一、はじめに
末法思想とは何であるか。
辞書的な意義において末法とは、六世紀中国に成立した正像末の三時思想の第三時にあたり、それはやがて訪れる法滅への前段階でもある。
またその時代においては、仏道における実践と証果が潰(つい)えて、ただ教えのみが残ると言われている。その意味において、末法とは仏教における衰滅史観として捉えられるものである。
しかし事実において、この末法思想がもたらしたものとは、衰滅ではなく、むしろ中国における最盛期とも呼ばれるような、華々しい隋唐代の仏教であった。
中国仏教においては、僧侶の堕落や、国家権力による廃仏の危機などを背景として、この末法思想が培われ、広播されていったと言えるが、
しかしその事は同時に、末法という危機的状況を自認し、現状を何とか克服しようとする僧侶たちの活発な護法運動を生み出していったのである。
この末法の到来と、法滅の危機を眼前にして中国仏教の諸家は、
それまでのインド仏教の亜流としての在り方から脱却し、
各々独自の教学を形成していくこととなる。
ここにおいて中国仏教の本領が発揮される事となったのである。
この事実に鑑みたとき、末法思想というものを、単に釈尊滅後の年数による、数字上のみの衰滅史観として捉えることは適当ではない。
末法とは修道者達における危機意識が時代のうえに投影されたものに他ならず、末法が問題とされるところには、必ず各人の危機意識と、それを乗り越えるための方法論があったのである。
故に末法思想の本質とは、年数そのものにあるのではない。またそれは仏法の衰滅を予言的に言い当てたものでもない。
末法思想の本質とは、時代の衰滅を通じて行者に危機意識を発起せしめ、既存形態への問い直しを喚起せしめるところにこそあったと言えるのではないだろうか。
このように考えるならば、末法とは決して「到来してしまった、悲嘆すべき時代状況」として、自己の外側に眺めていられるべき問題ではない。
究極的には、現代を生きる我々一人ひとりが、まさに「末法の最中」にあることに目覚め、その克服を目指すところに、末法思想の本質があると言えるのである。
このように考えてみたとき、これまで多くの先人たちが、この末法到来の危機に対してどのように向き合い、取り組まれてきたのか、その歴史的経緯を尋ねること、は決して無益な事ではないだろう。