出典:https://www.youtube.com/watch?v=84Yzp_IUVsc
使用テキスト:『日本の仏教とお経』廣澤隆之 監修(青春出版社 青春新書版)
■飛鳥・奈良時代の仏教―律令国家大成のもとで庇護された護国仏教

■仏教思想にもとづく政治の実践
・崇仏派の蘇我氏を支持して日本の仏教導入に大きな役割を果たしたのは
⇒用明天皇の皇子である厩戸皇子(聖徳太子)だった
・太子は
⇒592年、用明天皇の妹・推古天皇が即位すると
⇒翌年に皇太子となり、摂政の位に就いた人物であった
⇒高句麗僧・慧慈(えじ)や慧聡(えそう)、観勒(かんろく)のもとで仏教を学び
⇒推古天皇のために『法華経』や『勝鬘経』について講義したり、
⇒高度な専門知識に裏打ちされた
⇒『法華経義疏(ほっけきょうぎしよ)』『維摩経義疏(ゆいまぎょうぎしよ)』『勝鬘経義疏(しょうまんぎょうぎしよ)』の三部作からなる
⇒「三経義疏(さんきょうぎしょ)」を著したとされる
・隋が中国を統一すると
⇒数度にわたって遣隋使を送っている
⇒607年の遣隋使には
⇒小野妹子らとともに学問僧・旻(みん)、南渕請安(みなぶちのしょうあん)らが派遣されたが
⇒これは国政のために役立つ仏法を学びとることが目的の一つだった
・太子が策定されたとされる十七条憲法の第二条に
⇒「篤く三宝を敬え」
⇒「三宝とは仏、法、僧なり」とあるように
⇒仏法による国の統治を理想と考えていたのである
・太子没後
⇒645年に起きた大化の革新は
⇒壬申(じんしん)の乱を経て完成し
・天武(てんむ)王朝は
⇒護国仏教を基礎とする中央集権的な律令国家をつくりあげた
・護国仏教を継承し、繁栄の頂点をもたらしたのは
⇒「三宝の奴(やっこ)」(仏教の召使い)宣誓した聖武天皇だった
⇒聖武天皇は
⇒諸国に国分寺、国分尼寺を建立し、それらを統括する東大寺を完成させた
・754年に唐僧・鑑真が平城京を訪れると
⇒聖武天皇は大仏殿前の戒壇で仏教の戒を受けた

出典:本講義のレジメ
<参考情報>
欽明天皇(510頃~571年)とは:第29代天皇であり、その治世には仏教伝来が最も大きな出来事で、552年(欽明天皇在位13年目)に百済から仏教と経文が伝来し、「仏教伝来」として位置づけられている。欽明天皇は仏教の可否について群臣に問い、神道勢力である物部尾輿と中臣鎌子らは反対した。この出来事は、後の皇位継承問題にも影響を与えた。
一方、仏教勢力の中心は蘇我一族であった。皇位継承については、第30代敏達天皇から異母弟や異母妹へと気象され、史上初めて女性天皇である第33代推古天皇が誕生した。
注)聖徳太子(厩戸皇子)と推古天皇との関係:甥で第31代用明天皇の子。皇太子として摂政に任じて国政を執った。聖徳太子(574~622)は仏教の保護や冠位十二階、十七条憲法、遣隋使などの偉業を成し遂げ、日本の国家づくりに貢献したとされる。
<参考情報>
一方、知られるように、日本の法華経信仰はまず聖徳太子に始まっている。その『法華義疎』は法雲の注釈からの引用が多い。ついで最澄による『法華秀句』が出て、さかんに法華八講や法華十講がおこなわれるようになると、ここに日本独特の法華美学のようなものが立ちあらわれてきた。
出典:サブタイトル/般若心経と法華経の関係~松岡正剛氏の視点~千夜千冊より転記■出典:サブタイトル/最澄と天台教団 木内堯央~松岡正剛の千夜千冊より転記~ 一部抜粋
<参考情報>
『法華経』は「諸経の王」と言われます。これは、『法華経』が「皆成仏道」(皆、仏道を成ず)、つまりあらゆる人の成仏を説いていたからです。誰をも差別しないその平等な人間観は、インド、ならびにアジア諸国で古くから評価されてきました。
日本でも仏教伝来以来、『法華経』は重視されてきました。飛鳥時代、奈良時代を見ても、聖徳太子は『法華経』の注釈書『法華経義疏』(六一五年)を著し、七四一年に創建された国分尼寺では『法華経』が講じられました。
尼寺ですから、女人成仏が説かれた経典として注目されたのでしょう。
鎌倉時代に入っても、道元が『正法眼蔵』の中で最も多く引用している経典は『法華経』ですし、日蓮は、『法華経』独自の菩薩である「地涌の菩薩」「常不軽菩薩」をわが身に引き当て、「法華経の行者」として『法華経』を熱心に読みました。
出典:サブタイトル/思想として『法華経』を読む—植木雅俊さんが読む『法華経』#1【NHK100分de名著ブックス一挙公開】より転記
<参考情報:使用テキストより>
⇒その代表的なものの一つに、隋代にでた天台宗の開祖・智顗(ちぎ:538年~597年)の『五時八教判』がある
※五時と八教をマトリックスのように分類し、価値判断の基準を設定し、法華経が最高と位置づけ天台宗を開いた
※『五時八教判』:法華経が最勝の経典→天台宗
五時:釈尊一代の説法を華厳時(華厳経)・鹿苑時(阿含教)・方等時(維摩経・勝鬘経など)・般若時(般若経)・法華涅槃時(法華経・涅槃経)に分ける
八教:頓教(いきなり本質を説いた教え)・漸教(浅い教えから深い教えに順序をおって説いた教え)・秘密教・不定教・三厳教(部派仏教)・通教(大乗仏教の入門的な教え)・別教(菩薩だけ教示される高度な大乗仏教の教え)・円教(最も優れた完全な教え)
出典:使用テキスト(『日本の仏教とお経』廣澤隆之 監修(青春出版社 青春新書版)
<参考情報>
竺道生や慧観による教判が試みられ、天台智顗の「五時八教」説でおよその流れが確立した。ブッダは「華厳→阿含→方等→般若→法華」という5段階で説いていったとみなすのがいい、それが仏教を最も深く理解していくのにふさわしい順番であるという説だ。これは歴史的な経典成立の順ではなく、仏説を理解する認識の順によるもので、そこがユニークだった。
智顗の五時八教説によって、『法華経』を学修するすべての信仰者が「法華一乗」になっていくというスコープが提出されたのである。智顗はそのように認識するためのベーシック・テキストにあたる『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』も書いた。天台三大部だ。ここに天台法門が確立した。
この見方が日本にも踏襲され、最澄はこの説に従って日本の天台をまとめたいと決断した。法華一乗である。
しかし法相宗では、それとは別に「五姓各別説」を唱えて、一乗でまとめるのではなく、あくまで三乗それぞれの悟りを追求するべきだとした。ここにおいて法相の徳一から「天台の法華一乗の解釈は納得できない」というクレームが投げかけられたのである。
出典:サブタイトル/般若心経と法華経の関係~松岡正剛氏の視点~千夜千冊より転記■出典:サブタイトル/最澄と天台教団 木内堯央~松岡正剛の千夜千冊より転記~ 一部抜粋
※智顗(天台宗第一祖(法華経):538年~597年)⇒仏教公伝(538年説)⇒善光寺縁起(善光寺はおよそ千四百年前(西暦五五ニ年)、百済かの聖明王から献上された一光三尊阿弥陀如来が廃仏派の手によって難波の堀江に投じられていたのを、信濃の本田善光が背負って招来し、皇極天皇の発願により創建(六四ニ年)されました)⇒杜順(とじゅん/華厳宗第一祖:557年~640年)⇒聖徳太子(574年~622年)⇒玄奘(法相宗:602年~664年)⇒法蔵(華厳宗第三祖:643年~712年)⇒鑑真来日(753年)⇒空海・最澄の遣唐使(804年)
<参考情報>

史跡上総国分尼寺跡(千葉県市原市) 中門の復元 2025年4月22日訪問
<参考情報>
◆仏教受容の最初期の聖徳太子の立ち位置(認識)
■「勝鬘経」「維摩経」「法華経」の三教を選んで注釈(解説)した姿勢
・太子はいうまでもなく、摂政という最高政治に携わる世俗の人であり、
⇒人間が生きていくうえの倫理の指針として、
⇒また統治の根本原理として
⇒仏教を採択したのである。
⇒したがって仏教の理想は
⇒僧侶(出家)によって実現されるだけではなく、
⇒社会的な実践課題でなければならなかった。
・「維摩経」の「第三章 弟子」に注して、
⇒「山としてかくれなければならない山はなく、世として避けなければならない世はない。・・・
⇒汝らは、彼此といった差別の心から、世俗を捨てて山にかくれ、かえって身心を迷いの世界に現している」といい、
⇒仏教の実践は、
⇒世俗的生活の中にあることを強調している。
⇒現実(世俗)に対する積極的な働きかけという日本仏教の特徴的性格は、
⇒すでに仏教受容の初期段階で胚胎(はいたい)していたのである。
出典:サブタイトル/聖徳太子(地球志向的視点から)~④万巻の経典から選んだ三経とその解説書(三経義疏)~中村元著より転記
◆聖徳太子が仏教を受け入れるにあたっての態度は、世俗的生活のうちにおいて絶対の真理を体得すべきこと
・聖徳太子が世俗生活を肯定する立場で選定した三教とその「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」
⇒聖徳太子の「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」とは、
①勝鬘経(しょうまんぎょう)
②維摩経(ゆいまぎょう)
③法華経(ほっけきょう)
⇒とに対する注釈であるが、数多い仏教の諸経論のなかからとくにこの三経が選ばれたということは、
⇒まったく日本人的な思惟方法にもとづいてされたことである。
①勝鬘経(しょうまんぎょう)は、
⇒国王の妃であり在俗信者でもある勝鬘夫人が釈尊の旨を受けて教えを説いたものであり、
②維摩経(ゆいまぎょう)は、
⇒在俗信者(資産家)である維摩居士が逆に出家修行者たちに対して教えを説くという戯曲的構想のもとに、在俗生活のうちにおける真理の体得を教えている。
③法華経(ほっけきょう)によれば、
⇒仏の教えに帰依するいっさいの衆生が救われるということになっている。
⇒太子自身も終生一個の在俗信者であった。太子みずから「仏子勝鬘」と称したことが伝えられている。
⇒ゆえに聖徳太子の意図は、
⇒世俗生活のままで具体的な人間結合関係のうちにおいて仏教の理想を実現しようとするほうに重点が置かれていたのである。
・聖徳太子の「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」を通じて見ると
⇒日常生活の上の個々の実践的行為に絶対的な意義を見いだそうとしている。
人間結合関係における活動を重視するゆえに、
ひとたび仏教的反省を経たならば、
汚濁苦悩の世界がそのまま楽しみの境地となる。
「物(もつ)<衆生>を(教)化せんとするのがゆえに、
生死(しょうじ)を観(み)ること国のごとし」。
生死輪廻(しょうじりんね)の世界において実行するところのあらゆる善が、
やがては人びとをして仏の位にいたらしめる原因となる。
「無量の万善(まんぜん)は同じく成仏(じょうぶつ)に帰す」
⇒ここで注目すべきは、宗教的な究極の境地は、
⇒人間を超越した神的存在によって授けられるのではなく、
⇒人間結合関係における実践を通じて実現されるのである。
「仏としての果(報)は万(よろず)の善によって起こる」。
⇒大乗仏教においては利他行を強調するが、
⇒聖徳太子はとくにこの点を強調し、
⇒仏や菩薩たる者は、一切衆生を供養すべきであると考えた。
⇒そのため、ときには経典の文句に対して無理な解釈を施してある。
・法華経の経文では
⇒「常に座禅を好んで閏(しず)かなるところにあって、その心を修摂(しゅしょう)せよ」と一般に読み下されており、諸注釈書もそのように解釈している。
⇒ところが「法華義疏」では
⇒「常に座禅を好む小乗の禅師に親近するな。・・・その意味は、間違った(顚倒した)分別の心があるから、世の中を捨てて、かの山間に入り、常に座禅を好む」ことは、親近してはならない境に入れるべきである」としるされている。
⇒聖徳太子(574年~622年)は、「聖」と「俗」を区別する考えはなく、
⇒世にあって仏教の理想の実現する道をくりかえし説いている。
⇒ここに聖徳太子の仏教の受容と普及における社会への積極的な姿勢を見ることができる
⇒つまり、「法華経(ほっけきょう)では
⇒「常に座禅を行え」と勧めているのに、
⇒聖徳太子はその文書を
⇒「常に座禅を行うような人に近づいてはならぬ」という意味に改めている。
⇒その趣意は、つねに座禅ばかり行っていたのでは利他行が実践できないからというのである。
◆一定の方針に従って、独自の見識にもとづいて選び講義した聖徳太子の『三経義疏』
世俗生活を肯定する立場で選定した三経
三つの経典の意義を解説した書物で、日本風漢文で書かれているので、日本人が書いたもに違いない。
おそらく今残っている日本の本の中でいちばん古いものである。
日本の古典というと「古事記」とか「日本書記」をいうが、まとめられたのは奈良時代になってからである。
聖徳太子が書いた「三経義疏」はそれ以前のもであるから、非常に古く、日本最古の古典である。
注)義疏とは:伝統的な中国文化において、経典の本文(または注釈を含む)の内容を詳細に解説した書物を指す。「義」は意義を示し、「疏」は疏通の意味。経義を疏通することを目的としている。
尚、「疏通」は、直訳すると「通じること」を意味する。一般的には、コミュニケーションや理解が円滑に行われることを指す。 例えば、人々が意見を交換し、理解し合うプロセスは疏通の一例。
・三つの経典の解説書
①勝鬘経(しょうまんぎょう)義疏(ぎしよ)
②維摩経(ゆいまぎょう)義疏(ぎしよ)
③法華経義疏(ほっけきょうぎしよ)
■勝鬘経(しょうまんぎょう)義疏(ぎしよ)
・如来蔵:tathāgata-garbha:タターガタ・ガルバ
⇒聖徳太子は人間の現実を成立せしめる根底として「勝鬘経(しょうまんぎょう)」の説く「如来蔵」の概念を採用し想定していた。
⇒如来蔵は如来の母胎という意味である。
⇒生きとして生けるものは、いつかは如来すなわち仏となりうるものであるが、
⇒しかし煩悩の汚れにまつわられていて、仏となりうる本性が現れていない。
⇒だが仏となりうる可能性を否定することはできない。
⇒汚れにまつわられている状態のうちにある真実そのもの<在纒位(ざいでんい)の法身(ほつしん)>を「如来蔵」と呼ぶ。
⇒これは「勝鬘経(しょうまんぎょう)」その他の経典に説くところであるが、
⇒聖徳太子は、この概念を自分の思想の根幹にすえたのである。
注)勝鬘経(しょうまんぎょう):仏教における中期大乗仏教の経典であり、勝鬘とは国王の妃の名である勝鬘夫人という在家の女性信者が仏教の教えを説くのを釈尊が横で聞いて、「その通りだ、その通りだ」と言って承認されたという筋書きである。
一乗真実と如来蔵の法身が説かれている。
これも仏典として、世界の宗教史上においても珍しいことであり、在家の女性が教えを説いたものが経典として伝えられるというこは、歴史的事実であったかどうかわからないにしても驚くべきである。
・この概念が述べられている一節を原文の漢文の書き下し
⇒生死は即ち是れ顚倒(てんとう)なり、如来蔵即ち是れ真実なり。
⇒今ま一切衆生に皆な真実の性有(あ)るを明かす。
⇒もしこの性が無くんば、即ち一化便(すなわ)ち尽きて草木と殊ならず。
⇒この性が有るに由(よ)るが故に、相続し断ぜずして終(つい)に大明を得(とく)す。
⇒故に生死は如来蔵に依(よ)ると云う。
⇒この中の如来蔵は、
⇒もし理を正因と為(な)さば、皆な理を如来蔵と為し、
⇒若(も)し神明を正因と為(な)さば、皆な当(来)の果を如来蔵と為す。
・上記を現代語に直す
⇒「生死」というのは、真実を不真実と見る逆さまの見解たる顚倒(転倒)であり、
⇒「如来蔵」というのは、まさに真実そのものである。
⇒いまここでは、すべての生けるものたちはみな真実という本性をもっていることを明らかにしている。
⇒もしも人びとにこのような本性がなかったならば、
⇒人間としての迷いの生存がひとたび尽きてしまうと、草木となんら異なるところがないものになる。
⇒このような本性があるからこそ、それがずっとつづいて、ついには最高のさとりを得ることができるのである。
⇒だから「生死は如来蔵に依る」というのである。
⇒このうちの「如来蔵」というのは
⇒もしも普遍的な真理である道理そのものをさとりの正しい原因とするならば、
⇒すべてその道理自体が如来蔵であり、
⇒もしも人びとの心をさとりの正しい原因とするならば、
⇒その心によって報われた結果が如来蔵である。
・如来蔵の本体は仏そのものである。
⇒大乗仏教一般の見解によると、仏には三つの身体がある。
①法身(ほつしん:仏そのもの)。これはすがたや形をもたず、不可説である。
②報身(ほうじん:仏としての果報、すなわちあらゆる美徳を享受する身体)。これは円満な相好(そうごう)を具有する。
③応身(おうじん)または化身(けしん)。衆生を導くために仮にすがたを現した仏の身体。
⇒法身はいかなるはたらきをも起こすことなく、不可説であり、静止していて、仏の応身または化身が衆生を救うというはたらきをするのである。
・法身(ほつしん:仏そのもの)について、聖徳太子は次のようにいう
⇒法身そのものは生ずることはないが、しかしただ衆生を導こうと欲するがゆえに、やはり生を受けるすがたを現ずる。(勝鬘経義疏)
⇒法身そのものがはたらきを起こすのである。
⇒根源的なものは静止しているのではなくて、流動的なのである。
■聖徳太子は、実践の目標についていう
・さとりを得る因としての行いは種々に異なっているけれども、
⇒体得する結果は「法身」というただ一つの結果である。(勝鬘経義疏)
⇒これも仏教一般の見解とは異なっている。
・大乗仏教一般によると、
⇒修行の結果到達するものは仏の報身である。
⇒報身としては修行の果報として得られる身体で、あらゆる美徳をそなえていて、
⇒法身とは異なっている。
⇒法身はすがたを離れたものである。
・太子によると
⇒仏道の実践はわれわれを究極的なものに到達せしめるものである。
出典:サブタイトル/聖徳太子(地球志向的視点から)~④万巻の経典から選んだ三経とその解説書(三経義疏)~中村元著より転記
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出典:サブタイトル/空海の死生観-生の始めと死の終わり-(土居先生講演より転記:仏陀と大乗仏教&密教の見取り図)
■維摩経(ゆいまぎょう)義疏(ぎしよ)
■維摩経(ゆいまぎょう):Vimala-kirti:ビィラマラ・キールティという長者(富貴の人)を主題とした経典である。
・ビィマラとは「穢れがない」、キールティとは「誉れ」という意味で、
⇒「穢れがなき誉れ」という意味で、その音を写して維摩という。
⇒「維摩経」のテーマはこうである。
⇒釈尊の弟子たちが維摩のところに行くと、いろいろ質問されてやっけられる。
⇒そして自分の至らぬことを悟らされる。
⇒最後に維摩が本当の教えを説く。
⇒そして、最後のぎりぎりの境地まで達すると、
⇒黙然無言(もくねんむごん)であったというのである。
⇒文殊菩薩は最高の真理というのは言葉では説かれないもので、「文字もなく説もなし」という。
⇒そして維摩さん、あなたはどう考えですかといって促すと、
⇒維摩はただじっと座って黙然無言であった。
⇒文殊は「言葉にはいえない」ということを言葉に出していってしました。
⇒ところが維摩は身をもって体現している。無言の行を行っている。
⇒「話してはいけない」といったとすると、これはも無言を破ってしまったことになる。
⇒維摩はこの無言を実践して、
⇒絶対の真理というものは概念化を超えたところにあるもので
⇒対立の彼方にあるということを表現しているのである。
・対立を超えたということになると
⇒世俗の世界の外に宗教があるとすると、もうそこに対立を認めたことになる。
⇒世俗と宗教、俗なるものと聖なるものと対することになる。
⇒対立していることにおいて、宗教的な聖なるものは絶体ではない。
⇒もしも本当の絶対であるならばすべてを含んだものでなければならない。
⇒すると宗教の真理の境地というものは世俗の彼方にあるものではなく、
⇒われわれが毎日起きて顔を洗い、ご飯をいただき、茶を喫し、歩いて出かける、
⇒この平凡な日常生活の中に偉大な真理があるわけで、
⇒それを超えたところに宗教の境地があると思ってはならない。
⇒だから、維摩居士は世俗の長者なのである。出家した僧ではない。
・普通であると、僧が信者に向かって教えを説くのであるが、
⇒「維摩経」のテーマはまったく逆である。
⇒その筋書は、世俗人である維摩が、
⇒出家者である僧たちに教えを説いて聞かせるということである。
⇒これは世俗の宗教、在家仏教の主張である。
⇒聖徳太子は、ここに思いを馳せた。
⇒聖徳太子の生涯を見ると、太子は出家した僧ではなく、あくまでも世俗の政治家として天皇を補佐したのである。
⇒その理論的根拠がここにある。
・十七条憲法における維摩経義疏との関係
⇒「維摩経義疏」のなかの「仏国品」の疏に、
⇒「万善これ浄土の因なることを明かす中に凡(およ)そ十七事あり」(万善がすべてさとりにいたる原因であることを明かすなかに十七の善行がる)とある一説に姉崎正治氏は注目し、
⇒この十七事と十七条の関係を強調して、聖徳太子が我が国に仏教の思想をひろめようとした意図の所産として、十七条を考えている。
◆「維摩経」
・(一説によると)紀元前二世紀から1世紀前半に成立を見た「般若経」の思想を受けてはぼ紀元後二世紀ごろまでにインドで成立した。
⇒この経典のサンスクリット語原文は他の典籍に引用されている断片のはかは散佚(さんいつ)して現存せず、
⇒外国語訳には漢訳三本(支謙(しけん)訳、鳩摩羅什(くまらじゅう)訳、玄奘訳)、チベット訳一本(チョエニッルチム訳)が残っている。
⇒とくに鳩摩羅什の漢訳した「維摩詰所説経(ゆいまきっしょうせつきょう)」は名訳の誉れ高く、過去のシナ・日本の伝統的文化に大きな影響を与えた。
・「維摩経」の趣旨は、
⇒大乗仏教の精神を日常生活の中に生かすことを主張しており、戯曲的構成の妙をもって知られている。
⇒大乗仏教の根本思想である「空観」によると、
⇒輪廻(現実)と涅槃(理想)はなんら異なるものではないと教えている。
⇒理想の境界はわれわれの迷いの日常生活と離れては存在しなし、
⇒空の実践としての慈悲行は行動を通じて実現される。
⇒この立場が徹底されて、ついに出家生活を否定して、
⇒在家の世俗生活のうちに仏教の理想を実現しょとする宗教運動が起こったが、
⇒その所産の代表的経典が「維摩経」であり、「勝鬘経」なのである。
■法華経義疏(ほっけきょうぎしよ)
■法華経とは、アジアの至る所で尊崇されている経典
⇒南アジアは伝統的保守的仏教の国、いわゆる小乗仏教(上座部仏教)の国であるから違うが、
⇒その他のネパール、チベット、蒙古、シナ、朝鮮、日本という国々では「法華経」は尊崇されている。
⇒聖徳太子から始まり、最澄、日蓮、今日のいわゆる新興宗教とつながっている。
注)「法華経」
- 成立と特徴:
- 大乗仏教の初期に成立した経典であり、法華経絶対主義、法華経至上主義が貫かれている。
- 28章から成り立っており、あらゆる仏教のエッセンスが凝縮されています。
- 名前の意味:
- 梵語での原題は『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』で、「正しい・法・白蓮・経」という意味。
- 「白蓮華のように最も優れた正しい教え」とも訳される。
- 内容:
- 法華経は、人々が平等に成仏できるという新しい仏教思想を説いている。
- 菩薩(悟りへの修行者)や如来(悟りを得た人)の存在が描かれており、密教にも影響を与えた。
・これは何を頼りしているかというと
⇒ただひたすら「南無妙法蓮華経」を唱え、ここに日蓮の生命があると考えている。
⇒このように、「法華経」は現在に生きている教典である。
・聖徳太子(574年~622年)の「法華経」に対する捉え方
⇒シナの長水(ちょうずい)という学者が、その文句を少し書き変えて伝えたものに、
⇒「治生産業はみな実相に違背せざるを得」という有名な言葉がある。
⇒一切の生活の仕方、産業、これはみな仏法に背かない。
⇒どんな世俗の職業に従事していようとも、みな仏法を実現するためのもので、
⇒山の中にこもって一人自ら身を清うするのが仏法ではない。
⇒聖徳太子は「ここだ!」と思ったわけである。
⇒こういう考え方が、日本の仏教においては顕著に生きている。
以上の出典:サブタイトル/聖徳太子(地球志向的視点から)~④万巻の経典から選んだ三経とその解説書(三経義疏)~中村元著より転記
<参考情報>
■法華経は
西暦紀元前後にインド西北で成立したサンスクリット語原本ののち、やがて昼は灼熱、夜は厳寒の砂漠や埃まみれのシルクロードをへて、ホータンやクチャ(亀茲)に、そして長安に届いた。ここで法華経が漢訳されると、これには中国的解釈が徹底して加えられ、東アジア社会の法華信仰の場に向かって大きく変貌していった。
法華経の漢訳にとりくんだ鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)は、344年にクチャに生まれた。父親はインド出身の高貴な出家者で、母親はクチャの国王の妹だった。幼少期から仏法の重要性を教えられて育った鳩摩羅什は、やがて自身でもカシュガルに出向いて小乗仏教を修め、さらにはサンスクリット本の初期大乗経典を読むようになった。
さて、この鳩摩羅什の法華経が一挙に広まると、その弟子の道生(どうしょう)はさっそく注釈書をあらわし、それを法雲がうけつぎ、さらに随の天台智顗が徹底的に分析を始めた。『法華文句』『法華玄義』『摩訶止観』などが著述され(これを天台三大部という)、漢訳法華経にひそむ迹門・本門の構造がこのとき発見されたのだ。智顗はそのうえ、かなりハイパーロジカルな思索をもって、法華経こそが大乗仏教最高の経典であるとのお墨付きをつけた。

図で示してあるように、このうちの前半が「迹門」、後半が「本門」だ。そのほかいろいろ複雑な“幅タグ”がついているけれど、いまはこれらの区分けは無視しておかれたい。大事なことは全体が15「従地湧出品」のところで劇的に分かれるようになっているということだ。そのため16「如来寿量品」からが後半の本論になる。ブッダ存在学になる。
こうすることによって、前半の迹門で説いたブッダは歴史的現実のブッダだが、後半の本門のブッダは理念的永遠のブッダだというふうになった。そこがまことにうまくできている。これがもし詭弁的構成でないのなら、まさに超並列処理というものだ。
一方、知られるように、日本の法華経信仰はまず聖徳太子に始まっている。その『法華義疎』は法雲の注釈からの引用が多い。ついで最澄による『法華秀句』が出て、さかんに法華八講や法華十講がおこなわれるようになると、ここに日本独特の法華美学のようなものが立ちあらわれてきた。
出典:サブタイトル/梵漢和対照・現代語訳 法華経 [訳]植木雅俊~松岡正剛の千夜千冊より転記~
<参考情報>

出典:https://www3.pref.nara.jp/miryoku/narakikimanyo/secure/4309/syoutokutaishi.pdf

出典:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44138660U9A420C1000000/
<参考情報>
仏教では本格的な僧尼になるためには、「自分は戒律を守ります」(持戒)という約束を果たさなければならず、そのための授戒を受けなければならない。「戒」(シーラ)は仏教三学の「戒・定・慧」の必須要件のひとつで、仏法に帰依する者の大前提のことだ。
具足戒はその戒の中の小乗戒で、200項目ほどの規則が示されている。日本には請われて鑑真が具足戒をもたらし、東大寺にそのための戒壇院ができた。
出典:サブタイトル/最澄と天台教団 木内堯央~松岡正剛の千夜千冊より転記~
<参考情報>
【Copilot回答】
◆奈良仏教の戒律(=具足戒)
【Copilotの回答】
奈良仏教における具足戒(ぐそくかい)とは、出家者が正式に僧伽(サンガ)の一員となるために受ける「比丘戒・比丘尼戒」のことであり、四分律を中心に 比丘は250戒、比丘尼は348戒 を守るべきとされた厳格な戒律体系のことです。
🧘♂️ 具足戒とは何か(奈良仏教の文脈)
奈良時代の日本仏教は 律令国家の保護のもと、戒律を重視する「南都六宗」 が中心でした。 その根幹にあったのが 具足戒=比丘戒(声聞戒) です。
- 原語:upasampadā(ウパサンパダー)=「成就・到達」 → 正式に出家者として認められる資格を得ることを意味する。
- 内容:出家者が守るべき生活規範(波羅提木叉) → 比丘250戒、比丘尼348戒(四分律)
- 性質:破れば追放となる重罪(波羅夷)から細則まで、極めて詳細。
奈良仏教では、これらの戒を守ることが 僧侶としての正統性の条件 でした
🏯 奈良時代における具足戒の歴史的役割
1. 鑑真の来日と「正式な戒壇」の成立
奈良時代以前の日本には正式な戒壇がなく、私度僧(勝手に出家した者)が多かった。 そのため、唐から 鑑真和上 を招き、754年に東大寺に戒壇が設置され、初めて正式な具足戒が授けられた。
2. 具足戒を受けるための厳格な儀式
具足戒は「三師七証」と呼ばれる厳格な儀式で授けられる。
- 戒和上(和尚)
- 羯磨阿闍梨
- 教授阿闍梨
- 立ち会う僧7名 → 計10名の僧侶が戒壇に揃うことが必須
この儀式を経て初めて「正式な僧」と認められた。
📜 具足戒の内容(奈良仏教で重視された戒)
具足戒は250〜348戒と膨大ですが、特に重視されたのは 四波羅夷(破れば即追放)。
- 婬戒:性行為の禁止
- 盗戒:盗みの禁止
- 殺戒:殺生の禁止
- 妄語戒:嘘の禁止
奈良仏教ではこれらを破ることは僧としての資格を完全に失う重大な罪とされた。
🧩 具足戒の理解のズレ(奈良仏教と後代)
● インド仏教の本来の意味
具足戒=「僧伽に加入する資格を得ること」 → 戒そのものではなく「入団資格」だった。
● 中国・日本での理解
具足戒=「比丘戒そのもの」 → 戒律(規範)と入団資格が混同され、戒の総称として理解されるようになった。
奈良仏教は中国伝来の理解を踏襲しており、具足戒=比丘戒として扱われた。
🏯 奈良仏教における具足戒の意義
1. 僧侶の身分を国家が管理する制度的基盤
具足戒を受けた者だけが正式な僧侶として認められ、免税などの特権を得た。 → 国家と仏教の密接な関係を支える制度。
2. 戒律中心の仏教(南都六宗)の特徴
法相宗・三論宗・律宗などは戒律を重視し、具足戒は僧侶の根本規範だった。
3. 後の日本仏教との断絶
平安時代に最澄が「具足戒(声聞戒)ではなく菩薩戒のみで出家できる」と主張し、比叡山に大乗戒壇を設置。 → 奈良仏教の戒律中心主義から大乗的倫理中心主義への転換点となった。
🧭 まとめ
- 具足戒=比丘戒・比丘尼戒(声聞戒)
- 奈良仏教ではこれを守ることが僧侶の絶対条件
- 鑑真によって正式な戒壇が成立
- 四波羅夷を中心とする厳格な戒律体系
- 後代の日本仏教では菩薩戒が主流となり、具足戒は律宗などにのみ残存
出典:Copilot
■学問仏教として成立した南都六宗


・この時期の仏教は
⇒律令国体制における国家の庇護と統制のもと
⇒徐々に人びとに受容され発展していった
⇒奈良(南都)の諸寺院を中心に六つの宗派が展開されたことから、
⇒「南都六宗」とよびならわされている
・南都六宗は
⇒中国の宗派がそのまま日本に伝えられたものだが
⇒「宗」といえども独立した寺院組織や教団ではない
⇒むしろ、学派あるいは今日の大学における学部や学科のようなものだった
・たとえば、僧侶は
⇒一つの特定の宗派に属していたわけではない
⇒各宗にまたがって学ぶことができたのである
⇒これが「学問仏教」とよばれる所以だ
・六宗を具体的にあげると
⇒三論宗、成実宗、法相宗、俱舎(くしゃ)宗、華厳宗、律宗である
⇒薬師寺と興福寺を本山とする法相宗、東大寺で学ばれた華厳宗、唐招提寺に伝えられた律宗の三宗は現在まで存続している
・俱舎宗(くしゃしゅう)は
⇒西北インドで出た唯識派の世親(ヴァスバンドウ)が著し、
⇒唐の玄奘が訳した『阿毘達磨俱舎論』にもとづいた宗派だ
⇒同じ唯識派の流れをうけた法相宗の属宗とされ
⇒のちにいたるまで基礎学として広く学ばれた
・三論宗
⇒空思想展開したインドの龍樹(ナーガールジュナ)の『中論』と『十二門論』、
⇒それに龍樹の弟子・提婆(だいば)の『百論』を
⇒よりどころにする三論宗は
⇒隋の吉蔵(きちぞう)によって大成された
・成実宗も
⇒空を説き、
⇒三論宗の基礎として学ばれた
尚、後に三論宗と成実宗は空思想を大事にした華厳宗に吸収された

<参考情報>
・龍樹(ナーガールジュナ)を大事にしている宗派(空思想)
⇒三論宗、華厳宗、天台宗、真言宗

出典:サブタイトル/「龍樹菩薩の生涯とその教え(縁起=無自性=空=中道)」~2022年度 仏教講座⑪ 光明寺仏教講座『正信偈を読む』の転記~
<参考情報>
■大乗仏教:中観学派(空の思想)、唯識学派(唯識思想)

出典:https://miraiecosharing1.com/pag
出典:サブタイトル/NN2-6-2.『中論』:『縁起』~アビダルマの縁起説~
<参考情報>
◆法相宗は根本経典『解深(げじん)密教』巻二の「一切法相品(ぼん)」にちなんだ名称
【『解深(げじん)密教』についてCopilotの回答】
『解深密経(Saṃdhinirmocana-sūtra)』を中心とする“唯識・瑜伽行派の密意(深い密教的教説)”を指す学術的呼称です。
つまり「密教」というより “密意を解く経典”=唯識思想の核心を説く経典群” を意味します。
🧩 解深密密教とは何か(要点)
- 中心テキスト:『解深密経』 中期大乗の重要経典で、唯識派・法相宗の根本経典。 仏が「深密なる密意(saṃdhi)」を開示するために説いたとされる。
- 思想的性格:密教ではなく“密意の解釈” 真言密教のような儀礼体系ではなく、 空性・心識・三性三無性・八識・阿頼耶識などを体系化する哲学的教説。
- 位置づけ:第三転法輪の中心 般若経(第二転法輪)の「空」を誤解して断滅に傾く行者を導くため、 肯定的な空の解釈(円成実性)を示す。
- 密教との関係:前密教的・瑜伽行派的要素 「止観」「瑜伽」「心の観想」「如来の密意」など、 後の密教(真言・天台密教)に接続する要素を多数含む。
🕍 解深密密教の構造(『解深密経』の教え)
① 三性(唯識の骨格)
- 遍計所執性:妄想・名言による虚構
- 依他起性:因縁によって生起する相続
- 円成実性:妄を離れた真実の実相(中道)
→ 般若の「空」を肯定的に再構成する枠組み。
② 三無性
- 相無性
- 生無性
- 勝義無性
→ すべての法は固定的な自性を持たないことを三段階で説明
③ 八識・阿頼耶識
- 前五識
- 第六意識
- 第七末那識(我執の根源)
- 第八阿頼耶識(業種子の蔵識)
→ 心の構造を密教的な「心の宇宙論」として展開
④ 止観・瑜伽行
- 「識の所縁は唯識の所現」
- 止観の二運
- 菩薩の修行段階(十地・十波羅蜜)
→ 後の密教の観想法・瑜伽行法の理論的基盤。
🔥 なぜ「密教」と呼ばれるのか?
真言密教のような 儀礼体系の“密教”ではない にもかかわらず、 『解深密経』が「密教的」と呼ばれる理由は以下の通り。
● ① “密意”を開示する経典だから
仏が衆生の機根に応じて説いた「深密なる意図(saṃdhi)」を解く経典。 → 密教の「秘密・深密」の語感と重なる。
● ② 心の構造を宇宙論として説く
阿頼耶識・種子・薰習・現行など、 心の働きを宇宙的スケールで説明する点が密教的。
● ③ 止観・瑜伽行が密教の観想法と連続
密教の観想・曼荼羅・三密行は、 瑜伽行派の止観・唯識観の延長線上にある。
● ④ 天台密教・真言密教が『解深密経』を参照
最澄・空海は唯識・瑜伽行派の学問を深く学び、 密教体系の哲学的基盤として利用した。
出典:Copilot
<参考情報:バスバンドゥ(世親)の空観と中道の縁起よる空観類似点と相違点>
【Copilotの回答】
結論:
バスバンドゥ(世親)の空観=「唯識的空(認識論的空)」と、龍樹の中道・縁起による空観=「中観的空(形而上学的空)」は、 “空=無自性”という一点で一致するが、空の成立根拠・方法論・目的がまったく異なる
🧠 1. 類似点(共通点)—「空=無自性」で一致する
✔ ① 空は虚無ではなく「自性がないこと」
- 世親(唯識): 「遍計所執性(妄想された自性)を否定することで空が成立する」
- 龍樹(中観): 「縁起ゆえに自性は成立しない → 空である」
→ 両者とも“空=自性の否定”で一致。
✔ ② 空は縁起を前提とする
- 世親:依他起性(縁起的成立)を認める
- 龍樹:縁起そのものが空の根拠
→ 縁起を基礎に空を語る点は共通。
✔ ③ 空は悟りのための方法論である
- 世親:認識の浄化(唯識観)
- 龍樹:執着の破壊(無所得)
→ 空は実践のための道具である点で一致。
<参考情報>
■唯識の肝:八識
・前五識 (眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)
・第六 意識
⇒上記六識に以下2識を加える(認識の深化)
・第七 未耶識(マナシキ:自己中心化⇒外界から入る情報を自分の都合の良いように解釈する)
(第七 未耶識:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く)

◆第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ:記憶情報を詰め込む領域=記憶媒体装置=種子:未耶識の働きによる記憶領域)=経験認識
・個々人の見聞、経験等の情報が全て書き込まれ、ため込まれる
⇒良くも悪くも「ため込まれた情報」は更新される
⇒次第に個々人の倫理観が形成される「心の働き」の領域

・何を第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ)にため込む事が大事か
⇒七仏通誡偈(ひちぶつつうかいげ)
⇒自らその意を浄めよ(第七 未耶識との衝突(矛盾))
※第七 未耶識(マナシキ:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く)

■禅観(ヨーガー)
・入力情報を屈折させない仕掛け
⇒呼吸を整えて

■唯識の実践とは
・自分の見解を絶対視しないこと
⇒第七 未耶識(マナシキ:自己中心化⇒外界から入る情報を自分の都合の良いように解釈する)を意識すれば

■玄奘三蔵が追い求めた事
・玄奘が死に際して言い続けた事
①「不可得」を繰り返す(一切を持っておくことができない)
⇒仮に今持っているが
⇒いつか手放さなければならない時が来る
⇒固定的ではない(離れる事=空観)
②山(深山)にこもり、禅をしたい
⇒禅とは心を整える修行で「山の中」で出来ると述べている
⇒皇帝に申し出たが、許されず
・鎌倉時代の禅僧の見解にもよく似ている
⇒自分の心を観察する時

■玄奘が追い求めた世界観の一例
・「不可得」と「禅観」を具体的に示した経(ウダーナヴァルガ(感謝のことば)

出典:第741回花ホテル講演会 タイトル:「法相宗は面白い ~こころを観る唯識~」 講師: 高次 喜勝 氏(YouTube)
🌀 2. 相違点(最重要)—空の成立根拠がまったく違う
🧩 ① 世親:空は「認識の構造」から導かれる(唯識的空)
● 空の根拠
- 三性説(遍計所執・依他起・円成実)
- 遍計所執性(妄想された自性)を否定する → 空
- 空は「円成実性(真実のあり方)」として肯定される
● 空の性質
- 認識論的(心の働きの分析)
- 空は「心が対象を妄想的に実体化することの否定」
- 空は“悟りの対象として肯定される実在(円成実)”
● 実践
- 唯識観(心の浄化)
- 阿頼耶識の浄化 → 円成実性の顕現
🌀 ② 龍樹:空は「縁起の論理」から導かれる(中観的空)
● 空の根拠
- 縁起 → 無自性 → 空 → 中道
- すべての法は因縁によって成立するため、自性はない
- 空は「実体化を破るための否定的概念」
● 空の性質
- 形而上学的(存在論の否定)
- 空は“何か肯定される実在ではない”
- 空を実体化することすら否定(空の空)
● 実践
- 無所得(何も取らない)
- すべての概念・実体化を破壊する
🧭 3. 類似点と相違点の比較表

🔥 4. 総括
✔ 世親の空観は密教・修験道の観想法と非常に相性が良い
- 心の浄化
- 観想による円成実性の顕現
- 阿頼耶識の変容
→ 密教の「観想曼荼羅」「三密」「即身成仏」と接続しやすい。
✔ 中観の空観は密教とは距離がある
- すべての概念を破壊する
- 観想の対象すら否定する
- 仏・曼荼羅・智慧を実体化することを批判する
→ 密教の図像・儀礼とは緊張関係にある。
🎯 5. 結論(最短版)
世親の空観=心の構造を浄化して円成実性を顕現する“認識論的空”。
中観の空観=縁起ゆえに自性を否定する“存在論的空”。
両者は「空=無自性」で一致するが、空の根拠・方法・目的が根本的に異なる。
出典:Copilot
<参考情報:中道の縁起よる空観と玄奘がまとめた般若心経の類似点と相違点>
【Copilotの回答】
中道の縁起による空観(龍樹・中観)と、玄奘訳『般若心経』の空観は「空=無自性=縁起」という核心で一致するが、 論理構造・否定の方法・実践観・哲学的立場に明確な違いがある。
🧠 1. 類似点(共通点)—「縁起=空=中道」という一点で完全に一致する
✔ ① 空は虚無ではなく「縁起による無自性」
- 『心経』は「五蘊皆空」「不生不滅、不垢不浄、不増不減」と述べ、 空=自性がないこと(無自性)を示す。
- 中観は「因縁所生の法、我説即是空」と述べ、 縁起=無自性=空を論理的に証明する。
→ 両者とも「空=縁起=中道」の三位一体構造を共有する。
✔ ② 中道(常見と断見の否定)を基礎とする
- 中観は「有見・無見」「常・断」の両極端を排し、中道を説く。
- 『心経』は「不生不滅、不垢不浄、不増不減」という八不の形式で中道を示す。
→ 両者とも「有/無」「常/断」の二辺を離れることを空の条件とする。
✔ ③ 空は実体ではなく、実体化を破る方法論である
- 中観:空は「自性実体化を破る論理装置」。
- 心経:空は「認知構造の実体化を否定する方法論」。
→ 空は“何かがある”ではなく、“実体化を破る働き”として理解される。
🌀 2. 相違点(違い)—空の論理構造と実践観が大きく異なる
① 中観:縁起から空を演繹する“論理哲学”
● 中観の空観(龍樹)
- 「縁起 → 無自性 → 空 → 中道」という演繹的三段論法
- すべての法は因縁によって成立するため、自性は成立しない
- 空は「言語・概念の装飾(劇論)」を破るための論理
- 実践は「何も取らない(無所取)」という徹底した否定的実践
→ 中観は“縁起の論理から空を証明する哲学体系”。
② 心経:縁起を前提に“自性否定を連続的に示す経典”
● 心経の空観(玄奘訳)
- 「五蘊 → 十二処 → 十二因縁 → 智得」まで全構造を連続否定
- 「照見五蘊皆空」という観察(観照)を中心とする
- 空は「不生不滅、不垢不浄、不増不減」という中道の形而上学的表現
- 最終的に「無智亦無得」で智慧の実体化すら否定
→ 心経は“縁起の構造を一つずつ否定し、空を体験的に示す経典”。
③ 中観は「空=縁起」を論証、心経は「縁起=空」を観照
- 中観:縁起の論理から空を導く(論理 → 空)
- 心経:空の観照によって縁起の構造を解体する(観照 → 空)
→ 方向性が逆。
🧭 3. 類似点と相違点の比較表

🔥 4. 結論
- 両者は「縁起=空=中道」で完全に一致する。
- しかし、中観は論理哲学、心経は観照実践。
- 玄奘の心経は唯識的解釈を含むため、中観とは微妙に異なる空観を提示する。
心経の“観照による空”は密教の観想法と極めて親和性が高い一方、 中観の“論理による空”は密教的実践とは距離があるという点が重要です。
出典:Copilot
■法相宗-玄奘がインドからもたらした唯識仏教

■万難を排してインドへ渡った玄奘(602~664年)
・唐代初期の僧・玄奘は
⇒国禁(外部からの伝染病の侵入を防ぐ等)を破って国境を越え、
⇒西域、パミール高原を経てインドに渡った
⇒十六年におよぶ滞在中、ほぼインド全域をまわり、膨大な量の経典を手にいれた
・玄奘のインドでの最大の収穫は
⇒当時もっともさかんな学問寺ナーランダ寺院で
⇒唯識派の長老・戒賢(シーラバトラ)の教えを受けたことであった。
⇒玄奘は唐にいた時代から唯識を学んでいたが
⇒どうしても納得のいかぬ点があった
⇒そこで真実の教えを求めて、はるばるインドまでやってきた経緯があったのだ
・唯識とは
⇒無著(アサンガ)と世親(ヴァスバンドウ)兄弟によって大成された教学である
⇒この教えを唱導する学派は
⇒唯識派とか喩伽行(ゆかぎょう:ヨーガ)派とよばれ、
⇒龍樹の中観派とならんで、インド大乗仏教の哲学思想の二大潮流を形成した

出典:本講義のレジメより
<再掲示>
■大乗仏教:中観学派(空の思想)、唯識学派(唯識思想)

出典:https://miraiecosharing1.com/pag
出典:サブタイトル/NN2-6-2.『中論』:『縁起』~アビダルマの縁起説~
<参考情報>
【開幕】特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」11月30日(日)まで上野の東京国立博物館(本館特別5室)で

出典:https://artexhibition.jp/topics/news/20250910-AEJ2734576

出典:https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1861
<参考情報>
■『唯心』と『空観思想』は究極的には同じ




出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
<参考情報>
ぼくが30代前後に熱中したインド六派哲学という哲学全盛時期があるのだが(第96夜参照)、なかでミーマンサー、ヴァイシェーシカ、ニヤーヤが実在論派、ヴェーダーンタが唯名論派、ミサーンキヤやヨーガはその中間の立場をとっていた。
実は大乗仏教は、このヴェーダーンタ派の唯名論をおおまかには踏襲する。踏襲するのだが、そこにまったく新たな展望を加えていった。「空」はそこから出所した。
ヒンドゥ哲学から仏教が出てきて発展していったインド仏教思想の前半史は、おおざっぱに3段階が設定できる。第Ⅰ期はブッダから1世紀くらいまで、第Ⅱ期が1世紀から600年くらいまで、第Ⅲ期インド大乗仏教の消滅までである。
このうち第Ⅰ期の前期のアショーカ王までの時代を、ふつう「原始仏教」といい、後期の大乗仏教成立までは「部派仏教」という。
原始仏教での特徴は、ヴェーダの権威を認めなかったことにある。したがってブッダは、ブラフマン(梵)もアートマン(我)も否定した。だからブッダの弟子たちは、この考え方を前提に三蔵(経・律・論)をつくっていった。
それが後期の部派仏教では、宇宙原理としてのブラフマンについてはあいかわらず認めなかったのだが、小さな多数のブラフマンを認めようとした。いわば個我宇宙のようなものを認めた。これがその後に小乗仏教になる。自我を含んだ認識仏教だ。しかし、いくつもの多数の個我宇宙というのは、へたをすると言葉の数だけの個我宇宙になりかねない。
そこで、これを痛烈に批判する仏教思想家があらわれた。それがナーガールジュナ(龍樹)である。ナーガールジュナに始まる空の思想を「中観」という。さらに続いてマイトレーヤ(弥勒)やヴァスバンドゥ(世親)が出て、「唯識」をおこした。唯識はどこかで個我宇宙とも絡んだが、中観はいっさいを空じた。
ナーガールジュナ登場以降、ヴァスバンドゥの出現までを、第Ⅱ期の大乗仏教時代という。25年前の『遊学』(存在と精神の系譜)では、このナーガールジュナとヴァスバンドゥにぼくはかなりの肩入れをしたものだった。
ナーガールジュナの中観思想は、「空」と「縁起」の思想を同時化したものである。これが独創的だった。
そもそも「空」は、サンスクリット語の形容詞「シューニヤ」と抽象名詞「シューニヤター」の合成的な訳語である。漢訳では「空性」(くうしょう)と訳されることも多い。
シューニヤは、厳密にいうと「あるもの(y)において、あるもの(x)が存在しない」という意味である。それゆえ「yはxに関して空である」とか「yにxが欠けている」「xがyにない」というふうに使われる。
こうして「空」とは、いったんは「xがyにない」ということでになる。
一方、「縁起」とは、「yはxに依っている」と言う意味をあらわしている。「xはyの原因にあたる」という意味をいう。ナーガールジュナはこれをさらに、「xはyに依り、yはxに因っている」というふうに相互同時にみたけれど、ともかくもそこにはなんらかの因果(因縁)関係がある。
さてそうだとすると、「空」と「縁起」はどのようにxとyの関係をあらわすことになるのだろうか。縁起しあっているxとyが、互いに空じあっているとはどういうことか。そのところ、ナーガールジュナの『中論』では次のような偈になっている。
(1)どのようなものであれ縁起なるものは、
(2)われわれはそれを空性とよび、
(3)それゆえそれは仮のもの(仮に言葉で述べたもの)で、
(4)だからそこには中なるものがある。
これではわかりにくいだろうから(ナーガールジュナの書き方は、ふつうの論理ではわからないようになっている。とくにテトラレンマとよばれる四句否定法を駆使していた)、ざっと結論をいうのなら、ナーガールジュナはxとyの空の在り方も、xとyの縁起の有り方も、実は言葉の過信を捨ててかからないかぎりは議論できないことを見抜いたのである。
すなわち、「空」を感じるにはその「空」をめぐる言葉を捨てながら進むしかなく、そのときなお、仮の言葉の意味を捨てながらも辛うじて残響しあう互いの「縁起」だけに注目すれば、本来の「空」を感じる境地になるだろうと説いたのだ。
これは、仏教思想において初めて言語の虚飾を払った哲学として特筆される試みで、中観とは「空の思想」であって、「言葉を空じる試み」であったわけである。
<参考情報>
以下の出典:NN2-4-4.『中論』:『空の論理』~2項対立の調停構造(『空』が架け橋)/テトラレンマ(四句分別)とは~『清水高志先生の視点から読み解く』







出典:東洋哲学の精華『中論』完全解説!(YouTube cureチャンネル)
<参考情報>
■仏教徒の戦争責任を『中論』から考える
IAAB編集部 (beyond IAAB EDIT)2025年8月15日 22:29
仏教徒はなぜ戦争に加担したのか――それは愚かさではなく、もっと厄介な理由だった。
戦争責任は「不殺生を守れなかった」だけではない
戦争責任というと、「戦争に反対できず不殺生を貫けなかった」という理解が多い。
だが本質はそこではない。
むしろ、積極的に戦争に加担した歴史がある。
当時の僧侶たちは「愚かだった」と片づけると、大事な点を見落とす。
また逆に「帝国主義に不可避に巻き込まれた」とするのも思考放棄である。
戦争の外にあった「福祉」という論理
今回の考察は『中論』のテトラレンマ(四句分別)を踏まえている。
僧侶たちは戦争に加担したという意識はなく、「仏教福祉」という文脈で動いていた。
東本願寺の北海道開拓における新潟県の役割はあまり知られていない。
寒冷地農業に強い新潟県の真宗僧侶と農家の次男三男が農地開拓に関わり、その経験や信頼から、明治末の伊藤博文暗殺の前年の朝鮮布教の開教監督(代表)に新潟出身僧侶(驚くことに筆者の超近所)が抜擢されたと考えられる。
朝鮮半島や満洲で行われた東本願寺の福祉政策については本編で触れているが、ここで強調したいのは、その根底にテトラレンマ的な(あくまで「的な」)発想があったということだ。
つまり、「戦争/平和」という二項対立を超えようとする態度である。
戦争か、平和か。その外にある第三レンマ
一般的には「戦争」と「平和」が対立軸になる。
「平和を守れなかった」というのは、平和を「非戦争」と捉える立場だ。
だが現実には、憲法9条の是非(賛成か/反対か)のように、平和はすぐ「勝ち取る」ものとして言葉の上から戦争の文脈に飲み込まれる(顕著なパラドクスである)。
当時の仏教徒は、その対立の外に「福祉」という論理を置いた。
戦没者の葬儀を行い、植民地移住者のために寺を建て、被支配者に日本語教育を施す――。
これはテトラレンマでいう第四レンマではなく、実は第三レンマ(Aかつ非A)にあたる。つまり「戦争かつ平和(非戦争)」。
だがこの立場は、結局あっという間に戦争に飲まれる運命にある。
第一から第三レンマまでは所詮「世間」の領域であり、「戯論」にすぎないからだ。(第三レンマのやっかいさは『空の時代の『中論』について』で清水高志先生が何度も言及している)。
第四レンマを生きる
仏教徒の行動・発言・思考は、本来すべて第四レンマに立つべきだ。
それ以外はどんなに立派な言説であろうも、権力に飲み込まれる。なぜならば、それが「世間」だからだ。
では、戦争と平和の外で第四レンマを語るにはどうすればいいのか。
これは『空の時代の『中論』について』が導く問いであり、ようやく私たちはその問いの前に立っている。
終戦記念日の今日、この問いを自分に向けて考える必要がある。
あなたの隣の人は、おそらく安易な第三レンマを語っているかもしれない。流されるな。そして、二項対立のパラドクスを跳躍台として使え。
『中論』は、もう応用の段階に入っている。
出典:https://note.com/gu_saiki/n/ncb8384c46a90
<参考情報>
■談 no.130 トライコトミー…二項対立を超えての概要
清水高志 × 奥野克巳 × 護山 真也 公益財団法人 たばこ総合研究センター編
出典:https://note.kohkoku.jp/n/n389b844691d2
二元論や二項対立の克服もしくは調停という課題は、そもそも東洋の思想的営為においても古くから問われていました。
西洋の形式論理では、古代ギリシャ以来矛盾率(「Aは非Aではない」といった論理)による議論、二元論的なロジックはむしろ常套でしたが、インドで発達したのはテトラレンマ(四区分別)と呼ばれる独自の論法です。たとえばインドのナーガルジュナ(龍樹)が『中論』で駆使しているテトラレンマは、①すべては真実(如)である、②すべては真実(如)ではない、③すべては真実(如)であり、かつすべては真実(如)でない、④すべては真実(如)であるわけでなく、かつすべては真実(如)ではないわけでもない、といったものです。
二項対立の調停という分脈のなかで、なぜ④を必要としたのでしょうか。それは、端的に「多即一」、「一即多」の世界観に超出するためだといわれています。このテトラレンマに、東洋の思想的営為の極限を探ります。
〈西洋哲学と東洋哲学〉
「二項対立を調停する」
清水高志(東洋大学教授、井上円了哲学センター理事)
「主体と対象」「一と多」に、さらに「内と外」(ないしは「含むと含まれる」)という二項対立を加える。二項対立の種類を限定しつつも増やすことによって、構造をより直感しやすくするわけです。このように三種類の二項対立を組み合わせることによって、媒介と縮約の循環的構造をつくり、原因となる始点がどこにもないあり方を示す方法が、トライコトミー(trichotomy)です。西洋的発想の基底にある二項対立をいかに回避するか、トライコトミーから考察します。
〈アニミズムとメビウスの帯〉
「縁起あるいはアニミズムの他力性」
奥野克巳(立教大学異文化コミュニケーション学部教授)
自己の非=存在性を説く仏教の観点から見れば、マルチスピーシーズ民族誌は、人類学が長らく無意識のうちに想定していた、固有性・単一性・実体性・普遍性をもった人間的自己を、複数種の絡まりあいのなかへと投げ入れて、瞬間瞬間に生成する、個体としての本性をもたない自己のイメージを再提起したといえるでしょう。その意味で、複数種のエンタングルメント=絡まりあいとは、相依相関する「縁起」のことです。「縁(よ)って生起すること」を意味する縁起とは、精神的・物質的な要素としての法(ダルマ)が、他の法に依存して生じるという道理を指しています。民族誌において、文化や社会といった枠組みのなかで語られてきた、ある事物と他の事物との「関係性」とは、まさしくこの縁起的な働きを別の言葉で置き換えたものです。むしろ、仏教の最も基本的な思想ともいえる縁起の道理は、「関係性」として描かれるメカニズムを、より深層から理解するための糸口となるのです。
一方アニミズムは、自分と自分の周囲の世界の連絡通路をつねに開いておく、言い換えれば、モノや他生にも注意を払うことで、モノや他生や世界の側から働きかけに対しても私が応じるという機序で成立するようにも思われます。だとすれば、自力のみに頼るのではなく、あちら側からもたらされる他力を感じて、あるがままの自然を受け入れるアニミズムと「縁起」は、近傍に位置する二種の思想的営為といえそうです。
■続・虚実と世界 〜 アニミズムと世界認識 一部抜粋
清水:『今日のアミニズム』を書いたことで、さらに興味は深まっています。レヴィ=ストロースが神話や無文字文化の意味体系を解釈するために用いた「構造分析」という方法をミニマムに圧縮して、哲学やほかの領域をまたいで現れてくる普遍構造をごくシンプルに分析してみたかったんです。
清水:はい。自分で書きながら光を当てたい欲求をすごく持ちましたし、そうすべきだとも思いました。レヴィ=ストロースを介して、2世紀のインド仏教僧で中観派の祖・ナーガールジュナ(龍樹)が書いた『中論』がやっとわかる。さらにプラトンの思想なども踏まえてぐるぐる回していくと、人類が考えてきたことが東洋でも西洋でもわかってくるんです
小野:おもしろいです。清水さんは20世紀の思想を引き継ぎながら、現代哲学を更新していこうとされるなかで、文化人類学と哲学を掛け合わせる試みをされていて、その入り口にレヴィ=ストロースがあるという印象を持っています。なぜ、文化人類学と哲学を掛け合わせようとされたのでしょうか。
清水:虚実特集号の対談でお話した内容とも重なるのですが、異分野を掛け合わせる背景には、いろんな分野で多世界論が共有されはじめているというのがあります。多世界論とは、異なるパースペクティブで見る世界が重なり合い、しかもひとつに統合されていないという世界観です。
仏教の唯識という考え方では、同じ水を見ても天人には「宝石で飾られた池」に見え、人間には「水」、餓鬼には「血膿」、魚には「住みか」と、それぞれに異なる認識を持つことを「一水四見(いっすいしけん)」とたとえます。今日の人類学は、これをパースペクティブ主義や多自然主義というテーマで書き起こしてきました。
レヴィ=ストロースから解釈する世界の構造
小野:いろんなジャンルの世界が同時にあるという世界認識は一般的なものになりつつある。それを踏まえて、清水さんがつくろうとしている「全部を統一した哲学」について聞いてみたいです。
清水:僕がやろうとしたのは、二項対立をいくつもつくって一巡させるということです。レヴィ=ストロースは、神話のなかに二項対立があったら、それをいくつも増やして複雑にそれらの関係を読み解いていきました。神話の思考では、「男と女」という二項対立があるなら、「両性具有」「無性者」と両者を媒介するような中間のものを「第三項」としてとりながら、最初にあった「男と女」の起源を説明するように、ぐるっと一巡するんですね。それによって構造ができて、差異の体系ができているのが神話だと、レヴィ=ストロースは言っていたんです。
たとえば、「火にかけたものは文化的で食べられる」「生のものは自然のままのもので食べられない」という考えがあるとします。しかし、タバコは火にかけても食べたら死んでしまうし、ハチミツは火にかけなくても食べられる。こういうものを「媒介」、ぐるっと回って永遠に原理を遡行しなくてもいい構造をつくっているものを「縮約」と言います。「媒介」と「縮約」によって神話を考えることができるんです。
小野:『今日のアミニズム』では、レヴィ=ストロースの「縮約」と仏教を関連づけて論じられています。
清水:ナーガールジュナは『中論』などで、「《A》がなければ《非A》がない」「《非A》がなければ《A》がない」という構造を、縁起にまつわる「相依性(そうえしょう)」というあり方で説きましたが、あれも実は「縮約」をつくっているんです。

インド論理学では、「《A》がある」「《非A》がある」「《A》かつ《非A》」「《A》でも《非A》でもない」という、第一レンマ、第二レンマ、第三レンマ、第四レンマと呼ばれるものを駆使するんですが(四句分別)、それは構造の論理なんですね。十二支縁起(無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死→無明……の繰り返し)でも、重要なのはそれぞれの構成要素ではなく、実はループ構造なんです。
<参考情報>



出典:東洋哲学の精華『中論』完全解説!(YouTube cureチャンネル)
<参考情報>

出典:https://www.eel.co.jp/aida/lectures/s4_4/ Season 4 第4講「脳科学×ブッダ」から見えて来たもの 2024.1.13 編集工学研究所
縁起で語られていることは、人間の煩悩の増大、生成の局面です。「無明があるから行がある……」といったように。しかしナーガールジュナは、縁起の本質がこのループ構造そのものであることに気づいた。そうすると、「《A》があるから《非A》がある。《非A》があるから《A》がある」という関係になるんですが、これは《A》と《非A》をまたいだ第三レンマな「中」にあたるものです。実際には、そのループのなかでは、すべての要素が順々にこうした第三レンマになる。
しかも逆観といって、このループ構造を「《A》がないから《非A》がない。《非A》がないから《A》がない)という風に逆転させることを仏教では説きますから、原因においては・・・・・・・「《A》でも《非A》でもない」という第四レンマが成り立つ。
非常にミニマムで抽象系ですが、釈迦が縁起と「離二辺の中道」というかたちで「どちらの極にも行かない」第四レンマを最初から語っている背景には、レヴィ=ストロースが「第三項による媒介」とか、「縮約」とか読んだものがあるのです。
たぶん、仏教以前の神話の思考、野生やアニミズムの思考を、仏教がそういうかたちで抽象化したんです。だからこそ、その構造にいろんな地域のいろんな「野生の思考」が融和して、むしろ温存されたところもあると思います。たしか、レヴィ=ストロースも、仏教が早くに成立したからそれらが融和されたということを言っていました。ある意味、日本も聖徳太子の時代に仏教を採用したからこそ、各地の宗教やシャーマニズムを統合できたところがあると思うんですね。
僕は「文化の核心部分は何でできているか」という理屈を考えてみたかったんです。
たとえば、「人間と自然の関係(主体/対象)」「一/多」「含む・含まれる(内/外)」という三種類の二項対立「トライコトミー(trichotomy、三分法)」を考えるとします。多くの場合、こうした二項対立は、「主体」に「一」というバイアスがかかっていたり、対象に「多」というバイアスがかかっていたりしますし、その逆パターンもあります。
三種類の二項対立を混ぜ合わせツイストさせて解くと、永遠に原因を遡るわけでもなく構造ができるのではないかというアイデアだったんです。最近は、プラトンをレヴィ=ストロース的に読んでいます。プラトンも二項対立を複雑化しているのですが、レヴィ=ストロースを補助線にすると「あ、これは野生の思考だな」とわかる。むしろそう読まないとわからないところがいっぱいあるんですよ。

二元論的世界観のモデルを多世界論へと変えていくために
小野:「トライコトミー」が非常におもしろいのは、「一/多」「含む/含まれる」に、第三の二項対立として「主体/対象」を入れると、「人間が主体で、それ以外は対象である」という考え方では説明できないことが証明されることです。また、世界は人間と自然や動物やものなどとの関係性によって世界が成立しているという考え方がそもそも違うという説明が、非常に腑に落ちたんですね。まさに、コペルニクス的転回だなと。
清水:本当にそうですよね。環境の問題、IT環境も含めたわれわれがいるネイチャーの問題を全部考えようとしたら、主客二元論とは異なる世界観を提示しなければいけないのですが、いまはまだ政治モデルすら古いモデルを引きずっています。「トライコトミー」のようなかたちで組み替えないといけないというモデルを提示するのは大事なことだったと思います。
小野:「主体/対象」「一/多」「含む/含まれる」という「トライコトミー」の考え方で二元論を克服していこうとしたとき、結果的に現代的な考え方にものすごくマッチしているなと思いました。虚実特集号では、メタバースを考察した「87 セカンドライフ社会学」という記事のなかで「自分というものも世界というものも多様である」ということが書かれているんですが、多角的な世界が広がっていると考える多世界論に近い考え方ではないかと思いました。これは偶然なのでしょうか。
清水:多世界論的に捉えなければ現代を考えられません。虚実特集号で取り扱われていたいろんなテーマも、なんだか多世界論的な話になっていたじゃないですか。
唯一の世界のなかに人間がいて、対象があるということではなく、清水さんが話していたように、無数の結節点をもつ網の目状の世界があって、その網の目のひとつが自分であり、自分の家族であり、自分が持っているパソコンであり、コップであり……というような。それらが結びついて世界ができていて、コップが中心になったり、僕が中心になったりと、いたるところに中心と周辺があるという世界観を頭に描けたとき、これは現代のインターネットの考え方にまさに当てはまるなと思いました。
清水:現代のWorld Wide Web(WWW、インターネットを通じて公開されたウェブページが相互に接続されたシステム)もそうです。そうやって、現実のリアルなものにフックがかかりつつ、交換しあっているという感じですよね。また、その感じが仏教的なんです。あらゆる物事が相互に無限に関係し、作用しあっているとする、華厳思想の「重々無尽」の世界は、「インドラの網(因陀羅網)」のようなものとして説明されています。「インドラの網」は、帝釈天が住む宮殿を飾っている網とされていて、無数にある結び目の一つひとつに宝珠があり、それぞれに宝珠に他の宝珠が映りあっているんです。この状態を「相即相入」と言います。
日本美学は「一のなかに多がすべてある」という考えから多くを汲んでいて、千利休が完成させた「わび茶」も系譜を遡ると一休宗純禅師に行き着くんですね。華道や茶道も「縮約」した世界のなかに多様なものを入れていきますし、レヴィ=ストロースも、神話は要素の項からボトムアップで全体ができるものではなく、項とそれらの関係がフラットに、お互いに入れ子になっている構造が神話だと言うんですね。いろんな神話が循環していくという発想で、「神話公式」というかたちでモデル化もしています。神話のなかの項の役割がこっちとあっちで逆転しているとか、ブリコラージュとか、ああいう置換が起こってくるのもこうした構造だからです。
<参考情報>


<参考情報>

仏教の悟りの要件の一つに、『重々帝網』という言葉があります。『インドラの網』、『重々無尽』、『事事無碍』ともいわれます。
これは帝釈天の宮殿を覆う網の結び目に宝玉が付いていて、全体を照らす、同時に全体は個々の宝玉の中に反映されている、部分は全体を表わし,全体は部分に集約されています。すなわち相互依存性の理解が大切という教えです。
出典:https://www.health-research.or.jp/library/pdf/forum24/fo24_selector01.pdf
■唯識所変のIndra’s Net

出典:https://hironobu-matsushita.com/%E5%94%AF%E8%AD%98%E6%89%80%E5%A4%89%E3%81%AEindras-net/


■相即と相入





■反対の視点


■六つの側面から観察する瞑想

■十種類の側面から重重無尽を示した

■2つを併せて






出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
二項対立に「第三項」を増やして無意識を掘り起こす
小野:世界の捉え方としての「トライコトミー」の考え方ですから、キリスト教を除外する必要はないですよね。でも、二項対立から脱却するためと言いながら、どうしても二項対立を用いてしまうのはどうしてなのでしょう。
清水:世界の弁別が二項対立的なので用いざるを得ないんです。ただ、神話に両性具有が出てくるように、「第三項」が両方を兼ねるという「調停」をもって一巡すればいいんですよ。ただし、それが無限遡行にならないようにはしなければいけません。
小野:なるほど。20世紀のポストモダンにおいても、二項対立を乗り越えようとしたところはあります。デリダの脱構築やヘーゲルの弁証法は不十分であったということも『今日のアニミズム』には書かれていましたね。
清水:脱構築主義も弁証法も、ある二項対立の解決法を別の二項対立に当てはめていくけれど、一巡しないのがダメだなと思います。
小野:物事を理解するには、あえて二項対立を増やしていくという行為がいいんだなと思いました。『広告』の次号特集は「文化」なのですが、「文化/自然」「文化/科学」「文化/経済」とどんどん二項対立をつくることによって、考えるヒントが生まれてきます。
清水:それはありますね。ひとつの色を見ているとその補色が見えてくるように、人間の弁別機能自体がそのようになっていますから。音楽も、ラヴェルの『ボレロ』などは、「縮約」しながら繰り返して、変奏しながら縮約形をとって終わります。レヴィ=ストロースは、神話もそのようにしてあると言っていて、なるほどと思いました。
小野:『今日のアニミズム』に書かれていた、画家のマックス・エルンストが座右の銘にしていたという、ロートレアモンの詩の一行「解剖台の上でのミシンと洋傘の偶然の出会い」のお話もおもしろかったです。「洋傘/ミシン」という対立を置いたときに、「先端に突起がついている洋傘」「腕木の下に針が付いているミシン」など対立と対比が見えてきます。「第三項」を加えてぐるぐる回す感じがすごくイメージできたなと思いました。
清水:「解剖台」という第三項と結びつくことによって、「洋傘/ミシン」の有縁性が見えてくるんです。解剖台の上でミシンと洋傘が出会うから、ツイストする場ができるわけですね。そういうことが大事なんでしょうけれど、いまは単純になっていて。そういう意味では、アート系の人などは無意識を掘り起こすことが「縮約」ですよね。美術も建築もそうかもしれない。

小野:アートも単純になっている気がしますね。芸術や神話には、二項対立を「調停」していく役割があり、二項対立を乗り越えていくというお話をされていましたが、いまの芸術でそれができているのか。もしくは、ほかの分野で「調停」できるんでしょうか。
清水:先ほど千利休の話が出ましたが、利休は不均衡で不完全なものに美を見出していて、そこには「トライコトミー」の要素があります。アートでそういうことを表現していくのもそうですし、すでに表現されたものの読み方を変えることで、無意識に表現されたものを見つけることもできますよね。いかにコントラストを出すかということですね。
春日:『今日のアニミズム』では、清水さんは「主体/対象」「内/外」「一/多」とされていますが、トライコトミーとはこの三種類の二項対立だと考えていいのでしょうか。
清水:二項対立を複数扱い、二種類の二項対立でなくさらにもう一種類を組み合わせるというのは、ある意味では古くからある考え方で、たとえばライプニッツのモナドロジーは「一/多」、「内/外」(含まれる、含む)、「形相/質料」の三種類の組み合わせによって成っていると理解することができます。このうち特に「一/多」、「内/外」(含まれる、含む)は重要で、二項対立の中ではある種「王者」なんですよね。三つ目はむしろさまざまなものを代入できるのではないかと思っています。
清水:僕も自分の論考の注に書きましたが、そのようにレヴィ=ストロースが鮮やかに読み解いていく複雑な関係づけがあり、またそれに対する、彼自身によるメタ言説もありますよね。――有名な論文で、彼は神話変換の「公式」というものを出してくる。神話の中ではなんらかの関係が描かれ、その関係をつくる複数の項があるわけですが、項と項によってつくられたはずの関係が、また項と同じレベルのステージに立つ、その位置に繰り込まれるということが神話というものを成立させているという。その表現が神話変換の「公式」なんですね。これは非常に面白いと思う。
そもそもモナドロジーというものはアトミズムに対する転倒なんですね。アトミズムとは何かと言えば、部分からボトムアップで全体がつくられていく、理論もエビテントなものをつないでつくっていった果てにあるものが合理的であり、そうやって最後に外在的な対象にアプローチするのが正しいという考え方です。これを転倒させるためのものがモナドロジーだったし、だからライプニッツも「諸部分からの構成に先立つ」単一体としてのモナドというものを持ちだして世界を考えようとしているんですが、レヴィ=ストロースが神話公式でやろうとしていることもやはり同じ転倒だと思うのです。諸部分と全体がフラットになるというのが、ここでは一番重要なわけです。
春日:最近の言葉で言えば、フラクタルを想起します。数学をやっている人がどこまで考えているかは知りませんが、数字で1、2、3、4と増えていく反復の関係があり、「べき」乗というか、一度出したものをまた入力して出力し、また入力して、と同じことをずっと繰り返していくわけですよね。あれは方向性があると言えばあるし、ないと言えばない。どっちにも同じように戻っていける。
『今日のアニミズム』の議論の中では、奥野さんが指摘をされているシンクロニシティにつながります。時間がないということ、「無時」の時間です。因果というものをそのように考えるならば、実は数学で表していることも結局は同じではないかとも思います。
<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い)』>
■同じパターンが繰り返される系とは
・あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。
⇒つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。(スケールフリー)


以上の出典:NN2-4-4.『中論』:『空の論理』~2項対立の調停構造(『空』が架け橋)/テトラレンマ(四句分別)とは~『清水高志先生の視点から読み解く』
<参考情報>
空とは執着から離れる
■龍樹におけるもうひとつの最重要問題は時間否定の論理である
■時間概念が否定
因果論や縁起論はもちろんのこと、カントの認識論も、ヘーゲルの自己展開する弁証法も崩壊させるような根本的問題を突きつけることになる。
まず、観時品では直接的に「時相の不可得」と言い、「時有るべきや」と反語的に時間把握の不可能を言っているが、このことをもう少し具体的に展開している去来品で検討してみよう。
時間論と言えば多くの論者がこの去来品を取り上げるものの、已去(過去)と未去(未来)については明快に否定できるのだが、「去時」、即ち「去りつつある時」の「現在」については、どれもこれもその説明に難渋している。ところが先の思考の次元化を適用すると、これについての次のような解き方が可能となる。
過去や未来がたとえ無であったとしても、その名前や概念が成立していること自体が重要であり、概念や名前、即ち「仮名」があることによって「現在」も把握できる、ということである。しかもそのような「仮名」という空虚な趣をもつ過去や未来によって立てられた「現在」だから、結局、その「現在」も空虚である、という論証の仕方である。
同時にそれが意味するところは、たとえそれらが「仮名」だとしても、現在が過去と未来の繋がりの上に立てられている限り、そしてその限りにおいては現実的なのである。
つまり施設された仮名によって現在も「有る」と言われるとともに、単に仮名によって「現在」は成立しているのだからそれは空虚なものである。
これが龍樹の「戯論」という語の背後に隠れている「仮名」の積極的意味であると思われる。つまり、「現在」は、有でもない無でもない、且つ、有でもあり無でもある、という論理によって成立する現実的なものなのである。それ故。「観時品」の第六偈に言うように、物に因るが故に時間が存在するとされ、物が無とされれば時間も無だとされるのである。
所属関係の事柄である。しかしそれは、実は概念構成による定義や公理といった、約束事即ち仮名によって成り立ち、それらを用いた証明によって知識の確実さを主張していたのである。その約束事が当たり前のようになってしまえばそれらの知識は暗黙の了解事項になるだろうが、その「約東」の決め事という枠を取り外せば、自分に都合の良い勝手な現実の切り取りでしかないことが曝け出されるだろう。このような批判的見方によって知識の不確実さを暴き、その果てに「諸法実相」(dharmata)が拓かれるとするのが龍樹の立場であると考えられるが、残念ながら、それ以上の「諸法実相」の詳しい説明は『中論』においては見いだせない。
出典:サブタイトル/仮名/仮の働き:三時否定のからくり~龍樹の八不と思考の次元化より転記(渡辺明照 大正大学講師)~
<参考情報>





出典:華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
<参考情報>
■『空』を例える
・口の中にツバが出来れば、自然とツバを飲み込む(下図の右側)
⇒そのツバを一旦コップに出して、それを飲み込む事は出来ない(下図の左側)
⇒「ツバ」そのものは変わらない

■縁によって本体は変わる
・口の中にあるツバ(縁)は自然と飲める(汚くないツバと心で思う)
⇒一旦、口の中にあるツバをコップに出したツバ(縁)は飲めない(汚いツバと心で思う)
⇒固定的な汚いツバは永遠に存在しない

■八千頌(はちせんじゅ)般若経(紀元前後~50年)
・キーワード
⇒本体がない
⇒固定的に永遠に存在する本体はない
⇒無自性/空



■空が仏説であることを論説(『根本中頌』第24章第18偈(げ))
◆縁起=空=中道
・縁起は
⇒何かを因として
⇒何かが概念設定(=名前付けられる:汚いツバ等)されること
⇒そういうものを「因施設」と呼んでいる
・空
⇒名付けられた諸々が「空」
・中道
⇒汚いツバ (縁によって外に出た)vs 綺麗なツバ(縁によって口の中にある)と名付けられているに過ぎない
⇒本体がない(固定的に永遠に存在する本体はない)
⇒つまり実体がない=空
⇒ツバはツバである(名付けられた汚いツバ 、 綺麗なツバに実体はない)
⇒つまり両極(名付けられた)を排した(執着から離れる)のが
⇒それが中道である

■縁起とは
・名付けられた「兄」と「弟」の関係は
⇒お互いに相手がいなければ成立しない
⇒それ自体としては成立しない
⇒つまり自性を持たない=空(相依性の否定)


■釈尊の悟り




・中道
⇒汚いツバ (縁によって外に出た)vs 綺麗なツバ(縁によって口の中にある)と名付けられているに過ぎない
⇒本体がない(固定的に永遠に存在する本体はない)
⇒つまり実体がない=空
⇒ツバはツバである(名付けられた汚いツバ 、 綺麗なツバに実体はない)
⇒つまり両極(名付けられた)を排した(執着から離れる)のが
⇒それが中道である
⇒無自性=空=中道


■相依性の否定




出典:サブタイトル/龍樹菩薩の生涯とその教え」2022年度 仏教講座⑪ 光明寺仏教講座『正信偈を読む』の転記
<参考情報>
■『中論』は
・空あるいは無自性を説くと一般に認められているが、
⇒それも実は積極的な表現をもってするならば、
⇒少なくとも中観派以後においては「縁起」(とくに「相互限定」)「相互依存」の意味にほかならないということがわかる。
・ただこの相互限定ということは、
⇒二つ以上の連関のあるものが、一方から他のものに対して否定的にはたらくことである。
⇒相互依存というも、
⇒一つのものが、それ自体では成立しえないが故に
⇒他のものの力をまつのであるから、
⇒やはりそれ自体のうちに否定的契機を蔵しているといいうるであろう。
・「縁起」というと
⇒肯定的積極的にひびくけれども、
⇒実は否定を内蔵した概念であるといわねばならぬ。
出典:サブタイトル/NN2-1.『中論』:『空の考察』~空と無自性/縁起(=相互依存)それ自体に否定を内蔵した概念~(龍樹:中村元著より転記)
<参考情報>
概念(戯論)からの解放
また空の立場からは、ものごとは役割に応じて名前が変わるので、いま仮に「空」ということばで「ものごとは空である、すなわち固有の本質を持たない」と表現しているが、「空」という表現そのものが究極(=勝義)であるわけでもない、とも言います。
つまり、本来は言語表現されえない、いいかえれば、概念によって間接的に指し示すことはできても、「空であること」は直接に体得されることが期待されるということです。
とはいえ、ブッダの悟りであるその勝義的な真理(第一義諦)が人々に理解されるためには、「空」などの世間の言語表現が必要不可欠で、それを世俗真理(世俗諦)とも呼びました。
もとより、事物に固有の本質はないが、そこに固有の本質があるかのような錯覚はある。それが錯覚にすぎないこと気づかせるために、「空」という否定的な響きのある言葉が選びとられたとナーガールジュナは言います。
ただし、空が正しく理解されるというのは、錯覚を錯覚であると気づくこと、それによって煩悩の根源に巣くう概念化(戯論)という心のはたらきから解放されることを意味しています。
出典:サブタイトル/龍樹(ナーガールジュナ)~大乗仏教の基盤を整えた空観(=中道)/大乗仏教徒が安心して修行できる根拠をザックリ知る~中項目:■空とは何でしょう? ―中観派(ちゅうがんは)の教えを学ぶ/第16回 愛宕薬師フォーラム(東京大学教授 斎藤 明 先生)

出典:本講義のレジメ

■玄奘の翻訳した経論で後世にまで大きな影響を与えたのは
・玄奘が翻訳した経論は多岐にわたるが
⇒唯識関係の主要なものは
⇒それらにすべてふくまれてる
⇒なかでも後世にまで大きな影響を与えたのは
⇒世親(ヴァスバンドウ)の著した『唯識三十頌(じゅ)』の
⇒註釈書である『成唯識論』だった
・玄奘は
⇒はじめインドの十人の学僧が著した『唯識三十頌(じゅ)』の註釈書を
⇒すべてそのまま訳していこうと考えたていた
⇒しかし、その分量は膨大で
⇒立場や解釈の異なる十人の説が入り乱れており
⇒容易に理解できない
⇒そこで弟子の基(き)の意見に耳を傾け
⇒すべて訳すのをやめて
⇒一冊にまとめ上げることにした
・玄奘の師である学問寺ナーランダ寺院の唯識派の長老・戒賢(シーラバトラ)の
⇒更に戒賢の師である・護法の註釈を中心にすえ
⇒他の論師たちの説を批判的に紹介する
⇒玄奘訳『成唯識論』を完成させる
・玄奘のもとで翻訳作業に参加した基(き)は
⇒『成唯識論』をはじめ、
⇒玄奘の翻訳した経論の註釈を多数著した
⇒その註釈が基礎となって
⇒法相宗が成立し、
⇒やがて日本に伝わっていくこととなる。
<参考情報>

出典:Wikipedia 左図)世親 右図)北円堂
【法相宗大本山興福寺】
ヴァスバンドゥの思想を受け継ぎ、その教えを実践している。特に、興福寺は瑜伽行派の教えを重んじており、ヴァスバンドゥの影響を受けた仏教の伝統を継承している。
【ヴァスバンドゥ(4世紀頃)】
説一切有部の教義を批判し大乗仏教に転向。特に瑜伽行派の教えを発展させた。転向は、彼の哲学的探求と内面的な覚醒を追求。
【阿頼耶識と内面的な覚醒の関係】
記憶と経験の蓄積:阿頼耶識は、私たちの経験や記憶を蓄える場所とされており、過去の経験が現在の自己認識に影響を与える。
自己の探求:内面的な覚醒は、阿頼耶識に蓄えられた経験や記憶を通じて、これにより、自己の本質を探求するプロセス。自己の真の姿を見つけ出すことができる。
心の浄化:内面的な覚醒を通じて、阿頼耶識に蓄えられた負の経験や記憶を浄化し、これにより、心の平和を得ることができる。

出典:サブタイトル/般若心経(般若波羅蜜多心経:はんにゃはらみったしんぎょう、梵: Prajñā-pāramitā-hṛdaya、プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)梵文和訳
■すべては心のはたらきが生み出す

・唯識三年、俱舎八年
⇒俱舎学を八年学べば、唯識は三年で分かる
⇒俱舎学が唯識学の基礎である
・世親著『阿毘達磨俱舎論』
⇒世界とは何か、世界を構成する要素は何か
⇒「花瓶」は要素の集合体として存在=「仮有」
⇒「土の微粒子」は
⇒集合の仕方で
⇒花瓶になったり茶瓶になったり色々な形態になりうる
⇒「花瓶」はある条件下で存在しうるので「仮有」
⇒「土の微粒子」はそれらを構成している究極的な要素=「実有」
⇒原子・分子を突き詰めた量子物理学の概念に通じるだけでなく
⇒人間の心理(心の働き)をも含めて「実有」を説明した
◆唯識の教えはどんなものか
⇒すべての事象はただ(唯)心が変化したもの(識)にすぎない、と説く
⇒つまり、人の心を重視する、仏教の基本的態度をとりわけ強調している
⇒あらゆる「ものは「認識される」ことによって、
⇒はじめてわれわれにとって存在するものなる
⇒世の中のあらゆるものは、
⇒心のはたらきが生み出すと説くのである
※心さえ要素に分解される。心さえ仮に集合しているにすぎないものとして捉える世界観の上に成り立っている。(荒木重雄 講師の見解)

◆この教えについては「一水四見」というたとえがある
⇒人にとっての水は、
⇒天(神)にとっては歩くことのできる瑠璃(るり)の大地となる
⇒天は身が軽く、水の上を自由に歩けるので
⇒水はガラス張りの大地のように解せるのだ
⇒また魚にとっては
⇒水はおのれの棲みかとなり
⇒餓鬼にとっては
⇒水は炎の燃え上がる膿や血の滝の流れになる
・このように、一般に同じと認識されるものであっても
⇒主体が変わることによって
⇒意味ががまったくちがったものなるということはよくある
⇒われわれの認識する世界は
⇒外界そのものではなく
⇒認識する心にそくした「外界」なのであり
⇒心のはたらきによって生み出された世界なのである
※天:兜率天、韋駄天

出典:本講義のレジメ
<参考情報>
世親(ヴァスバンドゥ)(320─400年頃)
世親の著作のうち主要なものを主なテーマと共に挙げれば、以下の通りである。
『倶舎論』(五位七十五法、有部の三世実有批判、刹那滅論、本無今有論)、『縁起経釈』(竿秤の両端の上昇と下降との喩例による生滅同時論)、『大乗荘厳経論釈』、『摂大乗論釈』、『成業論』(アーラヤ識により業と煩悩との成立根拠を解明する)、『唯識二十論』(唯識思想、原子批判)、『唯識三十頌』(アーラヤ識説三性論)、『中辺分別論註』、『浄土論』(五念門、善巧方便廻向)
『倶舎論』において世親は、有力な部派、説一切有部の実在論の体系を取り上げ批判し、自己の見解である刹那的存在の理論、経量部説を樹立しているといわれる。
これは、有部における存在(法)は過去、未来、現在において実在するという三世実有論を批判する点に見ることが出来る。
すなわち作用、働きの点から、それは滅してしまった過去にも、未だ生起していない未来にもなく、現在の一刹那にのみあるとするのである。
全ての事物は瞬間的な存在であるとし、原因と結果との関係は因が生じ直ちに滅し、そのとき果が生じ直後に滅するという連続であると主張する。
したがって、刹那とは時間の最小単位であるとし、物質を構成する原子を同じく最小単位とする理論を立て、原子の集合として物質を説明するのである。
その物質に非ざる非物質なものが大きさや形をもたない精神的な心とする。
また、対象の成り立ちを部分とそれとは別な全体との和合と見る外教への批判として、部分との和合があるなら、全体は部分をもつことになり、部分と別であるはいえない。部分と別な全体は部分をもたないから、常に単一ということになる。
一方、上の全体批判は、『唯識二十論』では、原子の集合として外界の対象への批判に適用し、外の物質である対象は成立せず、唯識無境の根拠とするのである。
この世親による刹那及び原子に関する理論は、その後、広く活用されると共に、刹那滅論への批判として逆用されもするのである。すなわち原子は部分をもたないから、集合しても大きさを形成し得ないのと同様、時間の最小単位である刹那は部分をもたないから永劫の時間も一刹那と同じになってしまうと論難されるのである。
『縁起経釈』においては、原因(種)の滅するのと結果(芽)の生起するのは同時であるという生滅同時論としての刹那滅論を竿秤の一方の上昇と他方の下降とが同時であるという喩例により論じている。
この竿秤の喩例による刹那滅論は常住論者である外教の諸学派の論師によって取り上げられ批判されている。また仏教内では中観派の月称(600─660年頃)により生滅同時なら因果同時になると論難されている。同じ中観派のカマラシーラ(蓮華戒 740─797年頃)によっても勝義の見地からは批判されている。
この世親の刹那滅論を、論破しないことには自学派の見解が成り立たないとばかりに広く仏教内外で注目された。
『大乗荘厳経論釈』と『摂大乗論釈』とは、無着の大乗菩薩道と唯識思想とを説くそれぞれの『論』に対する『釈』である。無着が兄、世親が弟という伝説があるが、それはともかくとしても、世親は無着から大乗仏教の菩薩思想や唯識の思想、仏身論を学んだことは確かである。『唯識二十論』の唯識無境説や『唯識三十頌』のアーラヤ識説、三性説に関しても、無着の『摂大乗論』前半にすでに表されている。
『成業論』は、説一切有部を始めとする部派の実在論的な業の理論を取り上げ批判し、現在の心の働きである六識説に加え深層心理(アーラヤ識、異熟識)を説いている。
この点、心(六識)の作用がなくなった精神集中(滅尽定)から出るとき、新たに心を作用させるのにはアーラヤ識の転換(転依、てんえ)がなければならないとアーラヤ識の必然性が説かれるが、これは無着の『摂大乗論』(1 ・51,55,57)によっていると考えられる。このことによって経量部説も凌駕している。また、アーラヤ識を『解深密経』を典拠とすることや、アーラヤ識がなければ、身体を統合し得ないこと、煩悩の対治も成立しないことを説く点、無着の『摂大乗論』によっていると考えられる。諸部派の見解から経量部説へ、さらには唯識説へという階梯が見られる。
『唯識二十論』においては、原子の集合論や結合論によっては、物質は説明できない。なぜなら、原子が最小単位であるから、集合するとしても、さらにそれらの隙間には原子が入り得るから結合と同じことになる。しかし、最小なものは部分をもたない故、結合し得ない。したがって、物質の存在は説明し得ないことになる。この物質というのは自己の外の世界であるから、外の世界は成り立たないことになり、外の対象を認める経量部説も成立しない。結局、自己の心のみが否定し得ないものとして残る。
したがって、外の対象とは、自己の心が外のものであるとそう把握しているものであって、実は自己の心の反映であるということになる。唯識無境(自己の心のみであって、煩悩を有する限り外の対象は如実に把握され得ない)というのが、それである。
このことを世親は、外の対象を見ていると妄想し、丁度、眼病者が、存在しない毛髪の如きものを見ることに準えている。また、外の対象はなくとも夢を見ていることに譬えている。この喩例も含め「唯識無境」に対する疑念には、夢も、無限定にいつでも見るわけではなく時間と空間との限定を有するという。
しかし、夢を見ている場合はそうだとしても、眠っていないときは、世間の人々は外の対象を認識しているではないかとの反論には、智慧に目覚めていない人は、夢を見ている場合と同じく、習慣力(習気、じっけ)の眠りの影響下にあり外の対象が存在しないとは悟らない。また、夢の中での善悪の行為(業)は、起きているときと同じ果報をもたないという反論には、夢を見ているときは心の働きが劣っているので起きているときと同じ結果は得られないのであり、さらにまた、殺害者による殺害ということも起こらないではないかということに対しては、死は殺害者の意志によって被害者の特殊な表象に起こされた異常な状態である。さらに初期経典である『ウパーリスッタンタ』を典拠として殺害は殺害者の心による虐待から起こったものであり、それは身体や言葉による虐待よりも大いに非難されるべきことであり、端緒は悪心という心の働きにあると論じる。
・一水四見
この「唯識無境」は、一水四見(いっすいしけん)として表されている。すなわち、例えば、一つの川も、魚にとっては住処であり、人にとっては、清らかな流れと映るか、濁っているかのように映るか、釣り人や鳥にとっては、川の魚を狙う漁場であろうか、全てのものは、このように種々様々なものとして捉えられることをいっている。
単に思いのままという軽い意味ではない。経験と知識との蓄積、さらには精神集中(止)と観察(観)との修行による洞察力によってのみ、真相が把握され得るという意味である。知り得る備えがなければ、耳に聞こえたとしても、その意味はわからないのと同じように、何事も経験がものをいう、実践を通じ学び得た経験により段階的により高度なレヴェルに達し得るのである。唯識の修行とはそういうことである。
同様なことの反復のみでは同じ考えから抜け出せないが、新しい習慣を形成することから新たな智慧が生れることをアーラヤ識は教えてくれる。このことは、『唯識三十頌』において、心の働きは、いま現れている見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、感じ取るという六種の認識及び自己意識と、深層心理(アーラヤ識)とに区分され認識の世界が説明される。
いま心、脳で感じ取ったことは、いわばデータとしてアーラヤ識に送信される。それはデータとして保存され、同時に保存されたデータもそのときの心に送信されてくる。この相互作用によって認識の起こりが説明される。単なる循環ではなく、新しい意義のあるデータをアーラヤ識に送信することが修行でもある。到達しているレヴェルによって認識は異なる。意味を深く正しく理解し得るように「道(どう)」を歩むとはこのことである。
『唯識二十論』では唯識無境の証明に力点があったと見られるが、この『唯識三十頌』には、アーラヤ識と共に三性(さんしょう)説、すなわち妄想された性質、他によって存在する性質、完成された性質が説かれる。この理解に供するために、中国や日本で用いられた喩例によって表そう。それは蛇、縄、麻によるものである。薄暗がりの下では、黒く蛇行したものを蛇と見て取ることがある(妄想された性質)。よく観察すれば、縄であったと知る。この縄も他によって仮に作られたものである(他による性質)。縄の実体とは、その素材である一本一本の麻である(完成された性質)。
この三性説から知られることは、「有りもしないものを妄想により有るとする誤り」(増益・ぞうやく)と「有るにもかかわらず何も無いかのように思い誤ってしまうこと」(損減・そんげん)とを離れ虚心に見、聞きすることに始まり、それをより高めようとすることからこそ智慧の獲得に至り得るということである。
世親の思想に関して『倶舎論』において説一切有部を批判し、外の対象を認める経量部の思想を表わしていることと、『成業論』そして『唯識二十論』や『唯識三十頌』で唯識思想を表したこととは、異なった見地であるから部派仏教(「小乗」)から大乗へと変遷したのではないか、あるいは世親は一人ではないのではないかという意見もあるが、より高度なものに段階的に進んで行くという唯識の修道論からすれば、また、仏道を修する点からしても悟るべき哲学と修道論とは別々のものではないから、経量部の思想から唯識思想へと進展する思想の著作を表すことは、何ら不思議なことではないと考えられる。さらに唯識思想とその修道論から菩薩の利他行の成就としての他者の救済の究極を浄土教に見出すことは、相容れないことではない。
出典:サブタイトル/龍樹と世親:森山清徹著転記~戯論(概念化)寂滅(縁起=空)&浄土教思想~
■唯識説をもちいて心の深層を見つめる


・さらに唯識の教えでは
⇒八種類の識(表象)が説かれる
⇒八つのうち六識は眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識という表象意識である
⇒これらは初期仏教の時代から説かれてきたもので
⇒それぞれ色(色彩、形態、運動)、声(音声)、香(におい)、味、触(皮膚感覚の対象)、
⇒法(ものごとの観念)の六鏡(六つの対象)を識別する
<参考情報>
■原始仏教(釈尊)が考えた心の動き:六識説
・六境(対象物)・六根(感覚器官)・六識(感覚作用)・意識(こころ)に収険される

出典:第741回花ホテル講演会 タイトル:「法相宗は面白い ~こころを観る唯識~」 講師: 高次 喜勝 氏(YouTube)
<参考情報>
■原始仏教経典一般ならび小乗の十二因縁の説
⇒『中論』においては二種の縁起説が説明されている。
⇒すなわち第一章から第二五章までに出てくる縁起は
⇒全く論理的な「相依性のみの意味なる縁起」であり、
⇒第二六章において初めて小乗のいわゆる「十二因縁」を説明している。
・この第二六章の説明は全く十二支を
⇒時間的生起の前後関係を示すものとみなしている。
⇒今その時間的生起関係を示す語に傍点を附してみる。
1)無明(むみょう / avidya) – 無知(真理に対する無理解)
⇒「無知(無明)に覆われたものは再生に導く三種の行為(業)をみずから為し、その業によって迷いの領域(趣)に行く」
2) 行(ぎょう / samskara) -潜在的形成力( 意志、行動の形成力)
⇒「潜在的形成力(行)を縁とする識別作用(識)は趣に入る。そうして識が趣に入ったとき、心身(名色)が発生する(第二詩)。
3) 識(しき / vijnana) – 識別作用(意識)
4)名色(みょうしき / namarupa) – 身心(心と物質:精神と肉体)
5)六処(ろくしょ / ṣaḍāyatana) – 心作用の成立する六つの場(六つの感覚機能:眼、耳、鼻、舌、身、意)
⇒名色が発生したとき、心作用の成立する六つの場(六入)が生ずる。
6) 触(そく / sparśa) – 感覚器官と対象との接触
⇒六入が生じてのち、感官と対象との接触(触)が生ずる」(第三詩)。
「眼といろ・かたちあるもの(色)と対象への注意(作意:さい)とに縁って、すなわち名色を縁としてこのような識が生ずる」(第四詩)
7) 受(じゅ / vedana) – 感受作用(感覚)
⇒「色と識と眼との三者の和合なるものが、すなわち触である。またその触から感受作用(受)が生ずる」(第五詩)
8)愛(あい / tṛṣṇā) – 盲目的衝動(渇愛、欲望)
⇒「受に縁って盲目的衝動(愛)がある。何となれば受の対象を愛欲するが故に。愛欲するとき四種の執着(取)を取る」(第六詩)
9)取(しゅ / upādāna) – 執着(取り込む)
⇒「取があるとき取の主体に対して生存が生ずる。何となれば、もしも無取であるならば、ひとは解脱し、生存は存在しないからである」(第七詩)
10)有(う / bhava) -生存( 存在、存在状態)
⇒その生存はすなわち五つの構成要素(五陰:ごおん)である。生存から<生>が生ずる。老死、苦等、憂、悲、悩、失望ーこれらは<生>から生ずる。このようにして、このたん〔に妄想のみ〕なる苦しみのあつまり〔苦陰:くおん〕が生ずるのである」(第八詩・第九詩)
11)生(しょう / jāti) – 生まれること
12)老死(ろうし / jāramaraaṇa) – 無常なすがた(老化と死)
・このように全く時間的生起の関係に解釈され、
⇒チャンドラキールティの註釈においては一つの項から次の項が生ずることを説明するために、
⇒いつも「それよりも後に」という説明が付加されている。
⇒またナーガールジュナは他の書おいて十二因縁を三世両重の因果によって説明しているし、
⇒中観派は極めて後世に至るまで三世両重の因果による説明に言及している。
・しかしながらナーガールジュナが真に主張しようとした(第二五章まで)縁起が
⇒十二有支(うし)でないことは明らかである。第三章八詩に、
⇒「<見られるもの>と<見るはたらき>とが存在しないから、識(3:識別作用)などの四つは存在しない。
⇒故に収(9:執着)などは一体どうして存在するのであろうか」というが、
⇒各註釈についてみると「識などの四つ」とは識と触と受と愛とを指し、
⇒さらにピンガラの註釈には「見と可見との法が無き故に、
⇒識と触と受と愛という四法は皆な無し。愛等が無きを以ての故に、四取等の十二縁分もまた無し」と説明しているから、
⇒『中論』の主張する縁起が十二有支の意味ではなくて、相依性の意味であることは疑いない。
⇒さらに注目すべきことには『無畏論』においては第二六章は十二有支を観ずるの章とあり、またチャンドラキールティの註釈においては第二六章のなかに、「縁起」(またはそれに相当する語、例えば衆因縁生法)という語が一度も使用されていない。
⇒故に最も古いこの二つの註釈においては、ただ縁起とのみいう場合には常に相依性を意味していて、十二有支の意味を含んでいなかったといいうる。
出典:サブタイトル/NN1-3.『中道』と『縁起』(Ⅱ)~『中論』は諸行無常を『縁起』によって基礎づけている~(龍樹:中村元著より転記)
⇒残り二つは
⇒阿頼耶識(あらやしき)、末那識(まなしき)という深層意識がある
・阿頼耶識は
⇒万有を認識する根本的な識
⇒あらゆるものをたくわえている心
⇒過去のあらゆる経験にもとづく現在をさ
⇒心理学でいう潜在意識よりもさらに根源的な生命活動である
・無限の過去から現在のこの瞬間まで
⇒われわれのあらゆる行為(カルマ・業(ごう))は
⇒その余韻が心底に印象づけられ
⇒阿頼耶識に蓄えられる
⇒したがって、阿頼耶識は「すべての経験や情報をたくわえる心」ということができる
⇒阿頼耶識におさめられた行為の余韻、あとに残る一種の力は
⇒次の瞬間にその蔵から業を生じさせる能力をもつ「種子」をもち
⇒その後のカルマの潜在力になる
⇒種子より生じた業は
⇒新たな種子を阿頼耶識におさめることになる
・三業とよばれる三つの行為
⇒すなわち身、口(く)、意(なすこと、思うこと)は
⇒細大もらさず阿頼耶識に貯蔵されていく
⇒そのため、悪を断ち、善を修める仏教的生活は
⇒他人をごまかせても自分をごまかすことはできない
・末那識(まなしき)は
⇒煩悩をともなった自己を維持する個体への執着をさす
⇒末那識は阿頼耶識にもとづいて活動するが
⇒阿頼耶識を自我(アートマン)と誤認するので
⇒発生したときから自我を中心とする煩悩をともなっている
●つまり、人間の表層意識は
⇒阿頼耶識と末那識によって規定されているといえよう
⇒唯識派が
⇒喩伽行派とよばれることからもわかるように
⇒ヨーガの実践をとおして、
⇒識のあり方を
⇒汚れた状態から清浄な状態へ変革して
⇒清らかな智慧を得ることを教理としている

<参考情報>

・第七 未耶識(マナシキ:自己中心化⇒外界から入る情報を自分の都合の良いように解釈する)
(第七 未耶識:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く)

◆第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ:記憶情報を詰め込む領域=記憶媒体装置=種子:未耶識の働きによる記憶領域)=経験認識
・個々人の見聞、経験等の情報が全て書き込まれ、ため込まれる
⇒良くも悪くも「ため込まれた情報」は更新される
⇒次第に個々人の倫理観が形成される「心の働き」の領域

出典:第741回花ホテル講演会 タイトル:「法相宗は面白い ~こころを観る唯識~」 講師: 高次 喜勝 氏(YouTube)

<参考情報>
■法相宗(唯識学派)







■玄奘の下で学んだ遣唐使の道昭
道昭の後輩:行基菩薩⇒徳一菩薩

<参考情報>
さて、今夜の千夜千冊は木内堯央(ぎょうおう)の『最澄と天台教団』にした。木内さんは東京墨田の天台寺院・如意輪寺の長男として生まれ、西巣鴨の大正大学に進み、天台密教の研究者になった。最初の著書が『伝教大師の生涯と思想』(第三文明社)で、次が教育社歴史新書の本書だ。本格的な研究書には『天台密教の形成 日本天台思想史研究』(渓水社)などがある。同じく天台教学研究者の木内堯大は息子さんである。
本書は最澄とその門流の動向を知るにはもってこいなのだが、「始原としての最澄」を語るには少し足りない。そこでもう一冊、最澄のダイナミックな端緒に戻った本を紹介しておく。昨年刊行されたばかりの師茂樹の『最澄と徳一』(岩波新書 2021)だ。刊行まもなく話題になった。最澄と徳一(とくいつ)のあいだで交わされた激越な論争を通して、最澄の仏教思想の背景にひろがる問題を見定めたものだ。
徳一は法相宗の学僧で、はやくから東国とくに会津に拠点を広げていた。ポレミックな学僧で、最澄に対しても空海に対しても論争を挑んだ。
■徳一大師像

徳一は南都の仏教に反発し、奈良から東国(茨城や福島)へ赴き、各地で寺院を建立。会津に開いた慧日寺(えにちじ)は広大な敷地を有し、信仰を求める人々がぞくぞくと集まった。「仏都会津」といわれる由縁。
最澄との論争は昔から「三一権実諍論」(さんいちごんじつそうろん)とよばれてきたもので、三乗説と一乗説のどちらが仮(=権)で、どちらが真(=実)なのかを決めようという論争をいう。三乗説の徳一がふっかけ、一乗説の最澄が受けて立った。論争は5年に及んだ。
なぜそんなことが平安初期の日本で争われるのかというと、『法華経』の読み方をどうするか、どこに注目するかということをめぐったのである。結果、三乗説と一乗説が対立した。なぜ、そうなるのか。話はインドまでさかのぼる。
紀元1世紀前後、ブッダ以来の数世紀にわたった原始仏教教団のいくつかの部派活動の中から、いわゆる大乗グループが登場した。大乗グループはそれまでの部派仏教時代の活動を「小乗」と貶称して、小さな乗りもの(乗=教法)に乗っている連中だとみなした。そのうえで大乗グループは小乗グループとの区別をあきらかにするため、新たな経典(大乗経典)をつくろうとしていた。
その手の試みはすでに般若経の編纂グループが先行していたのだが、それに続くもので、できれば決定版にしたい。『法華経』である。
ひるがえって、もとからの小乗グループは、仏教の教えを伝え導くことができるのはブッダただ一人、釈迦仏だけだと考えてきた。それゆえ修行者はブッダを理想のモデルとして、一人ひとりがさまざまな執着を断ち、輪廻から解脱するために阿羅漢(あらかん)をめざす。なかで、その境地にかなり近づいた者は菩薩、すなわちボーディサットヴァ(菩提薩埵、略して菩薩=悟りを求める人)と称ばれるところにまでは達するが、とはいえブッダになるわけではない。そう、考えてきた。
これに対して大乗グループは、釈迦仏以外にもブッダ(覚者)はありうると主張した。菩薩もブッダをめざしつつ、自分だけではなく衆生(多くの他者)を悟りに導こうとしているのなら新たに「菩薩乗」とみるべきだと主張し、たんに教えを聞く修行者はブッダになろうとしていないのだし、自分だけの覚醒にこだわっているのだから「声聞乗」(しょうもんじょう)にすぎないとみなした。また、教えを聞くことなく独力で解脱をめざす者たちもふえてきたようだが、かれらは別して「縁覚乗」(えんがくじょう)などと称ばれるべきだとした。
こうして、修行者を教えを聞いて悟ろうとする声聞乗(小乗)、自身の悟りを求める縁覚乗(中乗)、一切衆生のために仏道を広める菩薩乗(大乗)という「三乗」の見方ができあがっていったわけである。このうち声聞・縁覚乗を「二乗」とも名付け、大乗を進む者を「一乗」と名付けた。
大乗グループは、これらのことがブッダの語りによって展開されている経典が存在するべきだと考えて、かなり長い時間をかけて『法華経』を仕上げた。そこではブッダは「私が小乗や二乗の道があると説いたのは、大乗に導くための方便だった。本来の道は一乗なのだ」と語っているようにした。前半の迹門で二乗を重視しておきながら、後半の本門では一乗を重視させたのである。
出典:サブタイトル/最澄と天台教団 木内堯央~松岡正剛の千夜千冊より転記~


■原始仏教(釈尊)が考えた心の動き:六識説
・六境(対象物)・六根(感覚器官)・六識(感覚作用)・意識(こころ)に収険される

■唯識の肝:八識
・前五識 (眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)
・第六 意識
⇒上記六識に以下2識を加える(認識の深化)
・第七 未耶識(マナシキ:自己中心化⇒外界から入る情報を自分の都合の良いように解釈する)
(第七 未耶識:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く)

◆第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ:記憶情報を詰め込む領域=記憶媒体装置=種子:未耶識の働きによる記憶領域)=経験認識
・個々人の見聞、経験等の情報が全て書き込まれ、ため込まれる
⇒良くも悪くも「ため込まれた情報」は更新される
⇒次第に個々人の倫理観が形成される「心の働き」の領域

・何を第八 阿羅頼耶識(アラヤシキ)にため込む事が大事か
⇒七仏通誡偈(ひちぶつつうかいげ)
⇒自らその意を浄めよ(第七 未耶識との衝突(矛盾))
※第七 未耶識(マナシキ:自己中として外部情報を屈折させるプリズムの如く)

■禅観(ヨーガー)
・入力情報を屈折させない仕掛け
⇒呼吸を整えて
※自らその意を浄めよ(第七 未耶識との衝突(矛盾))

<参考情報>
■華厳思想『法界縁起』
・円融無碍と性紀のアプローチがある




■華厳経は『一乗』と名乗る根拠
・仏の教えは一つ














■果の性起:悟りを開いた状態
⇒清らかな仏果が現れる
※自らその意を浄めよ(第七 未耶識との衝突(矛盾))


出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
<参考情報>
『華厳経』の教理の特色は、第一に人間には仏性があり、仏になるとしたこと。第二に、ブッダが悟った真理は「縁起」から見た世界にあるとしたこと。第三は、宇宙は多様な要素がすべて相互にネットワークしあって、秩序をつくりあげているとしたことにある。
出典:松岡正剛『情報の歴史を読む』(NTT出版)p,211
それで「華厳一乗法界図」に話を戻すと、この210文字のマトリックスは華厳の世界観を示す画期的なマトリックスの試みで、それは『華厳経』が告示していた華厳の法界のアピアランスなのである。

華厳思想では、このような世界観と一体化している超越的な境地を昔から「法界」(ほっかい)といい、その究極の境地を「事事無礙法界」といった。ジジムゲホッカイと読む。
なんとも奇妙な「事事無礙法界」という捉え方は澄観による表現だが、華厳の境地をこのような6文字であらわした。義湘はその法界を漢字一文字ずつの迷路のような脈絡図であらわしたかったのだ。


韓国・仁仙の薬師寺と、寺内にある法界図の道
「華厳一乗法界図」を実際の道で再現したもの。年間行事の際には、通路すべてに僧が立ってお経を唱えたり、参拝客を先導して巡り歩く。
華厳思想は「法界」(dharma-dhâtu)という言葉をよく使う。法界(ダルマ・ダートゥ)は華厳独特の世界現象すべてのことをいう。「真如、法性、実際」と訳すこともある。法界が華厳縁起の結実そのものなのである。だから華厳思想の最大の特色は法界縁起そのものにあるというほどだ。
しかし法界はたんなる世界のことではない。うまく説明するのが難しいが、法によって界がつくられ、界によって法が充ちて真理の領域となった世界が法界なのだ。法界の「法」はもちろんダールマのことで、もともとは「ドゥフリ」という語根から出てきた。「保つ」とか「支える」という意味をもつ。仏教名詞になると、深遠な真如そのもののことになる。法界の「界」のほうは世界を動かしている「因」のことである。
それゆえ法界は、因果をさまざまな界としてあらわしている法による真如の世界だということになる。一真法界などとも言う。
華厳宗初祖の杜順(とじゅん)は『法界観門』で、法界には真空の法界、理事無礙の法界、周編含容の法界があるといい、法蔵は『華厳五教章』で、その法界に4種の段階があると考えた。
①事法界
②理法界
③理事無礙法界
④事事無礙法界
という四法界である。華厳の法界はこの4つ目の事事無礙法界に向かっていくのであって、それによって華厳の円教が縁起の極みに進んでいると解説した。

出典:サブタイトル/華厳の思想(鎌田茂雄著)~松岡正剛の千夜千冊より転記~
■唯識の実践とは
・自分の見解を絶対視しないこと
⇒第七 未耶識(マナシキ:自己中心化⇒外界から入る情報を自分の都合の良いように解釈する)を意識すれば

■玄奘三蔵が追い求めた事
・玄奘が死に際して言い続けた事
①「不可得」を繰り返す(一切を持っておくことができない)
⇒仮に今持っているが
⇒いつか手放さなければならない時が来る
⇒固定的ではない(離れる事=空観)
②山(深山)にこもり、禅をしたい
⇒禅とは心を整える修行で「山の中」で出来ると述べている
⇒皇帝に申し出たが、許されず
・鎌倉時代の禅僧の見解にもよく似ている
⇒自分の心を観察する時

■玄奘が追い求めた世界観の一例
・「不可得」と「禅観」を具体的に示した経(ウダーナヴァルガ(感謝のことば)

出典:第741回花ホテル講演会 タイトル:「法相宗は面白い ~こころを観る唯識~」 講師: 高次 喜勝 氏(YouTube)
出典:サブタイトル/NN2-6-2.『中論』:『縁起』~アビダルマの縁起説~
<参考情報>
■法相宗:唯識の肝/八識

清水 そうなんです。それで言うと、唯識思想は色んな人が研究されていて、僕も好きでよく読むんです。すごく面白いですね。唯識においては識の中に「見分」と「相分」という区別があって、主体と対象らしきものがある。「見分」は主体側、つまり見ている側なんだけど、そこには眼識とか耳識とか鼻識とか五感に相当する前五識というものがあり、それによって「相分」である対象に関与しているとされる。また、それをさらに第三者的に包摂しているものがあり、それが自証分である、と言うんですね。古くはこの「三分」で「識」の構造を考えた。そして、その「識」もまた相互入れ子的に他の誰かの相分になっていく。そこから華厳的なネットワークが出てくるわけですよ。
出典:サブタイトル/「聴こえざるを聴き、見えざるを見る」|清水高志×松岡正剛|『続・今日のアニミズム』|TALK❷|前編
<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い):スケール』>
■同じパターンが繰り返される系とは
・あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。
⇒つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。(スケールフリー)



出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~

出典:本講義のレジメ
<参考情報>

出典:http://www5.plala.or.jp/endo_l/bukyo/bukyoframe.html


出典:サブタイトル/空海の死生観-生の始めと死の終わり-(土居先生講演より転記:仏陀と大乗仏教&密教の見取り図)
◆説一切有部(上座部仏教=小乗仏教の最大勢力)の
⇒「五位七十五法」による世界の構成要素区分(法とは要素)
・「五位七十五法」とは
⇒有為法:四位72法【色法(11)、心法(1)、心所有法(46)、心不相応行法(14)】
⇒無為法:一位3法



出典:本講義のレジメ
<参考情報>
◆説一切有部の五位七十五法の二大分類
・有為法と無為法に分けられ、存在と現象を理解するための基礎となる。
・有為法(ういほう、Saṃskṛta-dharma)
有為法は、因果関係によって生起し、変化や消滅する法。これらは条件によって生じ、無常であるとされている。有為法は次の五位に分かれている:
- 色法(しきほう、Rūpa-dharma):
- 物質的な存在を指します。具体的には、五蘊の中の「色(しき)」に対応。
- 心法(しんほう、Citta-dharma):
- 心そのものや意識を指す。主に六識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識)を含む。
- 心所法(しんしょほう、Caitasika-dharma):
- 心の働きや感情、思考、意図などの心の随伴現象を指す。
- 心不相応行法(しんふそうおうぎょうほう、Caitasikasaṃprayukta-dharma):
- 心の動きや作用と直接関連しない現象を指すが、心の状態に影響を与える法。
- 色不相応行法(しきふそうおうぎょうほう、Rūpasaṃprayukta-dharma):
- 物質的な現象と直接関連しないが、物質に影響を与える法。
無為法(むいほう、Asaṃskṛta-dharma)
無為法は、因果関係によって生じることのない、変化しない法。これらは時間や条件に依存せず、常住不変のものとされている。無為法は次の三法に分かれている:
- 虚空無為(こくうむい、Ākāśa-asaṃskṛta):
- 空間そのものを指す。虚空は無限であり、変化することがない。
- 択滅無為(たくめつむい、Pratisaṃkhyānirodha):
- 智慧によって煩悩や執着が消滅した状態を指す。
- 非択滅無為(ひたくめつむい、Apratisaṃkhyānirodha):
- 煩悩や執着が自然に消滅した状態を指す。
これらの分類は、仏教の修行や哲学において非常に重要。現象の本質を理解し、解脱や悟りに至るための指針となる。
出典:サブタイトル/NN2-3-3.『中論』:『論争の相手』~有部における法の概念~
<参考情報>
・伝統的保守的仏教(いわゆる小乗仏教)諸派のうちで、最大の社会的勢力をもっていた」「説一切有部」は、
⇒「一切が有る」と主張したといわれる。
⇒「一切が有る」という主張は
⇒すでに経蔵の中にあらわれ(『雑阿含経(ぞうあごんきょう)』一三巻、『大正新修大蔵経』(以下、大正蔵)、二巻、91ページ中)、
⇒さらに南方に伝わったセイロン上座部の『論事』の中でも紹介批判されている。
⇒そののち有部は仏教の中でもきわめて有力な一派となり、後世まで存続し、多くの文献を残している。
⇒漢訳大蔵経のうちに伝えられている小乗仏教の論書はたいてい有部のものである。
・ところでその有部の根本思想は
⇒昔から日本ではふつう「三世実有(さんぜじつう)、法体恒常(ほつたいごうう)」であるといわれている。
⇒「一切有」という句とあわせていうと、
⇒「一切の実有なる法体が三世において恒有である」といいうる。
⇒この句の意義を解明すれば有部の根本思想を知りうるはずであるから、いまこれを分けて考察したい。
<参考情報>
◆『中論』の主要な論敵は何といっても説一切有部(せついっさいうぶ)であろう。
・中観派は自己の反対派を概括して自性(じしょう)論者、または有自性(うじしょう)論者と総称している。
⇒それは事物または概念の「自性」すなわち自体、本質が実在すると主張する人々である。
・『中論』はこれに対して無自性を主張したのであるから、
⇒『中論』を徹底的に研究するためには有自性論一般を広く考察せねばならない。
⇒ただここでは次に有部を有自性論者の代表としてその根本思想を論じ、
⇒『中論』の思想考察に入る準備とする。
出典:サブタイトル/NN2-3-1.『中論』:『論争の相手』~論争の相手となった哲学派/主要論敵は説一切有部~
<参考情報>
■なぜ有部は法有を主張したのか
⇒有部は縁起によって法の体系を基礎づける立場を捨てしまった。
⇒その代わり法を「有り」とみなすことによって基礎づけた。
⇒しからば何故に有部の学者は法有を主張したのであろうか。
⇒すでに経蔵の中に、有と無との二つの極端説(二辺)を排斥した経があり(『雑阿含経』一二巻、大正蔵、二巻、85ページ下)
⇒有部の学者は明瞭にこのことを知っていたにもかかわず(有部の文献である『大毘婆沙論』が上記の経を引用している)、
⇒何故に仏説に背いてまで法の「有」を主張したのであろうか。その理由を検討したい。
・ゴータマ・ブッダ(釈尊)は
⇒もろもろの存在が生滅変遷するのを見て
⇒「すべてつくられたものは無常である」(諸行無常)と説いたといわれる。
⇒それはわれわれの生存の相を観察するに
⇒一切の存在は刹那刹那に生滅変遷するものであり、
⇒何ら生滅変化しない、常住(じょうじゅう)な実体は存在しない、ということを意味している。
⇒当時の仏経以外の諸思想が、絶対に常住不変なる形而上学的実体を予想していたから、
⇒ブッダはこれを排斥して
⇒別にすべてつくらっれたものの無常を説いたのである。
・ところが諸行無常を主張するためには何らかの無常ならざるものを必要とする。
⇒もしも全く無常ならざるものがないならば、
⇒「無常である」という主張も成立しえないのではないか。
⇒もちろん仏教である以上、
⇒無常に対して常住なる存在を主張することは許されない。
⇒またその必要もないであろうが、無常なる存在を無常ならしめている、より高次の原理あるはずではないか、という疑問が起こる。
⇒一般に自然的存在の生滅変遷を強調する哲学は
⇒必ずその反面において不変化の原理を想定するのが常である。
⇒このことは、たとえば古代ギリシャのエレア派についてもいえる。
⇒反対派のヘーラクレイトスについてもいえる。
⇒故にゴーダマ・ブッダが
⇒有・無の二つの極端説を否定したにもかかわらず
⇒有部が「有」を主張して著しく形而上学的立場をとった理由もほぼ推察しうるものであるが、
⇒何故にとくに法の「有ること」を主張したのであろうか。
■「有り」の論理的構造
・これは前述の法の定義から導き出しうると思う。
⇒法とは
⇒自然的存在を可能ならしめているありかたであり、
⇒存在をその存在たらしめるものである。
⇒この「有り」という概念の論理的構造に注目するならば、
⇒法有の主張の成立した理由を容易に理解しうると思われる。
・元来「あり」という概念は二種に分化されるべき性質のものである。
⇒一つは「である」「なり」であり、
⇒他は「がある」である(「である」「がある」という語は説明の便宜上、和辻哲郎博士『人間の学としての倫理学』33ページ以下から借用した)。
⇒西洋の言語でははっきり分化していないが、日本語では明確に分かれている。
⇒中世以来の伝統的な西洋哲学の用語にあてはめれば、
⇒前者(「である」「なり」)はessentiaであり、
⇒⇒後者(「がある」)はexistentiaである。
⇒おおまかにいえば、前者(「である」「なり」:essentia)を扱うのは形式論理学であり、
⇒後者(「がある」:existentia)を扱うのは存在論または有論(Ontologie)であるといってよいであろう。
⇒例えば「これはAである」という場合に、「であること」essentiaが可能である。
⇒それと同時に「Aがある」ということがいえる。
⇒すなわちAの「があること」existentiaが可能である。
⇒一般に「であること」essentiaは「があること」existentiaに容易に推移しうる。
・更に「があること」(existentia)には二種考えられる。
⇒一つは時間的空間的規定を受けているAがあるという意味でのexistentiaであり、
⇒他は時間的空間的規定を超越している普遍的概念としてのAである。
⇒この二種の「があること」のうち、
⇒第一のほうを取扱うのは、自然認識であり、哲学問題外である。
⇒第二の「がある」を取扱うのは哲学であり、
⇒これを問題として「ありかた」を基礎づけようとする哲学者がたえず簇出(そうしゅつ)する。
⇒たとえばプラトンのイデア等。
⇒法有の立場もこの線に沿って理解すべきではなかろうか。
■法有の成立する理論的根拠
・法とは自然的存在を可能ならしめているありかたであり、
⇒詳しくいえば「・・・であるありかた」である。(essentia)
⇒たとえば受とは「隋触(ずいぞく:外界からの印象)を領納(りょうのう:感受)す」といわれ、
⇒「感受されてあること一般」である。
⇒個々の花、木などの自然的事物は法ではないが、
⇒その「ありかた」としての、たとえば「感受されてあること」は法である、とされる。
⇒さて、その個々の存在はたえず変化し生滅するが、
⇒それの「ありかた」としての「感受されてあること一般」は変化しないものではなかろうか。
⇒すなわち法としての「受」はより高次の領域において有るはずである。
⇒存在はつねに時間的に存するが、
⇒法は「それ自身の本質(自相:じそう)を持つ」ものとしてより高次の領域において有るから、
⇒超時間的に妥当する。
⇒かくして法は有る、すなわち実在する、とされた。
⇒したがって「一切有」という場合の「あり」はまさしく漢字の「有」の示すように「がある」の意味である。
⇒これを要約すてれば、初期仏教における「・・であるありかた」としての法が、
⇒有部によって「・・・であるありかたが有る」と書き換えられたのである。
・「である」(essentia)から「がある」(existentia)へ、
⇒essentiaからexistentiaへと論理的に移っていったのが、
⇒法有の立場を成立する論理的根拠である。
⇒論理的な脈絡を大づかみにとらえれば、上記のようにいうことも可能であろう。
■法と本性
・法という語を語源的に説明すれば、√dhrであり、これからDharma(ダルマ)という名詞がつくられた。
⇒法は√dhr「たもつ」という語源から出た語であるが、
⇒後期の註釈(ちゅうしゃく)によれば、「それ自身の本質(自相)を持つから法である」といわれるに至った。
⇒これに対して大乗仏教では反対に「それ自身の本質をたもつことを欠いているから法ではない」と主張する。
⇒この「それ自身の本質」を有部は「もの」とみなしたのである。
・有部は「もの」の実在を主張したといわれるが、
⇒その「もの」とは、
⇒それ自身の本質(自相)の意味であるとは『俱舎論』の註釈者であるヤショーミトラのしばしばいうところであり、
⇒したがって経験的事物と混同することはできない。
⇒「ものが実在する」というのも
⇒「それ自身の本質について」有るという意味であり、
⇒自然的存在(例:花瓶、車等)として実在するものではないであろう。
・それ自身の本質(自相)というのも、
⇒本性(自性)というのも決して別なものと考える必要はないが、
⇒さらにその「それ自身の本質」または「本性」も法と異なるものではない。
⇒しからば何故に、法と異ならない本性(自性)という概念を有部は持ち出したのであろうか。
⇒それに対する答えは与えられていないが、解決の手がかりは与えられている。
⇒たとえば識(識別作用)や受についていえば、
⇒識とか受とかいう「ありかた」としての法のessentiaは
⇒それぞれ「各々了別(それぞれを区別して認識すること)」「隋触を領納す」であるが。
⇒それをexistentiaとみた場合に、本性、本質といわれるのであろう。
・「・・であるありかた」としての法が
⇒一つの実在とみなされ、
⇒「ありかた」が有るとされた場合に、
⇒それが本性といわれるのである。
⇒すなわちチャンドラキールティによると、
⇒「本性」とは「・・が(で)あること」(existentia)にほかならない。
⇒「であること」(essentia)が実在されたものである。
⇒かれはまた「本性」とは、「それみずからの『であること(existentia)』であると解する。
■「法」と「もの」
・このように法と本性、本質とは別なものではないから、
⇒本性や本質が「もの」とされる以上、
⇒「法」も「もの」とされるに至った。
⇒すなわち法はvastu、bhāva(もの)などの語に書き換えられていることもあり、
⇒『中論』では「法」(dharma)よりもむしろ、「もの」(bhāva)のほうが多く用いられているが、
⇒それは『中論』が仏教以外の諸派をも含めて排斥しているから「もの」(bhāva)という語を用いたのであり、意味は法と同じである。
・それ故に、「およそ諸法は体(自体)、性(本質)、法、物(実体の本質)、事(実体)、有、名は異にして義(意味)は同じ。
⇒この故に或いは体と言い、或いは法と言い、或いは有と言い、或いは物と言う。
⇒皆これ有の差別(しゃべつ)ならざるはなし、正音(しょうおん)は私婆婆(svabhāva:自性のこと)と言う」
⇒と説かれるようになった。
⇒こういうわけで法は「もの」であるとする解釈が成立するに至ったのであるが、
⇒この「もの」というのはけっして経験的な事物ではなくて、
⇒自然的存在を可能ならしめている「ありかた」としての「もの」であることに注意せねばならぬ。
・一例として虚空について論じれるならば
⇒「空は無碍(むげ)なり」(『倶舎論』)第一品・第五詩)というのも
⇒虚空という自然的存在を主張しているのではない。
⇒「無碍(むげ)なること一般」という「ありかた」が法の領域において「もの」として有る、とされているのである。
⇒「虚空は但無碍をもって性と為す」(『倶舎論』一巻、三枚裏)とあるから、
⇒「無碍」というexistentiaを法の領域におけるexistentiaとして、それを虚空とみなしたのである。
⇒ちなみにここにいう「虚空」は
⇒自然界の一つの構成要素としての「虚空界」とは異なるものであることを忘れてはならない。
⇒われわれが眼を開けて眺める大空は「虚空界」であって、
⇒つくられない不変の三つの原理(三無為)の一つとしての「虚空」ではない。
⇒したがって有部は一切の「もの」の実在を主張したといわれ、
⇒もし法あるいはその本質(自性・自相)が「もの」という語で書き換えられているとしても、
⇒有部はけっして自然的存在としての「もの」の実在を主張したのではない。
⇒存在(もの)をあらしめる「ありかた」を「もの」とみて、
⇒すなわち「もの」の本質を実体とみなしたのである。
・故に「法有」の「有」とは
⇒「経験界において有る」という意味に解することはできないと思う。
⇒法が
⇒自然的存在を意味すのではないことは和辻博士やドイツのH・ベック、ローゼンベルクらの学者の指摘したことであるが、
⇒上記のように解するならば、
⇒法の体系を説いた初期の仏教から、
⇒法有の主張が導き出されたことは何ら不思議ではない。
⇒法の概念から論理的に導き出しうることである。
出典:サブタイトル/NN2-4.『中論』:『論争の相手』~説一切有部の立場~
<参考情報>
初期仏教の時代の教えのうち、代表的な要素説に、五蘊・十二処・十八界があります。五蘊というのは、『般若心経』に「色即是空、空即是色、受想行識亦復如是」とあるように、色・受・想・行・識ですね。色は人の物質的な要素、受想行識は四つの精神的な要素です。なかなか五蘊説は人を知情意の観点からよく捉えています。
色というのは狭い意味でいえば人間の身体、広い意味でいえばその対象となっている色形や音声も入ります。
それから受想行識、この中で一番重要なのは行ですね。行は端的に言うと意思です。意思が表に現れると身口意の三業になりますから、のちに行は意思を基礎にした体と言葉と心による活動、ないし行為という意味になります。行があって初めて対象の事物のイメージが湧いてくる、焦点が合うわけです。
われわれは焦点を合わせて日常的な活動をしています。例えば、焦点を合わせないと文字を理解することさえできません。どこかに焦点を合わせることで初めて文字も図像も理解できます。これは音でもそうですね。必ずどこかに焦点を合わせているから、雑音を排除しながら特定の音に耳が向くわけです。私の家も少し離れたところに環七が通っていますから、最初の頃は車の音が気になっていましたが、住み慣れてくると次第にその雑音に焦点が合わなくなり、気にならなくなるということがあります。
行(意思)によって焦点を合わせ、特定のイメージをつかむ作用を想と言います。
想によって識、つまり認識や意識が生まれます。
識が生まれると同時に、苦や楽、快・不快の感覚を覚える、これが受です。意思作用があって目や耳をそばだてるという行為をしますね。そうするとある特定の像が浮かび上がってきて、これはうちの犬だ、これは美しい花であるというような感覚を覚えるというわけです。これが、人が直接的に経験できる五つの要素である、ということです。
出典:サブタイトル/空の考え方こそが、ブッダが縁起という言葉で表したものに直結すると主張(龍樹)~『縁起と空』より転記/斎藤明 国際仏教学大学院大学教授・東京大学名誉教授~
<参考情報>

出典:https://www.eel.co.jp/aida/lectures/s4_4/ Season 4 第4講「脳科学×ブッダ」から見えて来たもの 2024.1.13 編集工学研究所
<参考情報>



出典:東洋哲学の精華『中論』完全解説!(YouTube cureチャンネル)
五蘊(ごうん)の意義
五蘊は、個々の存在がこれらの要素の集合体であり、実体がないことを理解するための教え。仏教では、これらの要素が相互に依存し合って存在しており、固定された自我や実体は存在しないと説かれている。この理解は、執着や煩悩を超えて(離れて)悟りに至るための重要なステップとなる。
注)六根と六入の違い:仏教における感覚機能の説明に関連する用語ですが、微妙に異なる概念を指す。
違い(1)対象の有無:
- 六入:感覚器官とその対応する対象の相互作用を強調している。
- 六根:感覚器官そのものを指し、対象は含まれまない。
違い(2)概念の広がり:
- 六入:感覚のプロセス全体をカバーしており、感覚器官が外界と接触して生じる知覚のプロセスを説明している。
- 六根:主に感覚器官の存在と機能に焦点を当てている。
【六入】
1.眼(げん) – 色(しき):視覚の器官とその対象
2.耳(に) – 声(せい):聴覚の器官とその対象
3.鼻(び) – 香(こう):嗅覚の器官とその対象
4.舌(ぜつ) – 味(み):味覚の器官とその対象
5.身(しん) – 触(そく):触覚の器官とその対象
6.意(い) – 法(ほう):意識の器官とその対象
【六根】
1.眼根(げんこん):目、視覚の器官
2.耳根(にこん):耳、聴覚の器官
3.鼻根(びこん):鼻、嗅覚の器官
4.舌根(ぜっこん):舌、味覚の器官
5.身根(しんこん):体、触覚の器官
6.意根(いこん):心、意識の器官
出典:サブタイトル/NN2-4.『中論』:『論争の相手』~説一切有部の立場~(龍樹:中村元著より転記)
<参考情報>
■原始仏教聖典(ブッダが述べたこと)に遡る
◆仏教哲学は「法(dharma)」の哲学
・仏教思想は、つねに法(dharma)に関する思索を中心として発展している。
⇒法の体系の基礎づけにおいて、
⇒仏教成立の当初においては、
⇒自然的存在の領域を基礎づけ可能ならしめるところの法の領域を、
⇒自然的存在の領域から区別して設定し、
⇒仏教はもっぱらこの法の領域を問題とした。
⇒原始仏教は自然認識の問題を考慮の外においている。
⇒もしも自然的存在だけを問題としているのであるならば、
⇒その所論はそれほど難解なものではないだろし、仏教徒でない人でも容易にその所論を理解しうるであろう。
⇒ところが仏教は
⇒実践的宗教者の関心事と映じた「法」をとりあげたのである。
⇒法(dharma)とは
⇒一切の存在の軌範となって、存在をその特殊性において、成立せしめるところの「かた」であり、
⇒法そのものは超時間的に妥当する。
⇒したがって、この解釈は「理法」「軌範」という語源的な解釈とも一致する。
⇒法は自然的存在の「かた」であるから
⇒自然的事物と同一視することはできない。
⇒そうしてその法の体系として、
⇒五種類の法の領域である個体を構成する五つの集まり(五蘊:ごうん)、
⇒認識及び行動の成立する領域としての六つの場(六入)等が考えられる。
出典:サブタイトル/NN2-4.『中論』:『論争の相手』~説一切有部の立場~/■法の体系の基礎づけ
⇒しかしながら法の体系をいかに基礎づけるか、すなわち法の体系を可能ならしめる根拠はどうか、という問題に関しては、なお考究の余地を残していた。
⇒原始仏教聖典の初期に属する資料からみると、
⇒これを基礎づけるために縁起説が考えられていたことを知りうる。
⇒「法」の体系を縁起によって成立せしめようとするのである。
⇒縁起に関しても種々な系列が考えられ、
⇒後になってついに十二支の系列のもと(十二因縁)が決定的に優勢な地位を占めるようになった。
注)十二因縁(じゅうにいんねん):仏教における因果関係の連鎖を説明する教えであり、すべての現象が互いに依存し合って生じることを示している。

十二因縁の段階
- 無明(むみょう、Avidyā): 無知や無明。真理を知らないことから苦しみが始まる。
- 行(ぎょう、Saṃskāra): 意志や行為。無明によって生じた意識や行動の種子。
- 識(しき、Vijñāna): 識別の意識。行によって生じる意識の芽生え。
- 名色(みょうしき、Nāmarūpa): 心身。識によって生じる心と身体の結合。
- 六入(ろくにゅう、Ṣaḍāyatana): 六根。名色によって生じる感覚器官(眼、耳、鼻、舌、身、意)。
- 触(そく、Sparśa): 接触。六入によって生じる感覚の接触。
- 受(じゅ、Vedanā): 感受。触によって生じる感覚の受け取り(苦、楽、中性)。
- 愛(あい、Tṛṣṇā): 渇愛。受によって生じる欲望や執着。
- 取(しゅ、Upādāna): 取著。愛によって生じる執着や取り込み。
- 有(う、Bhava): 存在。取によって生じる存在や生存の状態。
- 生(しょう、Jāti): 生まれ。存在によって生じる生まれの過程。
- 老死(ろうし、Jarāmaraṇa): 老化と死。生まれによって生じる老いと死。
出典:メインタイトル/NN.龍樹(ナーガールジュナ)/中村元著から転記~原始仏教へのルネサンス~/■原始仏教聖典(ブッダが述べたこと)に遡る
■俱舎論(空思想に繋がる)

・林檎は『仮有』で、丸い形・赤い色・甘酢っぱい匂いや味は「感覚や認識作用」により
⇒それらを「言語=実有」で仮に束ねたのが林檎
⇒林檎が存在すると執着する
※これを理解するには八年かかる
【再掲示】
・世親著『阿毘達磨俱舎論』
⇒世界とは何か、世界を構成する要素は何か
⇒「花瓶」は要素の集合体として存在=『仮有』
⇒「土の微粒子」は
⇒集合の仕方で
⇒花瓶になったり茶瓶になったり色々な形態になりうる
⇒「花瓶」はある条件下で存在しうるので『仮有』
⇒「土の微粒子」はそれらを構成している究極的な要素=「実有」
⇒原子・分子を突き詰めた量子物理学の概念に通じるだけでなく
⇒人間の心理(心の働き)をも含めて「実有」を説明した
<参考情報>
概念(戯論)からの解放
また空の立場からは、ものごとは役割に応じて名前が変わるので、いま仮に「空」ということばで「ものごとは空である、すなわち固有の本質を持たない」と表現しているが、「空」という表現そのものが究極(=勝義)であるわけでもない、とも言います。
つまり、本来は言語表現されえない、いいかえれば、概念によって間接的に指し示すことはできても、「空であること」は直接に体得されることが期待されるということです。
とはいえ、ブッダの悟りであるその勝義的な真理(第一義諦)が人々に理解されるためには、「空」などの世間の言語表現が必要不可欠で、それを世俗真理(世俗諦)とも呼びました。
もとより、事物に固有の本質はないが、そこに固有の本質があるかのような錯覚はある。それが錯覚にすぎないこと気づかせるために、「空」という否定的な響きのある言葉が選びとられたとナーガールジュナは言います。
ただし、空が正しく理解されるというのは、錯覚を錯覚であると気づくこと、それによって煩悩の根源に巣くう概念化(戯論)という心のはたらきから解放されることを意味しています。
出典:サブタイトル/龍樹(ナーガールジュナ)~大乗仏教の基盤を整えた空観(=中道)/大乗仏教徒が安心して修行できる根拠をザックリ知る~中項目:■空とは何でしょう? ―中観派(ちゅうがんは)の教えを学ぶ/第16回 愛宕薬師フォーラム(東京大学教授 斎藤 明 先生)
■奈良仏教の中心となった法相宗


◆法相宗は根本経典『解深(げじん)密教』巻二の「一切法相品(ぼん)」にちなんだ名称
・その教学から唯意識宗、
⇒また中国での宗祖・慈恩(じおん)大師こと基(玄奘の弟子)の名をとって慈恩宗ともよばれている
・法相宗は
⇒唐代に一大勢力として栄え、
⇒日本の留学僧によって日本に伝えられた
⇒第一伝は653年に遣唐使船で入唐し、長安で玄奘のもとに学んだ道昭だった
⇒道昭は玄奘訳の唯識文献を日本に持ち帰り、
⇒日本における法相宗の宗祖となった
【再掲示】

出典:第741回花ホテル講演会 タイトル:「法相宗は面白い ~こころを観る唯識~」 講師: 高次 喜勝 氏(YouTube)
・日本では元興寺(がんこうじ)と興福寺を中心に伝えられたが、
⇒当時の興福寺は藤原氏の氏寺として栄えており、法相教学の興隆に貢献した
<参考情報>

出典:Wikipedia 左図:世親、 右図:北円堂(養老5年(721年)、藤原不比等の1周忌に元明・元正天皇が建てたのが始まり)
【開幕】特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」11月30日(日)まで上野の東京国立博物館(本館特別5室)で

出典:https://artexhibition.jp/topics/news/20250910-AEJ2734576

出典:https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1861
⇒さらに、唯識の教えは法隆寺や薬師寺などでも研鑽され、
⇒道昭のもとから行基(菩薩)、義淵(ぎえん)、などの多くの学匠や名僧が輩出された
⇒のちに政治の実権をにぎり天皇の位までうかがった道鏡も法相宗の僧であった
・平安時代初期には
⇒会津を中心に活動した徳一(とくいつ(菩薩))が登場し、
⇒最澄と論争(三一権実:仏教の教えである「三乗(さんじょう)」と「一乗(いちじょう)」のどちらが仮の教え(権教)で、どちらが真実の教え(実教)であるかをめぐる論争や思想)を繰り広げるなど
⇒法相宗の健在ぶりを見せつけた。
・鎌倉時代になると
⇒多くの新仏教(浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、曹洞宗)が勃興するなかにあって、
⇒貞慶(じょうけい)、良遍(りょうへん)が中興の祖となった
・その後、法相宗は
⇒明治維新の廃仏毀釈で衰退することとなったが
⇒現在は興福寺、薬師寺の二本山制のもとで法統をつなげている

2026年1月2日 興福寺 金堂参拝
【『解深(げじん)密教』についてCopilotの回答】
『解深密経(Saṃdhinirmocana-sūtra)』を中心とする“唯識・瑜伽行派の密意(深い密教的教説)”を指す学術的呼称です。
つまり「密教」というより “密意を解く経典”=唯識思想の核心を説く経典群” を意味します。
🧩 解深密密教とは何か(要点)
- 中心テキスト:『解深密経』 中期大乗の重要経典で、唯識派・法相宗の根本経典。 仏が「深密なる密意(saṃdhi)」を開示するために説いたとされる。
- 思想的性格:密教ではなく“密意の解釈” 真言密教のような儀礼体系ではなく、 空性・心識・三性三無性・八識・阿頼耶識などを体系化する哲学的教説。
- 位置づけ:第三転法輪の中心 般若経(第二転法輪)の「空」を誤解して断滅に傾く行者を導くため、 肯定的な空の解釈(円成実性)を示す。
- 密教との関係:前密教的・瑜伽行派的要素 「止観」「瑜伽」「心の観想」「如来の密意」など、 後の密教(真言・天台密教)に接続する要素を多数含む。
🕍 解深密密教の構造(『解深密経』の教え)
① 三性(唯識の骨格)
- 遍計所執性:妄想・名言による虚構
- 依他起性:因縁によって生起する相続
- 円成実性:妄を離れた真実の実相(中道)
→ 般若の「空」を肯定的に再構成する枠組み。
② 三無性
- 相無性
- 生無性
- 勝義無性
→ すべての法は固定的な自性を持たないことを三段階で説明
③ 八識・阿頼耶識
- 前五識
- 第六意識
- 第七末那識(我執の根源)
- 第八阿頼耶識(業種子の蔵識)
→ 心の構造を密教的な「心の宇宙論」として展開
④ 止観・瑜伽行
- 「識の所縁は唯識の所現」
- 止観の二運
- 菩薩の修行段階(十地・十波羅蜜)
→ 後の密教の観想法・瑜伽行法の理論的基盤。
🔥 なぜ「密教」と呼ばれるのか?
真言密教のような 儀礼体系の“密教”ではない にもかかわらず、 『解深密経』が「密教的」と呼ばれる理由は以下の通り。
● ① “密意”を開示する経典だから
仏が衆生の機根に応じて説いた「深密なる意図(saṃdhi)」を解く経典。 → 密教の「秘密・深密」の語感と重なる。
● ② 心の構造を宇宙論として説く
阿頼耶識・種子・薰習・現行など、 心の働きを宇宙的スケールで説明する点が密教的。
● ③ 止観・瑜伽行が密教の観想法と連続
密教の観想・曼荼羅・三密行は、 瑜伽行派の止観・唯識観の延長線上にある。
● ④ 天台密教・真言密教が『解深密経』を参照
最澄・空海は唯識・瑜伽行派の学問を深く学び、 密教体系の哲学的基盤として利用した。
華厳宗―『華厳経』をよりどころにする宗派

■金鷲菩薩(こんじゅぼさつ)とよばれる華厳宗の始祖
・華厳宗は
⇒隋唐代の僧・杜順(とじゅん:557年〜640年)と智儼(ちごん:602年〜668年)によって開かれ
⇒法蔵(ほうぞう:643年~712年)によって大成された宗派である
⇒日本には法蔵から華厳の教えを直接受けた新羅の僧・審祥(しんじょう)によって736年に伝えられた
・法相宗の義淵の弟子として修行していた良弁(ろうべん:689年~773年)は
⇒審祥が来日して大安寺にいることを知ると『華厳経』六十巻の講義を受けた
⇒これが日本の華厳宗のはじまりとされている
<参考情報:Google AI>
隋唐代の僧である杜順(とじゅん、557年〜640年)と智儼(ちごん、602年〜668年)は、中国の仏教宗派である華厳宗の基礎を築いた、初祖と第2祖とされる重要な高僧です。二人は師弟関係にあり、杜順の実践的な観法と、智儼による理論的体系化によって華厳の教えが発展しました。
杜順(とじゅん)
- 概要: 中国・隋から唐代初めの僧で、華厳宗の第1祖(初祖)と仰がれています。法順とも呼ばれ、唐の太宗皇帝から「帝心尊者」の号を賜りました。
- 特徴: 民衆の病気を治すなどの不思議な言動(神異)が多く伝えられ、文殊菩薩の生まれ変わりとも言われました。 []
- 教え: 現象と本質がとらえ方次第で一つになることを説いた『法界観門(ほうかいかんもん)』などを著し、華厳の実践的な瞑想・観法の道を開きました。
智儼(ちごん)
- 概要:杜順の教えを受け継ぎ、華厳宗の第2祖となった唐代の僧です。
- 杜順との出会い:12歳のときに自宅を訪れた杜順にその才能を見出されて弟子入りし、我が子のように可愛がられて育てられました。
- 業績:当時新しく入ってきた唯識の思想や空の思想を『華厳経』の教えに組み込み、華厳教学の基礎となる理論を構築しました。彼の教えはのちに第3祖の法蔵(ほうぞう)へと引き継がれ、華厳宗として大成されました
出典:Google AI
・宗祖となった金鷲菩薩(こんじゅぼさつ)こと良弁(ろうべん)の生涯は
⇒幼少時から謎と不思議の伝説につつまれている
⇒まず良弁の生誕の地は、相模のほか近江、若狭、甲賀(※甲賀流忍者の発祥地)など所説あり、確定していない
⇒弥勒菩薩の化身ともいわれている
⇒二歳のときに鷲にさらわれた
⇒鷲に運ばれて現在の東大寺二月堂下にある杉(良弁杉)の枝に落された良弁は
⇒当時興福寺(法相宗)にいた義淵に育てられ、弟子として四十年あまり勉学にはげんだ
<参考情報>
【開幕】特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」11月30日(日)まで上野の東京国立博物館(本館特別5室)/中央は弥勒菩薩坐像

出典:https://artexhibition.jp/topics/news/20250910-AEJ2734576

⇒そして、あるとき金鐘寺の山房(現在の東大寺三月堂)で修行していると
⇒安置してあった執金剛神(しゅうこんごうしん)が光をはなち、その光が宮中にまで達した
⇒聖武天皇は不思議に思い、人をつかわしたところ、房のなかに良弁がいることがわかった
⇒これが縁となり
⇒良弁は聖武天皇に深く信任されるようになったと伝えられている
・聖武天皇による東大寺の造営は
⇒良弁の奏上によるものとされている
⇒741年、聖武天皇は国分寺制度の詔(みことのり)を発するが
⇒これは東大寺を総国分寺とすることを意味していた
⇒さらに、聖武天皇は『華厳経』の教主である毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)の建立を発願(はつがん)したが
⇒初代の東大寺別当に任ぜられたのは良弁だった
⇒良弁は総本山・東大寺の開山の師として仰がれるようになった
<参考情報:Google AI>
※空海(弘法大師)は、東大寺の第14代別当
平安時代初期の弘仁元年(810年)に、嵯峨天皇の勅命によって就任しました。空海はその後約4年間にわたり別当を務め、東大寺の境内に真言密教の拠点となる「真言院(当時の名称は南院)」を創立するなど、東大寺の歴史にも大きな足跡を残しています。
出典:Google AI
■『華厳経』が教える壮大な世界

・華厳宗の教えは
⇒最高の経典として位置づけられている『大方広仏(だいほうこうぶつ)華厳経(華厳経)』にもとづく
⇒さまざまな経典を形式や時期、意味の深浅などによって分類、判定し、体系的に位置づけることを教相判釈(教判)という
⇒中国ではさまざまな教相判釈が説かれたが
⇒その代表的なものの一つに、隋代にでた天台宗の開祖・智顗(ちぎ:538年~597年)の『五時八教判』がある
※五時と八教をマトリックスのように分類し、価値判断の基準を設定し、法華経が最高と位置づけ天台宗を開いた
※『五時八教判』:法華経が最勝の経典→天台宗
五時:釈尊一代の説法を華厳時(華厳経)・鹿苑時(阿含教)・方等時(維摩経・勝鬘経など)・般若時(般若経)・法華涅槃時(法華経・涅槃経)に分ける
八教:頓教(いきなり本質を説いた教え)・漸教(浅い教えから深い教えに順序をおって説いた教え)・秘密教・不定教・三厳教(部派仏教)・通教(大乗仏教の入門的な教え)・別教(菩薩だけ教示される高度な大乗仏教の教え)・円教(最も優れた完全な教え)
<参考情報>

「五時」とは、教化方法などを判釈した順序に従って、華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五期に分類したものである。「八教」は、理解の仕方で分類された「化儀の四教」と、教えの内容と対象を示した「化法の四教」を指す。例えば「化儀の四教」の「頓」は一瞬で理解することで、「漸」は段階を経ての理解にあたる。また「化法の四教」の「蔵」は、二乗(声聞と縁覚)の教えであり、「別」は菩薩乗の教えを示した。
大乗グループはその後も大乗経典のヴァージョンをいろいろ編纂し、しだいに大乗仏教という大きな仕組みをつくりあげた。アショーカ王やカニシカ王がこれを採用し、大乗仏教は菩薩乗を広げるムーブメントになっていった。
やがて時代がたって、大乗仏教にもいくつかの考え方の差異が出て、宗派がいくつも分立していくと、新たな問題が出来(しゅったい)してきた。いったい『法華経』に語られた「三乗は方便、一乗が本当」というメッセージは文字通り受け取っていいのかどうかということだ。とくに中国に入って経典が次から次へと漢訳されていったことで、解釈のちがいや混乱が錯綜した。
漢訳経典に混乱が出てきたのは致し方がなかった。インドでの経典成立の順に漢訳されたわけではないからだ。ただし混乱したままではまずい。どの経典を原型とみなし、どの経典がそれに続いたのかを判定する必要が出てきた。これを仏教史では「教相判釈」(きょうそうはんじゃく、略して教判)という。
竺道生や慧観による教判が試みられ、天台智顗の「五時八教」説でおよその流れが確立した。ブッダは「華厳→阿含→方等→般若→法華」という5段階で説いていったとみなすのがいい、それが仏教を最も深く理解していくのにふさわしい順番であるという説だ。これは歴史的な経典成立の順ではなく、仏説を理解する認識の順によるもので、そこがユニークだった。
智顗の五時八教説によって、『法華経』を学修するすべての信仰者が「法華一乗」になっていくというスコープが提出されたのである。智顗はそのように認識するためのベーシック・テキストにあたる『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』も書いた。天台三大部だ。ここに天台法門が確立した。
この見方が日本にも踏襲され、最澄はこの説に従って日本の天台をまとめたいと決断した。法華一乗である。
しかし法相宗では、それとは別に「五姓各別説」を唱えて、一乗でまとめるのではなく、あくまで三乗それぞれの悟りを追求するべきだとした。ここにおいて法相の徳一から「天台の法華一乗の解釈は納得できない」というクレームが投げかけられたのである。
最澄は何を願ったのか。木内さんはこの願文はまさに「菩薩の発願」で、「法華一乗」に向かってすべての仏事を仕上げたいという決意に願いを懸けたのだと説明する。
なぜそんなことが平安初期の日本で争われるのかというと、『法華経』の読み方をどうするか、どこに注目するかということをめぐったのである。結果、三乗説と一乗説が対立した。なぜ、そうなるのか。話はインドまでさかのぼる。
紀元1世紀前後、ブッダ以来の数世紀にわたった原始仏教教団のいくつかの部派活動の中から、いわゆる大乗グループが登場した。大乗グループはそれまでの部派仏教時代の活動を「小乗」と貶称して、小さな乗りもの(乗=教法)に乗っている連中だとみなした。そのうえで大乗グループは小乗グループとの区別をあきらかにするため、新たな経典(大乗経典)をつくろうとしていた。
その手の試みはすでに般若経の編纂グループが先行していたのだが、それに続くもので、できれば決定版にしたい。『法華経』である。
ひるがえって、もとからの小乗グループは、仏教の教えを伝え導くことができるのはブッダただ一人、釈迦仏だけだと考えてきた。それゆえ修行者はブッダを理想のモデルとして、一人ひとりがさまざまな執着を断ち、輪廻から解脱するために阿羅漢(あらかん)をめざす。なかで、その境地にかなり近づいた者は菩薩、すなわちボーディサットヴァ(菩提薩埵、略して菩薩=悟りを求める人)と称ばれるところにまでは達するが、とはいえブッダになるわけではない。そう、考えてきた。
これに対して大乗グループは、釈迦仏以外にもブッダ(覚者)はありうると主張した。菩薩もブッダをめざしつつ、自分だけではなく衆生(多くの他者)を悟りに導こうとしているのなら新たに「菩薩乗」とみるべきだと主張し、たんに教えを聞く修行者はブッダになろうとしていないのだし、自分だけの覚醒にこだわっているのだから「声聞乗」(しょうもんじょう)にすぎないとみなした。また、教えを聞くことなく独力で解脱をめざす者たちもふえてきたようだが、かれらは別して「縁覚乗」(えんがくじょう)などと称ばれるべきだとした。
こうして、修行者を教えを聞いて悟ろうとする声聞乗(小乗)、自身の悟りを求める縁覚乗(中乗)、一切衆生のために仏道を広める菩薩乗(大乗)という「三乗」の見方ができあがっていったわけである。このうち声聞・縁覚乗を「二乗」とも名付け、大乗を進む者を「一乗」と名付けた。
大乗グループは、これらのことがブッダの語りによって展開されている経典が存在するべきだと考えて、かなり長い時間をかけて『法華経』を仕上げた。そこではブッダは「私が小乗や二乗の道があると説いたのは、大乗に導くための方便だった。本来の道は一乗なのだ」と語っているようにした。前半の迹門で二乗を重視しておきながら、後半の本門では一乗を重視させたのである。

また、中国では最初から大乗仏教が優先された。インド仏教のような部派仏教との争いがない。そのためかえって、大乗仏教のなかの何が最も優秀なのかという議論が途絶えなかった。華厳経・法華経・維摩経・涅槃経はつねに判定をうけつづけたのだ。それを「教相判釈」(きょうそうはんじゃく)というのだが、たとえばさきほど述べた「三乗方便・一乗真実」という見方は、たちまち「三乗真実・一乗方便」というふうに逆転もされたのである。
こういう面倒な議論は朝鮮半島にも日本にもその傾向は流れこんできた。たとえば鑑真が来朝するにあたっては、天台三大部をこそもちこんだのだ。
一方、知られるように、日本の法華経信仰はまず聖徳太子に始まっている。その『法華義疎』は法雲の注釈からの引用が多い。ついで最澄による『法華秀句』が出て、さかんに法華八講や法華十講がおこなわれるようになると、ここに日本独特の法華美学のようなものが立ちあらわれてきた。
出典:サブタイトル/般若心経と法華経の関係~松岡正剛氏の視点~千夜千冊より転記■出典:サブタイトル/最澄と天台教団 木内堯央~松岡正剛の千夜千冊より転記~ 一部抜粋

<参考情報>
『天台思想』





出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
注)聖徳太子が仏教を受け入れるにあたっての態度は、世俗的生活のうちにおいて絶対の真理を体得すべきこと
⇒聖徳太子が世俗生活を肯定する立場で選定した三教(「勝鬘経」「維摩経」「法華経」)とその注釈(解説)した「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」

出典:本講義のレジメ
・智顗の教判を受け継いで新たな仏教の解釈をこころみたのが
⇒華厳宗第三祖の法蔵だった
⇒法蔵の主著の一つ『五教章』は
⇒華厳教学の全体像を体系的にまとめた綱要書である
・『五教章』には
⇒『華厳経』を中心、最高とする新たな教祖判釈や
⇒華厳の『五教十宗判』からみた仏教全体の解釈、華厳宗独自の世界観がまとめたれている
⇒『五教十宗判』の五教判とは
⇒小乗教、大乗始教、終教、頓教、円教
⇒十宗判ではそのなかの小乗教の教えを六つにわけ
⇒他の大乗教の教えとともに説明している
⇒華厳の教えは
⇒五教判では円教とされ
⇒十宗判では最高の位となる円明具徳宗(えんめいぐとく)とされる
※智顗の『五時八教判』に倣い、法蔵の『五教十宗判』
『五教十宗判』:華厳経が最勝の経典→華厳宗
五教:小乗教(部派仏教の教え)・大乗始教(自己の悟りに専念し利他の行いを欠いた者は成仏しないとするする大乗の教え)・大乗終教(利他を欠いた者を含めて全ての者が成仏すると説く大乗の教え)頓教(段階的な修行を経なくても悟りを求める心がそのまま仏と説く大乗の教え=いきなり本質を説いた教え)・円教(完全な究極の教え=最も優れた完全な教え)
十宗:法=宇宙の原理 我=個別なモノが個別なモノである原理
<参考情報>
■円融無碍





出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮 転記~


出典:本講義レジメ
・円教とは
⇒衆生が煩悩の世界から解放される教えである声聞乗(仏の声の伝承を聞いて修行する者のための教え)
⇒縁覚乗(独りで悟りを開き、他の者に教えを説かない者の教え)
⇒菩薩乗(すべての生きとして生けるものを救うことによって仏になろうとする教え)
⇒という三乗がすべて成仏できることを説く完全な教えである
・円明具徳宗とは
⇒究極、真実の円教の立場を説く教えである
・『華厳経』は
⇒そもそも釈迦の成道二十七日に説かれた説法で
⇒「すべての仏の教えはことごとく華厳より出で華厳に帰する」と述べられている
・「大方広仏(だいほうこうぶつ)」とは
⇒時間と空間を包含(ほうがん)した宇宙全体にはたらく仏のことで
⇒「一微塵(みじん)のなかに全世界が反映し、一瞬のなかに永遠の時間がふくまれる」という「無尽縁起」と
⇒「あらゆるものは縁によって起こり、宇宙の万物はたがいに妨げることなく関係しあって無限に生成発展していく」という「事々無碍(じじむげ)」を根本思想としている
⇒すべてを個々別々の異なるものと認識する、われわれの常識的な立場ではわからないが
⇒あらゆる現象の真相はたがいに無限に重なりあって
⇒生命が活動する一つの世界を形成している
⇒と華厳経の哲学はとくのである
<再掲示>
『華厳経』の教理の特色は、第一に人間には仏性があり、仏になるとしたこと。第二に、ブッダが悟った真理は「縁起」から見た世界にあるとしたこと。第三は、宇宙は多様な要素がすべて相互にネットワークしあって、秩序をつくりあげているとしたことにある。
出典:松岡正剛『情報の歴史を読む』(NTT出版)p,211
それで「華厳一乗法界図」に話を戻すと、この210文字のマトリックスは華厳の世界観を示す画期的なマトリックスの試みで、それは『華厳経』が告示していた華厳の法界のアピアランスなのである。

華厳思想では、このような世界観と一体化している超越的な境地を昔から「法界」(ほっかい)といい、その究極の境地を「事事無礙法界」といった。ジジムゲホッカイと読む。
なんとも奇妙な「事事無礙法界」という捉え方は澄観による表現だが、華厳の境地をこのような6文字であらわした。義湘はその法界を漢字一文字ずつの迷路のような脈絡図であらわしたかったのだ。


韓国・仁仙の薬師寺と、寺内にある法界図の道
「華厳一乗法界図」を実際の道で再現したもの。年間行事の際には、通路すべてに僧が立ってお経を唱えたり、参拝客を先導して巡り歩く。
華厳思想は「法界」(dharma-dhâtu)という言葉をよく使う。法界(ダルマ・ダートゥ)は華厳独特の世界現象すべてのことをいう。「真如、法性、実際」と訳すこともある。法界が華厳縁起の結実そのものなのである。だから華厳思想の最大の特色は法界縁起そのものにあるというほどだ。
しかし法界はたんなる世界のことではない。うまく説明するのが難しいが、法によって界がつくられ、界によって法が充ちて真理の領域となった世界が法界なのだ。法界の「法」はもちろんダールマのことで、もともとは「ドゥフリ」という語根から出てきた。「保つ」とか「支える」という意味をもつ。仏教名詞になると、深遠な真如そのもののことになる。法界の「界」のほうは世界を動かしている「因」のことである。
それゆえ法界は、因果をさまざまな界としてあらわしている法による真如の世界だということになる。一真法界などとも言う。
華厳宗初祖の杜順(とじゅん)は『法界観門』で、法界には真空の法界、理事無礙の法界、周編含容の法界があるといい、法蔵は『華厳五教章』で、その法界に4種の段階があると考えた。
①事法界
②理法界
③理事無礙法界
④事事無礙法界
という四法界である。華厳の法界はこの4つ目の事事無礙法界に向かっていくのであって、それによって華厳の円教が縁起の極みに進んでいると解説した。

出典:サブタイトル/華厳の思想(鎌田茂雄著)~松岡正剛の千夜千冊より転記~
<参考情報>
■個と全体の関係
・四法界

出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮 転記~
<参考情報>
■華厳経はいつ説かれたか?

・悟りそのものは

・釈尊に教えを説くように依頼

・パラレルワールド
⇒菩提樹の下でいながら『法=ダルマ』を天上、地上で説く
⇒華厳のコンセプト

・相手のレベルに合わせていない(未だ説法に踏み切る前の段階)

・自内証の法門
⇒華厳経では説法の相手が想定されていない
⇒釈尊の悟りの内容(真理)を直接的に表している
■大方広仏


■教主=釈尊
■昆廬舎那仏(大日如来)
・遍一切処(へんいっさいしょ):全ての所にあまねいている
・光明遍照(こうみょうへんじょう):光があまねく照らしている
⇒影が無い
⇒すべての人を救いとる
・法身仏
⇒真理そのも(菩提樹の下で悟りを開いた内容)
■融三世間:以下三つの世間が溶け合って(ソリューションズ)
⇒衆生世間=我々が生きている世界
⇒器世間=それをいれる器の世間
⇒智正覚世間=悟りの智慧の世界
・十身具足
⇒様々な仏が備わっている
■昆廬舎那仏(大日如来)の在りよう
・一即一切・一切一即
⇒一つの事々・物々の中に全てがある
・不動而動(ふどうにしてどう)
⇒菩提樹の下を動かずに天上・地上を行き来している
■昆廬舎那仏(大日如来)=全仏=仏の中の仏

■仏陀自身は沈黙のまま
・諸菩薩がその代弁者
※華=花々によって=菩薩による種々の実践



■華厳経の翻訳の最後の品(章)
・入法界品(菩薩道の究明と宣揚が基調)
⇒善財童子の求法(入法界・行願)
⇒53人の先生に師事する(55の場面)
⇒修行者の模範として東アジアで広がった


<参考情報>

出典:https://www.koumyouzi.jp/blog/902/
出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.1(華厳経の教え)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
<参考情報>





■仏教(釈尊)は
・あらゆるものに実体は無いとする


■法界縁起とは



■法界とは

■法界縁起
・円融無碍と性紀のアプローチがある

■円融無碍






■華厳経は『一乗』と名乗る根拠
・仏の教えは一つ














<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い)』>
■同じパターンが繰り返される系とは
・あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。
⇒つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。
















<参考情報>

仏教の悟りの要件の一つに、『重々帝網』という言葉があります。『インドラの網』、『重々無尽』、『事事無碍』ともいわれます。
これは帝釈天の宮殿を覆う網の結び目に宝玉が付いていて、全体を照らす、同時に全体は個々の宝玉の中に反映されている、部分は全体を表わし,全体は部分に集約されています。すなわち相互依存性の理解が大切という教えです。
出典:https://www.health-research.or.jp/library/pdf/forum24/fo24_selector01.pdf
■唯識所変のIndra’s Net

出典:https://hironobu-matsushita.com/%E5%94%AF%E8%AD%98%E6%89%80%E5%A4%89%E3%81%AEindras-net/


■相即と相入





■反対の視点


■六つの側面から観察する瞑想

■十種類の側面から重重無尽を示した

■2つを併せて










■個と全体の関係
・四法界






■仏教思想の基盤
・釈尊の教え

■唯識思想の場合

<参考情報>
【阿頼耶識と内面的な覚醒の関係】
記憶と経験の蓄積:阿頼耶識は、私たちの経験や記憶を蓄える場所とされており、過去の経験が現在の自己認識に影響を与える。
自己の探求:内面的な覚醒は、阿頼耶識に蓄えられた経験や記憶を通じて、これにより、自己の本質を探求するプロセス。自己の真の姿を見つけ出すことができる。
心の浄化:内面的な覚醒を通じて、阿頼耶識に蓄えられた負の経験や記憶を浄化し、これにより、心の平和を得ることができる。

出典:サブタイトル/般若心経(般若波羅蜜多心経:はんにゃはらみったしんぎょう、梵: Prajñā-pāramitā-hṛdaya、プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)梵文和訳
■如来像思想の場合

■華厳思想の場合

■華厳の特性
・性起
⇒本来に備わっている(具)いるだけでなく
⇒今、現在の現れている
⇒働きが起きている


出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
■本尊として光明をはなつ「毘盧舎那仏」


華厳宗の本尊は毘盧舎那仏(または毘盧遮那仏、盧舎那仏)である
⇒これはサンスクリット語のヴァイローチャナの音訳で「(太陽のように)あまねく光り輝き照る」という意味を持つ
⇒毘盧舎那仏は「華厳経」において釈迦仏にかわって説法し
⇒無数の仏の国土(浄土)の各々に一体ずつ住む無数の諸仏と不即不離とされる
⇒これを軸として、壮大で綿密な宗教哲学的な世界観を形成するところに「華厳経」の特徴がある
⇒その中心となる思想は
⇒自己と自己を取り巻く世界の全体を
⇒仏の超越的な力によるあらわれとみなし
⇒仏とわれわれ衆生とが一体であることをしめす哲学である
⇒他のすべての人びと、あらゆる事物や事象も、仏たちさえも
⇒一つとなった生命活動のあらわれにこかならない
・「一即一切、一切即一」
⇒すなわち一つの世界があるとともに
⇒また無数の世界が一つの世界であって
⇒すべてはたがいにさえぎらない「空」となる
・たとえば鏡でできている無数の球は
⇒たがいに他のすべての球を映している
⇒一つの珠から見ると、他の球の映すはたらきは
⇒すべてその球のなかに反映されている
⇒このようにすべては無限にはたらきあっている世界こそが毘盧舎那仏そのものである
■昆廬舎那仏(大日如来)=全仏=仏の中の仏

<参考情報>
■真言密教と両曼荼羅
■両界曼荼羅(金剛界曼荼羅・胎蔵界曼荼羅)

金剛界曼荼羅 胎蔵界曼荼羅
◆金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅
・真言密教における二つの重要な曼荼羅で、それぞれ異なる側面を表現している。
◆金剛界曼荼羅
- 金剛界曼荼羅:大日如来の智慧を象徴している。中央に大日如来を配置し、周囲に四如来や菩薩が配置されている。
- 9つの「会」と呼ばれる区画に分かれており、悟りに至るまでの9つの段階を表している。
- その構成は、時計回りに回ることで悟りを開いた仏が民衆に教えを説く道筋を、反時計回りに回ることで凡夫が悟りに向かう道筋を表している。

出典:https://discoverjapan-web.com/article/31193
9つの「会(え)」:それぞれの会には特定の仏や菩薩が描かれ、以下のように分類されている。
- 成身会(じょうじんえ): 中央に大日如来を配置し、四方に四如来が描かれています。金剛界曼荼羅の中心的な会です。
- 三昧耶会(さんまやえ): 成身会の内容を、諸尊それぞれの三昧耶形で表現しています。
- 微細会(みさいえ): 成身会の内容を、三鈷杵(さんこしょ)の光背を持つ尊像で描いています。
- 供養会(くようえ): 成身会に描かれる諸尊が互いに供養し合う光景を描いています。
- 四印会(しいんえ): 成身会の内容を簡略化し、代表的な尊格のみで表現しています。
- 一印会(いちいんえ): 四印会をさらに簡略化し、大日如来のみで表現しています。
- 理趣会(りしゅえ): 中心に金剛薩埵を配置し、煩悩をも悟りに高められると説く理趣経の教えを表しています。
- 降三世会(ごうざんぜえ): 成身会などの菩薩の一部を不動明王や降三世明王に置き換えています。
- 降三世三昧耶会(ごうざんぜさんまやえ): 降三世会の内容を、諸尊それぞれの三昧耶形で表現しています。
これらの会は、金剛界曼荼羅全体で1461尊が描かれており、悟りに至るまでの段階を示している。
◆胎蔵界曼荼羅
- 胎蔵界曼荼羅:大日如来の慈悲を象徴している。中央に大日如来を配置し、同心円状に院を配しているのが特徴。
- 12の「院」と呼ばれる区画に分かれており、各院には特定の仏や菩薩が配置されている。
- 大日如来の慈悲が放射状に広がり、教えが実践されていく様子を表している。

出典:https://discoverjapan-web.com/article/31151
12の「院」:それぞれに特定の仏や菩薩が描かれ、以下のように分類されている。
- 中台八葉院(ちゅうだいはちよういん): 中央に大日如来を配置し、周囲に四如来と四菩薩が描かれています。
- 遍知院(へんちいん): すべての如来の智慧を象徴する三角形の火炎が中央に描かれています。
- 金剛手院(こんごうしゅいん): 大日如来の智慧と人々をつなぐ金剛薩埵が中心に描かれています。
- 持明院(じみょういん): 般若菩薩と四明王が描かれ、智慧と守護の象徴です。
- 蓮華部院(れんげぶいん): 観音菩薩が中心で、その大悲で煩悩を払い悟りへ導きます。
- 釈迦院(しゃかいん): 釈迦如来が中心で、説法印を結び、釈迦の徳を象徴する諸尊が並びます。
- 文殊院(もんじゅいん): 文殊菩薩が中心で、智慧を授け救う姿が描かれています。
- 除蓋障院(じょがいしょういん): 煩悩や苦しみを取り除く除蓋障菩薩が中心です。
- 虚空蔵院(こくうぞういん): 無限の智慧を持つ虚空蔵菩薩が中心です。
- 蘇悉地院(そしつじいん): 虚空蔵院の一部で、無限の世界に繋がることを実践します。
- 地蔵院(じぞういん): 地蔵菩薩が中心で、未来まで人々を教え救います。
- 最外院(さいげいん): 十二天や異教の神々が描かれ、内側の諸尊を守ります。
これらの院は、胎蔵界曼荼羅全体で414尊が描かれ、大日如来の慈悲が放射状に広がる様子を表している。
出典:サブタイトル/空海の多様性:⑧密教と両曼荼羅~編集工学視点:松岡正剛氏の発想を手助けにして~
【再掲示】

<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い)』>
■同じパターンが繰り返される系とは
・あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。
⇒つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。
















<参考情報>

仏教の悟りの要件の一つに、『重々帝網』という言葉があります。『インドラの網』、『重々無尽』、『事事無碍』ともいわれます。
これは帝釈天の宮殿を覆う網の結び目に宝玉が付いていて、全体を照らす、同時に全体は個々の宝玉の中に反映されている、部分は全体を表わし,全体は部分に集約されています。すなわち相互依存性の理解が大切という教えです。
出典:https://www.health-research.or.jp/library/pdf/forum24/fo24_selector01.pdf
■唯識所変のIndra’s Net

出典:https://hironobu-matsushita.com/%E5%94%AF%E8%AD%98%E6%89%80%E5%A4%89%E3%81%AEindras-net/
出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
■真言宗化した華厳宗

・日本における華厳宗の開祖・良弁(ろうべん)のもとには実忠、良興など多くの弟子たちが集まった
⇒教学的進展は見られなかったが
⇒実忠の推挙によって
⇒第三代東大寺別当に弘法大師・空海が任命されてから
⇒教理以外の行事や仏事の作法はしだいに真言化していき
⇒平安期になるとその教学は
⇒真言や天台の教学に吸収され
⇒急速に衰えてしまった
・それでも鎌倉時代には明恵(みょうえ:1173年~1232年)が
⇒実践的な華厳宗を復興した
⇒明恵の立場は
⇒真言と華厳の融合をはかるもので、厳密(華厳密教)とも称される
⇒明恵は鎌倉時代を代表する僧の一人で
⇒戒律を厳守する持律の僧としても知られ
⇒法然の浄土宗が菩提心を否定するのをするどく批判した『摧邪論(さいじゃろん)』などを著した
・江戸時代以降、ふたたび宗勢がふるわなくなるが
⇒華厳宗は日本仏教の本源として現在も重きをなしている
出典:本講義のテキスト
<参考情報>
■空観思想(=中道:龍樹/ナーガールジュナ)を基盤にして
『天台思想』と『華厳思想』





■仏教(釈尊)は
・あらゆるものに実体は無いとする






■法界縁起とは



出典:サブタイトル/華厳経と華厳思想 No.2(法界縁起)~吉田叡禮(臨済宗妙心寺派牟禮山観音寺住職)転記~
<参考情報>
■空海の『十住心論』

■第四住心(唯蘊無我住心)ー小乗仏教・声聞の立場(顕教)
・五蘊(ごうん)の諸法は実在するが、固体としての人間は仮のものであり、我は存在しないと考える段階。
⇒法有無我の説を奉ずる声明がこれに相当する。
⇒つまり小乗仏教のうちの最大の学派である切一切有部の思想である。
■第五住心(抜業因種心)ー小乗仏教・縁覚の立場(顕教)
・悪業を抜き去ってのがれて、煩悩の原因である無明の種子(潜在的な可能性)を断ち切る心。
⇒すなわち十二因縁の相を観じ。生死の苦しみを離れる段階。
⇒縁覚がこれに相当する。つまり山林に籠って修行している孤独な修行者の思想である。
■第六住心(他縁大乗心)ー法相宗・唯識思想の立場(顕教)
・「他」とは、
⇒自分の主観に対する他のものであり、法界(宇宙)のあらゆるものを縁(対象)とする。
⇒教化の対象とする。
⇒一切衆生をさとりに連れて行く乗りものであるから、大乗という。
⇒人無我と法無我をさとる段階。
⇒いかなる固定的なものも認めないのであるが、
⇒まだ対象を見る認識主観というものを認めている。
⇒大仏教の初門。法相宗がこれに相当する。つまり唯識説の立場である。
■第七住心(覚心不生心)ー三論宗・中観思想の立場(顕教)
<参考情報>
・さとった心の立場から見ると、
⇒何ものも新たに生ずるということは無い。
⇒心も対象も不生、すなわち空あると観ずる段階。
⇒三論宗がこれに相当する。
⇒つまり前の段階である唯識説では、心の対象は空であるが、認識作用の主体である心は実在すると考えていたのに、
⇒この段階では心も空であると考えるのである。
⇒「覚心」という語についての説明は序文には出ていない。
⇒しかし空海は「大日経」の住心品(大正蔵。18巻3ページ中)の文章を引用しているので、その文句と符合するから、
⇒「さとりを開いた心」または「本来さとっている心」の意に解する。
注)三論宗:大乗仏教宗派の一つで、インドの中観派の龍樹の著作「中論」「十二門論」、及びその弟子である提婆(だいば)の著作「百論」を組み合わせて「三論」としている。この宗派は空を唱えることから「空宗」とも呼ばれ、無相宗、中観宗、無相宗大乗宗とも言われている。日本仏教においては、何都六宗の一つとされている。
以上はインドで成立した思想体系であるが、
・シナにおいてはさらに、上記のものを凌駕する思想体系が成立した
■第八住心(一道無為心)ー天台宗・法華思想の立場(顕教)
・宇宙には唯だ一つの道理があるだけであり、無為である。
⇒「無為」とは、あさはかな人間の智慧によって何ものかが人為的につくり出されることは無いさとる心の境地である。
⇒一実中道を説く一乗思想の段階。天台宗がこれに相当する。
⇒この立場においては、仏教の種々の実践方法がみな仏と成るための道であるということを認める。
注)天台手宗の総本山は比叡山延暦寺。伝教大師最澄によって開かれた。延暦寺は日本仏教の母山とも称され、多くの祖師がここで学び、出家得度している。本尊は薬師如来。
■第九住心(極無自性心)ー華厳宗・華厳思想の立場(顕教)
・「無自性」とは孤立した実体は無いということである。
⇒究極においては無自性・縁起であるということをさとる段階。
⇒華厳宗がこれに相当する。
⇒この立場によると、宇宙における一切の事物は互いに依存し条件づけ合って成立しているのあり、
⇒宇宙の中に孤立して存在するものあり得ないということを明らかにする。
注)華厳宗の総本山は東大寺。東大寺は日本仏教の歴史的な寺院であり、華厳思想を伝える重要な場所。本尊は、歴史上の仏を超えた絶対的な毘慮遮那仏(びるしゃなぶつ=大日如来の別名)と一体になっている。華厳宗の教学には「十地品」や「入法界品」などが含まれており、修行者の階梯を説いている。
■第十住心(秘密荘厳心)ー真言宗・両部大経の立場(密教)
・「荘厳」とは美しく飾られ、みごとにととのえられているということである。
⇒秘密の隠れた究極の真理をさとった境地。
⇒真言宗の立場。
⇒それはまた空海自身の説く真言密教の究極の立場である。
⇒ここにおいては宇宙の一切の事物が密教浄土のすがにほかならぬということになる。
⇒すばらしい浄土であるというのである。
■九顕一蜜:密教との対比

■後世の空海思想の評価:九顕十蜜
・九っの顕教もまた密教
⇒九顕もまた悟りの境地である
⇒よって九蜜+密教で十密
※密の定義:最も優れたもの


※第一段階の心のあり方:異生羝羊(いしょうていよう)住心(顕教)
・倫理以前の状態
⇒異生(凡夫のこと)や羝羊(おひつじ)のように動物的な本能に支配されている愚かな者の段階
⇒自己中心の心のあり方
⇒生き物レベル(=動物)

■九顕十密
・九顕一密があっての『九顕十密』
⇒まず一密が基盤となって
⇒九顕が九密に転じて
⇒十密になる

■九顕とは砥石、一密は優れた刃物
・一密(優れた刃物)は九顕(砥石)を必要とする
⇒砥石は優れた刃物に転じる

出典:サブタイトル/空海『十住心論』の思想~空海につづけ!#03(種智院大学オンライ講座より転記~
<参考情報>
■日本における比較思想の展開ー弘法大師から始まる(中村元先生 秋季特別大会公開講演より転記)
◆比較思想を「我が国」で最初に行ったのが弘法大師
◆比較思想の体系的論述を『世界』で最初に行ったのも弘法大師
◆弘法大師の最初の比較思的想労作『三教指揮(さんごうしいき)』
・三教すなわち儒教と道教と仏教の究極にあるものを解明するというものである。
⇒遣唐使(第18次)として留学する以前のもので24歳の時である。
■空海の比較思想の体系学はさらに発展を示すことになる
⇒かれは804年に遣唐使(第19次)の一行に従って長安に入り、
⇒805年に青龍寺の恵果に師事し、806年10月帰国した。
⇒ときに空海は33歳であった。
⇒すばらしく大規模な活動を展開したのち830年に勅命により
⇒『秘密曼荼羅十住心篇』10巻を撰述して献上した。
⇒ときに空海は57歳であった。
⇒ただこの書はあまりにも膨大であったため、
⇒多くの引用文を省いて3巻にまっとめたのが『秘蔵宝鑰(ほうやく)』である。
⇒撰述年代はさほど隔っていなかったらしい。
⇒ここには、かれの多年の研鑽が盛り込まれて、体系的に詳論されている。
⇒段階的な比較思想論である。
⇒かれの知り得たあらゆる思想類型を十種にまとめ、
⇒それらが逐次、後のものが前のものを凌駕優越しているという構造をも持っている。
⇒それらを【十住心(じゅうじゅうしん)】と呼ぶ。
⇒心の境地の十種類のあり方で、空海が定めたものである。
⇒それらを順次に経由して高い境地に達するという。
出典:サブタイトル/日本における比較思想の展開ー弘法大師から始まる(中村元先生 秋季特別大会公開講演よ
<参考情報>
■空海著『秘蔵宝鑰(ほうやく)』の中の
・憂国公子と玄関法師の十四問答
⇒僧尼たちは頭を剃っても欲を剃らず、
⇒衣を染めても心を染めていない
としかおもわれない当時の状況に業を煮やした憂国公子と
空海とおぼしい玄関法師が淡々と諌める有名な問答。
・玄関法師は焦りまくる公子に
⇒「麒麟や鳳凰が見えなくなったからといって、すぐ動物を絶滅してはならないし、
⇒如意宝珠が得られないようになったからといって鉱物を唾棄すべきではない。
⇒いまの世に聖者が見つからないといって、すぐに仏法を捨てるべきではない」と諭す。
⇒まるで今日の世紀末(1990年代)の苛立ちに対する説法のようではないか。
・だが、憂国公子もなかなか譲らない
⇒「たとえ聖者が見えなくとも、多少の大悟と智慧をもつ者くらいはいてもよさそうではないか」と反論をする。
⇒法師はそこで、現代はあきらかに末法であり、またその様相も随所に出ているが、
⇒そのことを認めたうえで、断固として仏法の機能を確信するべきだと言う。
⇒また、このような時代の人々には誰が賢者で誰が愚者であるかは見きわめられないのであって、
⇒優れた逸材がいても気がつかれにくいものなのだから、
⇒そんなことで落胆せずに、王たる者は王法を確信し、仏教者はしっかり仏法を見つめていればそれでいい、そう説くのである。
・空海はこの国に密教を適用するにあたって、
⇒透徹した見方をもっていた。
⇒すでに中国の歴史は、
⇒不空「密教ナショナリズム」と
⇒一行の「密教タオイズム」と
⇒恵果の「密教インターナショナリズム」ともいうべきを生んでいたが、
⇒空海はそのいずれでもあって、そのいずれでもない独自の密教を、
⇒日本という国に定着させるための構想をもっていたのだったろう。
⇒それぞれ一長一短はあるが、
⇒空海はそれらをこの国に適合させる「編集」が必要だと考えたのだった。
・たとえば、唐では天文暦法の管轄部署と陰陽卜占の管轄部署は別である。
⇒前者は学術、後者は呪術であった。
⇒それが日本では一緒になっている。
⇒この混合習合感覚が「日本という編集」なのである。
⇒これが最澄にはわかりにくく、
⇒空海にはよく見えていた。
⇒諸国の関渡津泊を跋渉し、諸国の僧俗貴賎と接触してきたからであったろう。
⇒だからそこ空海は、憂国公子の焦燥と短慮を諄々と冷やすこともできたのである。
■玄関法師に身をやつした空海が『秘蔵宝鑰』に勧めた「焦燥の克服」
・今日では「複雑性」とか「複雑系」という概念が
⇒科学の領域や経済社会の領域でさかんにつかわれるようになっているが、
⇒ではこのような動向に対して、
⇒本来はきわめて高度な複雑性をもっているはずの密教の立場から、
⇒今日の複雑なシステムについての理解や共感の声が上っているかといえば、そうとは思えない。
・複雑系の特徴のひとつは
⇒ある系から出た効果が
⇒ふたたびその系の本体に自己代入的にフィードバックされることによっておこる特徴としてあらわれるのであるが、
⇒これは密教思想の一部の特徴とすこぶる近似していたりするのである。

出典:https://www.eel.co.jp/aida/lectures/s4_4/ Season 4 第4講「脳科学×ブッダ」から見えて来たもの 2024.1.13 編集工学研究所
・空海密教は
『十住心論』や『秘蔵宝鑰』がそうであるように、
⇒低次の情報編集体験を
⇒次々により高次の情報編集体験に自己代入することによって獲得されていく
⇒プロセスの自覚にあるのだから、
⇒ここには複雑系に似たフィードバック・システムが活用されていると見るべきなのだし、
・また秘密金剛心とか密厳荘厳心としか名付けえないマンダラ・ステートは、
⇒いわば複雑性の極みともいうべきものなのである。
⇒が、そのような関心で今日の「複雑さの時代」を凝視しようとしている人々は、残念ながらあまりいないように思われる。
出典:サブタイトル/空海の多様性:②華厳と密教をまったく新しく統合編集~編集工学視点:松岡正剛氏の発想を手助けにして~
<参考情報:アトラクター>

出典:メインメニュー:Sharing economy
<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い)』>
■法相宗:唯識の肝/八識

清水 そうなんです。それで言うと、唯識思想は色んな人が研究されていて、僕も好きでよく読むんです。すごく面白いですね。唯識においては識の中に「見分」と「相分」という区別があって、主体と対象らしきものがある。「見分」は主体側、つまり見ている側なんだけど、そこには眼識とか耳識とか鼻識とか五感に相当する前五識というものがあり、それによって「相分」である対象に関与しているとされる。また、それをさらに第三者的に包摂しているものがあり、それが自証分である、と言うんですね。古くはこの「三分」で「識」の構造を考えた。そして、その「識」もまた相互入れ子的に他の誰かの相分になっていく。そこから華厳的なネットワークが出てくるわけですよ。
出典:サブタイトル/「聴こえざるを聴き、見えざるを見る」|清水高志×松岡正剛|『続・今日のアニミズム』|TALK❷|前編
<参考情報>
■同じパターンが繰り返される系とは
・あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。
⇒つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。(スケールフリー)


出典:サブタイトル/NN2-4-4.『中論』:『空の論理』~2項対立の調停構造(『空』が架け橋)/テトラレンマ(四句分別)とは~『清水高志先生の視点から読み解く』
■科学の動向と密教との関係性はなかなか成り立っていないように見える
■別の視点から
・密教思想や空海哲学の二十一世紀的な活用を考える必要があるということになる。
⇒が、このこと私の気持ちからすれば、実は十四年前に書いた『空海の夢』でそれなりに提案してあったことなのである。
⇒多少は密教思想と空海哲学の「知」の未来化のヒントがどこにあるか、わかってもらえるはずだった。
・二つの視点から空海密教の特色を明示しておく
⇒ひとつは空海密教がとびぬけて優れた「編集の思想」であるということで、
⇒もうひとつは、その「編集の思想」は
⇒華厳を母体に考えぬかれた「編集の方法」によっていたということである。
⇒空海の「知」は
⇒類い稀れな「編集の知」というものである。
⇒その驚くべき編集能力はすでに『三教指帰(さんごうしいき)』にたっぷりあらわれている。
◆ただし、当初の空海の編集力をもってしても、気になる手ごわい相手
・空海にとっての未知の領域が控えていた。
⇒それは、ひとつは『大日経』に代表される密教思想である。
⇒もうひとつは、華厳の法蔵や澄観が青年空海の前を全速力で進んでいたと見えたことである。
⇒空海はこれに追いつき、これを追い越すことを考えた。
・空海密教が
⇒法蔵や澄観の華厳思想を母体としていることは、
⇒誰もが知っていることであるはずなのに、
⇒あまり十全に議論されてはいない。
⇒私はそのことが気になって『空海の夢』の第二六章に「華厳から密教に出る」というささやかな解読を試みておいたのだが、
⇒宮坂宥勝さんと鎌田茂雄さんと井筒俊彦さんをのぞいては、とくに関心を払う人には出会えなかった。
⇒しかし、この点がわからないかぎり、空海密教の本質はまったく語れない。
⇒とくに空海密教が編集思想であることがわからない。
⇒それにはまず、空海が長安にいるときに華厳僧たちがどれほど活躍していたかということを一瞥しておく必要がある。
⇒長安の空海の日々は華厳の理解に多くの時間をさいていたのだが、
⇒どうもこのことが見えない人が多すぎるからである。
・空海が長安に入ったのは三一歳のときだった
⇒西明寺に入ってみると、すでに三十年前からそこにいる日本僧永忠が華厳にやたらに詳しいことに驚いた。
⇒聞けば、カシミール僧の般若三蔵という老僧が六年前に『四十華厳』を漢訳したばかりだという。
⇒そこで空海は醴泉寺にいた般若三蔵のところに通う。
⇒また、宗密というすこぶる鋭利な華厳僧がいて、
⇒すでに新たな宗教人間哲学ともいうべき『原人論』を綴ったという。
⇒宗密は空海のわずか四歳年上の者だった。
⇒空海はこれらの人々の成果を懸命に学習しつつ、
⇒その淵源が澄観という華厳の大立者に発していることを知る。
⇒その澄観は六六歳になっていた。のちの華厳宗第四祖である。
⇒もともとは五台山清涼寺が本拠であるが、このころは長安の崇福寺に止宿しつづけていた。
⇒いろいろ尋ねれば、この澄観の影響指導下にいたのが般若三歳であることもわかってきた。
⇒実際にも『四十華厳』漢訳本の巻末には「太原府崇福寺沙門澄観評定」の記載が見える。香象大師澄観に認定してもらったのだった。
⇒このような日々をおくりつつ、空海は
⇒j澄観から出た宗密が新しい宗教哲学を創造しようとしているのに愕然となり、
⇒これに勝る宗教哲学を構想しようとしたはずである。
⇒構想の母体は華厳思想におくしかないようにおもわれた。
⇒それほど華厳思想はすばらしい出来栄えになっていた。
・が、その脱出口はどこなのか
⇒どうやら宗密は
⇒華厳から禅の方向に転出しようとしているらしい。
⇒空海はその方向を採用したいとは思わない。
⇒むしろ新たな密教動向に賭けたいと決意する。
⇒それこそが恵果の金胎両部のマンダラ密教哲学だった。
⇒空海は華厳と密教をまったく新しく統合編集してしまうことに賭けたのである。
<参考情報>



出典:サブタイトル/空海の死生観-生の始めと死の終わり-(土居先生講演より転記:仏陀と大乗仏教&密教の見取り図)
■華厳宗
■第一祖の杜順と第二祖の智儼の後、第三祖の法蔵がきわめて雄大な構想をつくっていた
・ここで華厳思想を要約するのはとうてい不可能であるが、
⇒わかりやすい成果をひとつだけあげるとすれば、
・法蔵は、
⇒当時は声聞・縁覚・菩薩の三乗思想にこだわっていた仏教界に対して、
⇒華厳別教の一乗思想を確立して
⇒“業界思想”を止揚するとともに、
⇒そこに「該説門」という思索を吸収する新編集概念を提案することによって、
⇒はやくも空観と唯識の両思想を
⇒華厳思想に吸収してしまっていたのである。
⇒それだけではなかった。
・法蔵は『探玄記』という著書に、
⇒のちに澄観の心をも空海の心をも捉える
⇒「十重唯識」(十玄)という卓越した構想を発表し、
⇒人間意識のスペクトルの最高段階を
⇒「帝網無礙」という境地で言いあらわしていたのである。
⇒これこそは空海が『即身成仏義』の偈において
⇒「重重帝網なるを即身と名づく」と綴った”ルーツ”にほかならない。
⇒すなわち空海は、こうした法蔵を頂点とする華厳十玄思想があることを知り、
⇒これを密教の方向に軌道展開させながら統合編集しようとしたのであった。
⇒二十年ほど前のことになるが、私は『弁顕密二教論』に「密厳華厳」という造語があったことにぶつかって、そうか、空海のルーツは華厳だったのか、と思ったものである。
<参考情報>
・智顗(天台宗第一祖)の教判を受け継いで新たな仏教の解釈をこころみたのが
⇒華厳宗第三祖の法蔵だった
⇒法蔵の主著の一つ『五教章』は
⇒華厳教学の全体像を体系的にまとめた綱要書である
・『五教章』には
⇒『華厳経』を中心、最高とする新たな教祖判釈や
⇒華厳の『五教十宗判』からみた仏教全体の解釈、華厳宗独自の世界観がまとめたれている
⇒『五教十宗判』の五教判とは
⇒小乗教、大乗始教、終教、頓教、円教
⇒十宗判ではそのなかの小乗教の教えを六つにわけ
⇒他の大乗教の教えとともに説明している
⇒華厳の教えは
⇒五教判では円教とされ
⇒十宗判では最高の位となる円明具徳宗(えんめいぐとく)とされる
※智顗の『五時八教判』に倣い、法蔵の『五教十宗判』
『五教十宗判』:華厳経が最勝の経典→華厳宗
五教:小乗教(部派仏教の教え)・大乗始教(自己の悟りに専念し利他の行いを欠いた者は成仏しないとするする大乗の教え)・大乗終教(利他を欠いた者を含めて全ての者が成仏すると説く大乗の教え)頓教(段階的な修行を経なくても悟りを求める心がそのまま仏と説く大乗の教え=いきなり本質を説いた教え)・円教(完全な究極の教え=最も優れた完全な教え)
十宗:法=宇宙の原理 我=個別なモノが個別なモノである原理

出典:本講義テキスト
■編集とは
・「別々のものを出会わせる」ということであり、
・「お互いにひそむ関係を発見する」ということである。
⇒そしてこのとき、空海の方法が忽然と蘇るのだ。
■空海の編集思想と編集方法は
⇒ひとり古代密教の蔵にしまいこまれたものではなく、
⇒二十一世紀の扉を開くものとして、ここに蘇るべきものなのである。
⇒おそらく、そのように空海の方法が蘇るには、
⇒たとえばソクラテスやプラトンや大乗仏典が開発した「対話の方法」や、
⇒玄奘や道元やダンテやヴィーコが発見した「翻案の方法」や、
⇒そのほかいろいろの方法が一緒に蘇るはずである。
⇒なぜなら、編集は、空海密教がまさにそうであったように、
⇒どんな思想や英知をも”即身”させるものであるからだ。
出典:サブタイトル/空海の多様性:②華厳と密教をまったく新しく統合編集~編集工学視点:松岡正剛氏の発想を手助けにして~
■密教の教え-空海著『十住心論』第十住心(マンダラ)を読む
■第十住心(秘密荘厳心)ー真言宗・両部大経の立場(密教)
・「荘厳」とは美しく飾られ、みごとにととのえられているということである。
⇒秘密の隠れた究極の真理をさとった境地。
⇒真言宗の立場。
⇒それはまた空海自身の説く真言密教の究極の立場である。
⇒ここにおいては宇宙の一切の事物が密教浄土のすがにほかならぬということになる。
⇒すばらしい浄土であるというのである。
◆第十住心 マンダラ
人間は第一住心の生存欲を意識することから始まり、その思考能力よって人間中心主義の思想を発達させてきた。
その間、ナーガールジュナによって考察された相対性の論理による諸相の存在の否定、すなわち空(くう)は、
空海によって実在する万象を含む絶対空間の空(くう)として肯定されるが、
論理によっては世界の真理を説明することができないとしたナーガールジュナの哲学的帰結により思想の階梯はこの段階で崩壊してしまった。
<参考情報>

◆特異点

出典:https://www.youtube.com/watch?v=Fc0Caf6-GGw&t=3262s&ab_channel=%E6%9D%B1%E5%A4%A7TV%2FUTokyoTV
注)仏教では世界の創造を説かない:したがって造物主も認めない。
万物は縁によって生じ、縁によって滅す(縁起説)。
ものの発生には必ず本がある。
いかなるものも無からは生じないのだから、本にもまたその本がある。
では原初の本は何か。
もちろん誰かが造ったのではない。
原初の本が生じたのだとすれば、それはどうして何から生じたのか。
だからそれは「生じた」のではない。
だが生じたのでなければ、なぜ諸般のものはある(ようにみえる)のか。
結局、生じたとか生じないとかを問えない原初の、思量を越えた事態を「本不生」といい、
それを阿字で表して「阿字本不生(あじほんぶしょう)」というのである。
・万物の根源は、
万物自体がそこにあるように、やはり宇宙そのものであろう。
そして万物の母なる宇宙は、やはり生命を生み育む母のように慈愛に満ちているであろう。
それは現代物理学が描くような暗黒の冷たい物質空間ではない。精神的・霊的存在であるわれわれを生み出した宇宙が、そのようなものであるわけがない。
されば、かくのごとき母なる宇宙を仏とみなして何の不思議もない。さらにそれを最高の尊称として大日如来と呼ぶことも。
かくて阿字は宇宙仏たる大日如来の象徴となる。
阿字を観想し、阿字を胸中におさめることは、自身と大日如来との本質的・本源的同一を体感することにほかならない。
上記参照先:https://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-ronyu/miyasaka/post-12.html 阿字観の方法と意義
注)阿字本不生:密教の根本教義の一つで、「阿」の字が宇宙の根源を象徴し、本来不生不滅、すなわち永遠に存在するという意味を持つている。

そこで、第十住心において空海は言語による論理を超える多角的な表現メディアとして
(1)「形象」:万象の色・かたち・動きによるすがた<大マンダラ>
(2)「シンボル」:事物・事象の象徴性とそのことによる差別化と意味化<三昧耶(サンマヤ)マンダラ>
(3)「単位」:文字と数量による意味の編集<法マンダラ>
(4)「作用」:物質のはたらき/人の行動<羯磨(カツマ)マンダラ>
の四種があることを示し、それらのメディアによって、世界の”すがた”とその”はたらき”の本質を伝達することができると提唱した。
そのメディア<マンダラ>によって表現された真実の世界が第十住心なのである。
空海の作成したマンダラには、胎蔵マンダラと金剛界マンダラがあり、前者は五つのいのちの力(生命力・生活力・身体力・学習力・創造力)によって発揮される根源的なそれぞれの五つの知が展開する生命世界のすがた図であり、

金剛界曼荼羅 胎蔵界曼荼羅
後者はそれらのすがたをもつものが行なうはたらきを九つに分類して示す図である。
その図によって世界の本質が無量に開示する。だからこの第十住心はすでに思想を超えている。
<参考情報>

出典:サブタイトル/空海の死生観-生の始めと死の終わり-(土居先生講演より転記:仏陀と大乗仏教&密教の見取り図)
■第十住心を読む
9世紀前半の淳和天皇の時代に、各宗にそれぞれの宗義を書いて差し出すように勅命があった。それに答え、空海(インド伝来の密教第八祖であり、真言宗の開祖)が執筆したのが『十住心(じゅうじゅうしん)論』十巻である。
十巻の内、九巻目までが一般思想・哲学・宗教の歴史的発展の種々相を示し、
その頂点の十巻目にインド伝来の最新仏教、すなわち密教の教えを説く。
その教え、第十住心「秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)」の大意の章は、以下のような記述から始まる。
「秘密荘厳住心(生命のもつ無垢なる知)」とは、すなわちこれをつきつめていえば、自らの心の根底に目覚め、ありのままに存在する自らのすがたを知ることである。
ありのままに存在しているすがたは、いわゆる「胎蔵マンダラ」図に示されるところであり、
自らの心の根底の目覚めは、いわゆる「金剛界マンダラ」図に示されるところである。
また、このようなマンダラ図には、生命のもつ無垢なる知が形成する世界を、
(1)イメージ(色・かたち・うごきによる心象、絵図)によって表現する「大マンダラ」
(2)シンボル(各仏尊を象徴する持物、つまり事物・事象の全体の中での象徴性)によって表現する「サマヤ(三昧耶)マンダラ」
(3)単位(仏尊・仏格を表す種字、つまり世界の構成要素や事象の概念の元となる文字・数字という単位)によって表現する「法マンダラ」
(4)作用(物質代謝・行為・作業・所作・立体展示物)によって表現する「カツマ(羯磨)マンダラ」
の四種類があり、
それぞれの表現によって、
(1)イメージはすべての対立を超越する最高の存在を示し
(2)シンボルは一切が不二であることを示し
(3)単位は世界の真理を示し
(4)作用は物理的なはたらきを示す
とある。
このような四種類のマンダラによって表現される世界は無限であり、その数量は大地の砂や、大海の水のように量(はか)り知れないとも記す。
(大意は次のように以下つづく)
『大日経』にいう、
「さとりとは、ありのままの自らの心を知ることである」と。
まさにこの一句が無量の意味を含む。竪(たて)には、十重の意味の浅い深いを顕(あら)わし、横には、塵(ちり)のように広くて多い数を示す。
また、「心に浮かぶ欲望と快・不快、それとその延長上にある思念・思想は、生命の有する知のもろもろの発達段階が秘めているところである。わたくしがいま、それらをことごとく開示する」。
というが、これが竪の説である。
つまり、雄羊(おひつじ)のような性欲だけの暗い知から、順次に暗き知に背を向け、明るい知へと一歩一歩上昇する段階である。この段階はざっと十種ある。
その十種とは、
第一住心:生存欲
第二住心:倫理心<善と徳>
第三住心:真理<神/哲学>
第四住心:無我
第五住心:因果
第六住心:唯識(ゆいしき)
第七住心:空(くう)と中道
第八住心:客体と主体の不二
第九住心:あるがままの世界
第十住心:生命のもつ無垢なる知によって形成される世界<マンダラ>
の十住心のことである。
また、いう、
「また次に、さとりの世界を正確に論述しようとするものは、知覚の対象が際限のないものであることを知るから、知覚を有する身体も量り知れないことを知る。身体の量り知れないことを知るから、生命のもつ無垢なる知の量り知れないことを知る。無垢なる知が量り知れないものであることを知るから、そのまま生きとし生けるものも量り知れないことを知る。生きとし生けるものが量り知れないことを知るから、そのまま自然の器(うつわ)は量り知れないことを知る」と。
これはつまり横の意味である。生きとし生けるものの自らの意識(神経)は量り知れず、意識の無限の全体像を捉えることができないから、その意識は絶えず混乱し、混乱から目覚めることも、知ることもない。だからブッダは、生きとし生けるものの器量にしたがって、それなりにあるがままのさとりを開示されるのだ。
(唯識思想によれば)意識は対象があって生じるから、それらを起こしているのが前五識(頭頂葉・後頭葉:視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の各知覚と姿勢・運動)と第六意識(前頭葉:思考・意志・感情)であるとし、知覚の対象がなければ、自我も存在しないとする説<無我>と、知覚を因とし、意識を果とする説<因果論>が、まず唱えられる。これが六識説である。
次にそれらを文脈として、第七マナ識(言語野と側頭葉:言語と判断・記憶)が生じ、作用主体と作用による相対性の論理となり、物事の存在を論理的に証明しようとするが、相対性をはずしたところに個々の存在はなく、空(くう)の思想に至る。また、主体と客体とは同じであるとの認識、第八アーラヤ識(大脳辺縁系と視床下部:食欲・性欲・群居欲などの情動と呼吸・睡眠)に至る。これらを八識説とする。
これらの意識の根源に第九アマラ(=無垢)識を置き、論理を超越したところの生命の実在に目覚めるのが九識説。
そうして、その先に、無垢なる知そのものを形成する生命情報意識、ケンリツダヤ(フリダヤ)識が唱えられ、十識説となる。
究極の仏典である『大日経』にも、生命のもつ無垢なる知の量り知れないはたらきと、そのはたらきによって維持されている量り知れない身体が説かれている。
このような身体と知の究極を知るのは、とりもなおさず生命のもつ無垢なる知のちからとはたらき<秘密荘厳住心>の在りどころを明かすことである。
だから、『大日経』にいう。
「もしも、ブッダが生命のもつ無垢なる知の世界の境地に入ったならば、自らの生命と生命のもつ知のちからとそのはたらきをまのあたりにし、生命のありのままのすがたと、汚れのない知のちからと、そのちからが発揮する堅固な徳性と一体になる」と。
このように、生命のすがたと、その生命のもつ無垢なる知のちからと、知のちからのはたらきは量り知れない。
それらの一つひとつが、それぞれにイメージとシンボルと単位と作用による表現能力をそなえている。
(その表現能力によって)生きとし生けるものすべてが、生命のありのままのすがたである無量の身体動作<身密:しんみつ>と、
無垢なる知のちからの無量の表現・伝達<語密:ごみつ>と、
知のはたらきとなる無量の想念・慈悲<心密:しんみつ>との三つの行ないをもつことになる。
1 法マンダラ心(文字が表わす世界の本質)
真言とは、生命のもつ無垢なる知のちからが無量の文脈とコミュニケーションを秘めそなえるところ<語密>から、名づけたものである。梵語によって直接いえば、マンダラである。(密教の教科書『菩提心論』を記した)龍猛(りゅうみょう)菩薩これを秘密語と名づけている。
かりに語密の真言の真理の教えについて、文字の真理を顕(あき)らかにすると、次のようになると「大日経」にいう、
「真実の言葉の真理の教えとは、どのようなものであるか。説いていう」
-以下、悉曇文字(しったん:梵字の字母)のそれぞれに依託して、言葉の真実の意味が列挙される。
例えば、「ア」字は一切諸法本不生(ほんぶしょう)の意(およそ人間が最初に口を開くときの音は、みな「ア」の音声がある。
もし「ア」の音声を離れるならば、すべての言語はない。
だから、「ア」字はもろもろの音声の母体であり、またもろもろの文字の根本とする。
このようなことから、存在するもののすべては「ア」字にすでにあったものであるから、本来生起しないという意味)を表わすとする類(たぐい)がつづく。
(中略)
これらの類の字母の一つひとつの字音が、また十二種に音韻変化し、生命のもつ無垢なる知のちからとはたらきを示す言葉になる。そのちからとはたらきの数は量り知れない。
このことを、『大日経』にいう、
「ブッダは、生命のもつ無垢なる知のなす世界に入ったならば、ただちに真実の言葉をもって、生命の所作(知のはたらき)を示される」と。
また、いう、
「無垢なる知に目覚めた慈悲ある者たちよ。わたくし(ブッダ)の話す真実の言葉のはたらきは広大であり、生命世界の多様な種の境界を越えて、そのありのままの真理を示し、すべての生きとし生けるものをみな歓喜させるのである」と。
また、いう、
「(ブッダは)生命のもつ無垢なる知のちからとはたらきの量り知れないことを知るから、無心の相互扶助(慈・悲・喜・捨)の目覚めを得て、正しい完璧なさとりに至り、
(1)物ごとの道理と非道理を知る知力。
(2)生きとし生けるものの過去・未来・現在の因果と果報を知る知力。
(3)生きとし生けるもののそれぞれの器量を知る知力。
(4)生きとし生けるものの才能を知る知力。
(5)生きとし生けるものの種々の欲求を知る知力。
(6)生きとし生けるものの種々無数の性(さが)を知る知力。
(7)一切の求める道の至るところを知る知力。
(8)生きとし生けるものの過去を知る知力。
(9)生きとし生けるものの宿命を知る知力。
(10)実存の知力。
の十の知力をそなえ、煩悩と認識的存在と死と生存欲求を超越し、たくましく、生きとし生けるものに説法されるのである」と。
また、「ア」字の五種の音韻変化を基礎として生命のもつ無垢なる知は表現され、言葉となる。
すなわち、この字より発声された言葉が展開して、すべての説法となるのだ。つまり、「ア」字は法を説く者であると同時に法を聴く者である。
すなわち、要素・概念を示す単位、すなわち文字・数字をメディア(媒体)として、真理が明らかにされるのだ。
これが法マンダラのすがたであり、生命のもつ無垢なる知のちからが真実の言葉・文字を用いて、共に生けるものを真理の世界へと導くのだ。
文字メディアだけでもこのようなはたらきをするのだから、他のメディア(イメージ・シンボル・作用)のはたらきも想像できよう。
2 四種マンダラ(四種のメディアによって表わされる世界の本質)
いま、この『大日経』には、このような量り知れない四種類のマンダラのありかと、それらによって、世界の本質を説く利益とを明かす。
ここで明かされるのは尽きることのない、究極の知のありかである。
だから、経にいう、
「あるとき、ブッダは生命のもつ無垢なる知のちからから成る、広大で堅固な世界の本質が開示している中で目覚められた。するとそこには、あらゆる生命の知のちからが繰り広げるはたらきのすべてが集まっていたのである」と。
このことがどういうことかというと、そこにはあらゆる生命が秘めている無垢なる五つの知のちから
(1)生命知:無垢なる知のちからとはたらきを生みだす生命の存在そのもの<法界体性智(ほっかいたいしょうち):真理の世界そのものの本性のもつ智>
(2)生活知:清らかな呼吸・睡眠・情動を司る知<大円鏡智(だいえんきょうち):清らかな鏡に万象を映ずるように、一切万有をありのままに認識する智>
(3)創造知:衣食住の生産と、その相互扶助を司る知<平等性智(びょうどうしょうち):あらゆる存在を平等なるものと認識する智>
(4)学習知:万象の観察・記憶・編集を司る知<妙観察智(みょうかんざっち):あらゆる存在を差別あるものと認識する智>
(5)身体知:運動・作業・所作・遊びを司る知<成所作智(じょうそさち):生きとし生けるものにはたらきかけ、救済し教化する活動的な智>
と、それらの知を表現する四つのメディア
(1)イメージ
(2)シンボル
(3)単位
(4)作用
によって無尽の知のはたらきが開花していたのだ。
ブッダというのは、このような生命のもつ無垢なる知のちからに目覚め、その無尽のはたらきを知る者のことである。そのことは『大日経疏(だいにちきょうしょ:大日経の注釈書)』に詳しく述べられている。
無垢なる五つの知のちからは、
(胎蔵マンダラ中心部の)五つの如来として表わされ、
大日(だいにち)を中心に、四方に宝幢(ほうどう)・開敷華王(かいふけおう)・無量寿(むりょうじゅ)または阿弥陀(あみだ)・天鼓雷音(てんくらいおん)を配する。
(因みに、無垢なる知のちからを示すのが如来であり、その知のちからによって為すことのできるはたらきを示すのが菩薩であるから、四方の如来にはそれぞれにしたがう普賢(ふげん)・文殊(もんじゅ)・観自在(かんじざい)・弥勒(みろく)の各、菩薩が配される)

また次に「如来(生命のもつ無垢なる知のちから)」が形成する世界の全体像は、イメージによって示すマンダラのすがたとなる。いわゆる胎蔵マンダラである。

出典:https://www.mikkyo21f.gr.jp/mandala/mandala_taizoukai/ 胎蔵界曼荼羅
(また)「金剛(生命のもつ無垢なる知のちからのはたらき、つまり、生の活動原理)」は、
その活動原理をシンボルによって示すマンダラのすがたとなる。

出典:https://www.mikkyo21f.gr.jp/mandala/mandala_kongoukai/ 金剛界曼荼羅
(また)「法界(世界の真理)」は、それらを単位によって示すマンダラのすがたとなる。
(また)「加持(生命のもつ無垢なる知のちからの行ないによる加護)」は、それが物理的なはたらきと知との合一を計ることから、作用によって示すマンダラのすがたとなる。
そうして、それらが示す多角的なマンダラのすがたによって、無垢なる知をもつ生きとし生けるもののそれぞれの身量が、量り知れないものとなり、虚空のような広大無辺の真理の世界と一体であることが明らかにされるのだ。
だから、『大日経』にいう、
「ブッダの身体(動作)と言葉(表現・伝達)と心(想念・慈悲)の平等なるはたらきは、生きとし生けるもののそれらとも同等であって、その身量は際限なく、言葉と心の量もまた際限ない」と。
(中略)
3 金剛頂経の説(金剛界マンダラの説明)
また、『金剛頂経』に説く、
「あるとき、金剛界遍照(へんじょう)如来<もちろん、ブッダのことであるが、そのブッダのさとりを普遍化すれば、生命のもつ無垢なる知のちからの永遠の存在そのものであり、その知の輝きが世界をあまねく照らすので、その徳をたたえ、金剛界遍照如来という。つまり大日如来(密教の第一高祖*)>は、自らのもつ無垢なる五つの知の原理<一には生活知、二には創造知、三には学習知、四には身体知、五には生命知によって構成される原理である。
つまり、これが(金剛界マンダラの中心をなす)五方の如来となる。これを順に東方:アシュク・南方:宝生(ほうしょう)・西方:阿弥陀(あみだ)または無量寿(むりょうじゅ)・北方:不空成就(ふくうじょうじゅ)・中央大日(だいにち)として配する>よりなる生命の四種のありのままのすがた(法身:ほっしん)<一には生命としての存在そのもののすがた(自性法身:じしょうほっしん)、二には個体そのもののすがた(受用法身:じゅゆうほっしん)、三には遺伝の法則によって、個性をもって変化するすがた(変化法身:へんげほっしん)、四には多様な種としてのすがた(等流法身:とうるほっしん)を指す。この四種のすがたに竪(たて)と横との二つの意味をそなえる。横は自らの利益のため、竪は他のための利益である。もっと深い意味については、個々にさらに追究するとよい>に、生の本来有している根本の活動原理<金剛界>がある(と説かれた)。
(そうして、以下、金剛界マンダラの主構造が明かされる)
(まず)中央の金剛界遍照如来は、四つの完成された知のはたらき<ハラミツ菩薩>をもつ。
一には代謝性<金剛(こんごう)>、二には相互扶助性<宝(ほう)>、三には法則性<法(ほう)>、四には作用性<カツマ>の各、ハラミツ菩薩である。四親近(ししんごん)の菩薩という。

(次に)中央の金剛遍照如来(法身としての大日如来)が四方に顕現(けんげん)させた如来
は、それぞれに四つの菩薩(知のちからのはたらきの原則)をしたがえる。
東方:生活知の原理<アシュク如来>は、存在<金剛サッタ>・自由<金剛王(おう)>・慈愛<金剛愛(あい)>・喜び<金剛喜(き)>の四菩薩。
南方:創造知の原理<宝生如来>は、生産<金剛宝(ほう)>・光合成<金剛光(こう)>・相互扶助<金剛幢(どう)>・開花<金剛笑(しょう)>の四菩薩。
西方:学習知の原理<無量寿如来>は、観察<金剛法(ほう)>・道理<金剛利(り)>・原因<金剛因(いん)>・伝達表現<金剛語(ご)>の四菩薩。
北方:身体知の原理<不空成就如来>は、救済作用<金剛業(ごう)>・自身の保護<金剛護(ご)>・障害の打破<金剛牙(げ)>・無心の遊び<金剛拳(けん)>の四菩薩。
の十六大菩薩である。
<参考情報:『フラクタル次元(=複雑性の度合い)』>
■同じパターンが繰り返される系とは
・あるパターンを見てもその大きさ(スケール)が分からないことを意味する。
⇒つまり、大きなスケールでも小さなスケールでも同じように見える。
<参考情報:東寺 立体曼荼羅配置図 21像>
(A)「如来」グループ(中央ゾーン)
如来とは”いのちのちから”の意。いのちのちからとは”知(根源意識)のちから”を示す。(根源意識とは、内外の神経細胞によって直接的に捉えた生存環境や接触対象からの自然で無垢な情報の集積とその処理から成るあるがままの意識。ヒトにおいては無心にして感得する知の恵みの意識)


①大日如来(中心位置)
「生命力」〔法界体性智〕自然界のいのちの存在とその輝きによる知のちからを示す。
②阿シュク如来(後方、右位置)
「生活力」〔大円鏡智〕清らかな鏡に万象が映じるように無心にして生活することのできる知のちからを示す。
③宝生如来(前方、右位置)
「創造力」〔平等性智〕自然と調和することによって、平等となるかたちを生みだすことのできる知のちからを示す。
④阿弥陀如来(前方、左位置)
「学習力」〔妙観察智〕あらゆる存在のありさまを観察し、その本質を共有することできる知のちからを示す。
⑤不空成就如来(後方、左位置)
「身体力」〔成所作智〕無心の行為によって、生きとし生けるものに敬意をもってはたらきかけ、その個体としての生の輝きを発揮する知のちからを示す。
関連情報先:本サブタイトルない ■東寺講堂二十一体の神仏に見る”生命圏”の構図より
(次に)生きとし生けるものは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚によってとらえた事象の快・不快を表わし、その大いなる情感を喜び<金剛嬉(き)菩薩>・装い<金剛鬘(まん)菩薩>・歌い<金剛歌(か)菩薩>・舞う<金剛舞(ぶ)菩薩>によって示す。これが内の四供養(しくよう:四つの癒しの演技行動)菩薩である。
これらの三十七の根本となる無垢なる知のちから<如来>とはたらき<菩薩>を原理として、生きとし生けるものすべてが行ないを為し、無量無辺の世界に存在しているのだ。
(中略)
(また)五つの知(のちからを発揮する生命あるもの)は、その本体が固体(地)・液体(水)・エネルギー(火)・気体(風)・空間(空)の五つの粗大なる原質によって構成されたものであり、(それらの物質が集合してかたちを成し、エネルギーをつくり、生命を生みだしているから)そこに知の根源もある(物質が知を発揮しているのだ)。その物質のはたらきがしばらくも止むことがないとは、知のはたらきが絶え間ないことであり、その知のはたらきによって、自と他とを利益し、安楽ならしめるのであると。
そうして、それらの無量の知が、身体と心にひそみ、生きとし生けるものの世界と、その生きとし生けるものが住む環境世界と、それらのものが共に相互扶助によって平等に生きている世界とにあまねく満ち、生命のもつ無垢なる知のちからのつとめ<身体動作と表現・伝達と想念・慈悲>は、いっときも止むことがないのだ」と。
*因みに、密教第二祖の金剛サッタ(こんごうさった)とは、生命のもつ無垢なる知に自らも目覚めた者であり、大日如来、すなわちブッダの教えの継承者たちのことである。その教えの数々は、やがて、ナーガールジュナ・ボディサッタ(龍樹菩薩)によって、空(くう)の論理『中論』として集約され、後世大乗仏教の多数の流れの基盤となる。その基盤上に密教も発展する。
あとがき
以前に『十住心論』のダイジェスト版を執筆したことがあるが、今回は、空海密教の核心となる第十住心「秘密荘厳心」のみを今日の視点から読み解いてみた。
そこに展開されている十段階目の思想は、論理的文脈をすでに超えている。
論理によっては存在を証明することができないと結論づけたのは、2、3世紀インドの仏教学者、ナーガールジュナ(龍樹)であったが、
その空(くう)の考察を踏まえて、
マンダラのイメージ・シンボル・単位・作用のメディアによって存在を証明しようとするのが、空海の思想の到達点である。
精神世界の向上を論理と修行によって説くのが顕教、マンダラによって生命のダイナミズムを示し、実在する世界の真理に目覚めさせるのが密教であるが、現代思想のモダニズムとポストモダニズムの対比に似ている。
今日の科学は、観察(イメージ)・分析(シンボル)・理論(単位)・技術(作用)を用いて文明を築き、生物学においては多様な種に共通する身体の仕組みと、その生態学によって自然界の秩序の原理を理解するに至ったが、一千年以前に、すでに空海はその思考方法に気づいていたのだ。
出典:サブタイトル/空海の多様性:⑥『十住心論』第十住心(マンダラ)を読む~編集工学視点:松岡正剛氏の発想を手助けにして~

