悟る)と「頓教」(速やかに悟る)との優劣を争う議論でした。そこで法然は、おおむね次のようなことを言ったのだろうと思います。

 聖道門や漸教がすばらしいことは言うまでもないしかし、私のような愚かな凡夫が、その理論やその修行やその勤行に耐えて悟りをひらくのには、とうてい無理があるそういう私には聖道門では、きっと成仏も叶うまいむしろ「乱想の凡夫」が報土に生まれうるということに思いを致してほしい。その報土は阿弥陀仏がかつて法蔵比丘であったころに誓った本願にもとづいていた。だからその報土はそのまま極楽浄土でもあるはずである

 しかしこの浄土は、「いま、ただいま」を弥陀の本願に託し、自身は念仏に専心することによって成就する。なぜなら、阿弥陀仏とはそのことをこそ本願として、この世にわれわれを導いたからにほかならない。みなさん、ぜひともそのように思っていただきたい。

 法然の言説はすこぶる説得力があったようです。質問をした者たちもみんな聞きいった。自分は正真正銘の「乱想の凡夫」であるがゆえに念仏に専修できると諄々と説いたのが、功を奏したんでしょう。これは法然が謙(へりくだ)ったのではなくて、痛哭の自己限定をしたということです。ぼくはそのように見ています。それを当時の碩学や知識人にぶつけた。

 ここに、このとき(!)、日本仏教史はまったく新たな転換を見たのです。もしも法然の映画をつくるなら、ぼくはこの大原問答のロングショットの場面から始めたい。

大原問答の様子
法然の法談に感極まって涙する僧や、
堂内をうかがおうと身を乗り出す僧など、
( 法然上人絵伝より)

 聖道門から浄土門へ。観念から称念へ。観仏から念仏へ
 凡入報土の可能性、称名念仏専修念仏)の可能性。絶対他力の可能性。阿弥陀一仏信仰の可能性。女人往生の可能性。そして逆修(げきしゅ)の可能性。それらの開示