出典:https://www.dailyshincho.jp/article/2026/10060958/?photo=1 週刊新潮 2026年9月24日・10月1日号掲載
がんを「光で治す」――。2020年に保険適用され、一躍注目を集めた治療法が新たな段階に入った。導入する医療施設は飛躍的に拡大。一部のがんに限った治療ではなく、さまざまながんに対して有効化する道筋が見えてきたという。進化する光免疫療法の“最前線”。【芹澤健介/ライター・日本医学ジャーナリスト協会会員】
「保険適用から5年がたって、ようやく次の段階に入ったように思います」
そう話すのは、光免疫療法の開発者で、米国立衛生研究所(NIH)の主任研究員である小林久隆医師だ。
「コロナ禍で研究の進捗に影響もありましたが、治療は着実に進化しています」
患者から見れば、「光免疫療法の広がり方は遅いのでは」と感じられた5年だったかもしれない。だが現場から見れば、「この治療をどこまで安全に、どこまで効かせられるか」という一丁目一番地の部分を固める時間でもあった。
光免疫療法が日本で保険適用となったのは2020年11月。保険が適用されたのは世界初のことである。再発・難治の頭頸部がん(首から上にできる「咽頭がん」「喉頭がん」「舌がん」など)に対して保険収載された。
頭頸部がんでは保険診療として4回まで受けられる。総額は600万円前後だが、保険が適用されることに加えて高額療養費制度が使えるため、実際の自己負担は月あたり数万円台に抑えられる。事前に「限度額適用認定証」やマイナ保険証を用意しておけば、窓口での支払いも最初から上限額の範囲内で済む。
治療は主に外科医が担当する。当初、治療ができる施設は全国で20カ所ほどしかなかったが、今では、全国47都道府県で200カ所を超える規模まで広がり、現場の感触も変わった。
「最初の頃は、従来にないまったく新しいアプローチの治療だったので、臨床医師のわれわれも正直“おっかなびっくり”というところがありました」と、東京科学大学教授で日本頭頸部外科学会理事長の朝蔭孝宏医師は振り返る。
「今は医師やスタッフが経験を積んで、技術も習熟してきた。頭頸部がんにおいては、再発・転移した患者さんへの有効な治療の一つとして“使いこなせている”という感じになってきていると思います」
■どこまで適用範囲を広げるか
インパクトのあるデータも出てきた。ウイルスが関与する「上咽頭がん」における報告では、国立がん研究センター東病院・篠崎剛医師らが、局所奏効率96%(完全寛解は84%)という数字を発表している。
もちろんこの、ちょっと信じられないような驚異的な数字は、すべての症例に当てはまるとはいえない。それでも、「条件が整えば、ここまで腫瘍が小さくなるケースがあり得る」という、この治療法の可能性を示した結果だろう。
「これまで光免疫療法は頭頸部がんの中でも、ごく一部の患者さんにしか使えない“特殊な治療”でした」
と小林医師は言う。
実は、保険適用となった今でも、全ての頭頸部がん患者に使える治療ではなく、「切除不能な局所進行または局所再発したがん」に限られる。
分かりやすく言えば、腫瘍が鼻のずっと奥にあって、頭蓋骨を割らなければ手術ができない場合や、すでに放射線治療や抗がん剤の効き目がないと認められた場合などだ。
「つまり、“最後の手段”という感覚で治療を受けるステージ4の患者さんがほとんどです。そうした末期の患者さんが寛解したケースもあり、次はどこまで適用範囲を広げるかという段階に入ったと感じています」(小林医師)
光免疫療法は、その名の通り、光(近赤外線のレーザー)を使う治療法だ。
そのため、よく「レーザーでがんを焼き切る治療」と誤解されるがそうではない。近赤外線はテレビのリモコンなどにも使われており、実際、治療に使う光を手に当てても熱くない。
小林医師は、こう言い換える。
「一言で言うと、まず、がん細胞の“目印”に薬をくっつけておいて、そこにだけライトを当てることで、ピンポイントでがん細胞だけを狙って壊す治療です」
■標的だけを狙い撃ち
現在の光免疫療法が“目印”としているのは、頭頸部がんなど特定のがん細胞表面に多く出ている「EGFR」というタンパク質だ。
それを標的抗原とし、その抗原にぴったりと合う抗体薬と近赤外光に反応する色素を合成して、患者の体内に点滴静注する。薬は血液に乗ってゆっくりと全身を回りながら、EGFRを持つがん細胞に集まる。
翌日、そのがんのある場所にだけ、特定の波長の近赤外線レーザーを照射する。光が当たると、がん細胞表面にくっついた色素が反応し、瞬時に分子構造が変化。その際、がん細胞の表面に傷がつき、ものの数秒でがん細胞は破裂する。
「がんの周りの正常な組織はできるだけ残しつつ、標的だけを狙い撃ちにするイメージです」(小林医師)
この、がん細胞だけを狙撃して、正常細胞は傷つけないという“体に優しいアプローチ”が光免疫療法のオリジナルでユニークな点だ。
「EGFR」に限らず、他の抗原に対しても抗体薬を変えることで対応できるため、将来的には固形がんの約9割を治せるといわれている。
もっと言えば、がん細胞に限らず、老化細胞やバクテリアなどを標的にすることも可能であり、がん治療以外でも発展する可能性を秘めている。
従来も光を使うがん治療法はあった。例えば名前のよく似ている光線力学療法(PDT)とは何が違うのか。免疫に詳しい京都府立医科大学の辻川敬裕准教授に聞いた。
「PDTは早期のがんにはある程度有効なのですが、がん細胞と正常細胞を選り分ける性質がそれほど強くない。一方、光免疫療法は、細胞の選択性が高く、“がんの目印をめがけて薬を届けられる”点が大きな違いです」
■免疫のスイッチ
また、もう一つの大きな特徴は、「免疫のスイッチを入れやすい」ことだという。壊れたがん細胞の中身が周囲にばらまかれることで、免疫に「これは敵だ」と教える材料になる。
「体中にがんの手配写真をばらまくようなものです」(辻川准教授)
もともと自身の正常細胞が変化したがん細胞は、周囲の正常細胞と見分けがつきにくい。さらにがん細胞は、制御性T細胞など免疫機能にブレーキをかける細胞を隠れみのにして、免疫細胞の攻撃から逃れることが知られている。
だが、光免疫療法は、がん細胞を直接破壊するだけでなく、残ったがんの身元情報をオープンにすることで、活性化した免疫細胞ががんに追い討ちをかける仕組みだ。
この「患者の免疫を強化する」という点に注目して、既存の免疫チェックポイント阻害薬と光免疫療法を併用する治験(臨床試験)も行われている。
「実臨床でも、光免疫療法と免疫チェックポイント阻害薬の投与を一緒に行った患者さんのほうが予後が良い傾向があるように思う」と複数の医師が口にするが、正確なエビデンスが出るまで待ちたい。
■最難関のがん
頭頸部がんの次に、光免疫療法が照準を合わせているのが、「食道がん」や「胃がん」、さらには「子宮頸がん」などの婦人科領域や「膵がん」である。
北海道大学では、放射線治療後に局所再発した「子宮頸がん」「外陰がん」「腟がん」を対象に、医師主導の治験が進行中だ。
実は子宮頸がんなどにも「EGFR」抗原が多く発現しており、頭頸部がんに使用するのと同じ薬が使える。
現在は全国31施設が協力し、事前に種々の検査を行い、免疫チェックポイント阻害薬の治療歴があるかなど、条件を満たした患者を北大で受け入れている。
「対象患者の約9割でEGFRの高発現が確認できており、HPV(ヒトパピローマウイルス)と関連が強い子宮頸がんなどと光免疫療法との相性の良さが期待されます」と同大の朝野拓史助教は指摘する。
一方で、「頭頸部ではEGFRの発現の高さと治療効果が必ずしもきれいに比例しないデータもあり、ウイルスによって光感受性が異なる可能性もある」と冷静に見ている。
また同大の産婦人科学教室を率いる渡利英道教授は言う。
「光免疫療法は婦人科系の医師の間でもまだ完全には認知されていない部分もありますが、患者さんにとっては非常に恩恵の大きい治療だと思っています。北大の小児科では小児がんの領域で違うターゲットを使った基礎実験もやっていますし、別のがん種に広まることも期待しています」
渡利教授が「別のがん種」として名前を挙げる一つが、いまも“最難関のがん”とされる膵がんだ。
膵がんは、早期発見の難しさ、解剖学的な位置による手術の難しさ、抗がん剤の効きにくさという“三重苦”から、治療成績の改善がなかなか進んでこなかった。
これに対し、頭頸部がんと同じ「EGFR」を高く発現するタイプの膵がんを標的にした光免疫療法について、アメリカで臨床試験を始める計画が進んでいる。
膵臓は体の奥深くにあるため、まだ検討段階ではあるが、超音波内視鏡から体の中へ細い光ファイバーを入れ、膵臓の奥にある腫瘍へ光を届ける手技も案として挙がっている。
婦人科がんと膵がん。
いずれも進行すれば、治療が難しくなるがんだ。
■「最後の切り札」をいつ出すのか
今後、光免疫療法が有効な治療法としてどこまで食い込めるかは、頭頸部に続く部位の治療を確立できるかどうかが試金石になる。
約10年間、光免疫療法を取材してきた筆者としては、この4~5年がある意味で勝負だと感じている。
光免疫療法の製薬と照射デバイスの製造などを担う楽天メディカルは、再発・難治の頭頸部がんに対して、2028年の米食品医薬品局(FDA)承認申請を目標に掲げている。
日本で世界に先駆けて条件付き早期承認を得たこの治療が、アメリカでも“本承認”を勝ち取れるかどうか。その結果次第で、日本の厚労省のスタンスももっとスピード感を伴ったものになるはずだ。
医師出身の国会議員・阿部けいし氏もこう語る。
「スペースXのマスク氏が『SFからフィクションを取り除く』と言ったように、がん克服もSFのようでいて、現実にせねばならない。がんは“誰か”の病気ではなく、『あなた自身』の問題。光免疫療法をはじめとする治療を、必要としている患者さんに確実に届ける制度を作るのがわれわれ政治家の役割だと思っています」
野球で例えるなら、9回裏の「最後の切り札」だった光免疫療法を7回あたりから出せるリリーフにするのか。あるいは、いずれ先発投手に格上げするのか。
そのシナリオが現実味を帯びるかどうかは、2020年代後半、まさにこれからの数年に懸かっている。
■ 今後、光免疫療法が有効な治療法としてどこまで食い込めるかは、頭頸部に続く部位の治療を確立できるかどうかが試金石になる。
約10年間、光免疫療法を取材してきた筆者としては、この4~5年がある意味で勝負だと感じている。
光免疫療法の製薬と照射デバイスの製造などを担う楽天メディカルは、再発・難治の頭頸部がんに対して、2028年の米食品医薬品局(FDA)承認申請を目標に掲げている。
日本で世界に先駆けて条件付き早期承認を得たこの治療が、アメリカでも“本承認”を勝ち取れるかどうか。その結果次第で、日本の厚労省のスタンスももっとスピード感を伴ったものになるはずだ。
医師出身の国会議員・阿部けいし氏もこう語る。
「スペースXのマスク氏が『SFからフィクションを取り除く』と言ったように、がん克服もSFのようでいて、現実にせねばならない。がんは“誰か”の病気ではなく、『あなた自身』の問題。光免疫療法をはじめとする治療を、必要としている患者さんに確実に届ける制度を作るのがわれわれ政治家の役割だと思っています」
野球で例えるなら、9回裏の「最後の切り札」だった光免疫療法を7回あたりから出せるリリーフにするのか。あるいは、いずれ先発投手に格上げするのか。
そのシナリオが現実味を帯びるかどうかは、2020年代後半、まさにこれからの数年に懸かっている。
■6年無病で生存
こうした“勝負の4~5年”に向けて、今年6月、米国立衛生研究所では第1回光免疫療法国際学会が開かれた。
小林医師のチームをはじめ、日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアから研究者や臨床医が集まり、頭頸部から婦人科、膵がんまで、基礎・臨床の最新データを持ち寄った。
「最新データの発表だけでなく、最終ゴールを見据えたセッションをいくつか設け、まだサイエンスレベルの話も含めて、皆で議論できたのが良かった」と小林医師は語る。
「そういう意味でも将来の展望は確実に広がっているなという印象を持っています」
学会会場で拾った声をいくつか紹介する。
オランダ・グローニンゲン大学のG・M・ヴァンダム医師は、「これは確実にがん治療の次のフロンティアになると思った」と語った。
米トマスジェファーソン大のD・コグネッティ医師はこう述べた。「『もう長くはない』と言わざるを得なかった患者さんが、治験で光免疫療法を受けてすでに6年無病で生きている。こういう例を見ると、研究をもっと先に進めるべきだと思う」
前出の北海道大学の渡利・朝野両医師は、「婦人科がん専門医の認知をどう広げるか」「“光免疫療法”とうたいながら、国が承認した保険適用の光免疫療法とは異なる“別の治療法”から患者をどう守るか」という課題を持ち寄った。
そんな議論をまとめるように、開発者の小林医師の上司に当たるピーター・チョイキ博士は、将来の風景をこう描く。
「20年後の姿として私が思い描いているのは、抗体薬がぎっしり並んだ薬局があって、患者の腫瘍が何を発現しているかをよく理解した上で、その患者さんに最適な組み合わせを選ぶ未来です。そうなれば、がんと診断されても、以前ほど大ごととは感じられなくなるでしょう。医者に行って注射を受け、光を当ててもらえば、それで終わりだからです」
がんを「光で治す」という話は、絵空事に聞こえるかもしれない。
しかし、日本で始まった5年の実臨床と、アメリカで開かれた世界会議は、その“絵”の輪郭をはっきりした現実にしつつある。
この数年の進捗次第で、「光のメス」がどこまで当たり前の治療になるのか――その未来図がおぼろげながら、しかし確実に見え始めている。
