③-5.血液検査の“ある指標”が10以上なら末期のリスクも…現役医師が明かす、最新の抗がん剤が「効く人」と「効かない人」の決定的な違い

■『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』より #4

出典:https://bunshun.jp/articles/-/91684 文春オンライン 2026年9月8日 浜口 玲央

 体内の慢性炎症を利用して悪化するがんのリスクを考えるうえで重要になる指標が、一般的な血液検査で測定できるという。がんの進行や薬の効き目にまで悪影響を及ぼす注意すべき“ある指標”とは。ここでは、浜口玲央氏の著書『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』(角川新書)の一部を抜粋し、がんと深く関わるからだの環境要因について紹介する。

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 慢性炎症は、がんの発生・進行・転移に深く関与している。炎症は本来、生体を守るための反応であるが、長期間持続すると、がん細胞にとって極めて有利な環境を作り出す炎症性サイトカインはがんの増殖や血管新生を促し、免疫機能を低下させ、治療抵抗性にも関与するがん治療において炎症を適切に制御することは、見過ごされがちだが、極めて重要な視点である。

急性炎症と慢性炎症の違い

 炎症とは本来、外傷や感染から身を守るための生体反応であり、このような一時的な炎症は急性炎症と呼ばれる。一方、この反応が持続的に続くことを慢性炎症と呼び、逆に組織の破壊や再構築の誤作動を招き、発がんの土壌となることが明らかになってきている。さらに、慢性炎症はがんが生存するための環境としても都合が良い。

 がんが構築する腫瘍微小環境では、IL–6TNF–αといった炎症性サイトカインによりがん細胞の増殖が促され、血管新生が起こり、さらには免疫監視機構から逃れ、転移が助長される〈1〉。

1.Wen Y, Zhu Y, Zhang C, Yang X, Gao Y, Li M, et al. Chronic inflammation, cancer development and immunotherapy. Frontiers in Pharmacology. 2022; 13.

 さらに詳しく分子レベルでのメカニズムを説明すると、慢性炎症はNF–κBやSTAT3HIF–1といったシグナル伝達経路を活性化することで、がん細胞の増殖、血管新生、浸潤・転移に関わる因子の発現を高めると同時に、抗腫瘍免疫の働きを弱めてしまう。また、炎症の過程で生じる活性酸素種(ROS)は、DNAを直接傷つけ、突然変異や遺伝子発現の制御に異常を引き起こす〈2〉。

2.Wu Y, Antony S, Meitzler JL, Doroshow JH. Molecular mechanisms underlying chronic inflammation-associated cancers. Cancer Letters. 2014;345 (2): 164‒73.

疫学研究からみた慢性炎症とがんリスク

 実際に、多くの疫学研究により慢性炎症とがんの間に明確な関連性があることが示されている。C反応性タンパク(CRP)は血液検査で評価できる炎症のマーカーであるが、このCRPが慢性的に高値の人では、乳がん、大腸がん、肺がん、前立腺がんなど、複数のがん種でリスクが上昇するという報告がある〈3〉。

3.Michels N, van Aart C, Morisse J, Mullee A, Huybrechts I. Chronic inflammation towards cancer incidence: A systematic review and meta-analysis of epidemiological studies. Critical Reviews in Oncology/Hematology. 2021; 157: 103177.

 このような背景から、慢性炎症を制御することはがん予防治療の基本戦略の一つであり、非常に重要な要素と考えられる。すなわち、がんの進行にブレーキをかけるには、できる限り不要な炎症が抑えられることが望ましいのである。さらに、化学療法の効果にも影響があり、たとえば、免疫チェックポイント阻害薬は炎症反応を抑えることでより治療効果を期待できることも知られている。

 日常生活における対策としては、体重管理、生活習慣病の管理、禁煙、抗炎症作用のある物質の摂取(野菜、果物、オメガ3脂肪酸など)は、炎症の沈静化に寄与しがんのリスクおよびがんの進展を抑えるうえでも重要である。炎症はしばしば「火」に喩えられるが、がんにおいてそれはまさに「静かなる火」である。燃え広がる前に火種を断ち切ること。慢性炎症の兆候を見逃さず、早期に抑えることが、がん予防と進行抑制の鍵となる。

 私たちの体には、がん細胞を排除するための高度な免疫システムが備わっている。しかし、がんが進行する過程でこの免疫機構は次第に抑制され十分に機能しなくなる。免疫チェックポイント阻害薬が示したように、免疫を回復させることは治療の大きな鍵である。ただし、免疫は薬だけで回復するものではない。栄養、炎症、自律神経、腸内環境など、体全体の状態が免疫機能を左右している。

免疫の中心であるリンパ球の働き

 がんに対する免疫応答の中核を担っているのがリンパ球であるリンパ球は白血球の一種であり血液中の白血球の構成比のうち20~40%を占めリンパ球数として評価される。このリンパ球数の大小は免疫の働きを予測する一つの指標となるが、このリンパ球にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる機能を有している。リンパ球は大きく分けてB細胞T細胞、NK(Natural Killer)細胞の3種類に分類される

・B細胞

 B細胞は、骨髄(Bone marrow)で作られ、体内に侵入したウイルスや細菌などの異物(抗原)に対して抗体を産生し血液やリンパ液などの体液を介して抗体を全身に巡らせて異物を攻撃する液性免疫の役割を持つ。がん細胞に対しては、がん抗原特異的な抗体を産生し、抗体依存性細胞傷害や補体系活性化などを通じて、間接的にがん細胞排除に関与する。

・T細胞

 T細胞は、主に胸腺(Thymus)で分化成熟し体内に侵入したウイルスや細菌を見つけて直接攻撃して排除するほか免疫反応の調整も行う。特にがん細胞や異常細胞を直接攻撃する細胞性免疫の機能を持っており、免疫反応の中心的な役割を果たしている。T細胞はさらに機能に応じて分類される。ここでは主要な三つのT細胞について説明する。

がんと向き合ううえで欠かせない重要なポイント

(1)キラーT細胞(CD8+T細胞)

 ウイルスや細菌に感染した細胞やがん細胞などの異常細胞を特異的に認識し直接攻撃してアポトーシス(細胞死)を誘導する免疫細胞である。骨髄系の免疫細胞の一種である抗原提示細胞からの情報と次に説明するヘルパーT細胞の支援を受けて活性化され、パーフォリンやグランザイムといった細胞毒素を放出して標的細胞を攻撃する。

(2)ヘルパーT細胞(CD4+T細胞)

 ヘルパーT細胞は免疫系の司令塔として働く免疫細胞である抗原提示細胞からの情報を受け取って活性化されると様々なサイトカインを分泌して他の免疫細胞を支援調整する特にキラーT細胞の活性化を促進しB細胞の抗体産生を助けるほか、骨髄系の免疫細胞の一種であるマクロファージなどの自然免疫細胞の機能も強化する。ヘルパーT細胞はさらにいくつかのサブタイプに分かれ、Th1細胞は細胞性免疫を、Th2細胞は液性免疫を、Th17細胞は炎症反応を司るなど、それぞれ異なる機能を持つ。

(3)制御性T細胞(CD4+CD25+FOXP3+)

 1970年代、免疫応答を抑制するT細胞として抑制性T細胞が提唱された。しかし、その実態を分子レベルで明確に同定することが難しく、80年代にはこの概念は一時的に否定的な評価を受けた。その後、90年代後半になって、転写因子FOXP3を発現するCD4+CD25+T細胞が免疫応答の制御に必須であることが明らかになりこれが制御性T細胞と呼ばれるようになった(ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文先生が発見)。ヘルパーT細胞と同じ表面マーカーCD4を持つが、その機能は対照的である制御性T細胞は免疫反応が過剰にならないように免疫のバランスを制御するブレーキの役割を果たす。自己免疫疾患の予防に必須だが、がん微小環境においてがん細胞はこの制御機構を悪用して免疫逃避に利用されるため、制御性T細胞はがん治療においてはむしろマイナスの働きとも言える

・NK(Natural Killer)細胞

 T細胞とは異なり、NK細胞は抗原提示や他の免役細胞からの指示を待つことなしに、自律的にがん細胞やウイルス感染細胞を認識し攻撃することができる免疫細胞である。自然免疫に属するが、その高い殺傷能力と迅速な反応から、がん免疫の初動において極めて重要な役割を担っている。T細胞が抗原提示細胞を介した標的認識を通して戦略的に攻撃を行う一方、NK細胞の特徴はその即応性にある

 NK細胞は標的細胞のHLAクラスⅠ分子(自己と非自己を識別する目印)の発現レベルを監視し、それが低下している細胞を非自己と判断して攻撃する。常に血液やリンパ液を通じて体内を巡回しており、がん細胞やウイルス感染細胞を見つけると、即座に攻撃を開始する。この迅速な反応性こそががんの初期段階での監視排除において極めて重要であると考えられている

 これらの免役細胞――B細胞、T細胞、NK細胞――は、それぞれ異なる仕組みと役割を持ちながら、互いに連携してがん細胞に対処している。がんの発症や進行には、これら免疫細胞の機能低下や協調の乱れが深く関わっており、免疫系の健全な働きを保つことは、がん予防や治療の基盤となる

 がんはこのような免疫細胞の働きを無効化する巧妙な仕組みを備えPD–L1の発現や制御性T細胞の誘導腫瘍微小環境の酸性化慢性炎症などにより免疫のブレーキをかけがん細胞が生存するのに有利な環境に作り変えてしまう。そのため、免疫の力をいかに維持し、高めていくかが、がんと向き合ううえで欠かせない重要なポイントとなる。

N/L比(好中球/リンパ球比)からみる免疫状態

 血液検査で簡便に評価できる免疫の指標としてN/L比(好中球:neutrophil /リンパ球:lymphocyte ratio)が以前から用いられてきた。これは、血中の好中球数とリンパ球数の比率を示すものであり免疫のバランスと全身炎症の状態を反映するマーカーである

 好中球は、リンパ球と同様に白血球の一種であり白血球の構成比のうち40~70%を占め細菌感染に対する防御を主として担っている。しかし、細菌感染もないのに好中球数が慢性的に増加している場合は炎症の存在が示唆され相対的にリンパ球数は減少しがんに対する免疫の機能が低下していることが疑われる。つまり、このN/L比が高い場合は、体内環境が炎症に傾き、免疫が弱まった状態を反映しているのである。

 前項で説明したB細胞やT細胞、NK細胞などは、一般的な血液検査として測定することはできないため評価することが難しいがこれら好中球やリンパ球については一般的な血液検査項目として測定される。そのため、簡便にモニタリングしやすい免疫の指標となる。N/L比の目標値は1.5~2.0以下であり、その状態であれば好中球に対するリンパ球のバランスは良好と判断できる。ただし、N/L比は変動しやすい数値であり、感冒や感染症、怪我や打撲などでも上昇するため、トレンドで見ていく必要がある。

 また、抗がん剤治療をしている場合には白血球数、特に好中球数が減少するため、見かけ上、N/L比が低下して目標値の範囲となることも珍しくない。しかし、N/L比だけではなく、同時に白血球数、リンパ球数を評価することも必要である。リンパ球は免疫応答の中核を担う細胞であり、リンパ球の総数が少なければ十分な免疫応答は期待できない。そのため、リンパ球数が1500~2000/μL以上、かつ、N/L比が1・5~2・0以下を維持できるのが理想的である

N/L比は、がんの予後に関係する

 N/L比は経験的にがんの予後に関係することが知られており、実際にN/L比が高いほど、肺がん、乳がん、膀胱がん、消化管がんなど、様々ながん種で予後が悪くなることが多くの研究で示されている〈4〉。

4.Guthrie G, Charles K, Roxburgh C, Horgan P, McMillan D, Clarke S. The systemic inflammation-based neutrophil‒lymphocyte ratio: experience in patients with cancer. Critical Reviews in Oncology/Hematology. 2013; 88(1): 218‒30.

 診療している多くのがん患者さんの経過を見ても、N/L比が低く安定している場合にはほとんど進行せずに落ち着いているケースを多く経験する。一方で、N/L比が10以上の高値が続く場合にはがんが活発に活動して非常に進行しやすい状態であったり、末期状態であることも珍しくない。そのため、N/L比を低下した状態に戻せるかどうかが非常に重要となる。さらに、免疫チェックポイント阻害薬による治療の効果にも関連が認められており、N/L比が高いと全生存期間および無増悪生存期間が短くなる、つまり、治療効果が弱まることが報告されている〈5〉。

5.Sacdalan D, Lucero J, Sacdalan D. Prognostic utility of baseline neutrophil-to-lymphocyte ratio in patients receiving immune checkpoint inhibitors: a review and meta-analysis. OncoTargets and Therapy. 2018; 11: 955‒65.

 N/L比が高いということは慢性炎症が進んでおり免疫細胞(リンパ球)の働きが抑制されている状態である。実際、高N/L比は腫瘍組織内のリンパ球浸潤(TILs:Tumor-infiltrating lymphocytes)の減少とも関連している〈6〉。

6.Li J, Ni S, Tsang J, Chan WY, Hung R, Lui J, et al. Neutrophil‒lymphocyte ratio reflects tumour-infiltrating lymphocytes and tumour-associated macrophages and independently predicts poor outcome in breast cancers with neoadjuvant chemotherapy. Histopathology. 2024;84.

 免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃にブレーキがかかる仕組み(免疫チェックポイント)を解除する治療であったが、せっかく免疫細胞が働ける状態になっても、働くべき免疫細胞が少なければ治療効果を十分に発揮できないのである。そのため、N/L比は免疫チェックポイント阻害薬の効果予測指標としても注目されており、治療前のN/L比が低いほど治療に対する反応が良好であることが示されている