出典:宮坂 昌之 大阪大学 IFReC 招へい教授、大阪大学(The University of Osaka) 名誉教授のFACE BOOK 2026年7月30日


すい臓癌は、早期の発見が難しく、また悪性度が高いために、非常に予後が悪いことが知られています。すい臓癌の9割以上では、KRASというがん遺伝子の変異が起きていて(先天的な変異ではなくて後天的なもの)、このために細胞の増殖度が非常に高いのが特徴です。
最近、このKRASの働きを止める新しい阻害物資(Daraxonrasibなど)が開発され、すい臓癌患者の生存率を有意に高めることが報告されていますが、それでも一定時間後には薬剤耐性のがん細胞が出現してきて、がんの再発が見られる傾向があることがわかっています。これについては、私のポストで複数回、紹介しています。
これに対して、まだマウスでの実験レベルの話ですが、KRAS阻害とともに免疫チェックポイント療法を用いることによってすい臓がんの長期生存が誘導できる、ということがテキサスの研究グループによって報告されています。Nature Communicationsのオンライン版7月27日号です
(https://www.nature.com/articles/s41467-026-75960-3#citeas)。
免疫チェックポイント療法とは、これまでに私のポストで何度も説明していますが、がん細胞が免疫細胞にブレーキをかけて免疫の攻撃から逃れる仕組みを、抗体を使って阻害する方法であり、これによって、患者本人が持つ免疫力が回復してきて、がんを攻撃する能力が高まります。
この免疫チェックポイント療法は、特定のタイプのがんには良い効果を示すのですが、一方で、すい臓癌にはあまり効果がないことがわかっています。しかし、上記の論文ではKRAS阻害とともにCTLA-4という免疫チェックポイント分子を阻害すると、その二つが協調的に働いて、実験的にすい臓癌を植えられたマウスで長期生存を誘導できることが示されています。大事な点は、免疫チェックポイント療法単独では効果がなく、KRAS阻害を一緒に行うことが必要な点です。
では、どうしてその両者が必要なのでしょうか。調べてみると、KRAS阻害によってがん組織の中にリンパ球が多数侵入していて、その中にはがん細胞を殺せるキラーT細胞が混じっていることがわかりました。この時に免疫チェックポイント療法を行うと、おそらくがん細胞から免疫細胞に向かって働いているブレーキが外れるのだと思いますが、キラーT細胞が活性化されてがん細胞を攻撃し始め、やがてがんが縮小していくことが観察されました。この時、がん組織内にはリンパ球が集積してリンパ節様の構造ができていて、ここでがんを攻撃する細胞が作られているのではないかと考えられました。
つまり、驚いたことに、KRAS阻害によってがん免疫が刺激され、ここに免疫チェックポイント療法(特にCTLA-4分子の阻害)を加えることによってさらに免疫細胞の活性化が起こり、これによってマウスのすい臓癌が縮小し、長期生存例が見られるようになっている、というように見えます。
ただし、これはまだマウスでの実験レベルでの話です。それであっても、ヒトでのすい臓癌の治療に関しても非常に含蓄の多い話です。これまで、ヒトのすい臓癌は免疫細胞を刺激する能力が低いと言われてきたのですが、それはもしかすると変異したKRASのせいかもしれません。ヒトでも、KRASを阻害すると、すい臓癌細胞の免疫刺激能力が復活してきて、さらに免疫チェックポイント療法で免疫細胞をさらに刺激すると、すい臓癌細胞に対する免疫細胞の攻撃が強くなってくる、そんなシナリオが実現すればいいなと思っています。
おそらく、アメリカではこの考え方に沿って臨床治験が始まっているはずです。医学は日進月歩の世界です。
■Google AIの回答
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究チームは、KRAS阻害薬と抗CTLA-4抗体の併用が膵臓がんの腫瘍微小環境を再構築し、抗腫瘍免疫を強力に促進することを発見した。この研究成果は2026年7月27日付の『Nature Communications』オンライン版に掲載された。詳細は Nature Communications をご覧ください。 [1]
◆Geminiの回答
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究チームが発表したこの知見は、「冷たい腫瘍(Immune Cold Tumor)」と呼ばれ免疫療法が効きにくい典型である膵管がん(PDAC)の治療法を劇的に変える可能性を秘めた、非常に重要な研究成果です。
この研究の革新性とメカニズムの要点を分かりやすく解説します。
背景:なぜ膵臓がんの免疫治療は難しいのか?
膵臓がんの約90%以上でKRAS遺伝子の変異(特にKRAS G12Dなど)が見られます。KRAS変異はがん細胞の無制限な増殖を引き起こすだけでなく、周囲の免疫細胞を遠ざけたり、免疫を抑制する微小環境を作り出したりすることが知られています。
そのため、従来の抗CTLA-4抗体や抗PD-1抗体といった「免疫チェックポイント阻害薬」単体では、免疫細胞が腫瘍内に侵入できず、十分な効果が得られませんでした。
今回の発見:何が起こっているのか?
研究チームは、KRAS阻害薬(MRTX1133など)と抗CTLA-4抗体を組み合わせることで、単なる足し算以上の「相乗効果」が生まれることを明らかにしました。
【KRAS阻害薬】
腫瘍増殖をストップ + 免疫抑制環境を解除(がん細胞の"シールド"を破壊)
+
【抗CTLA-4抗体】
T細胞(免疫細胞)のブレーキを解除し、活性化を強力に促進
↓
【相乗効果】
腫瘍内に「三次リンパ構造(TLS)」が形成され、強力な抗腫瘍免疫が持続!
鍵となる「三次リンパ構造(TLS)」とは?
この研究で最も注目されているのが三次リンパ構造(TLS: Tertiary Lymphoid Structures)の誘導です。
- TLSとは? リンパ節に似た構造が、がん組織のすぐ近く(本来リンパ節がない場所)に作られる現象です。
- なぜ重要なのか? いわば「がん組織の目と鼻の先に作られた免疫細胞の作戦基地(前線基地)」です。ここでT細胞やB細胞ががん抗員を認識・教育され、直接がん細胞を攻撃するため、極めて強力かつ持続的な抗腫瘍免疫応答が引き起こされます。近年の研究では、TLSが存在する患者ほど免疫療法の奏効度が高く、生存期間が長いことが分かっています。
KRAS阻害薬によってがん周囲の免疫抑制環境が解除された状態で抗CTLA-4抗体を投与することで、この「作戦基地(TLS)」の形成が劇的に促進されたことが確認されました。
まとめと将来への期待
- がん微小環境の転換:これまで免疫細胞を拒絶していた「冷たい腫瘍」を、免疫細胞が活発に働く「熱い腫瘍(Immune Hot Tumor)」へと改変することに成功しました。
- 完全奏効と長期免疫記憶:前臨床モデル(マウスモデル等)において、腫瘍の著しい縮小や消失が観察され、再発を防ぐ免疫記憶の形成も示唆されています。
- 臨床応用への展望:MRTX1133をはじめとするKRAS G12D阻害薬は現在臨床試験が進められており、本研究結果は将来的に膵臓がん患者に対する新しい標準複合療法の開発につながると期待されています。
■KRAS G12D変異のメカニズムと、阻害薬MRTX1133の特徴について詳しく教えてください。
◆Geminiの回答
KRAS G12D変異は膵臓がん(膵管がん: PDAC)の約半数に見られる極めて重要な遺伝子変異であり、MRTX1133はその変異型KRASを直接標的とする分子標的薬です。
それぞれの分子メカニズムや創薬上の特徴について解説します。
1. KRAS G12D変異のメカニズム
(1) 本来のKRASタンパク質の役割
KRASは、細胞外からの「増殖せよ」というシグナルを細胞核へ伝える分子スイッチの役割を果たしています。
- OFF状態(GDP結合型):シグナルは停止。
- ON状態(GTP結合型):シグナルを伝達し、細胞が増殖。
通常はシグナルを伝えた後、自力でGTPをGDPに分解(水解)して速やかにOFF状態に戻る仕組みになっています。
【正常なKRAS】
[GDP結合 (OFF)] ──(刺激)──> [GTP結合 (ON:増殖)] ──(自発的分解)──> [GDP結合 (OFF)]
(2) G12D変異が起こると何が起きるか?
KRASの12番目のアミノ酸であるグリシン(G)がアスパラギン酸(D)に置換されるのが「G12D変異」です。
- スイッチが「ON」のまま固定されるアスパラギン酸への変化により、GTPを分解する酵素活性が失われます。その結果、KRASは恒常的にGTPが結合した「ON」の状態に固定され、がん細胞に無制限の増殖シグナルを送り続けます。
- 免疫抑制環境の構築ON状態のKRASは、がん細胞を増殖させるだけでなく、周囲に免疫細胞を寄せ付けないシグナル(免疫抑制因子)を放出し、腫瘍の周りに“シールド”を形成します。
2. 阻害薬「MRTX1133」の特徴と革新性
かつてKRASは、表面が滑らかで薬が結合するポケット(窪み)がなく、「Targetable(創薬不可能)」とされていました。この常識を打ち破ったのがMRTX1133をはじめとする新世代のKRAS阻害薬です。
① 非共有結合型の可逆的阻害薬(Switch-IIポケットへの結合)
先行して実用化された「KRAS G12C阻害薬(ソトラシブなど)」は、変異したシステイン(C)と化学結合(共有結合)することで作用していました。
しかし、G12D変異のアスパラギン酸(D)は化学反応性が低く、従来の共有結合アプローチが使えませんでした。MRTX1133は、高度な非共有結合(ピコモルレベルの極めて強力な親和性)によって、KRASの「Switch-II」と呼ばれる構造のポケットに非共有結合し、機能の停止に成功しました。
② G12D変異と「KRAS」に対する高い選択性
正常な細胞で働く他のRASタンパク質(HRASやNRAS)を阻害すると強い毒性が出ますが、MRTX1133はKRASタンパク質に特有のアミノ酸残基(His95など)と特異的に結合する設計がなされています。これにより、正常細胞への影響を抑えつつ、がん細胞のKRAS G12Dのみを選択的に阻害します。
③ 腫瘍増殖抑制 + 転移抑制 + 免疫微小環境の改善
MRTX1133が腫瘍に与える効果は単なる増殖停止にとどまりません。
- 増殖シグナルの遮断:MAPK/ERK経路を遮断し、がん細胞の増殖をストップ。
- 転移能力の低下:がん細胞の接着・遊走に関わるシグナルを阻害し、肝転移などを抑制。
- 免疫シールドの解体:がん細胞から出ていた免疫抑制シグナルが止まることで、抗CTLA-4抗体などの免疫療法が効果を発揮しやすい「熱い腫瘍」へと環境が変化。
3. 現在の課題と臨床開発の動向
MRTX1133は前臨床試験(動物実験等)で極めて高い腫瘍縮小・免疫活性化効果を示したものの、薬学的な課題も持ち合わせています。
- 体内動態(PK)と経口吸収性の課題MRTX1133は極めて高い結合力を持ちますが、分子構造の特性上、口から服用した際の吸収率(経口生体利用率)が低いという課題がありました。そのため、製薬会社(Mirati社 / Bristol Myers Squibb社)では臨床試験(Phase 1)を進めつつ、体内での吸収性や投与経路を最適化する製剤改良などの研究が続けられています。
まとめ
KRAS G12D変異は膵臓がんの増殖と免疫逃避を駆動する「本丸」の変異です。MRTX1133はその本丸にダイレクトに結合して攻撃する画期的な阻害薬であり、抗CTLA-4抗体などの免疫療法と組み合わせることで「がん細胞の直接攻撃」と「作戦基地(TLS)の構築による免疫攻撃」を同時に達成できるという点が、この研究における最も大きな発見です。
■がん免疫療法において三次リンパ構造(TLS)の存在が重視される理由と、その形成メカニズムを教えてください。
◆Geminiの回答
三次リンパ構造(TLS: Tertiary Lymphoid Structures)は、がん微小環境研究において最も熱い注目を集めている構造の一つです。
本来、リンパ節などの二次リンパ器官でしか行われない「免疫細胞の教育と活性化」が腫瘍のすぐ隣で実行できるようになるため、がん免疫療法を成功させるための決定的なキープレイヤーと考えられています。
1. なぜTLSの存在が重視されるのか?
がん治療においてTLSが存在することには、主に3つの臨床的メリットがあります。
① 「現場の目と鼻の先」で免疫細胞を大量育成できる
通常、T細胞などの免疫細胞は遠く離れた「リンパ節」でがん抗原を記憶してから腫瘍へと移動します。しかしTLSがあれば、がん組織の直近(現場)でT細胞やB細胞が抗原を認識し、急速に増殖・成熟できます。これにより、移動のタイムラグや移動中の阻害を受けることなく、強力な攻撃部隊を絶え間なく腫瘍へ送り込めます。
② B細胞による「抗体産生」とT細胞のサポート
これまでがん免疫療法は主に「T細胞」に焦点が当てられていましたが、近年TLS内に集まるB細胞の重要性が分かってきました。
TLS内のB細胞は「形質細胞」へと成熟して抗腫瘍抗体を直接分泌するほか、T細胞に対して抗原を提示してT細胞の働きを強力にバックアップします。
③ 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の奏効性を激変させる
- TLSがない場合:免疫細胞が腫瘍内に進入できず、抗PD-1抗体などを投与しても無効(Immune Cold)。
- TLSがある場合:もともと活性化した免疫細胞が密集しているため、阻害薬を投入すると一気にがん攻撃が加速する(Immune Hot)。
臨床データでも、腫瘍内にTLSが存在する患者は生存期間が長く、免疫チェックポイント阻害薬の効果が著しく高いことが多数報告されています。
2. TLSの形成メカニズム
TLSは生まれつき存在する構造ではなく、慢性的な炎症やがん抗原の刺激によって後天的に作られる「リンパ節に似た組織」です。その形成プロセスは、胚胎期にリンパ節ができる仕組みと酷似しています。
【ステップ 1】 炎症シグナルとケモカインの発現
│ (がん周囲の炎症や治療刺激により CXCL13, CCL19, CCL21 などが発生)
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【ステップ 2】 特殊な血管(HEV)の形成と免疫細胞の呼び寄せ
│ (高内皮小静脈: HEV が形成され、血液中からT細胞やB細胞が集結)
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【ステップ 3】 ゾーン分けと機能的構造(TLS)の完成
│ (B細胞領域とT細胞領域に分かれ、リンパ節と同等の作戦基地に発達)
ステップ 1:ケモカイン(誘導物質)の放出
腫瘍周囲で特定の炎症応答が起きると、CXCL13、CCL19、CCL21 といったケモカイン(免疫細胞を引き寄せる化学物質)が分泌されます。特に CXCL13 はB細胞や特定のヘルパーT細胞(Tfh様細胞)を引き寄せる最も重要な因子です。
ステップ 2:特別な血管「HEV」の形成
ケモカインの刺激により、腫瘍血管の一部が高内皮小静脈(HEV: High Endothelial Venules)と呼ばれる特殊な血管へと変化します。HEVは血液中を流れるリンパ球を効率よく組織内へ引き込む「専用の入口」として機能します。
ステップ 3:細胞の構造化(T細胞ゾーンとB細胞ゾーン)
引き寄せられた免疫細胞は、ランダムに存在するのではなく、リンパ節と同じように整然と配置されます。
- B細胞領域(B cell follicle):中心部にB細胞が集まり、樹状細胞(FDC)とともに胚中心(Germinal Center)を形成して抗体を成熟させる。
- T細胞領域(T cell zone):周りにCD8+傷害性T細胞やCD4+ヘルパーT細胞、樹状細胞(DC)が配置され、抗原の受け渡しを行う。
3. 今後の治療開発へのインパクト
これまでの免疫療法は「すでにあるT細胞のブレーキを外す」手法が主流でした。しかし、TLSの研究が進んだことで、「薬(KRAS阻害薬やサイトカイン、抗CTLA-4抗体など)によって人工的にTLSを誘導・構築させ、冷たい腫瘍を熱い腫瘍に変革させる」という全く新しい治療戦略が現実味を帯びています。