■『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』より #4
出典:https://bunshun.jp/articles/-/91684 文春オンライン 2026年9月8日 浜口 玲央
体内の慢性炎症を利用して悪化するがんのリスクを考えるうえで重要になる指標が、一般的な血液検査で測定できるという。がんの進行や薬の効き目にまで悪影響を及ぼす注意すべき“ある指標”とは。ここでは、浜口玲央氏の著書『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』(角川新書)の一部を抜粋し、がんと深く関わるからだの環境要因について紹介する。
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慢性炎症は、がんの発生・進行・転移に深く関与している。炎症は本来、生体を守るための反応であるが、長期間持続すると、がん細胞にとって極めて有利な環境を作り出す。炎症性サイトカインはがんの増殖や血管新生を促し、免疫機能を低下させ、治療抵抗性にも関与する。がん治療において炎症を適切に制御することは、見過ごされがちだが、極めて重要な視点である。
急性炎症と慢性炎症の違い
炎症とは本来、外傷や感染から身を守るための生体反応であり、このような一時的な炎症は急性炎症と呼ばれる。一方、この反応が持続的に続くことを慢性炎症と呼び、逆に組織の破壊や再構築の誤作動を招き、発がんの土壌となることが明らかになってきている。さらに、慢性炎症はがんが生存するための環境としても都合が良い。
がんが構築する腫瘍微小環境では、IL–6、TNF–αといった炎症性サイトカインによりがん細胞の増殖が促され、血管新生が起こり、さらには免疫監視機構から逃れ、転移が助長される〈1〉。
1.Wen Y, Zhu Y, Zhang C, Yang X, Gao Y, Li M, et al. Chronic inflammation, cancer development and immunotherapy. Frontiers in Pharmacology. 2022; 13.
さらに詳しく分子レベルでのメカニズムを説明すると、慢性炎症は、NF–κBやSTAT3、HIF–1といったシグナル伝達経路を活性化することで、がん細胞の増殖、血管新生、浸潤・転移に関わる因子の発現を高めると同時に、抗腫瘍免疫の働きを弱めてしまう。また、炎症の過程で生じる活性酸素種(ROS)は、DNAを直接傷つけ、突然変異や遺伝子発現の制御に異常を引き起こす〈2〉。
2.Wu Y, Antony S, Meitzler JL, Doroshow JH. Molecular mechanisms underlying chronic inflammation-associated cancers. Cancer Letters. 2014;345 (2): 164‒73.
疫学研究からみた慢性炎症とがんリスク
実際に、多くの疫学研究により慢性炎症とがんの間に明確な関連性があることが示されている。C反応性タンパク(CRP)は血液検査で評価できる炎症のマーカーであるが、このCRPが慢性的に高値の人では、乳がん、大腸がん、肺がん、前立腺がんなど、複数のがん種でリスクが上昇するという報告がある〈3〉。
3.Michels N, van Aart C, Morisse J, Mullee A, Huybrechts I. Chronic inflammation towards cancer incidence: A systematic review and meta-analysis of epidemiological studies. Critical Reviews in Oncology/Hematology. 2021; 157: 103177.
このような背景から、慢性炎症を制御することはがん予防・治療の基本戦略の一つであり、非常に重要な要素と考えられる。すなわち、がんの進行にブレーキをかけるには、できる限り不要な炎症が抑えられることが望ましいのである。さらに、化学療法の効果にも影響があり、たとえば、免疫チェックポイント阻害薬は炎症反応を抑えることでより治療効果を期待できることも知られている。
日常生活における対策としては、体重管理、生活習慣病の管理、禁煙、抗炎症作用のある物質の摂取(野菜、果物、オメガ3脂肪酸など)は、炎症の沈静化に寄与し、がんのリスクおよびがんの進展を抑えるうえでも重要である。炎症はしばしば「火」に喩えられるが、がんにおいてそれはまさに「静かなる火」である。燃え広がる前に火種を断ち切ること。慢性炎症の兆候を見逃さず、早期に抑えることが、がん予防と進行抑制の鍵となる。
私たちの体には、がん細胞を排除するための高度な免疫システムが備わっている。しかし、がんが進行する過程で、この免疫機構は次第に抑制され、十分に機能しなくなる。免疫チェックポイント阻害薬が示したように、免疫を回復させることは治療の大きな鍵である。ただし、免疫は薬だけで回復するものではない。栄養、炎症、自律神経、腸内環境など、体全体の状態が免疫機能を左右している。
免疫の中心であるリンパ球の働き
がんに対する免疫応答の中核を担っているのが、リンパ球である。リンパ球は白血球の一種であり、血液中の白血球の構成比のうち20~40%を占め、リンパ球数として評価される。このリンパ球数の大小は免疫の働きを予測する一つの指標となるが、このリンパ球にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる機能を有している。リンパ球は大きく分けてB細胞、T細胞、NK(Natural Killer)細胞の3種類に分類される。
・B細胞
B細胞は、骨髄(Bone marrow)で作られ、体内に侵入したウイルスや細菌などの異物(抗原)に対して抗体を産生し、血液やリンパ液などの体液を介して抗体を全身に巡らせて異物を攻撃する液性免疫の役割を持つ。がん細胞に対しては、がん抗原特異的な抗体を産生し、抗体依存性細胞傷害や補体系活性化などを通じて、間接的にがん細胞排除に関与する。
・T細胞
T細胞は、主に胸腺(Thymus)で分化・成熟し、体内に侵入したウイルスや細菌を見つけて直接攻撃して排除するほか、免疫反応の調整も行う。特にがん細胞や異常細胞を直接攻撃する細胞性免疫の機能を持っており、免疫反応の中心的な役割を果たしている。T細胞はさらに機能に応じて分類される。ここでは主要な三つのT細胞について説明する。
がんと向き合ううえで欠かせない重要なポイント
(1)キラーT細胞(CD8+T細胞)
ウイルスや細菌に感染した細胞やがん細胞などの異常細胞を特異的に認識し、直接攻撃してアポトーシス(細胞死)を誘導する免疫細胞である。骨髄系の免疫細胞の一種である抗原提示細胞からの情報と次に説明するヘルパーT細胞の支援を受けて活性化され、パーフォリンやグランザイムといった細胞毒素を放出して標的細胞を攻撃する。
(2)ヘルパーT細胞(CD4+T細胞)
ヘルパーT細胞は免疫系の司令塔として働く免疫細胞である。抗原提示細胞からの情報を受け取って活性化されると、様々なサイトカインを分泌して他の免疫細胞を支援・調整する。特にキラーT細胞の活性化を促進し、B細胞の抗体産生を助けるほか、骨髄系の免疫細胞の一種であるマクロファージなどの自然免疫細胞の機能も強化する。ヘルパーT細胞はさらにいくつかのサブタイプに分かれ、Th1細胞は細胞性免疫を、Th2細胞は液性免疫を、Th17細胞は炎症反応を司るなど、それぞれ異なる機能を持つ。
(3)制御性T細胞(CD4+CD25+FOXP3+)
1970年代、免疫応答を抑制するT細胞として抑制性T細胞が提唱された。しかし、その実態を分子レベルで明確に同定することが難しく、80年代にはこの概念は一時的に否定的な評価を受けた。その後、90年代後半になって、転写因子FOXP3を発現するCD4+CD25+T細胞が免疫応答の制御に必須であることが明らかになり、これが制御性T細胞と呼ばれるようになった(ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文先生が発見)。ヘルパーT細胞と同じ表面マーカーCD4を持つが、その機能は対照的である。制御性T細胞は、免疫反応が過剰にならないように免疫のバランスを制御するブレーキの役割を果たす。自己免疫疾患の予防に必須だが、がん微小環境においてがん細胞はこの制御機構を悪用して免疫逃避に利用されるため、制御性T細胞はがん治療においてはむしろマイナスの働きとも言える。
・NK(Natural Killer)細胞
T細胞とは異なり、NK細胞は抗原提示や他の免役細胞からの指示を待つことなしに、自律的にがん細胞やウイルス感染細胞を認識し、攻撃することができる免疫細胞である。自然免疫に属するが、その高い殺傷能力と迅速な反応から、がん免疫の初動において極めて重要な役割を担っている。T細胞が抗原提示細胞を介した標的認識を通して戦略的に攻撃を行う一方、NK細胞の特徴はその即応性にある。
NK細胞は標的細胞のHLAクラスⅠ分子(自己と非自己を識別する目印)の発現レベルを監視し、それが低下している細胞を非自己と判断して攻撃する。常に血液やリンパ液を通じて体内を巡回しており、がん細胞やウイルス感染細胞を見つけると、即座に攻撃を開始する。この迅速な反応性こそが、がんの初期段階での監視・排除において極めて重要であると考えられている。
これらの免役細胞――B細胞、T細胞、NK細胞――は、それぞれ異なる仕組みと役割を持ちながら、互いに連携してがん細胞に対処している。がんの発症や進行には、これら免疫細胞の機能低下や協調の乱れが深く関わっており、免疫系の健全な働きを保つことは、がん予防や治療の基盤となる。
がんは、このような免疫細胞の働きを無効化する巧妙な仕組みを備え、PD–L1の発現や制御性T細胞の誘導、腫瘍微小環境の酸性化、慢性炎症などにより、免疫のブレーキをかけ、がん細胞が生存するのに有利な環境に作り変えてしまう。そのため、免疫の力をいかに維持し、高めていくかが、がんと向き合ううえで欠かせない重要なポイントとなる。
N/L比(好中球/リンパ球比)からみる免疫状態
血液検査で簡便に評価できる免疫の指標としてN/L比(好中球:neutrophil /リンパ球:lymphocyte ratio)が以前から用いられてきた。これは、血中の好中球数とリンパ球数の比率を示すものであり、免疫のバランスと全身炎症の状態を反映するマーカーである。
好中球は、リンパ球と同様に白血球の一種であり、白血球の構成比のうち40~70%を占め、細菌感染に対する防御を主として担っている。しかし、細菌感染もないのに好中球数が慢性的に増加している場合は炎症の存在が示唆され、相対的にリンパ球数は減少し、がんに対する免疫の機能が低下していることが疑われる。つまり、このN/L比が高い場合は、体内環境が炎症に傾き、免疫が弱まった状態を反映しているのである。
前項で説明したB細胞やT細胞、NK細胞などは、一般的な血液検査として測定することはできないため評価することが難しいが、これら好中球やリンパ球については一般的な血液検査項目として測定される。そのため、簡便にモニタリングしやすい免疫の指標となる。N/L比の目標値は1.5~2.0以下であり、その状態であれば好中球に対するリンパ球のバランスは良好と判断できる。ただし、N/L比は変動しやすい数値であり、感冒や感染症、怪我や打撲などでも上昇するため、トレンドで見ていく必要がある。
また、抗がん剤治療をしている場合には白血球数、特に好中球数が減少するため、見かけ上、N/L比が低下して目標値の範囲となることも珍しくない。しかし、N/L比だけではなく、同時に白血球数、リンパ球数を評価することも必要である。リンパ球は免疫応答の中核を担う細胞であり、リンパ球の総数が少なければ十分な免疫応答は期待できない。そのため、リンパ球数が1500~2000/μL以上、かつ、N/L比が1・5~2・0以下を維持できるのが理想的である。
N/L比は、がんの予後に関係する
N/L比は経験的にがんの予後に関係することが知られており、実際にN/L比が高いほど、肺がん、乳がん、膀胱がん、消化管がんなど、様々ながん種で予後が悪くなることが多くの研究で示されている〈4〉。
4.Guthrie G, Charles K, Roxburgh C, Horgan P, McMillan D, Clarke S. The systemic inflammation-based neutrophil‒lymphocyte ratio: experience in patients with cancer. Critical Reviews in Oncology/Hematology. 2013; 88(1): 218‒30.
診療している多くのがん患者さんの経過を見ても、N/L比が低く安定している場合には、ほとんど進行せずに落ち着いているケースを多く経験する。一方で、N/L比が10以上の高値が続く場合には、がんが活発に活動して非常に進行しやすい状態であったり、末期状態であることも珍しくない。そのため、N/L比を低下した状態に戻せるかどうかが非常に重要となる。さらに、免疫チェックポイント阻害薬による治療の効果にも関連が認められており、N/L比が高いと全生存期間および無増悪生存期間が短くなる、つまり、治療効果が弱まることが報告されている〈5〉。
5.Sacdalan D, Lucero J, Sacdalan D. Prognostic utility of baseline neutrophil-to-lymphocyte ratio in patients receiving immune checkpoint inhibitors: a review and meta-analysis. OncoTargets and Therapy. 2018; 11: 955‒65.
N/L比が高いということは、慢性炎症が進んでおり、免疫細胞(リンパ球)の働きが抑制されている状態である。実際、高N/L比は腫瘍組織内のリンパ球浸潤(TILs:Tumor-infiltrating lymphocytes)の減少とも関連している〈6〉。
6.Li J, Ni S, Tsang J, Chan WY, Hung R, Lui J, et al. Neutrophil‒lymphocyte ratio reflects tumour-infiltrating lymphocytes and tumour-associated macrophages and independently predicts poor outcome in breast cancers with neoadjuvant chemotherapy. Histopathology. 2024;84.
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃にブレーキがかかる仕組み(免疫チェックポイント)を解除する治療であったが、せっかく免疫細胞が働ける状態になっても、働くべき免疫細胞が少なければ治療効果を十分に発揮できないのである。そのため、N/L比は免疫チェックポイント阻害薬の効果予測指標としても注目されており、治療前のN/L比が低いほど、治療に対する反応が良好であることが示されている。
牛乳や甘いものが“がん細胞の餌”になる? 血糖値と乳製品の摂り過ぎでできあがってしまう「治療が効きにくい体内環境」とは
『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』より #3
出典:https://bunshun.jp/articles/-/91683 浜口 玲央 2026年9月8日
「がん治療中は体力をつけるためにしっかり食べるべき」という典型的なアドバイスがあるが、それは必ずしも正しくないかもしれない。がん細胞は糖代謝に強く依存し、カロリー過多や乳製品・糖質の摂り過ぎで分泌される成長因子「IGF-1」を栄養にして増殖・悪性化を続けるからだ。
そう指摘するのは、医師の浜口玲央氏だ。ここでは、同氏の著書『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』(角川新書)より一部を抜粋。がん細胞を兵糧攻めにし、治療効果を最大限に高める「体内環境」の整え方について紹介する。

「からだの環境を整える」という言葉の意味
進行がんであっても経過が良好となる人たちに共通してみられる要素として、「土台であるからだの環境」を整えることの重要性がある。また、腫瘍微小環境の酸性化に着目したアルカリ化療法があるが、重要なのは、その本質が単なるpH操作ではなく、食事を中心とした生活習慣の変化を通じて体内環境全体を整える点にあるということである。アルカリ化食により、代謝や炎症、腸内環境が同時に是正されることは、その一例にすぎない。
これらは、がん細胞を直接攻撃する治療ではない。しかし、治療の効果を引き出し、回復力を高め、がんが進展しにくい体内環境を整えるための基盤となる要素である。宿主側の環境を整えることは、標準治療と対立するものではなく、その効果を最大限に発揮させるための重要な土台となる。がんは遺伝子異常だけで説明できる病気ではなく、栄養や代謝、炎症、免疫、自律神経、エントロピー(腸内環境など)といった宿主側の状態と相互に影響し合いながら進行していく。
では、「からだの環境を整える」とは、具体的に何を意味するのだろうか。栄養・代謝、炎症、免疫、自律神経、そしてエントロピーへの対応など、がんと深く関わるからだの環境要因は多岐にわたる。ここでは「栄養・代謝」を取り上げ、それがなぜ重要なのか、がんとどのように関わっているのかを解説する。
がん細胞は、正常細胞とは異なる代謝性質を持つ「代謝性疾患」でもある。がん細胞は糖代謝に依存し、過剰なエネルギーと材料を取り込みながら増殖を続ける。その背景には、過剰なカロリー摂取、糖代謝の偏り、成長ホルモンの一種であるIGF–1シグナルの亢進があり、その結果、腫瘍微小環境の酸性化が形成される。
栄養・代謝を見直すことは、がんにとって有利な代謝環境を是正し、治療が本来の力を発揮できる状態を整えるための最も基礎的な対処法である。
老化を遅らせ健康寿命が延びる効果が認められた調査
腹八分目が健康によいと聞いたことはないだろうか。アメリカでアカゲザルに対して行われた有名な研究がある〈1〉。
1.Mattison JA, Colman RJ, Beasley TM, Allison DB, Kemnitz JW, Roth GS, et al. Caloric restriction improves health and survival of rhesus monkeys. Nat Commun. 2017;8: 14063.
アカゲザルを自由に食事させたグループと食事量を70%に制限したグループに分けて調べたところ、食事量を制限したグループで加齢性疾患の発症が減少し、老化を遅らせ健康寿命が延びる効果が認められた。これはカロリーリストリクション(CR:Calorie Restriction)とも呼ばれ、遺伝的、生理学的に人間と近いアカゲザルの結果なので、人間でも同じような効果を期待できるだろうと話題になった。
ただし、今どれだけ食べているかということと、実際の食事の内容にも十分な注意が必要である。CRは、栄養失調を起こさない範囲で摂取カロリーを制限する食事法である。飽食の時代を生きる我々現代人の多くは、消費するカロリーよりも摂取するカロリーの方が余分であるため、カロリー制限にメリットがあると考えられるが、すでに適切な食事摂取量の場合は採血データも確認しながら慎重に行う必要がある。また、食事内容は極めて重要である。総カロリーだけの問題ではなく、食事から適切に抗炎症物質、抗酸化物質、食物繊維など十分な栄養素を摂取できる必要がある。
カロリーリストリクションの生物学的メカニズム
動物実験を中心にCRにより加齢性疾患が減ることが報告されているが、これには、がんや心疾患、糖尿病が含まれる。当然、肥満も減るので肥満関連疾患、メタボリックシンドロームの発症も減る。がんに関しては、カロリー制限が腫瘍の発生率を低下させ、治療の効果を高める可能性が示唆されている。CRによる抗がん作用は、下記のような多様な分子経路に関係している〈2〉〈3〉〈4〉。
2.Longo VD, Fontana L. Calorie restriction and cancer prevention: metabolic and molecular mechanisms. Trends in Pharmacological Sciences. 2010; 31(2): 89‒98.
3.Sergeeva E, Ruksha T, Fefelova Y. Effects of Obesity and Calorie Restriction on Cancer Development. International Journal of Molecular Sciences. 2023; 24.
4.Hursting SD, Dunlap SM, Ford NA, Hursting MJ, Lashinger LM. Calorie restriction and cancer prevention: a mechanistic perspective. Cancer & Metabolism. 2013; 1: 10.
(1)がん細胞を成長させる因子として重要なIGF–1(Insulin–like growth factor 1:インスリン様成長因子1)やインスリンを低下させることにより、細胞増殖が抑制される(IGF–1については、後の項でも説明する)
(2)炎症性サイトカインの減少と酸化ストレスの軽減
(3)細胞の成長、生存、アポトーシスを制御する主要なシグナル伝達経路(AMPK、mTOR、MAPK、p53、JAK–STATなど)の調整
(4)オートファジー(細胞が自らの中にある不要なタンパク質や壊れた細胞小器官を分解・リサイクルする仕組み、自食作用)や抗腫瘍免疫の活性化
最大で50%の発がん率低下が報告
動物モデルでは、CRが腫瘍の進行を抑制し、最大で50%の発がん率低下が報告されている〈2〉。
2.Longo VD, Fontana L. Calorie restriction and cancer prevention: metabolic and molecular mechanisms. Trends in Pharmacological Sciences. 2010; 31(2): 89‒98.
さらに、CRは単独でのがん予防にとどまらず、化学療法、放射線治療、免疫療法の効果を高め、副作用を軽減する可能性があるとも示唆されている〈5〉。
5.O’Flanagan CH, Smith LA, McDonell SB, Hursting SD. When less may be more: calorie restriction and response to cancer therapy. BMC Medicine. 2017; 15.
これは、CRによって腫瘍の代謝活性が抑えられ、治療への感受性が高まるとともに、正常細胞のストレス耐性が向上するためと考えられている。抗がん剤治療を受けている時に、栄養をつけるためにしっかり食べるようにというアドバイスを聞いたことがあるかもしれないが、これまでの話からもわかるように、そのアドバイスは必ずしも正しくはない。ただし、CRのようなカロリー制限を行う場合は、現在の自身の栄養状態がどうなっているかをしっかり把握する必要がある。栄養不良の状態の時に厳しいカロリー制限を行うことはリスクが高く、医師と相談しながら慎重に行い経過を見守っていくことが不可欠である。
以上のように、CRは、IGF–1やmTOR経路を通じてがんの進行を抑える可能性を示しており、代謝環境の改善による抗がん効果が注目されている。ただし、その多くの知見は動物実験に基づいており、治療法の一つとして応用する場合には、自分自身の現在の栄養状態をしっかり把握し慎重に行っていく必要がある。とはいえ、食習慣を通じてがんにアプローチするこの方法は、今後ますます重要性を増すと考えられる。
糖代謝とがん:IGF–1が示す代謝の落とし穴
私たちが生きていくうえで最も基本的なエネルギーの源となるのはブドウ糖であるが、正常細胞は酸化的リン酸化という過程で糖と酸素を用いてエネルギー産生を行う。一方、がん細胞は酸素の存在下でも大きく糖代謝に依存したエネルギー産生代謝を行う(ワールブルグ効果)。このように、糖代謝はがんの発症や進行に密接に関わっているが、ここではIGF–1(Insulin–like growth factor 1:インスリン様成長因子1)という重要なホルモンについても説明する。
インスリンは、膵臓のβ細胞から分泌されるホルモンで、血液中のブドウ糖を体の細胞に取り込ませ、エネルギーとして利用できるようにすることで血糖値を下げる。食後に血糖値が上がるとインスリンが分泌され、血糖値を正常に保つために重要な役割を果たしている。IGF–1は、このインスリンと類似の作用を持ち、インスリン受容体に働きかけることで細胞の成長や分化を促す成長因子として機能する。同時に糖代謝を活性化させる作用を持ち、IGF–1によりPI3K/Akt/mTORやMAPKといった細胞増殖系のシグナル経路が活性化され、糖の取り込みを増やすGLUT1などの糖輸送体や解糖系酵素が過剰に発現することで、がん細胞は糖を大量に取り込み、ワールブルグ効果を活性化する〈6〉。
6.Kasprzak A. Insulin-Like Growth Factor 1(IGF-1)Signaling in Glucose Metabolism in Colorectal Cancer. International Journal of Molecular Sciences. 2021; 22.
このIGF–1/インスリンシグナルの恒常的な活性化は、がん細胞にとって極めて有利な代謝環境を形成する。細胞増殖の促進、血管新生、免疫回避といった腫瘍の成長・転移に関わるメカニズムを強力に支援し、加えて抗がん剤に対する抵抗性の獲得にも寄与している。特に乳がんや大腸がんでは、IGF–1経路の活性化が治療抵抗性や再発のリスクと相関することが報告されている〈6〉〈7〉。
6.Kasprzak A. Insulin-Like Growth Factor 1(IGF-1)Signaling in Glucose Metabolism in Colorectal Cancer. International Journal of Molecular Sciences. 2021; 22.
7.Rajoria B, Zhang X, Yee D. IGF-1 Stimulates Glycolytic ATP Production in MCF-7L Cells. International Journal of Molecular Sciences. 2023; 24.
このような背景から、糖代謝やIGF–1の調整は、がんの予防・治療における重要な改善すべきポイントとして注目されている。
では、どのような状態でIGF–1/インスリンシグナルが活性化するのであろうか?一つは、肥満や2型糖尿病に代表される代謝性疾患である。このような状態では、高インスリン状態が慢性的に続き、同時にIGF–1の血中濃度も上昇しやすくなる。これが、乳がん、前立腺がん、膵臓がんといったホルモン感受性腫瘍の発症リスクや悪性度の上昇に関係している〈8〉。
8.Djiogue S, Kamdje AHN, Vecchio L, Kipanyula MJ, Farahna M, Aldebasi Y, et al. Insulin resistance and cancer: the role of insulin and IGFs. Endocrine-Related Cancer. 2013; 20 (1):R1‒R17.
もう一つは、日常的な食習慣によるものである。菓子類や炭水化物の過剰摂取など、血糖値が上がりやすい食品は高血糖およびインスリンの上昇を招く。
さらに、乳製品の摂取は体内のIGF–1濃度の上昇に関連することがわかっている。乳製品に含まれるカゼインなどの乳由来タンパク質によりIGF–1の吸収を促進し、肝臓でのIGF–1産生を刺激することが示唆されている。IGF–1は成長因子であり、成長期の細胞には有用である一方、大人になってからの過剰なIGF–1の上昇は長期的にホルモン関連がんのリスクを高め、がんの進行にも関与する恐れがある。
栄養・代謝を見直す意義
このように、糖代謝やIGF–1/インスリンシグナルの活性化は、がん細胞の増殖を直接促すだけでなく、腫瘍を取り巻く環境そのものを変化させる。特に重要なのが、腫瘍微小環境のpHである。
がん細胞は酸素が十分に存在していても解糖系に強く依存する代謝様式をとり、その結果として乳酸などの酸性代謝産物を大量に産生する。これらは細胞外へ排出され、腫瘍周囲は慢性的に酸性へと傾いていく。一方で、がん細胞自身の細胞内pHはアルカリ性に保たれており、このpHの非対称性こそが、がん細胞の生存や浸潤を支える重要な特徴となっている。
この酸性環境は、がん細胞にとっては有利に働くが、宿主側にとっては不利な条件となる。免疫細胞、特にT細胞やNK細胞は酸性環境下では機能が低下し、抗腫瘍免疫が十分に働かなくなる。また、酸性環境は抗がん剤の細胞内移行を妨げ、治療抵抗性の一因ともなることが知られている。すなわち、糖代謝やIGF–1の亢進は、代謝の問題にとどまらず、「がんが生きやすく、治療が効きにくい環境」をつくり出しているのである。
栄養・代謝を見直す意義は、血糖値や体重を管理することだけではない。過剰なカロリー摂取や糖代謝の偏りを是正し、IGF–1シグナルを抑えることは、腫瘍微小環境の酸性化を緩和し、免疫や治療が本来の力を発揮できる土台を整えることにつながる。pHは、その結果として現れる「からだの環境」の一つの指標と捉えることができる。
このように、栄養・代謝の問題は、がん細胞の内部だけで完結する話ではなく、炎症、免疫といった他の要素とも密接に結びついている。
“劇的寛解”は特別な人だけに起こった例外ではない…研究で判明した、がんが寛解した人に共通する「意外な要素」とは
『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』より #2
出典:https://bunshun.jp/articles/-/90616 浜口 玲央 2026年8月10日
進行がんから奇跡的な回復を遂げる「劇的寛解」は決して“奇跡”ではなく、食事の変更やストレス管理など“9つの共通する行動”が効果的だという科学的根拠がある。いくら最先端の標準治療を受けても、受け止める体の土台が乱れていては効果は発揮しきれないというわけだ。
ここでは、肺がん患者を多く診てきた浜口玲央氏の著書『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』(角川新書)の一部を抜粋。余命宣告を受けた患者の治療効果を飛躍的に高める体内環境の整え方を紹介する。
前章では、SBMという治療の考え方を提案した。SBM(科学に基づく医療)は帰納法、すなわち、様々な事実を集積することによって新たな結論を導く方法であった。集団の結果を評価する従来の臨床試験では拾いきれない患者さん個人の有効例を重視し、論文で科学的に証明された事柄をも含めて検討することで、その人にあった適切な対処法を模索する考え方である。
SBMは、まだEBM(根拠に基づく医療)による「根拠」と言えるまでには高められていないが、臨床試験が集団に対する効果の評価を目的としている以上、そもそもEBMだけで個人に対する最適な方法を期待することは難しい。早期がんに対する手術のように高い確率で治癒を期待できる場合とは違って、多くの進行がんでは治癒が難しく治療の反応性も異なる。このような場合、よくなった方の経過をしっかり確認し、ただ運がよかったケースとして片付けずに、何らかの科学的評価が可能かを判断するのである。
ここでは、進行がんと診断されたにもかかわらずよくなった方たちに共通することについて説明する。また、SBMの手法で行う治療についても概説する。
土台であるからだの環境を整えること
本書では繰り返し、治療反応に差があること、がんの勢いが人によって異なることを述べてきたが、残念ながら、これをすれば確実によくなるというような魔法の方法があるわけではない。
現在の標準治療は、外部からの処置や薬剤の投与が主体であり、治療を受ける側のからだの環境は考慮されてこなかった。それはある意味で当然である。なぜなら、からだの環境は非常に複雑で、常に日々の生活から影響を受けているからであり、薬を飲んですぐに改善できるようなものでもないからだ。私は患者さんにこのからだの環境のことを「土台」と説明することが多いが、土台がしっかりしているからこそ治療の反応性が高まるし、そもそものがんの勢いも弱まる可能性があるのである。
「からだの環境」とは、がん細胞そのものではなく、がんを取り巻く宿主側の生体環境を指している。具体的には、栄養・代謝状態、炎症の程度、免疫機能、自律神経のバランス(睡眠やストレスの状況、身体活動)、そして、エントロピーといった多くの要素が相互に影響し合って形成される。ここでいうエントロピーとは、体内の「乱れ」や「無秩序さ」を表す概念であり、腸内環境の悪化や老廃物・環境負荷の蓄積などを含む、体内環境全体の負荷の総体を示している。私は宿主側の生体環境のことを患者さんに説明する際、「治療の基盤となる土台」と表現している。前章で説明したようながんの代謝的性質に反する状態と十分な免疫機能を発揮できる状態がからだの環境としては理想である。
同じ治療を受けても結果に差が生じる背景には、この土台の状態が少なからず関与している。からだの環境が乱れていると、慢性炎症の亢進や代謝ストレス、免疫反応の低下などが生じやすく、結果として治療の反応性や回復力に影響する。腫瘍微小環境のpHがわずかに違うだけで治療の反応性が大きく異なることも前章で説明した。重要なのは、からだの環境を整えることを標準治療と並行して取り組むことである。

寛解した人たちに「共通していた要素」とは
劇的寛解という言葉がある〈1〉。
1.和田洋巳『がん劇的寛解 アルカリ化食でがんを抑える』KADOKAWA、2022年3月
進行がんで治療が難しいとされた状態から大きく改善し、ほぼ完治のようになるケースもあれば、完治とは言えないまでもがんの進行がほぼ止まるようなケースである。いずれにしても、通常の予想に反して良い方向へ病状が改善することである。
アメリカの研究者であるケリー・ターナー氏の著書『がんが自然に治る生き方』(プレジデント社、2014年)は、劇的寛解を遂げた人たちに共通する9つのことを記した本で、New York Times ベストセラーになった。寛解した人たちに「共通していた要素」を研究から抽出したもので、「抜本的に食事を変える」、「治療法は自分で決める」、「直感に従う」、「ハーブとサプリメントの力を借りる」、「抑圧された感情を解き放つ」、「より前向きに生きる」、「周囲の人の支えを受け入れる」、「自分の魂と深くつながる」、「どうしても生きたい理由を持つ」の9つである〈2〉。
2.Turner KA. Radical Remission: Surviving Cancer Against All Odds. San Francisco, CA:HarperOne. 2014.
精神論が多いと思うかもしれない。しかし、科学的に説明することはできる。精神的なことは自律神経の状態に直結し、免疫機能にも大きく関わる。後の章で説明するが、自律神経機能を示す心拍変動(HRV)は、がんの発生や予後に関係することがすでに証明されている。がんと診断された患者さんのほとんどは診断される前の数年に大きなストレスを抱えている。仕事のストレス、家族の問題、経済的な問題など、これらは誰もが常にさらされている一般的なものだが、それらが複合的に合わさって「特にこの数年が辛かったんです」、「睡眠時間も減って、運動する時間も取れず」、「食べるものにも気を遣えませんでした」、というように特に大変な時期を過ごしている方が多い。こういう時には自律神経機能が極めて弱って、免疫も働かない。
「治療法は自分で決める」、「直感に従う」、「より前向きに生きる」、このような意識が働かないと自分の生活をより良いものに改めたり、予防や治療に対して前向きに取り組んだりすることは困難であろう。「抑圧された感情を解き放つ」、「周囲の人の支えを受け入れる」、「自分の魂と深くつながる」、「どうしても生きたい理由を持つ」、日本人には馴染みがないこともあるが、要するにこれらはストレスマネジメントの重要性を説明している。大きなストレスで押しつぶされそうになっている時に、周りからのサポートでスッと楽になった経験があるかもしれない。その時、同時に自律神経機能も改善している。
「抜本的に食事を変える」、これは、毎日食べているものが自分のからだを作っていることを考えれば当たり前のことである。高血圧や脂質異常症、糖尿病、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病が食事の影響を強く受けていることは誰でも知っている。がんの場合も同様だが、からだの環境の個人差があるし、その時の病状によっても違う。そのため、万人に対する推奨を示すガイドラインでは、「低栄養にならないようにバランスよく食べましょう」という程度の説明になる。本来は、その人の状態を評価して、がんの状態・代謝の観点から検討すきことであろう。また、「ハーブとサプリメントの力を借りる」、これもガイドラインでは推奨されない項目である。なぜなら、とるべきハーブやサプリメントは人によって大きく異なるからだ。からだの環境を評価して、その時に必要なものが食事で取りにくい場合にはハーブやサプリメントをとることは大きな助けになるだろう。
注意すべき点は、これらは因果関係が証明されたものではなく、治療の代わりになるものではないということである。ただし、がんの治療や予防に向き合ううえで大きなヒントを与えてくれる。
標準治療に加えて体内環境を整えるということ
ここで強調したいのは、こうした事例を「特別な人だけに起こった例外」と捉えるのではなく、様々な生活の変化が体内環境の変化につながり、それが良い結果を生む可能性があるということである。すべての人に当てはまるわけではないし、体内環境を整えれば必ず良くなるという単純な話でもない。しかし、からだの環境を上手に改善できた人たちの中に、がんの勢いが弱まり進行が緩やかになったり、治療反応が良好となるケースを度々経験する。
前章でも、ステージⅣの非小細胞肺がんの患者さんの長期生存率が上がっている例を示したが、他のがん種でも同様のことを経験する。他臓器に転移をきたした膵臓がんや乳がん、前立腺がん、腎臓がん、胃がん、大腸がん、甲状腺がんの患者さんなど。中には半年程度と余命宣告された方も含まれている。抗がん剤の担当医から、抗がん剤が非常によく効いていると喜ばれることも珍しくなく、今までで一番よく効いたと言われるようなケースもある。
体内環境を整えるとは、土台を盤石なものにするということである。前掲の【図表3–1】をもう一度確認してほしい。土台作りの基礎となる栄養・代謝(カロリー、糖代謝、pH)、炎症、免疫、自律神経(睡眠、ストレス、身体活動)、エントロピー(腸内環境、環境毒素)を整えることにより、本来の健康な状態である「がんの代謝的性質に反する状態」「十分な免疫機能」を構築するのである。

悪い状態とはどういうものか
では逆に、体内環境が乱れた「悪い状態」とはどのような状態であろうか。端的にいえば、体内での炎症が過度に高まり、かつ、免疫機能が落ち込んでしまった状態で、同時に低栄養も認められる。がんの勢いが増している状態では通常このような反応がみられる。がんは炎症を広げながら活動し、活発になるほど炎症反応は亢進し、対抗すべき免疫が負けてしまっている状態である。栄養はがんにより消費され、消耗的に低栄養状態となる。
実際、がんで亡くなる直前のデータは、炎症反応の上昇と免疫の低下、低栄養が際立ったものとなる。あたかも感染症による炎症上昇のようにもみえるので、感染症治療のための抗生剤を投与されるケースもあるが大抵うまくいかない。このような状態になると改善はかなり難しいと言えるが、少しでも炎症を低減させ、免疫を改善することができるかが分かれ道である。がんが形成する腫瘍微小環境に少しでも対抗できるか否か。抗炎症、腫瘍の酸性環境の中和が少しでもできるような栄養改善、免疫を少しでも働かせるための自律神経改善や体内環境の改善がポイントである。このような状態で栄養改善を目指して食べられるものを闇雲に食べてもうまくいかない。
体内環境を良くするということは、想定される亡くなる直前のデータからなるべく遠ざけるということでもある。それには、定期的に自分の体の状態をモニタリングしておくことが大切である。自覚する体調だけでなく、血液検査、尿検査で体の状態を把握するのである。検査には基準値があり、この範囲内にあれば異常なしと言われるが、それだけでは足りない。基準値の中でも理想値がある。
「余命数ヶ月の進行がんが10年も元気に…」ステージIVの肺がん患者の生存率が激変!? 専門医が明かした“がんに勝つ人、負ける人”の決定的な違いとは
『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』より #1
出典:https://bunshun.jp/articles/-/90616 浜口 玲央 2026年8月10日
同じがん、同じステージ、同じ治療を受けても、驚くほど回復する人と急速に悪化する人がいる。その違いは一体どこにあるのか? 約20年呼吸器内科医としてがん患者を診てきた浜口玲央氏は「がんを取り巻く『体内環境』の違いが治療効果を左右する」と指摘する。
ここでは、同氏の著書『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』(角川新書)の一部を抜粋、再編集。ステージⅣの肺がんでも長期生存を可能にする体内環境の不思議について紹介する。
同じがんの種類、同じステージ、同じ治療を受けているにもかかわらず、患者さんによって驚くほど違う経過をたどる場合がある。初期のがんで、手術で取り切れるものならばよいが、そうではない他の臓器へ転移したような進行がんの場合、その人の治療に対する反応性の違いがそのまま治療結果を反映することとなる。
みなさんの周りでも、進行がんなのに奇跡的によくなった人の話やそのまた逆の話を聞いたことがあるだろう。医学統計はあくまで平均値を示しており、多くの方が平均的な経過を示す中で、実際の臨床現場では様々な経過を示す人がいる。ある人は治療がよく効き長期間安定する一方、別の人では進行が速く、治療効果にも限界が見られる。では、この違いはどこから生じるのだろうか。
がんの進行や治療効果を左右する要因は、がん細胞そのものの性質だけではない。がん細胞を取り巻く周囲環境も重要な要素である。からだの中で起こっている慢性炎症の有無や免疫、代謝、自律神経、腸内環境といった「体内環境」の違いが、がんの勢いを大きく変えていることが明らかになってきた。また、薬を代謝する能力や免疫の反応性にも個人差があり、治療効果の差を生み出す要因となる。
ここでは、「同じがん治療なのに差が出る理由」について、がんの代謝的性質に注目して整理する。
臨床現場で感じた「治療反応性の差」
進行期の非小細胞肺がんを例にして私の経験を説明したい。
肺がんには非小細胞肺がんと小細胞肺がんがあり、頻度が多く一般的なのは前者である。私が呼吸器内科医に成り立ての約20年前(2006年)は、他の臓器へ転移した進行期の非小細胞肺がんの生存期間中央値(半分の方が亡くなるまでの期間)はおよそ8~12ヶ月だった。何も治療しなければおよそ4~6ヶ月で、抗がん剤を行うことで得られる効果は数ヶ月程度の延命であった(現在は治療の選択肢も増え、治療効果はずっと良くなっている)。少しでも高い効果が得られるようにと、抗がん剤の副作用管理をしっかり行い、治療効果が高くなると信じられていた適切なスケジュール管理のもと治療を行っていたが、期待する以上の効果を認められる患者さんは少なかった。
私が当時主治医を務めたある寡黙で我慢強い男性患者さんは、抗がん剤の減薬や延期はほとんどなく治療が進められたが、治療効果は平均的だった。また、他のある患者さんは最初の抗がん剤の反応が良好で期待感があったが、その後、急速に効果が薄くなりやはり平均的な効果にとどまった。当時の治療成績から見て決して悪いわけではなかったが、そのような治療例ばかりで忸怩たる思いでいた中、カンファレンスである上級医が示した患者さんに心底驚かされた。その上級医が示した例は、脳転移をきたした非小細胞肺がんの女性で、治療をしながらもう10年元気にしているという。
当時は、肺がんで脳転移まで進行していれば、一般的に1年生きるのも難しい時代だ。私は信じられず、昔の病理結果などを見せてもらった。肺がんではなく、低悪性度の腫瘍の間違いなのではないかと疑ったのだ。結果は正真正銘の非小細胞肺がんであった。他の上級医に聞くと、程度の差はあれ非常に良好な治療経過の患者さんを皆経験しているという。ただし、どの上級医も何か特別な治療を行っているわけでもないし、どうして良好な治療経過が得られたか全くわからない状況だった。そして、逆に平均よりも明らかに経過の悪い例を経験していることも知った。
その後、私自身も肺がん治療の経験を積むにつれ、良い例も悪い例も経験することとなる。ある患者さんは、進行がストップしたかのように進まない一方、ある患者さんは治療に全く反応しないというように。もちろん、このような極端に良い例や悪い例はそう多くはないが、がん治療を行う臨床医であれば必ず経験していることだ。だからこそ、私はこの治療反応性の差に大きな興味を持っていた。
データが示す治療効果の違い
さて、ここまでは個人的な経験の話が主だったが、ここからはもう少し客観的なデータをみていきたい。
薬剤の効果を評価する指標として無増悪生存期間というものがあり、がんの悪化が全く認められずにいる期間を示すが、肺がんに対する抗がん剤の効果が数ヶ月の延命であったことに比べて、分子標的薬の無増悪生存期間は1年以上を期待できる。
代表的な分子標的薬であるタグリッソ(オシメルチニブ)はEGFR 遺伝子変異をターゲットとして劇的な効果を示し、この無増悪生存期間はおよそ18ヶ月である〈1〉。
1.Soria J-C, Ohe Y, Vansteenkiste J, Reungwetwattana T, Chewaskulyong B, Lee KH, et al. Osimertinib in Untreated EGFR-Mutated Advanced Non‒Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med. 2018; 378(2): 113‒25.
しかし、治療効果は高い一方で、18ヶ月ほどを境に、他の治療への変更を余儀なくされる可能性が高い。このような分子標的薬が使用できる非小細胞肺がんの場合、分子標的薬を適切に治療に取り入れ、他の抗がん剤も使用して最大限の効果を目指していくこととなる。最終的な治療成績でみると、報告によって異なるが3年(36ヶ月)生存率は23.2~44%とされている〈2〉〈3〉〈4〉。
2.Kuan FC, Yang YR, Yuying W, Meng-Hung L, Chung-Sheng S. Prognostic factors and longterm survivors in EGFR-mutated lung cancer: A multi-institutional retrospective analysis. Journal of Clinical Oncology. 2024.
3.Ramalingam SS, Vansteenkiste J, Planchard D, Cho BC, Gray JE, Ohe Y, et al. Overall Survival with Osimertinib in Untreated, EGFR-Mutated Advanced NSCLC. New England Journal of Medicine. 2019.
4.Marmarelis ME, Grady CB, McCoach C, Sun F, Liu G, Patel D, et al. Characteristics of longterm survivors with EGFR mutant (EGFRm)metastatic non-small cell lung cancer(mNSCLC). Journal of Clinical Oncology. 2023.
一方、私のクリニックでは、この本のテーマでもある「からだの環境」を評価し整えるための補助治療を行っているが、分子標的薬が適応となるステージⅣの非小細胞肺がんの患者さんの3年生存率は76.9%であった。
これは、「第11回 日本がんと炎症・代謝研究会」で報告したものについて、2026年3月31日時点のデータに更新したものだ。2023年1月1日から1年の間に私が院長を務める水道橋内科クリニックを受診した非小細胞肺がんの患者さんは37名だったが、そのうち、ステージⅣの患者さんは26名だった。セカンドオピニオンなどで1~2回のみの受診の方を除くと21名となり、その中で遺伝子変異を有し分子標的薬を使うことができた患者さんは13名だった。この13名の方について、診断時からの生存期間が3年(36ヶ月)を超えている方は10名であり、3年生存率は76.9%となる(図表2–1)。

グラフは縦軸が評価時点での生存期間(月)、横軸はそれぞれの患者さんを示しており、単色のグラフは生存、斜線のグラフは死亡を表している。7、8の方は、評価時点で3年が経過していないため、さらに生存期間が延長する可能性が高い。しかし、残念ながら5名の患者さんはすでに亡くなられている。今回、ここで紹介したデータは少数のものであり、慎重に判断する必要があるが、先に紹介した既報告の3年生存率23.2~44%より良好と言える。
同じような分子標的薬治療を受けている患者さんであっても、治療効果、すなわち、生存期間に大きな差が生じているのである。このような差を引き起こす原因を説明するものとして、次節でがんの代謝的性質について説明する。
がんの代謝的性質
同じがんなのに治療経過が異なり、がんの勢いに違いがみられるのは、単に遺伝子変異の違いだけで説明できる現象ではない。
がん細胞は正常細胞とは異なる代謝様式を持ち、エネルギーの使い方そのものを変化させ、免疫から逃れて細胞増殖し、体内で生存するための仕組みを持っている。これは、がん細胞単独で完結しているわけではなく、体内環境の影響を強く受けており、これが、がん細胞の増殖・浸潤・治療抵抗性と密接に関わってくる。ここでは、がんの代謝的性質に焦点を絞って説明する。
がんの発生と進行:代謝的側面から
がんの発生には、より根源的な細胞レベルでの代謝変化があることがわかっており、がん細胞は本来排除されるべき異常細胞が自己の性質を変えて生き延びた細胞と言える。生まれつきの遺伝子を変えることはできないが、日々の生活でからだの環境は大きく変化する。がん細胞が正常細胞とは異なる代謝特性を獲得し、成長していくということは、からだの環境の変化ががんの発生や進行に大きく影響を与えるということであり、がんが成長しやすい環境にも、成長しにくい環境にもなり得るということである。
(1)慢性炎症と低酸素の場からがん細胞が生まれる
がんの発生には、遺伝子変異だけでなく、慢性炎症や低酸素といった細胞環境のストレスが深く関わっており、遺伝的要因・環境要因・炎症・化学物質などの複数の因子が複合的に関与している。たとえば、肥満や高血糖、脂質異常症などの代謝異常は、全身の慢性的な炎症の原因となり得る。このような炎症部位では、血流も障害され、酸素供給が不足しやすい。だが一方で、炎症による血管透過性の亢進により、栄養の供給は比較的保たれている。つまり、「栄養はあるのに、酸素がない」という代謝のアンバランスな状態にさらされるのだ。
通常、正常細胞はミトコンドリアにて酸化的リン酸化(OXPHOS)という酸素を用いた代謝プロセスでエネルギー(ATP)を産生するが、このような低酸素の環境では、多くの細胞はエネルギーを産生することができずにアポトーシス(細胞死)を起こして排除される。ところが、この状況下で一部の細胞は、HIF(低酸素誘導因子)の働きにより、酸素のない状態でも生き延びられるように代謝回路を、(3)で説明する解糖系へとシフトして適応していく。こうしてアポトーシスを免れた細胞は、異常な代謝環境に適応しながら生存を続ける。この過程こそが、がん細胞発生の最初の一歩となり得る〈5〉。
5.Gatenby RA, Gillies RJ. Why do cancers have high aerobic glycolysis? Nat Rev Cancer. 2004; 4(11): 891‒9.
(2)がん細胞は代謝をリプログラミングする
低酸素環境に適応し生き延びた細胞では、次にエネルギー代謝そのものを変化させていく。鍵となるのが、ミトコンドリアから核へと情報を伝える「レトログレード応答」と呼ばれる仕組みで、近年注目されている概念である。
前述したように、本来、エネルギーの多くはミトコンドリア内で、酸化的リン酸化(OXPHOS)という酸素を使ったプロセスによって作られる。しかし、酸素が枯渇したり、ミトコンドリアが損傷を受けたりすると、この経路は破綻する。するとミトコンドリアは「酸素がない、危険だ」という信号を核に送り、遺伝子の発現を切り替えさせる。こうして細胞は酸素を必要としないエネルギー代謝様式にスイッチする。
このようなミトコンドリア機能不全と核シグナル変化の積み重ねが、「代謝のリプログラミング」を誘導し、がん細胞が形成される重要なステップとなる〈6〉。
6.Jazwinski SM. The retrograde response: a conserved compensatory reaction to damage from within and from without. Prog Mol Biol Transl Sci. 2014; 127: 133‒54.

エネルギー代謝の変化が環境を変える
(3)酸素を使わずに糖分を使ったエネルギー代謝へ
ミトコンドリアの機能不全や低酸素環境に適応したがん細胞は、酸素を使わずにエネルギーを生み出す解糖系(glycolysis)に依存するようになる。これは、運動生理学で言えば「無酸素運動」に近い代謝モードであり、本来は一時的な緊急対応である。
解糖系は酸化的リン酸化に比べてエネルギー効率が著しく低い。それにもかかわらず、がん細胞はこの非効率な方法をあえて選び取る。そこには、いくつかの利点がある。第一に、急速なATP産生が可能であること。量は少なくてもスピードを重視した即応型のエネルギー供給である。第二に、核酸や脂質、アミノ酸といった次世代の構成要素を合成するための中間代謝産物が豊富に生まれること。これは、細胞分裂を繰り返すがん細胞にとって大きな利点である。第三に、NAD+/NADHのレドックスバランス(酸化還元制御)を維持しやすいという点がある。これはがん細胞がストレス環境下でも生存を保つ鍵となる 〈7〉。このような解糖系代謝への変化は「ワールブルグ効果(Warburg effect)」と呼ばれ、がん細胞の象徴的な性質の一つである。このように、がん細胞は、自己の生存と増殖を最優先に最適化された「利己的」な細胞なのである。
(4)がんは自らに都合のよい環境をつくる
解糖系に依存するがん細胞では、エネルギー代謝の過程で酸性物質である乳酸が大量に産生される。また、生成されたATPは細胞活動に伴い加水分解され、酸性物質であるプロトン(H+)が発生する。がん細胞内に発生した乳酸、プロトンは細胞外に排出され、これにより、細胞内はアルカリ性に、細胞外は酸性に保たれるという、がん特有のpH勾配が形成される。
このような環境は、腫瘍微小環境(TME:Tumor Microenvironment)と呼ばれ、がんにとって極めて都合の良い環境となる。T細胞やNK細胞などの免疫細胞は酸性環境下で機能を失い、がんを排除できなくなる。また、酸性TMEは血管新生や転移の促進、薬剤耐性の獲得にも関与し、がんの悪性度を一層高めていく〈8〉。
8.Harguindey S, Orive G, Pedraz JL, Paradiso A, Reshkin SJ. The role of pH dynamics and the Na+/H+ antiporter in the etiopathogenesis and treatment of cancer. Two faces of the same coin‒one single nature. Biochim Biophys Acta. 2005; 1756(1): 1‒24.