MR1-2.なぜいま「昭和の団地」? 「60平方メートルに1億円は出せない」首都圏の築50年前後の団地を購入した3世帯

出典:https://dot.asahi.com/articles/-/294021 2026/10/04 上田耕司

2026年上半期、東京23区の新築マンション平均価格は1億4249万円に達した。そんななか、築半世紀ほどの「昭和の団地」を買い、自分仕様につくり替える人たちがいる。NHKドラマ「しあわせは食べて寝て待て」「団地のふたり」でも、団地で暮らす人々の日常やつながりが描かれた。古い、狭い、不便。そんなイメージも残る団地を、なぜあえて選ぶのか。3世帯の部屋を訪ねると、価格だけでは説明できない理由が見えてきた。

■「ここ以外は考えられない」

 東急田園都市線たまプラーザ駅から徒歩5~11分ほど。東急百貨店の前を通り過ぎると、駅前のにぎわいが途切れ、緑が濃くなる。広い敷地には4~5階建ての棟がゆったりと並ぶ。1968年3月に竣工した、横浜市のたまプラーザ団地だ。全47棟、1254戸からなる。

 訪ねたのは、2階にある約66平方メートルの部屋。40代半ばの妻、50代の夫、小学校低学年の長男が暮らしている。

 一家は以前から、同じ団地の賃貸住宅に7~8年住んでいた。その間に子どもが生まれ、小学校への入学が近づいた。夫の母から持ち家を考えるよう勧められたが、夫婦が買いたい場所は初めから決まっていた。

「自然があるのに、駅から離れていない。なかなか両立できないわがままを、ここではかなえられるんです。東急百貨店できれいなものを見てから、この自然のなかを歩いて帰れるのも、ミーハーな私には大きいです(笑)」(妻)

 2024年夏、希望に合う部屋が売りに出た。妻が間取りより先にこだわったのは、窓の外の景色だ。庭園のような緑が広がり、他の建物は視界の隅にわずかに見えるだけだった。

 約1200万円をかけて壁や床を取り払い、3LDKを2LDKへ変更するリノベーションを行った。16~17畳ほどのリビングを設け、キッチンと洗面所には、妻が好きな昭和の雰囲気を残すタイルを選んだ。

「賃貸で団地に住みながら、『自分はこうしたい』とゆっくり考える時間があったのは、すごく良かったです」(同)

 押し入れをなくした子ども部屋には、2段ベッドの半分を収めた。しかし、長男は一人で寝るのがまだ寂しく、夜になると家族3人が同じ寝室へ戻る。

 長く住んだ経験があるからこそ、団地の弱点も分かっていた。以前の部屋は窓の立て付けが悪く、冬には隙間風と結露に悩まされた。壁にカビが生えないよう、室内では除湿機を回していたという。

 新居では、外窓の内側にペアガラスの内窓を設け、壁にも断熱材を加えた。暑さ、寒さが和らぎ、雨に気づかないほど静かになった。

もとは押し入れだったスペースを取り払い、子どものベッドを置いた(写真:上田耕司)

 一方、すべてを変えられるわけではない。構造上壊せない梁の下は天井高が175センチ。電気容量も30アンペアまでで、食器洗い機と電子レンジを同時に使うとブレーカーが落ちることもある。

 それでも、この団地で子どもを育てる満足感は大きい。雪が降れば近所の大学生が長男と雪だるまを作り、おもちゃのお下がりも届く。子ども同士は公園で友達になり、敷地内で虫やキノコ探し、おにごっこ、サッカーや野球の練習を楽しむ。団地には、50年以上続くボランティアに支えられた図書室や、子ども用プールもある。

 夫は管理組合の役員を務める。休日に書類へ判を押し、秋の終わりには落ち葉集めにも参加する。手間はかかるが、顔見知りは増えていく。

「子どもがいて、周りの人とコミュニケーションを取ったほうがいいという気持ちなら、結果的にすごくメリットになりますね」

 妻は価格面の利点も挙げた。

「たまプラーザ周辺で中古マンションを買おうとすると5000万〜6000万円ぐらいはして、さらに自分好みにするのは予算的に難しい。でも団地なら、物件価格を抑え、その分をリノベーションにかけて、自分たちの住みやすい空間をつくることができます」

数社のリノベーション会社との打ち合わせを通じて、「自分の住みたいのは広いリビングのある部屋だと気づかされた」と森山さん。もとの間取りは4DKだったが、スケルトン状態にしてからつくり直した(写真:上田耕司)

■欲しかったのは「広いリビング」

  東京都板橋区にある築約半世紀の団地。外資系スポーツアパレル会社に勤める森山裕之さん(43)は、IT企業で働く30代の妻、生まれたばかりの子どもと暮らすため、82平方メートルの部屋を購入した。
 
 結婚式を終えて「次は家」と探し始めたものの、新築か中古か、マンションか戸建てかも決まらない。住宅情報サイトで物件を調べ、週末に見学しても、良しあしを判断できなかった。
 
「途方に暮れていたというか、けっこう家探し迷子感がありましたね(笑)」(森山さん)
 
 当時住んでいた賃貸住宅(中野区)の斜め向かいに建つ新築マンションも見に行った。
 
「60平方メートルくらいで1億円弱でした。新しいという価値観を取るのに、60平方メートルの部屋に1億円は出せないよね、という結論に至りました」(同)
 
 SNSの広告で、中古物件を買ってリノベーションする方法を知った。複数の会社と打ち合わせを重ねるうち、自分たちが本当に欲しいのは新しい建物ではなく、広いリビングだと分かったという。
 
 最初に検討した西調布(調布市)では、駅に近づくほど価格が上がり、価格を下げれば駅から遠くなった。一度は購入をあきらめかけたが、別の候補として、82平方メートル、11階、南向きの団地の角部屋が現れた。「これ以上ない」と購入を決めた。

キッチンで洗い物をする森山さん。奥にはパントリーを設け、食器や家電を見えないように収納できる(写真:上田耕司)

 物件価格は4100万円、リノベーション費用は2000万円。細かく分かれた4DKを解体し、2LDKとウォークスルークローゼットへつくり替えた。
 
 部屋のテーマは、デンマークを中心とした北欧空間だ。家具や時計、アートを選び、天井は覆わずにコンクリートを見せて高さを確保した。特にこだわったのが照明だった。シーリングライト一つで部屋全体を照らさず、食事や作業など、用途に応じて必要な場所だけに明かりをつける。
 
「北欧の夜のやさしい光を意識しました。『ご飯を食べるならここ』『作業するならここ』というように、シーンによって明るさを変えられます」(同)
 
 キッチン奥のパントリーに食器や家電をしまい、生活感を隠した。玄関から洗面所、リビングへ抜けるクローゼットでは、乾燥を終えた洗濯物をその場で畳み、収納できる。在宅勤務が多い妻のため、寝室の窓際には仕事場を設けた。森山さんはリビングのカウンターを使う。
 
 リビングの一角には、用途を決め切らない小上がりもある。いまは収納だが、子どもの遊び場にも、来客時の寝場所にもなる。寝室からいたばし花火大会が見えることは、入居後に知った「うれしい誤算」だった。
 
 取材時、妻と子どもはまだ里帰り先にいた。家族がそろう前の部屋で、森山さんは家づくりを振り返った。
 
「『解像度』を高めてから家づくりに臨んだことで、本当に自分たちの理想の暮らしを実現することができました」
 
 新しさに払うはずだったお金を、広さや光、家事のしやすさへ。昭和のコンクリートの天井の下に、森山さん夫婦が思い描いた「北欧の夜」がある。

もともとは仕切られた小さなキッチンと和室があったが、壁を取り払い、開放的な空間にした(写真:上田耕司)

■70歳、何もない部屋から

 千葉市の団地を訪れたのは、沖縄から移ってきた70歳の女性に、完成した部屋が引き渡される日だった。

 部屋は約50平方メートルで、築46年の建物の2階にある。この部屋の近隣にある類似物件の売買相場は500~600万円だ。

 女性は沖縄の海が見えるマンションで夫と暮らしていたが、2026年3月に夫を亡くした。

「私一人になってしまったから、息子が『すぐそばにいろ』と千葉に呼んでくれたんです」(女性)

 沖縄を離れる際、一人で家財を片づけ、飛行機に乗った。空港には、近くに住む40代の息子が迎えに来ていた。

 初めて部屋を見たときは、不安になった。トイレは昔ながらのタイル張りで、キッチンは壁で仕切られていた。それが、壁のない明るい空間へ変わった。

「こんなにきれいになるんだから、びっくりですよね。軽井沢の部屋みたい」

 最も気に入ったのは無垢材の床だ。裸足でも冷たくなく、年月とともに赤みを帯び、味わいが増していく。リノベーションを手がけた「団地リノベ屋」を運営する「ナガツユアートテック」の永露哲司代表からそう聞くと、女性は笑った。

「そうなんですか。今が一番若いんですね(笑)。すごく気に入りました。じゅうたんは敷かないの、嫌いだから。ほこりっぽくなるし、無垢の床が本当にうれしい」

キッチンからトイレや洗面台まで見通せる。押し入れはすべてなくし、収納を最小限にした。「ものが少ない部屋で暮らしたい」と女性は話す(写真:上田耕司)

 沖縄を発つ際、夫との思い出の品を含め、持ち物の多くを処分した。新居では押し入れも、和室も、仕切られた台所もなくした。

「思い出の品を見ると、また思い出してしまう。これからは荷物を少なくして暮らしたいんです。私は一人だから、個別の空間をつくる意味がない。物に押しつぶされるより、余白のある感じがいい」

 新しい部屋には、まだほとんど何もない。台所のカウンターで一人分の食事を取り、物を増やさず、掃除しやすく暮らす。それでも、近くには息子がいる。

「息子も、私が一人で全部片づけをして大変だったことを知っているから、寄り添っていろいろと要望を聞いてくれました。本当に一時、ずたぼろだったので……ここに来て落ち着ける場所ができて良かったです」

 NHKドラマ「団地のふたり」が好きで、作中のような近所付き合いも望んでいる。

「団地ならではの『人の温かさ』みたいなものがありますよね。あんな感じで、ご近所さんとの関わりもできればいいなと思います」

 海の見える8階から、緑の多い団地の2階へ。思い出の品を残さずに移ってきた女性の部屋では、無垢材の床がこれから少しずつ色を重ねていく。

「ここが私の終の棲家です。まずはここでの暮らしを楽しんで、友達も近くにいるので、元気に歩き回りたいと思います」

 1軒目に紹介したたまプラーザ団地の部屋のリノベーションを手がけた朝日リビング「DanReno(ダンリノ)」の担当者は、築半世紀ほどの団地には「古さゆえのメリット」があると言う。

「築50年前後の団地は、日当たりと風通しを重視して全棟が南向きに建てられ、棟と棟との間隔も十分取られていることが多いんです。古いからこその大きなメリットと言えます」

 補助金の活用にも、専門業者の知識が生きる。

「この団地は旧耐震基準で建てられているんですが、国と横浜市の補助金を活用し、窓や断熱材の改修費に充てました。旧耐震であっても、『耐震基準適合証明書』を取得すれば、住宅ローンの控除や各種税金の軽減、補助金の対象になったりする場合があります。行政の補助条件はだんだんと厳しくなっているため、こうした煩雑な申請手続きのアドバイスも私たちの重要な役割です」

 古い団地には注意点もある。

 2軒目に紹介した森山さん宅のリノベーションを手がけた「リノベる株式会社」の担当者によると、配管の劣化やカビは、壁を開けて初めて分かる場合があり、交換に思わぬ費用がかかることもある。エレベーターの有無は重要で、断熱、電気容量も、暮らし始めてからは変えにくい。物件価格の安さだけでは選べない住まいだ。

 窓の外の緑を選んだ家族。新築より、広さと北欧の光を求めた夫婦。持ち物を手放し、息子の近くで暮らし直す女性。選んだ理由も、つくった部屋も違う。

 築50年前後の団地を選ぶことは、昔の暮らしに戻ることではない。窓の外の緑、北欧の夜、これから色づく無垢材の床。3世帯は古い部屋を、それぞれの新しい暮らしにつくり替えていた。

(AERA編集部・上田耕司)